WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
2020年干支の山―子ノ泊山(ねのとまりやま:907m)

1月18日は、ぼっちの山の会の恒例、新年干支の山登山。今年は7名の仲間で子ノ泊山へ。

 

子ノ泊山は、三重県熊野市紀和町と南牟婁郡紀宝町の境界にあり、2万5千分の1地形図に名前のある山では三重県最南端の山。

山全体は、蔵光山(ぞうこうさん)、その最高峰が子ノ泊山と呼ばれ、地形図にはその両方が記載されている。

1960年に今西錦司が「十二支会」を創立し、その最初に登られたのがこの山なので、干支の山マニアにはよく知られた山だそうであります。

 

登山口には、海岸沿いの国道42号線から県道35号線に入り、さらに紀和町桐原から、林道桐原浅里線に入り、6區覆燹

20200118子ノ泊山.jpg

林道沿いには、石垣でつくられた千枚田があり、斜面に民家が点在する。

古い時代から住み継がれてきた場所なんでしょう。

20200118子ノ泊山0.jpg

今回は、桐原登山口から登り、桐原尾根登山口で下る周回コースを計画。

桐原登山口の、7,8台止められる駐車場は一杯。

登山届を出す場所に、スタンプがあって、これに山頂でスタンプを重ね押しすると、何かの絵が出てくるという。

 

鉄ハシゴを登り、涸れ沢沿いに登山開始。取付きからけっこうな急登。

20200118子ノ泊山1.jpg

斜面は、単調なヒノキの植林で、下にはサカキなどが生えている。

20200118子ノ泊山2.jpg

明確な尾根道に出ると、シャクナゲや、カシ、アカマツ、モミなどの樹林となる。

20200118子ノ泊山3.jpg

樹林におおわれ、山頂方面は、登り始めてしばらくのあたりでちらっと顔をのぞかせたくらいで、ほとんど見えない。

20200118子ノ泊山4.jpg

尾根道の先が明るくなり、子ノ泊山山頂に到着。ネズミ君もバンザイしております。

20200118子ノ泊山7.jpg

三重県に11しかない貴重な一等三角点の山頂で、青いスタンプを重ね押しすると、ねずみ君が現れた。

やりすぎって感じがしないでもないけど、岐阜県の山も、もう少し登山者に親しまれる工夫をしていいのでは。

スタンプどころか、まず登山口・山頂に、きちんと標識を立てるところから始めなくてはいけないんだろうけれど。。

20200118子ノ泊山6.jpg

南には、青く明るい熊野灘が広がる。

海なし岐阜県民は、海を見るとテンション上がります。

20200118子ノ泊山13.jpg

反対の紀伊半島方向には、昨夜降った雪を稜線に置いた峰々が重畳。

明確には同定できないけれど、大台ヶ原、奥駈道の玉置山、果無山脈などが並んでいるんだと思う(修行不足。。)

20200118子ノ泊山5.jpg

下山は、桐原尾根登山口をめざす。

しばらく、林道のような広い道があり「2」という立札で尾根道に入る。

20200118子ノ泊山8.jpg

尾根道の脇に、七十五人塚という石の塚がある。

これは、平家の落ち武者赤井蔵光が、家来とともにこの山に逃げ込み、しばらくは岩屋に、そして要害の地に居を構えたが、

結局打たれ、その家来七十五人を葬ったのがこの塚だという。

20200118子ノ泊山9.jpg

さらに進むと、紀宝町浅里への分岐がある。

これは、新宮山彦くるーぷが、昭和58年(1983年)、翌年の子年に、今西錦司ら十二支会を迎えるために開いた山彦新道という沢沿いのルートとのこと。

ただし、現在は遭難防止のためザイルを外し廃道としたと、平成25年の立て札がある。

ちなみに「新宮山彦ぐるーぷ」は、大峰奥駈道の南半分を再興し、今も保全されているすごい山の会であります。

20200118子ノ泊山10.jpg

個人的には、広々とした尾根の、このあたりのたたずまいが、一番心に残った。

20200118子ノ泊山11.jpg

1時間足らずで、桐原尾根登山口に到着。

ここから、桐原登山口まで、今年1年の山の計画なんかを話しながら、下り勾配の林道を戻る。

心おだやかな初春の干支の山登山でありました。

20200118子ノ泊山12.jpg

<登山記録>  (―:車、…:徒歩)

