WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
熊本の山旅(4)―天竺へ

天草の上島から天草瀬戸大橋を渡って下島へ。

下島は、淡路島に次ぐ面積があり、その最高峰が標高538mの天竺であります。

日本国と並んで、スケールのでかい「山かどうかわからない系」珍名の山と言えましょう。

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さすが淡路島に次ぐだけあって、天竺への山道は奥深く、道幅狭く、運転手の連れ合いは肝を冷やしておりました。

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山の斜面は、心細いのに、山上はうららかに開けていたりする。

集落の分岐にお釈迦さまの導く「天竺登山道」の標識を発見。

「天竺まで2.9辧廚辰討里、なかなか。

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林道の終点に天竺への登山口があった。

入山料寸志を駐車場の箱に入れて、登山開始。

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山上の農場から、スギ林に入っていく。

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林道を約15分。見えてきました、天竺。

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山頂には、三等三角点があり、さずが入山料をとるだけあって、刈り払われて見晴らしもまずまずいい。

ただし、そこにお釈迦さまはおられず、「天竺神社」の祠があって、ちょっと混乱。。

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山頂直下に広場があり、「天竺へようこそ」という案内板がある。どれどれ。

「1648年、天草の初代代官鈴木重成は天草二大巨刹の一つ東光寺住職に代官の師「中華珪法」を招きました。珪法は天草島原の乱後の荒廃した天草を仏の教えで救済しようと一計を案じます。仏典を探しに苦難を乗り越えて天竺まで旅をした三蔵法師の物語『西遊記』を天草の町になぞらえて島民に仏の教えを易しく説きました。天草の東向寺を中国の長安の都として定め、西の方角にある下島最高峰の山を天竺に位置付けたのです。」

ううむ、珍名の山で、これほど説得力のあるいわれが即座に分かるのは初めてかも。。

案内板の横には、「しま山100選」という看板もあった。これは初めて知った。帰ったら調べてみよう。

 

以上、熊本の山旅は無事終了。おまけに(5)は、OFF TIME (ロ。ロ)/

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<追記1>

「ようこそ天竺へ」の案内板から代官鈴木重成について調べてみたところ、そこからは読み取れない物語が浮かび上がった。

・鈴木重成は、三河の出身の旗本で、天草島原の乱の折には鉄砲隊として参戦し戦いのありさまを身をもって知っていた。

 彼は代官になると、乱の背景ともなった、石高を実質の倍に見せかけた唐津藩主の過酷な収奪で疲弊しきった天草の人びとの救済に懸命に取り組んだ。

・そして、その兄鈴木正三は、旗本から出家した宗教家で(当時ご法度だったが、徳川秀忠がそれを許すほどの人物だった)、代表作の一つである「万民徳用」は、仮名書きのやさしい和文で「人々の心のもち方が自由になり、人々が心の世界の中で自由に振る舞うことができるようになるためならば、南無阿弥陀仏と念仏を唱えるのもよし、座禅をしてみるのもよし、さらには、そんなことは何もしなくても、毎日自分に与えられたそれぞれの仕事に精一杯打ち込んで働いていけば、それが人間として完成していくことになる」と、民衆の日常に目を向け、宗教・禅・念仏にとらわれずに、世俗的な職業に励むこと自体が、仏教修行であると説いた。

・その正三は、重成の天草での取り組みを支え、住民の心を立て直すには寺院と神社を復活させることだと献策して、三十数ヵ所の寺社を再興させ、山口市瑠璃光寺の中華珪法禅師を開山として招き、東向寺などを開いた。

・重成は、石高の半減を幕府に献策し、受け入れなかったため、切腹したとの説がある(病死説もある)。

・いずれにしても、重成の跡を継いだ養子の重辰(兄正三の実子)の時に、石高の半減が認められた。

・そのようなことから、名代官鈴木重成と正三・重辰は、鈴木神社に神としてまつられ、今も「鈴木さま」と慕われている。

珍名の山天竺の背景には、そのような天草の歴史物語が秘められているのでありました。

 

<追記2>

しま山百選」は、2016年に公益財団法人日本離島センター主催で選ばれた離島の百名山なんだそう。

でも、そのリストを見ていると何かピンとこない。

・天草諸島では、「九州百名山」の次郎丸嶽(397m)、倉岳(682m)でなく、天竺(532m)が入っている。

・周防大島では、「中国百名山」の嘉納山(685m)でなく、嵩山(618m)が入っている。

・石垣島では、沖縄県の最高峰於茂登岳(526m)でなく、野底岳(282m)が入っている。

・佐渡島では、日本300名山の島の最高峰金北山(1,172m)ではなく、ドンデン山(尻立山)(940m)が入っている。

関係市町村から推薦された候補をもとに、眺望や資源、達成感、地域バランス等を考慮して「いかにも島らしい」と感じられる山を、選定会議の合議によって選定したとあるが、何か不透明感を感じてしまう。

 

| ぼっち | 珍名の山 | 21:48 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
熊本の山旅(2)―阿蘇 珍名の山「らくだ山」

阿蘇五岳完登をめざして、昭文社の「山と高原地図」をながめていたら、見つけてしまいました、珍名の山「らくだ山」。

阿蘇南東の高森町にあるらしく、10分のコースタイムとなっている。

国土地理院の2万5千分の1地形図にもしっかり掲載されているけど、位置が違い、南の岩稜部分に記されている。

こちらは三角点も登山道もなく、どこを登山の目的と定めていいかさえ分かりにくい。

 

珍名の山巡りのお約束は、「調べ過ぎないこと」。

まあ、時間の許す限り、現地でうろついてみましょう。

(↓地図クリックで拡大)

らくだ山をカーナビで探すと、「らくだ山 炭焼地鶏の店」が出てくる。

なんかうまそうなので、まずはこの店で昼食を取りながら情報収集してみようかな。。

 

