WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
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苗木城に立つ

高峰山、寒陽気山と連登した後、東濃出身のYさんのご案内で高峰山近くの苗木城に立ち寄ることに。

白川町から中津川市苗木に向かう途中、県道70号線に沿う山あいの村に「東座」という芝居小屋が。

岐阜県は、住民自らが演じる地歌舞伎が盛んで、歌舞伎小屋が多く、その中でも東濃は全国でも最も密度が高いのでは。

ちなみに東座は、中村勘九郎さんが名誉館長を務めておられる。

20190306東座.jpg

苗木でまず訪れたのは、Yさんのご先祖さまの墓所。

阿波から移り住み、苗木藩の御用商人をつとめたという初代のお墓は延享年間(江戸中期)のもの。

以来累代の墓がずらりと並んでいる。

古い墓石には、苗木藩にまつわるさまざまな歴史が刻まれているんでしょう。

これだけの墓所を、年に何度か出向いてお守りしてこられたのには、頭が下がります。

20190306墓所.jpg

墓所からもほど近い、小高い丘の上に苗木城跡はあった。

苗木藩は、約1万石、城持ちとしては最小の藩だったという。

20190306苗木城.jpg

城への入口には、「いたる所に転落の危険性」とか「マムシ注意」とか、山馬鹿をそそる看板が。。

丘の上には巨岩がいくつもあって、それをうまく利用し石垣を築き上げている。

ちなみに、手前の巨岩は、馬洗岩と呼ばれ、かつて苗木城が水の手を切られた時、この岩の上で馬をのせ、米を使い水で洗っているように見せかけ、敵の目を欺いたことにちなむという。

20190306馬洗い岩.jpg

天守閣跡に立ち、東を見ると、眼下に木曽川と中山道が通る中津川市街を見下ろすことができる。

信濃の国境に近く、重要な防衛拠点だったことが分かる。

背後に大きく恵那山、木曽川に架かる二つの橋の手前の小さな方は、廃線となった北恵那鉄道のものだったとYさん。

日本有数のヒノキの産地である東濃には、皇室の御料林や、伊勢神宮用の神宮備林があり、この北恵那鉄道とともにいくつもの森林鉄道が活躍していた。鉄道ファンにとってもなかなか興味深い地域。

20190306恵那山.jpg

天守から北を見ると、今日登った高峰山がゆったりした姿で近い。

鬼門とされた城の北東を守る山でもあったんでしょう。

20190306高峰山.jpg

そして南西方向に目を向けると、笠を置いた形の笠置山と、二つの頭の二ッ森山が目に飛び込んでくる。

「岐阜百名山」勝手に選定委員として、この二山は美濃三河高原では外せないなと実感。

また、美濃三河高原の山の展望を評価する時、「苗木城と比較してどうか」というのが、ひとつの物差しとなると思った。

Yさん、今回はお付き合いいただきありがとうございました。

20190306笠置山二ッ森山.jpg

 

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