2020年1月18日(土) 曇のち晴 メンバー:Tubo,Su,Sd,Hd,Ishi,Hi,botti

御在所S.A(集合)7:00―熊野大泊I.C.−(国道42号線、県道35号線、林道桐原朝里線)ー桐原登山口(駐車)10:45…子ノ泊山山頂11:50~12:40…桐原尾根登山口13:35…桐原登山口14:05―(帰路)

子ノ泊山登山ルート

<メモ>

子ノ泊山という山名の由来は、「諸説あるが、熊野灘から新宮の港に停泊のため入港する際に、子(ね)すなわち北の方角にあるこの山を目印にしたという説が有力」と、ぼっちのバイブル「新日本山岳誌」にある。

 

| ぼっち | 日本4000山 | 10:17 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
金生山に初登り

ぼっち地元の山の会では、金生山で初日の出を拝むのが恒例となっている。

金生山は、濃尾平野から直接立ち上がる山で、山上の明星輪寺のあたりで144mほどだけど、すこぶる展望がいい(注1)

20200101金生山1.jpg

本堂の上手の、岩の巣公園と呼ばれるカルスト地形の岩の上で初日の出を待つ。

濃尾平野の東の地平線から、初日の出が天と地を染める。

20200101金生山2.jpg

朝日の中に、御嶽山、木曽山脈、恵那山などが浮かび上がる。手前には、岐阜の百々ヶ峰、金華山なども。

年の初めの…という、「一月一日」の歌を斉唱して解散。

今年も、安全に山修行ができますように。

20200101金生山3.jpg

<メモ>

明星輪寺は、686年(朱鳥元年)、持統天皇の勅命で役行者が開山、吉野より蔵王権現を勧請し2年後に建立された寺だという。

その後、虚空蔵信仰が中心となり、寺の名も、虚空蔵菩薩の化身・象徴とされる「明けの明星」にちなんでいる。

一時期衰退するが、江戸時代に大垣藩主の祈願所として整備され、中仙道の赤坂宿にある景勝地として知られた。

なお、明治初年の神仏分離令で、蔵王権現権現信仰の部分は、中腹に金生山神社として、分離・移転された。

 

金生山は石灰の山で、化石の山としても知られるけれど、採掘で大きく削られ、かつて260mほどあった形をとどめない。

しかし、明星輪寺あたりは削り残され、今も好展望を維持している。

 

| ぼっち | 日本4000山 | 06:14 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
木曽三川を見下ろす―多度山(403m)