地元の人気店のようで、15組待ちくらい。

ぼっちが待っている間、その辺をぶらついてきた連れ合いが「店の前の道を進んだら即登れそうだよ」とのこと。

まだ食事にありつくまでかかりそうなので、順番待ちを交代してもらい、ちょっと行ってきます。

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林道を進むと幸いゲートが開いていて、 ̄手に地形図のらくだ山、∈玄蠅望縞玄卉録泙里蕕だ山の間の鞍部が正面に見える。

(ややこしいので、ここからは、‖腓蕕だ山、⊂らくだ山ということにさせてもらいます。)

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‖腓蕕だ山は、なだらかな斜面の上にコブコブの岩稜が乗っていて、登ろうとすると往復2時間半くらいかかりそう。

三角点がなく、どこを目的点としていいかもはっきりしないので、即、断念。

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⊂らくだ山は、ススキの斜面の上に、小岩峰が並んでいる。

こちらには、らくだのかたちの岩があり、らくだ山公園という小公園になっているらしい。

らくだのかたちの岩の少し東に三角点があるので、そこを登頂目標と決定。

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鉄条網をくぐって、ヤブ漕ぎならぬススキ漕ぎをする。

簡単そうに見えるが、実は火山灰を被って埃っぽく重いので、なるべく獣の歩いた跡か、水の流れた跡を探して進む。

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最後にも一回鉄条網を潜って、ピークに立つ。

おお! らくだに見える。

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ススキの原の細い稜線の最高点なので、展望もなかなか。

阿蘇、火山灰降らせてます。

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このピークに今年立った人はたぶん誰もいないようで、ススキの中に踏み跡はない。

あちこちかき分けて、ようやく地面に沈んだ四等三角点を発見(後で調べたら「高平」という基準点名)。

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火山灰だらけになって、何とか順番までに地鶏の店に戻れた。

歯ごたえのある鶏肉をコークス炭の炉で焼きながら食べる。

肉が焼けるまで、縁側に出て火山灰をはたいたら、連れ合いに叱られました (ロ。ロ;

ノンアルコールビールじゃなくて、本当のビールがほしくなる、濃い目の野趣あふれる味。

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昼食後、⊂らくだ山に、昭文社の地図にしたがって登ってみる。

仏舎利塔などが山の中腹にあり、「らくだ山公園」まで歩道が付けられている。

四角い岩の一群が、「らくだ」たるゆえんの岩らしい。

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岩の手前に「らくだ山」の案内板があり、「阿蘇カルデラ壁南東部をつくる古い火山噴出物に陥入してマグマが板状に冷え固まった岩脈で、その後の浸食で露出したもの。厚さ約5m、東西方向に長さ約100mにわたって露出している。」とある。

したがいまして、ここをらくだ山と言うのが正解のようであります。

手前の岩から先は進みようがないほど岩の下が急峻なので、三角点にたどり着くには、先ほどたどったルートが正解だったみたい。

ここにきてようやく、ひと安心。珍名の山ハンター至福のひと時。

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福地山(ふくちやま:1,672m)再訪

「ぼっちの『岐阜百名山』勝手に選定委員会」飛騨の調査山行、追い込みのため今回は車中泊二日の予定。

観音山を下山して14時40分、日没までにまだ時間があるので、高原川を遡行して、福地山へ。

2016年7月に調査登山をした時は、晴れてはいたけど、飛騨山脈に雲がかかり、この山の最大の売り物、展望を確認できていない。

 

奥飛騨温泉郷でも人気の高い、福地温泉の温泉街の真ん中あたりにある登山口に立ったのは15時45分。

コースタイムは山頂までの登り2時間30分、下り2時間弱といったところ。

ブルドーザーで開かれた明確な登山道なので、帰路はヘッドランプということで、展望を確認に行けるところまで行こう。

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登山口からしばらくは、スギの植林帯。

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10分も登ると、ブナやミズナラなど落葉広葉樹林の二次林になる。

登るほどに紅葉が深まっていく。

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16時30分、尾根コースと谷側コースの分岐に出る。

尾根コースは急だけど短いし、途中に第1展望台があるので、こちらを選択。

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分岐から10分足らずで第1展望台に到着。

槍ヶ岳から穂高連峰への稜線が間近で、南岳と北穂高岳の間の難所大キレットもよく見える。苦労したっけね。。
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高原川を挟んで向かい合う焼岳は、本当に迫るよう。

夕映えを期待してたけど、ちょっと遅かったみたい。

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ほどなく無然平に到着。ここで谷側コースと合流。

教育の機会に恵まれなかった奥飛騨で、代用教員をしながら社会活動を行い、大きな精神的影響を残した篠原無然先生の像と再会。

台座には「福地山荘跡 社会教育の先覚者篠原無然は 大正十年五月此処福地一之谷山へ入山 当山荘に山籠もりすること幾度 天然大自然を師と崇め 日夜修業にはげまれた」と刻まれている。

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ここで再びルートは、谷コース、尾根コースに分かれる。

尾根コースは、痩せた尾根をいくもので、さすがにブルドーザーは使われていない。

ヒノキやクロベなどの大木も登場して、深山らしいたたずまい。

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第2展望台を過ぎ、山頂に向かうルートと分かれ、右手(南)に第三展望台への標識。

17時10分、第3展望台に到着。今回はここを最終到達点とする。

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新雪をかぶった槍〜穂高は、第1、第2展望台よりさらに良く見える。

それと、手前の丸い標高1,436mの山は円空山というそうで、円空ファンのぼっちとしては気になるところであります。

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焼岳(2,456m)は、もちろんばっちり見え、南に連なる白谷山(2,188m)、アカンダナ山(2,109m)も観察できる。

いずれも活火山で、未踏の白谷山、アカンダナ山には、残雪期に挑戦するつもりなので、しっかり観察する。

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さあて、日も沈んだし、急いで下山しなければ。

最近のヘッドランプは性能がいいので、案外楽に下山できた。18時30分登山口に帰着。

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20時過ぎ高山市まで戻り、飲み屋で飛騨牛の牛もつ鍋の夕飯(もちろんアルコール断ち)。