12月28日は、ぼっちの山の会恒例の登り納め。今年は養老山地最南部の多度山(403m)。

多度山は、三重県桑名市多度町と、岐阜県海津市南濃町にまたがる県境の山。

ただし、山頂は三重県側で、伊勢の二ノ宮、多度大社の神体山になっているので、三重県の山といった方がいいのでしょう。

旧いたたずまいを残す参道から、愛宕神社の鳥居をくぐり、総勢15名で登山道に入る。

20191228多度山1.jpg

愛宕神社で、いったん車道に出合い、そこからが本格的な登山道となる。

スギ木立に、アラカシやツバキなどが混生する登山道は、養老ー伊勢湾断層の活動でできた山なだけになかなかの急登。

20191228多度山2.jpg

約1時間で、多度山山頂に到着。

三角点周辺は広場になっていて、東側は濃尾平野に面しているので、標高403mの山と思えないほどの展望が広がる。

20191228多度山3.jpg

南東方向には、手前から揖斐川、長良川、木曽川の木曽三川が伊勢湾に流れ込むのが眺められる。

岐阜県は内陸県だけど、県の最南部から海まで約13辧多度山からだと約16辧

気候は、太平洋の影響を大きく受ける。

20191228多度山4.jpg

東を見ると、木曽三川公園の展望タワーと、松林の続く油島締切堤が見える。

このあたりは、江戸時代、徳川御三家筆頭の尾張藩の方が堤防を高く作ったため、美濃側は洪水に苦しんだ。

特に長良川と揖斐川は水位が異なり、洪水のもととなったため、幕府が薩摩藩に命じて、宝暦年間に締切提を作らせた。

莫大な経費の掛かる大工事で、工事を監督した薩摩藩士平田靭負(ひらたゆきえ)も完工後切腹したと伝わる。

その後、明治に入り、オランダ人技師ヨハニス・デ・レーケが中心になり木曽三川分流工事を行い、水害は大幅に減った。

平田靭負は、多度大社に工事の成功を祈り、ヨハニス・デ・レーケは、1900年(明治33年)4月木曽三川分流工事の成工式の折、当時の山縣有朋総理大臣を多度山頂から工事の全容を説明したという。

20191228多度山6.jpg

木曽三川の向こうには、濃尾平野と、さらに木曽川の源流御嶽山、木曽山脈、赤石山脈などが遠望できる。

20191228多度山5.jpg展望

すっかり心を奪われているうち、食事班は、鍋と鹿肉のステーキを準備してくれてた。

20代から70代までのメンバー約20人で鍋を囲み、旧交を温める。

20191228多度山7.jpg

鍋を食べつつも、山が気になるぼっちは、ふたたび山頂から山を眺める。

取り組んできた、「『岐阜百名山』勝手に調査委員会」で、登ってきた山々をもう一度眺めておく。

20191228多度山8.jpg

下山し、登山口にある多度大社にお参り。

来年も、安全に登山できますように。

そして、来年は5年間にわたり取り組んできた「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」仕上げの年。

無事、出版にこぎつけられますように。

20191228多度山9.jpg

帰路、国道258号線の歩道橋上から多度山の山容を眺める。

活断層のある東が急で、西はゆるやかなほか、個性はあまりみられず、今は通信塔の巣みたいになっている。

しかし、南北に連なる養老山脈最南部の多度山は、海に面し、川に面し、国境に面し、展望に優れる。

古代より重要な山だったことが分かる。

20191228多度山10.jpg

<登山記録> (…:徒歩)

2019年12月28日(土) 快晴 メンバー15名+食事班3名+家族2名

多度大社(集合)9:50…多度山山頂11:00~12:50…多度大社13:30(解散)

ブログ「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」へ>←クリック!

 

| ぼっち | 日本4000山 | 10:14 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
熊本の山旅(3)―天草 次郎丸嶽・太郎丸嶽

内陸岐阜県人のぼっちにとって、海は特別な場所で、島にある山には憧れを感じてしまう。

せっかく熊本県まで来たので、11月17日は、未踏の地・天草に渡り、島の山を巡ることにした。

天草が一つの島でなく諸島で、上島・下島を中心に多くの島があることさえ知らなかった (ロ。ロ;

 

今回は、上島にある九州百名山次郎丸嶽(397m)と太郎丸嶽(281m)、下島の最高峰にして珍名の山天竺(538m)を回る計画。

熊本のホテルを早立ちし、宇土半島から橋を渡って天草諸島に。

海を見ると、山をみるのとはまた違うドキドキを感じる。

20191117天草1.jpg

まずは、上島の西辺という集落にある、次郎丸嶽・太郎丸嶽登山口へ。

400m足らずの山と甘く見てたけど、しっかり市が駐車場や案内板を整備している。

上天草市では、市のHPに次郎丸嶽・太郎丸嶽など島の山を案内する「トレッキングブック」まで載せてしっかりPRしている。

内陸県で森林率全国2位の岐阜県がどうして山を観光資源としてしっかり活用しないのか、改めて残念におもう。。

20191117天草2.jpg

のんびりした農村風景を抜け、山道にさしかかる。

角ごとに、手作りの看板や標識があって、天草の人々の愛情を感じるな。。

20191117天草3.jpg

スギ林の中を抜け、カシやコナラなどの広葉樹林入る。

登山開始から30分ほどで、次郎丸嶽・太郎丸嶽の分岐に出る。

まずは、右手の次郎丸嶽方向に進む。

20191117天草4.jpg

山頂の手前に大岩があり、ロープにつかまって上に立つ。

場所柄、登山用のザイルではなく、船舶用のロープなんでしょう。

20191117天草5.jpg

山頂直下には石の祠がある。

治郎丸嶽は、かつて弥勒嶽とも呼ばれ、山岳修験の霊場だったのだという。

20191117天草6.jpg

登山開始から約1時間で、治郎丸嶽山頂に到達。

子ども連れも登るお手軽な山ながら、高度感と展望はばっちり。

20191117天草7.jpg

島原湾の島々、島原半島の雲仙普賢岳などが展望でき、とても標高400m弱の山とはおもわれないスケール感。

低くても、九州百名山なのは納得。岐阜県には絶対ないタイプの山。

南を見ると、上島の最高峰倉岳(682m)などが見える。こちらも九州百名山。

また、東側の金毘羅山(258m)などの海沿いの山々は「天草観海アルプス」と呼ばれ、縦走路がある。

治郎丸嶽を後に、分岐まで戻り、太郎丸嶽をめざす。

途中、治郎丸嶽の全容が拝める地点がある。東側が断崖になっているのがよく分かる。

20191117天草8.jpg

太郎丸嶽山頂に到着。

なぜ、兄の太郎丸嶽のほうが、弟の治郎丸嶽より低いのかについては、次のような伝説がある。

「昔、太郎丸と次郎丸という仲の良い兄弟の山がありました。兄の太郎丸のほうが高かったのですが、ある時兄の太郎丸が『次郎丸、今日も松島の島々に沈む夕陽はきれいだなあ』というと弟の次郎丸は『兄ちゃんはいいね。俺は兄ちゃんの影で一度も見たことがない』といいました。すると兄は弟の次郎丸がよく見れるように頂上を崩し、弟のより低くなり次郎丸は毎日松島の美しい景色と夕陽をみれるようになったという。」

20191117天草9.jpg

おだやかな海越しに見える雲仙。

本日、11月17日は、1990年(平成2年)普賢岳が噴火活動を開始した日にあたる。

当時は、雲仙という一地域のできごとととらえていた。

しかし、日本の火山は、どこもがいつ活動を活発化させてもおかしくないと思うようになっている。

 

さあて、次は珍名の山、天竺へ。((3)につづく)

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2019年11月17日(日) 晴

熊本ホテル7:00―治郎丸岳・太郎丸岳登山口9:30…分岐10:00…次郎丸岳山頂10:30~10:40…分岐11:00…太郎丸岳山頂11:25…登山口11:55―(昼食後「天竺」へ)

 

| ぼっち | 日本4000山 | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
熊本の山旅(1)―阿蘇五岳完登

「阿蘇山」は、広大なカルデラ内に、最高峰の高岳(1,592m)、現在活動中の中央火口丘の最高峰中岳(1,506m)、ギザギザの岩峰群根子岳(1,433m)、そして草千里ヶ浜に接する烏帽子岳(1,337m)、杵島岳(1,326m)などのピークがある。

上の5つのピークは「阿蘇五岳」とも呼ばれ、ぼっちは、高岳、中岳、根子岳には登っているけど、烏帽子岳、杵島岳は未踏。

 