明日は、位山と川上岳登山の予定なので、飛騨一ノ宮まで移動して駅前で車中泊。

山馬鹿の長い一日でありました。

<登山記録>  (−:車、…:徒歩) 

2019年11月2日(土) 快晴 単独行

(観音山14:40)―福地温泉福地山登山口(駐車)15:45…分岐16:35…第1展望台…無然平16:45…第3展望台17:15~17:25…登山口18:30―(平湯で入浴、高山で夕飯後、飛騨一ノ宮駅にて車中泊)

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<メモ>

今は新平湯温泉と呼ばれる一重ヶ根村(高山市奥飛騨温泉郷一重ヶ根)にある禅通寺に、元禄三年(1690年)円空が訪れ、智賢和尚と意気投合し、湯治をしながら約一年間逗留したといわれ、この間多くの仏像を、寺や周辺の民家に残している。

かつて双六谷最奥の金木戸集落にあった、今は高山市上宝町桂峯寺に伝わる十一面観音像(実際には六面)には、

「頂上六仏 元禄三年 冂 乗鞍嶽 保多迦嶽 (於)御嶽 伊応嶽 錫杖嶽 四五六嶽 ■利乃六嶽 本地處■権現」

との背銘がある(読みには諸説あるらしいが、於御嶽が、笠ヶ岳をさすといわれる)。

円空は、円空山に登り、地形や天候をじっくり観察したうえで、これらの山に登ったのではないだろうか。

 

| ぼっち | 珍名の山 | 07:08 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
高知県一等三角点の山巡り(2)―源氏ヶ駄場(1,403m)

4日の宿天狗荘は、四国カルストの東部、天狗高原にある一軒宿。

高知・愛媛県境にある四国カルストは、標高約1,400m、東西の幅は約25劼發竜模がある日本有数のカルスト台地。

東の天狗高原から、西の大野ヶ原まで、なだらかな山肌が草原やススキの原になっていて、放牧がおこなわれている。

そのため、陰影濃い四国の山々の中にあって、信州の高原のような光景が展開する。

 

山また山の果てにある高原なので、周辺に人家がほとんどなく、星の観測にも最適。

天狗荘では、星や月の観測会を開いてくれ、口コミなのか外国人のお客さんも多数参加。

スマホのレンズに穴の開いたペットボトルのキャップを付け、天体望遠鏡に接写してこんな画像も撮らせてくれた。

月の落ちた後、夜明け前の星空も感動的でありました。

夜明けもまた素晴らしい。昨日登った不入山が、雲の上にりりしく浮かぶ。

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天狗荘を後に、向かったのは、珍名の山、源氏ヶ駄場(1,403m)。

「源氏ヶ駄場に行く」と言っても、何のことやらな、「わけの分からない系」珍名の山と言えましょう。

このような珍名の山訪問のお約束は「調べすぎないこと」。

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カルストを抜けるひと筋の道路。

牛がのんびり草を食べ、空はどこまでも青い。

この先にある、源氏ヶ駄場は、さてどんな山なんだろう。。

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かつての番所跡のある地芳峠を越えると、大野ヶ原側に出る。

源氏ヶ駄場はいくつかあるピークの最高点らしい。

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「源氏ヶ駄場頂上へ」という標識に従っていくと、駐車場に出る。

立派な解説版には「源氏ヶ駄場では、たくさんの石灰岩が羊の群れのように見える地形をカレンフェルトという地形が見られます。このように白い石灰岩が広がる風景を、源平の戦いの際に平家の落ち武者が源氏の白馬と見間違って退去したことが『源氏ヶ駄場』の地名の由来と伝わります。」とある。

それなら、「場」ではなく「馬」かなとも思うけど、「駄馬」じゃおかしいし、解説を読んで余計に分からなくなってしまった。

とりあえず、徒歩400mで山頂らしいので、山頂をめざすことにする。

アザミやフウロ、アキノキリンソウなどの咲く道は、登山というより、高原逍遥の気分。

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いったん舗装の道に出たところに大きな「源氏ヶ駄場」の看板。

山頂というより、この広い斜面を駄場と呼ぶのかな。。

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弘法大師像のある石の祠の脇に一等三角点はあった。

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大野ヶ原で一番高い山頂、しかも秋晴れなので、石鎚山から剣山まで四国山地のほとんどの山が展望できる。

この展望のおかげか、「四国百名山」になっていて、高知県に19しかない貴重な一等三角点。

徒歩400m山にしては、ずいぶんお値打ちな山でありました。

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帰ってから、この不思議な山名について、調べてみた。

・愛媛県から、高知県にかけて「駄場」「駄馬」という地名が多く、これは山の傾斜した平滑地に付けられる地名であるとのこと。

 上駄場・中駄場・下駄場(御槇)、大駄馬・小駄馬(黒尊)、欅ノ駄馬(滑床)、篠駄馬(薬師谷)、藤治ガ駄馬(大超寺奥)、藤ガ駄馬(一本松正木)、栗ガ駄馬・ケジガ駄馬・蜂ガ駄馬(大道)、白猪ノ駄馬(黒尊)、池ノ駄馬(御槇)、寺ノ駄馬(大久保)、淡路屋駄馬(黒尊源流)など(「愛媛県史」より)。

・源平の戦いの際に平氏の残党が白い石灰岩を源氏の白馬と見間違って退去した伝説を持つカレンフェルトの傾斜地が「源氏ヶ駄場」と呼ばれ、その斜面のある山も、同名で呼ばれるようになった、といったところだろうか。

・ちなみに、一等三角点の基準点名は「薊野峰」。アザミ咲くこの頂きにふさわしい名前。

 二つ西の1,295mピークの三等三角点の基準点名が「源氏駄場」。

 いくつかのピークの連なる傾斜地を持つ山体全体が「源氏ヶ駄場」ということなんでしょう。

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2019年10月5日(土) 快晴

天狗高原天狗荘7:50―源氏ヶ駄場駐車場8:20…源氏ヶ駄馬山頂8:45~8:55…駐車場9:10―(高知市へ)

 

| ぼっち | 珍名の山 | 05:54 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
雪と桜の日ークラソ明神(1.023m)

クラソ明神は、長良川の支流神崎川と、そのまた支流の円原川にはさまれ、山県市美山町と関市板取地区にまたがる。

2万5千分の1地形図には、標高1,023m三角点の表示だけで、山名は記されていないけれど、ぼっちのバイブル日本山岳会編「新日本山岳誌」によれば、旧美山町ではクラソ明神、旧板取村ではオオボラ明神と呼ばれてきた。

すなわち、「山」も「岳」も付かない「わけの分からない系」珍名の山と言えましょう。

同書には、「岐阜市や大垣市から北方に、この山のピラミダルな山姿を望見することができる。」とあるので、「岐阜百名山」勝手に選定委員としては、「ぎふ百山」「続ぎふ百山」以外の、登山道のないヤブ山ながら、候補リストに入れ、登ってみることに。

 

登山口というか取付点になるのは、神崎川沿いの最奥の白岩集落か、円原川沿い最奥の万所(まんどころ)集落。

今回は、名前のない三角点調査でなじみになった円原川側から取り付くことに。

円原川は、途中まで涸れた川筋から、ふたたび泉のように伏流水が湧き出る名水の川。

川筋には、人の気配が消えそうな古い集落が残されている。

20190331円原川湧水.jpg

万所集落へ向かう途中、手前の三尾谷に入り込んでしまったら、古い石積みや、南無阿弥陀仏の石碑などとともに、「首塚」という小さな塚があった。

かつて落武者が討たれた場所だったりするのだろうか。。

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ようやく、常住者はいなそうな万所集落にたどり着き、万所林道に入る。

すれ違いの難しそうな林道をうねうね行くと、林道終点直前でいきなり崖崩れ (ToT)ヤラレタ

Uターンする場所もないので、首が痛くなるくらい後方確認をしながら長々バックし、ようやく見つけた空き地に駐車。

ふう、落っこちなくて良かった。。

20190331行き止まり.jpg

万所林道終点から先にも林道は伸びていて、道越しにクラソ明神の山容が見える。

こちらの方向からは、とても「ピラミダル」とは見えない。

山県市、関市境界の名もなき峠に出る。

ここにも「山神神社」と記された小さな石碑と、江戸末:嘉永二年の年号の刻まれた大きな「南無阿弥陀仏」の石碑があり、峠を経て、白岩・万所集落と板取側との往来が、日常的にあったことがしのばれる。

ここからはじまる尾根に取り付く。

尾根筋両脇に、地形図にない新しい林道が開かれていたけど、様子が分からないので往路はとりあえず尾根通しに進む。

20190331峠.jpg

結果、板取側の林道が、途中で尾根を横切っていたので、それをたどることもできた。

登山中はずっと樹林で展望がきかず、唯一斜面の皆伐された部分だけ、南側の展望が得られた。

見えたのは、この前三角点調査で登った円原ピーク(871m)や、北山(925m)など、地味な山ばかり。

20190331登山路1.jpg

進路となる尾根は、北西→南西→北西と方向を変えるが、クラソ明神のピーク方向が見えるので、ルートは取りやすい。

南西からふたたび北西に方向を変えるあたりで、スギの植林帯から、伐採後のブナなど落葉樹中心の二次林となる。

ササの種類が変わったのだろう、膝下だったヤブが、頭の高さくらいになり、密度も濃くなる。

20190331登山路2.jpg

尾根が狭く・急登になるあたりで、空模様があやしくなり、にわかに雪が舞いだす。

踏み跡はかすかで、踏ん張りながら泳ぐように進む。

悪天のヤブ漕ぎも想定して、お古の雨合羽を持参し、雨用の手袋を用意しておいてよかった。。

20190331登山路3.jpg

登山開始から約3時間でクラソ明神の山頂に立つ。空はあっけなく光を取り戻す。

三角点周りが刈り払われている以外、山名表示はなく、展望もほとんどなし。

ぼっち地元の山の会は、オリエンテーリングのように、地図と実際の地形を読み、ヤブや雪をものともせず三角点に到達することを最終目的とする傾向がある。

ぼっち的には、それだけじゃなく、眺望や、個性ある自然、その山のいわれなど、「何かごほうび」がほしくなる。

クラソ明神の場合、珍名の山制覇という、ごほうびがあるので、満足であります。

20190331クラソ明神山頂.jpg

帰路は、視界がきかず、尾根の方角が変化するのに目安となる目標物が見えないので、2度、ルートを見失う。

特に山頂から往路と白岩集落へのルートと分岐する小ピークでは、白岩方向の方が踏み跡がはっきりしているので、思わず入り込んでしまう。

地図が濡れるのを避けたくてGPSだけで進もうとしたことと、目印の赤テープの付け方が少なかったことが原因。横着はいけない。

結局往路と同じ3時間ほどかけて、愛車奥地君の待つ林道に到着。

往路はっきり見えた山容も、雪の中。

20190331クラソ明神帰路.jpg

帰り道、雪でぐっしょり濡れたヤブ漕ぎの疲れを解きほぐすため、本巣市根尾に出て「うすずみ温泉」でひと息。

ついでに、推定樹齢1500年・日本三大巨桜と呼ばれる淡墨桜に、久し振りに会いに行く。

まだ2分咲きながら、夕暮れの中、人の気配もまばらで、ゆっくり老桜と話しができてよかった。

20190331薄墨桜.jpg

根尾の里は桜が多い。

一気に春を迎えた桜の梢越しに、今日もまた新雪の積もったらしい能郷白山が遠望できた。

20190331根尾.jpg

<登山記録> (―:車、…:徒歩)  (↓地図クリックで拡大)

2019年3月31日(日) 曇時々晴れ間と雪 単独行

自宅4:30ー山県市美山町万所集落7:40―万所林道終点前(駐車)8:10…峠8:35…クラソ明神山頂11:15〜11:35…峠14:00…駐車地点14:20―(うすずみの湯入湯)―淡墨桜16:50―(帰路)