阿蘇山の一等三角点は烏帽子岳にあって、年内に完登をめざす「一等三角点百名山」になっているのでぜひ登りたい。

ただし、往復所要時間は2時間足らず、ここだけ登りに熊本まで行くのは、あまりにもったいない。

そこで、登山対象は杵島岳も加えた「阿蘇五岳完登」、「阿蘇の珍名の山 らくだ山」、天草まで足を延ばし「九州百名山 治郎丸嶽、太郎丸嶽」、「天草の珍名の山 天竺」とし、さらに付加価値として「熊本震災復興応援」、「連れ合いサービス」、「ローカル・グルメ」と、てんこ盛りにして、2泊3日の熊本の山旅に行ってきました (ロ。ロ)/(ヘ。ヘ*/

 

15日(木)21時 阿蘇烏帽子岳登山口の草千里ケ浜までの、900匱紂11時間30分のロングドライブに出発。

連れ合いが徹夜で、関門海峡を渡って九州までの650劼△泙蠅魃薪召靴討れた。感謝!

20191116阿蘇1.jpg

運転手交代し、残る200劼△泙蠅鯀って、大分県側から夜明け前の山中を抜けて阿蘇に向かう。

カルデラの縁、外輪山上に出て、「絶景展望所」から夜明けの阿蘇五岳と感動の対面。

左が根子岳、中央部が中岳・高岳、そして右が今回めざす杵島岳、烏帽子岳。

晩秋らしく、外輪山の中、カルデラの底を雲海がたゆたう大阿蘇は、「火山の王」と呼びたいスケール感。

20191116阿蘇2.jpg

大観峰にも立ち寄り。

阿蘇山には何度か来ているけど、外輪山上に立ったのは今回が初めて。

天気が良かったこともあって、富士山をしのぐ大きさを改めて感じた。

20191116阿蘇3.jpg

カルデラ内に降り、名所草千里ヶ浜に。烏帽子岳は、その南に接し、周回することができる。

連れ合いには「阿蘇火山博物館」などを見て待っていてもらい、いざ出発。

20191116阿蘇4.jpg

登山道の途中から、西側に「立野火口瀬」を見下ろす。

阿蘇カルデラの唯一の切れ目で、ここから白川が流れ出る。

切れ目の向かって左(南)のピーク俵山(1,095m)も、九州百名山。

ただし、今回は計画がてんこ盛り過ぎて入れきれなかった。。

20191116阿蘇5(立野火口瀬).jpg

烏帽子岳から振り返ると、草千里ヶ浜が阿蘇山カルデラ内の小カルデラなのがよく分かる。

カルデラの向こうにあるのが火山博物館、その後ろに続くのが杵島岳。

20191116阿蘇6.jpg

1時間足らずで一等三角点のある烏帽子岳山頂に到着。

阿蘇中核部から離れた、標高も最高峰高岳より250mあまり低いこのピークに一等三角点が置かれたのは、

噴煙から離れていることや、尖った単独峰で見晴らしがよく、測量に好適だったからだろうか。

20191116阿蘇8.jpg

烏帽子岳から周回しての下山路からは、最近活動が活発になっている中岳火口の噴煙が良く見える。

奥に見えるのは、九重連山。

20191116阿蘇9.jpg

草千里ヶ浜から、引き続き杵島岳へのルートをショートカットしようとしたら、ススキと密生した枝の尖ったブッシュに突っ込んでしまう。

おまけに火山灰が降り積もっていて、全身灰まみれになってリカバリーにひと苦労。

20191116阿蘇10.jpg

何とか、コンクリート張りの登山道に出る。

振り返ると烏帽子岳がなかなか格好良くそびえている。とても草千里から標高200mあまりとは思えない。

20191116阿蘇12.jpg

火口壁にある杵島岳山頂からは、阿蘇中岳火口が、さらに迫って見える。

岐阜県人の持つ「山」の概念を突き崩す山だな。。

20191116阿蘇13.jpg

杵島岳の火口を周回、連れ合いの待つ草千里ケ浜に戻る。お待たせでした。

さて次は、阿蘇の珍名の山、らくだ山へ。珍名の山ハンターとしては、こちらも楽しみ。((2)へ続く)