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飛騨の山岳探訪(5)―珍名の山ゾウゾウ山(952m)

飛騨・越中国境は、珍名の山の宝庫。

オゾウゾ山をはじめ、タカンボウ山、マルツンボリ山、ソウレ山、ソンボ山、赤摩木古(アカマッコ)山など、独特の響きを持つ山々が、珍名の山ハンターぼっちを誘惑する。

その中でも、ゾウゾウ山(952m)は、ガラガラ山、ポンポン山、ケンケン山、ゴロゴロ岳、ガクガク山と並ぶ、オノマトベ(擬声語)系の珍名の山として、なんとしても外せない。

ということで、オゾウゾ山下山後、いそいそと移動 (ロ..ロ)/オウオウ

 

ゾウゾウ山は、白川村の中心部飯島地区の西側に接し、集落と山裾の間に東海北陸自動車道が走っている。

夏場は林道が山頂直下まで通じているけれど、残雪期は、東海北陸自動車道西側(下り車線)に並行する道路が取付点になる。

白川郷P.A.への業務用車の連絡路らしく、一般車・人は出入禁止のP.A.入口まで除雪してあった。

そこに愛車奥地君を待たせて、北へしばらく進むと、オゾウゾ山へ最短で直登する尾根がある。

20190319取付き点概況.jpg

地形図には出ていない、取水されている小さな谷川の斜面から尾根に至る斜面に取り付く。

20190319取付き点.jpg

雪もなく、わさわさチシマザサの繁る広い急斜面を、植林帯との境界あたりの比較的薄い場所を探して登る。

しばらくして、ササはまばらになり、ブナの斜面となる。

赤テープもいくつか残されている。山馬鹿珍名の山ハンター以外にも、登る人あるんだなあ。。

20190319ゾウゾウ山1.jpg

標高850mのあたりで、ブナの下にふたたびヤブが深くなるけど、残雪をたどって歩けて助かる。

しだいに尾根らしい地形が明確になってくる。

展望も、次第に開けて、白川郷の向こうに、帰雲山や、飛騨山地の最高峰猿ヶ馬場山が見えてくる。

20190319ゾウゾウ山3.jpg

さらに、少し北には、籾糠山のどっしりした山容も。

20190319籾糠山.jpg

これまで北に向かっていた急な尾根は、標高900mあたりでなだらかになり、西へと方向を変える。

20190319ゾウゾウ山山頂部.jpg

取付きから2時間弱でゾウゾウ山山頂に到達。しっかりした山名看板があるのもうれしい。

珍名の山ハンター至福のひととき。

20190319ゾウゾウ山山頂.jpg

山頂じしんには樹木はないけど、周りが落葉したブナに囲まれているので、展望はオゾウゾ山にはかなわない。

しかし、三方崩山など、オゾウゾ山では見えなかった山がいくつも見られて登りがいはあった。

 

ちょっと待てよ?

先日登った、烏帽子岳は、長丁場だった割に、オゾウゾ山やゾウゾウ山で感じた、手ごたえは得られなかった。

再度調査しようかと思ったけど、逆に言えば、再度調査しない限り、山の佳さを見出しかねたということ。

ぼっちの隠れ愛読書である、「人生がときめく片づけの魔法」で、こんまりさんがおっしゃるように、「ときめき」のない山をやたらストックしちゃいけなんだ。

登らせていただいてありがとうとお礼を言って、候補から外れてもらうのも必要なんだな。。

20190319三方崩山.jpg

約1時間で下山、オフシーズンの平日だから久し振りに白川郷に立ち寄ってみる。

村はずれで、合掌造りの家越しに、残雪の三方崩山が見える。

岐阜県らしい山岳風景であります。

20190319白川郷から三方崩山.jpg

<登山記録> (―:車、…:徒歩) (↓地図クリックで拡大)

2019年3月19日(火) 曇 単独行

(小白川集落)13:00―白川村飯島地区・白川郷P.A.の外(駐車)13:30…取付き点13:50…ゾウゾウ山山頂15:40〜15:50…取付き点16:50…駐車地点16:55―(しらみずの湯入湯後帰路)

 

| ぼっち | 珍名の山 | 20:59 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
日本百名山霧ケ峰車山と珍名の山ガボッチョ

2月9日(土)10日(日)は、大坐小屋をベースに恒例の冬季小合宿(屋根の雪下ろし付き)。

メンバーはベテランSさん、Hさんと、新人のN君。

20190209雪下ろし.jpg

10日晴。今期の雪上訓練は、霧ケ峰方面。

まずは、登山を始めて3年目の20代のN君のために、日本百名山霧ケ峰の最高峰車山(1,925m)をめざす。

冬でも除雪ばっちりの車山肩(約1,800m)の駐車場から、山頂の気象レーダードームをめざして壺脚で直登。

20190210車山.jpg

林道を経由する通常コースと合流すると、にぎやかになって、登山口から40分ほどで山頂へ。

反対側を見ると、山頂直下まで車山高原スキー場のリフトがつながっているのが見える。

日本百名山8山目のN君によると「最も簡単に登れる日本百名山」なんだそうであります。

20190210車山山頂.jpg

全員で記念撮影。うれしそうなN君を見ていると「初心忘れるべからず」という言葉を思い出す。

20190210車山山頂2.jpg

車山山頂からは、八ヶ岳と赤石山脈の間に富士山が顔をのぞかせる。

20190210車山からの展望.jpg

今回、ベテランSさん、Hさん向けに用意した山は、一昨年の夏に登って感動した珍名かつ絶景の山ガボッチョ

車山肩の駐車場からだと、南側に見下ろす山ひだの一つという感じで、登山対象とは思えないかも。

その、忘れ去られた感が、山馬鹿にはたまらない。

20190210ガボッチョ遠望.jpg

前回6月には、「池のくるみ(踊場湿原)」側から登った。

今回は、車山肩の少し白樺湖寄りになる富士見台(約1,710m)の駐車場から取り付く。

2名ほどの足跡が先行している。

 

富士見台からいったん標高1,600mあたりまで大下りした後、ガボッチョとカシガリ山を結ぶ稜線の鞍部あたりに登り返し、稜線を詰める。

暖冬のせいか、わかんやスノーシューを付けるほどの積雪もなく、枯野を気ままに進む。

20190210富士見台.jpg

振り返ると、カヤトの原の向こうに八ヶ岳連峰の全容が。

「八ヶ岳は、たくさんの山の集まった山域全体を言うんだよ。最高峰の赤岳だけ登っておしまいじゃないんだよ」

なんて、山馬鹿ぼっちは説明するけど、N君にどこまで伝わったかな。。

「とんがった阿弥陀岳も魅力的」って言ってたから、きっと分かってくれたよね。

20190210八ヶ岳.jpg

1時間足らずでガボッチョ山頂(1,681m)に到着。

三角点はなく、山名標識の上に先行者が作った雪ダルマ(高崎のだるま弁当を使用と推測)がちょこんと載っておりました。

背後には、車山の斜面がおおらかに展開。

 

日本百名山霧ケ峰も、八ヶ岳と同様、最高峰の車山を登っただけで「制覇」なんていう性格の山域ではない。

古い火山群である車山やガボッチョなど多くの峰々、それを人間がカヤト(萱場)として使用してきた草原風景、そして八島湿原や池のくるみなど湿原などを全体的に味わってこそ、霧ケ峰を訪れたといえるのでは。

20190210ガボッチョ頂上.jpg

ガボッチョ山頂からの大展望。

富士山が八ヶ岳と赤石山脈のちょうど中間におさまって、車山山頂からの展望よりもっとおおらか。

「2013年4月、草原再生のため池のくるみ周辺の10haを焼く予定が、延焼で153haも焼いちまった」おかげで、すこぶる展望のよくなった一帯も、だいぶん草の丈が高くなってきた。

この大絶景を味わいたい方は、お早めにお越しになるのが良いようです (ロ。ロ)/

20190210ガボッチョ展望.jpg

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2019年2月9日(土) 曇時々雪

―長野I.C.ー(買い出し)―戸隠(昼食後奥社でスノーシュー、わかん訓練)―大坐小屋(雪下ろし後、ブイヤベースの宴会)

10日(日) 諏訪は晴時々曇

大坐小屋8:20―長野I.C.ー諏訪I.C.ー車山肩(駐車)11:20…車山山頂12:00〜12:30…車山肩13:00―富士見台(駐車)13:15…ガボッチョ山頂13:55〜14:15…富士見台15:30―下諏訪温泉(片倉館入湯)―帰路

<メモ>

・今回のガボッチョのルートは、富士見台の駐車場から、国土地理院2万5千分の1地形図の破線のルートで下る。

 1,600mの最低部からは、地形図には表示がなく、ガボッチョ〜カシガリ山の稜線鞍部から適当に取りつく。

・積雪期、時間が許せば車山からガボッチョをつなぐのも楽しそう。

 

| ぼっち | 珍名の山 | 14:29 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
「即物系」珍名の山―グライダー山(640m)

福岡県の珍名の山めぐり第2弾は、「グライダー山」。

「物の名前」+「山・岳」という「即物系」珍名の山と言えましょう。

即物系珍名の山の場合、「物の名前」と「山・岳」にギャップがあるほど、珍名度が高くなる。

「手拭い」「電柱」ほどのギャップ感はないけれど、「グライダー」は、ロマンを感じていいな。。

 

山頂に三角点はなく、2万5千分の1地形図にその名はないものの、Google Mapにはしっかり載っている。

筑後平野の南側に立ち上がる耳納山地の連山のひとつで、標高はおおよそ640m。

星野村を後に、それでは、行ってみるとしましょう (ロ。ロ)/オウ

県道798号線から、「耳納スカイライン」とも呼ばれる、林道耳納線に入る。

20181117道標.jpg

カーナビゲーションにも、グライダー山はあって、発心山(697m)の手前の小ピークがそれらしい。

林道側から見ると、もっさりした茂みの小山。

ササがびっしり覆った斜面に踏み跡があった。

20181117グライダー山.jpg

通常のヤブの中に、ノイバラが混じるといういやらしいヤブ漕ぎをしばし。

いきなり、ヤブが途切れて、広い空が広がる。

20181117藪から出る.jpg

おお! これがグライダー山か。

筑後平野に向けて大きく展望が開け、風が吹き上げている。

離陸用のマットが敷かれ、空に飛び立つにはいかにも格好の場所。

20181117グライダー山山頂.jpg

頂きには「グライダー日本記録樹立之地」という石碑が建てられている。

裏側の銘文を読むと、昭和16年2月7日、滞空時間13時間41分、という記録を打ち立てたとある。

パイロットは19歳の川辺忠夫、2月の寒空に、13時間あまりも滞空するのは相当な気力がいったことだろうな。。

 

よく見ると、山頂から東の発心山方向に向けて遊歩道があった。

20181117グライダー山石碑.jpg

グライダー山を下山、次の目的地、佐賀県の天山に向かおうと、久留米市側に県道を下りかけたら、山の斜面に白い花が一面咲いていた。天然記念物「長岩山のサザンカ自生地」だそう。

庭木となるサザンカが、これだけ見事に自生しているのを目にするのは初めて。

珍名の山ハントだけでなく、展望も花盛りも楽しめて、お得感たっぷりでありました。

20181117山茶花.jpg

<余談>

帰ってから、グライダー山について調べていたら、Wikipediaに、グライダー滞空記録日本記録を樹立した川辺忠夫氏について、きわめて詳細な解説が載っていた

操縦士として極めて優秀だったばかりでなく、戦後昭和35年(1960年)には、バッティングマシーンの開発にもあたったという。

異能の人というのはあるもんですな。。

 

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「わけのわからない系」珍名の山―鈴ノ耳納(931m)