20191116阿蘇14.jpg

<登山記録>  (―:車、…徒歩)

2019年11月16日(土) 快晴

(自宅15日21:00)―行橋I.C.―大観峰8:00~8:30―草千里ヶ浜9:10…烏帽子岳山頂9:55~10:05…草千里ヶ浜10:40…杵島岳11:25…(火口周回)…草千里ヶ浜12:10ー(らくだ山へ)

<メモ>

阿蘇山は、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の頃から活動が活発になり、さらに熊本地震で火口壁の崩落などで登山環境が厳しくなっている。

阿蘇五岳のうち、高岳・中岳は噴火警戒レベルがしばしば変わり立入禁止になることがあるので、最新情報を確認することが必要。

烏帽子岳、杵島岳は特に登山上の影響は出ていない。

 

| ぼっち | 日本4000山 | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
高知県一等三角点の山巡り(4)―工石山(1,516m)

10月6日、最終日。

高知県一等三角点の山巡り、ラストは、高知県大豊町・本山町にまたがり、愛媛県境に近い工石山(1,516m)。

高知市の工石山と区別するため、「奥工石山」「立川工石山」とも呼ばれる。

登山口は、大豊I.C.から県道5号線から林道に入った、標高約1,150m地点にある。

登山口の標高が高く、1時間あまりで登れるらしいので楽勝かなと思ったら、まったく甘かった。

 

県道5号線の愛媛県側が、昨年の西日本豪雨の影響で通行止めになったままなのは知っていたけど―

々眞梁Δ領川川名集落から林道に入ろうとしたら、吉野川支流の立川川の橋が流され復旧工事中で通行止め

⊂緡の立川集落に回ろうとしたら、県道5号線が半ば崩落し復旧工事中、鉄板を渡してあり何とか通過

N川集落から町道仁尾ヶ内線の入口にも橋流失のため通行止の看板。通行止めの期間は「復旧の日まで」

ダメ元で入っていくと、流失した部分はブルドーザーで仮復旧してあった。

 