せっかく九州まで遠出したので、「珍名の山ハンター」ぼっちとしては、九州の珍名の山を土産にしたいところ。

御前岳・釈迦岳の周りを見回したところ、ありました、「鈴ノ耳納」。

御前岳の北西約7.5辧八女市星野村にあって、国土地理院の2万5千分の1地形図にも載っている。

地図を離れてこの文字の並びを見たら、山の名前だとは想像もつかないはず。

珍名の山ハンター長年の経験を活かして分類すると、珍名の山は、

「人骨山・位牌山・カルト山」などの「おどろおどろし系」

「ガラガラ山・ケンケン山・ゴロゴロ岳」などの「オノマトベ(擬声語)系」

「電柱山・設計山・手ぬぐい山」などの「即物系」になどに分けられる。

そして、「鈴ノ耳納」は「ガボッチョ、ゴンニャク、ロクロ天井」などとともに、山も岳も付かない「わけのわからない系」に分類されましょう。

 

まず「鈴の耳」とは何か、「耳を納める」とはどんなことか、文字面だけ眺めていても、まったく見当がつかない。

ただし、珍名の山めぐりのお約束は「事前に調べすぎないこと」。

釈迦岳を下山し、妄想を膨らませながら、いざ訪問 (ロ。ロ)/オウ 

 

と意気込んで林道を進んだところ、鈴ノ耳納の取り付き点直前でいきなり林道が通行止め (ToT)オウ

小雨模様の夕暮れ迫る16:30だし、今日は下見ということで、麓の星野村まで撤退。

20181116鈴ノ耳納林道.jpg

八女市星野村は、山合いに開けた村。

その名の通り星の美しさで村おこしを行っていて、高台に九州最大の天体望遠鏡を備えた星の文化館などの施設をそろえた「星のふるさと公園」がある。

「星の温泉館」で入浴、雨なのでテントはあきらめ駐車場で車中泊。

夜明け前に目を覚ますと、満天の星が空を埋め尽くしていた。よしよし。

20181117星野村.jpg

夜明けを期して出発、星野村最奥、大分県境の上郷地区から鈴ノ耳納に向け林道に入る。

20181117山村.jpg

上郷地区の案内図を見るとカラ迫岳(1,006m)や、熊渡山(960m)は書かれているが、鈴ノ耳納(931m)はない。

地元でもあまり親しまれていない山なのだろうか。。

20181117上郷地区地図.jpg

地図を確かめ、昨日通行止めで引き返した林道の分岐部分が、鈴ノ耳納の東側の尾根末端だとわかったので、ここから取り付く。

20181117鈴ノ耳納取付き点.jpg

最初はスギの植林、上部はブッシュもや倒木も多いが、岐阜県の道なき山で山修行をしている身にはさほどでもない。

かすかな踏み跡とともに、赤テープも出てくる。

ここは、ルートファインディング時に付けたものを、そのまま残置のパターンみたい。

そのうち、静かな樹林の中に、チリ、チリという音が… 

鈴じゃなくて、鳥の声か。。

20181117鈴ノ耳納登山.jpg

取り付きから約30分で、四等三角点のある鈴ノ耳納山頂に到着。

しっかりした個人制作の山名標識もあるのがうれしい。

珍名の山ハンター、至福のひと時。

20181117鈴ノ耳納山頂.jpg

山頂からしばらく先に進むと、いきなり大規模な伐採地に出る。

展望は得られない山と覚悟していたけれど、幸か不幸か有明海方面まで眺めることができた。

20181117鈴ノ耳納からの眺め.jpg

結局、実登しても山名の由来についての手掛かりは得られずじまい。

それでも、珍名の山のおかげで、星野村という美しい山里に行けてよかった。

(たぶん、向かって右端の山が鈴ノ耳納らしい)

帰ってから、調べてみると、

・山頂にある四等三角点の基準点名も「鈴ノ耳納」

・「角川日本地名大辞典」によると、「鈴ノ耳納は八女郡星野村東部にある山で標高は931.1m。山頂付近は比較的なだらかな山容をなす。山名はかって山伏が住み、付近一帯に山伏のならす鈴の音が響いたので鈴の耳納となったと言う説や、家畜の飼料であるカヤが豊富で、秋になると一面ススキの原となるところから、ススキの耳納と称し、転訛してすずの耳納となったとする説がある。今ではヒノキ林である。」とある。

 同書は、山名由来のうち前半の鈴のことしか由来が記されていない。

・「耳納」に関しては、この山の北方に、久留米市のある筑後平野の南に接して「耳納山地」がある。

 ここにある耳納山(みのうさん:368m)には、牛鬼の耳を山に収めたという伝説があるという。

 ただし、耳納山地は、水縄山地とも書き、山地北麓の水縄断層(みのうだんそう)によって形成されたとされる。

 水縄は、「みずなわ」と呼んで、水平を出すための糸とか、土地を図る張り糸といった意味があるらしい。

 あるいは、「耳納」「水縄」は、「みのう」という音に当て字をしただけかもしれないとも思われてくる。

・上記の「耳納山地」は狭義のもので、広義には、御前岳・釈迦岳など津江山地も含めるとされる。(↓地図クリックで拡大)

・また、国土地理院のHP「福岡県の主な山岳標高」では、読みを「すずのみのう」ではなく、「すずのみの」としている。

 

調べれば調べるほど、もやもやしてくる、これこそ「わけのわからない系」珍名の山の本領発揮でありましょう。

 

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日本最南端かつ最西端の珍名の山―ぶざま岳(321m)

石垣島で登りたかったもうひとつの山が、珍名の「ぶざま岳」。

2万5千分の1地形図にもしっかり掲載されている標高321.2mの山であります。(↓画像クリックで拡大)

ちなみに、地形図で確認した限り、日本最南端かつ最西端に位置する先島諸島で、ぶざま岳より南や西に珍名の山はない(注1)

つまりぶざま岳は、「日本最南端・最西端の珍名の山」ということになる。

日本語の標準語(注2)でとらえると、「どんなぶざま(無様)な山なんだろう」と、想像たくましくしてしまう。

ただし、石垣島の言葉で「ブザーマ」は「尾」を意味し、「ブザーマダキ」は、於茂登山系の西端に位置することから名付けられたんだという。

実際のぶざま岳が、ぶざま(無様)な山かどうか、まずは観察。

石垣島を代表する景勝地・川平湾側から於茂登山系の山々を眺めてみる。

画像の山並みの右端のピークがぶざま岳、中央が川平ウフ岳(402m)、その背後に最高峰の於茂登岳(526m)、左手は桴海於茂登岳(477m)。特にぶざま岳が不格好だとかいうことはない。

ちなみに、桴海於茂登岳は、白保側から見ると世界最大のエイ:マンタに似ていることから「マンタ山」とも愛称される。

ウフ岳とかマンタ山も珍名ぽいけど、ぶざま岳の方が南かつ西にあるし、インパクトの強さも半端ない。

しかも、川平湾を見下ろす「川平湾絶景テラス」というポイントがあるんだという。これは実登が楽しみ。

2万五千分の1地形図には、ぶざま岳山頂に至る道が明確に記されている。

ただし、登頂前日の8日、暗くなりかけてから下見をした限り、舗装が尽きたところで草むらの中に道は消えていた。

GPSで確認する限り、どう考えてもここしかないんだけど。。

 

翌9日、帰りの航空機の出発時刻を気にしながら、早朝出発。

ただし、本州最西端の珍名の山は、夜明けが1時間も遅い。

ルートファインディングのため明るくなるのを待っていたら6時半近くなってしまった。

まずは、思い切って草むらの中に突入。

20181009登山口.jpg

背丈ほどの夏草をしばらくかき分け樹林帯に入ると、踏み跡がたどれ、右手にはリュウキュウイノシシ除けの柵が続く。

クワズイモの大きな葉が被さって、いきなりジャングルの中に放り出された気分。

20181009登山道1.jpg

倒木をまたぎながら進むと、イノシシ除けのゲートに出る。

ターザンかジュラシックパークのロケができそうだな。。

20181009猪柵.jpg

しばらく進むと、かえって倒木は少なくなり、道は、明らかに石で覆ってある。

かつては作業道として使われたんだろうか(注3)

20181009登山道2.jpg

登山口から1時間ほどのちょっとした小平地の左手にテープの目印がある。

よく見ると明確な踏み跡が分かれていて、「川平湾絶景テラス」への分岐に違いない。

20181009展望岩分岐.jpg

分岐から10分ほど斜面を登ると、いきなり「川平湾絶景テラス」と呼ばれる大岩に出る。

朝早かったので、川平湾まで光が届いていなかったけど、もう少しすれば、目の覚めるような青に輝くんだろう。。

20181009川平湾展望岩.jpg

分岐まで戻り、ぶざま岳山頂をめざす。

今まで林道のようだった道は山道になり、ところどころ崩れたり、倒木が覆っていたりする。

「絶景テラス」が主目的の人は、途中でめげちゃうんだろう、踏み跡はどんどん細くなる。

直進する道の右手(南側)の斜面に、テープがある場所がぶざま岳山頂への踏み跡。

踏み跡がかなり乱れ、テープがあちこちに付いているのは、迷われた跡でしょう。

20181009登山道3.jpg

無事、四等三角点のぶざま岳山頂に到着。

見晴らしは全くきかなくても、珍名の山ハンター至福のひと時。

20181009ぶざま岳山頂.jpg

石垣空港11時15分発の航空機に搭乗するため、帰路は、さくさく引き返すのみ。

最後に草むらをかき分け、無事帰還―とほっとして、登山靴を脱いだら、靴下まわりは血だらけ。

ヒルに右8匹、左2匹に食われて、無事とはいいがたい帰還だった次第 (ToT)ヤラレタ

20181009ぶざま岳下山.jpg

(注1)小笠原諸島の硫黄島に擂鉢山(パイプ山)170mがあるが、ぶざま岳よりは北となる。

(注2)日本人が「珍名」という時、無意識のうちに「日本語の標準語で」という前提条件を付けている。だから、他言語を(ユネスコでは「言語」と「方言」を区別せず,全て「言語」で統一している)、日本語の標準語に当てはめて「珍名の山」というのは、本来適当ではないのかもしれない。

ただし、「珍名の山めぐり」は、どんな山か妄想をを膨らませて実際に登ってみる、個人的な登山の動機付けなので、そこは大目に見てください。

(注3)帰って調べたところ、1964年旧於茂登林道計画がとん挫した、その林道跡らしい。

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2018年10月9日(火) 晴 単独行

ホテル5:30―(途中夜明けを待ち時間調整)―登山口6:25…イノシシよけの柵6:45…展望岩分岐7:20…展望岩7:30〜7:40…分岐7:50…ぶざま岳山頂8:15…分岐8:40…登山口9:30―ホテル9:55(シャワー・パッキング)―10:30石垣空港11:50―14:15関西空港―桜井神社―堺市役所―(帰路)

 

<メモ>

・台風の通り道となり、ケッペンの気候区分で熱帯雨林地方となる石垣島ゆえ、登山道の状況は事前情報に頼り切らないこと。

・2万5千分の1地形図に表示された旧於茂登林道跡をたどることになるが、年々ジャングル化している模様。

・近年「川平湾絶景テラス」と呼ばれる岩の展望台が2016年「島人ぬ宝さがしプロジェクト」の24か所のひとつに選ばれ、訪れる人があるようだが、現段階で標識は一切ない。

・10月の晴天日でもヒルにしたたかやられた。対策をしっかりした方がいい(反省)。

 ヒルにやられた場合、ヒルジンという血液を凝固させない成分で血がなかなか止まらないもの。ヒルを食塩や防虫剤などを適宜使って取り、ポイズンリムーバーでヒルジンを吸い取り、消毒し、かゆみ止めの薬を塗るなどで応急処置をする。

 何より、事前対策として、肌を出さない、塩水や忌避薬をスプレーしておくなどがかんじん。

 

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