岐阜県で過酷な林道はすいぶん見てきたつもりだけど、こんなすごいのは初めて(@。@;)キンチョウシタ

2019奥工石山1.jpg

舗装のまだらにしかない林道の状態は、標高を上げるほど、「超過酷」から「普通の厳しい林道」程度に落ち着く。

平日は、森林管理署の伐採作業も普通に行われているもよう。

登山口には、とても立派な避難小屋と、白山神社がある。

避難小屋をのぞくと、今の道の途中にあった仁尾ヶ内地区の住民がこの山の守りをされているらしい。

登る気喪失の連れ合いには、文庫本を読んでいてもらうことにして、熊鈴を付けいざ出発。

2019奥工石山3.jpg

登りだしの急斜面は、伐採作業のための作業道で登山道が分断され、難渋した。

2019奥工石山4.jpg

尾根に出てみると、伐採作業を避けた仮登山道が、尾根伝いに作られているようだった。

道は明確になり、ブナが目立ち始める。

2019奥工石山6.jpg

しばらくは、たんたんと尾根道を進むと、いきなり大岩が目の前に。

手前から岩に沿ってよじ登る。

2019奥工石山7.jpg

岩の上に出ると、ふたたび広葉樹林の中の道。初夏にはアケボノツツジなどが咲くらしい。

ただし、このあたり新しい獣のにおいがぷんぷん。笛を吹いて進む。

四国では剣山系にしかもう生息してないと言われるけど、これはツキノワグマじゃないのだろうか。。

2019奥工石山8.jpg

竜王峠からのルートと合流。

立札もあり、それなりに登られている山という印象。

昨年の台風でアプローチががかなり厳しくなり、入りにくい山になっている様子。

2019奥工石山15.jpg

広葉樹林の旧斜面を登ると岩の下から清水がわいている。

四国三郎とも呼ばれる吉野川の支流立川川の水源となっているらしい。

2019奥工石山9.jpg

霧と小雨の中ながら、このあたりのブナ林はすばらしい。

人工林率の高い高知県に残された、貴重な原生林。

2019奥工石山10.jpg

ブナ林の先に大岩がぬっと出現。

これが、工石山の山名の由来となったユルギ岩。さてどうやって登るのかな。。

2019奥工石山11.jpg

これも、下を巻いて、背後に回れば、ロッククライミングということもなかった。

白山神社の石の祠が置かれ、ここが信仰上のピークなんでしょう。

白山信仰が土佐山中まで及んでいるのにも、おどろく。平家の落人が信仰していたのだろうか。。

2019奥工石山12.jpg

一等三角点の山頂は、その少し先にあり、ササ原で、ゆっくり休めるたたずまい。

霧さえ晴れれば、標高が高く、県境に近い分、四国山地の山々が、今回の山の中で、もっともよく見えたはず。

2019奥工石山13.jpg

復路は、尾根から伐採地に入らず、標識に従い尾根通しで下る。

こちらは植林地は通らず、最後までブナの森を行くいいコースだった。林床の苔も見ごたえがある。

2019奥工石山16.jpg

最後はススキをかき分けてポンと林道に出る。

駐車できるスペースはあるけれど、何の標識もないので、どこから登りだしていいのかわかりにくい。

避難小屋のところから登り、尾根に下山するのが結果良しだったみたい。

 

愛車奥地君と待っていてくれた連れ合いによると、香川県の林道走行愛好家が5台通過していったとのこと。

リーダー格の人に聞いた話だと、山深い高知あたりでは、道路の正式な復旧を待っていては、生活も仕事(林業)も成り立たないので、とりあえずどんなことがあっても道を通じさせてしまい、それからおもむろに正式に道路改修を行うことが多いそう。

2019奥工石山17.jpg

戻り道に、工石山を方向を振り返る。

山頂は見えないけど、尾根の途中から自然林となり大きな岩がいくつもそびえるのが見える。

工石山の名は、飢えに苦しむ平家落人が、「この石が喰えるものならば」と嘆き喰石山と呼ばれたのが転化したと伝わる。

山深い山とはこういう山をいうのだろう。そして、そのような場所にも人のにおいがするのが日本の山だろう。

2019奥工石山18.jpg

下山後、山麓立川集落の重要文化財「立川番所書院」に立ち寄る。

土佐から伊予に抜ける街道沿いにあった番所とのこと。

受付のおばあさんに、工石山に登ってきましたと話したら、「私も登ったけど、山頂のユルギ石は、今はもう揺るがなくなってしまった」とのこと。

 

岐阜県のライバル県・高知が、なにかと親しく感じられた今回の山旅でありました。

2019奥工石山20.jpg

<登山記録> (―:車、…:徒歩)   (↓地図クリックで拡大)

2019年10月6日(日) 曇時々小雨

高知市5:15―大豊I.C.―立川集落7:00―登山口8:30(駐車)…尾根分岐…石清水9:35…ユルギ岩9:55…工石山山頂10:05〜10:15…尾根分岐10:55…林道11:15…登山口11:20―(帰路)

 

<メモ>

・本来は、国有林で、地元大豊町仁尾ヶ内集落で大事にされており、避難小屋や登山道標識も整備された山。

・ただし、昨年2018年の西日本豪雨の爪跡が依然アプローチの町道・林道に残る。

・登山道自体は伐採作業で迂回路が作られているが、特に台風によるダメージはみられなかった。

・ほかに平成12年に完成した奥工石山〜竜王峠〜白髪山をつなぐ縦走路も開かれている。

 

| ぼっち | 日本4000山 | 06:34 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
高知県一等三角点の山巡り(3)―工石山(1,177m)

源氏ヶ駄場から約2時間、高知県立牧野植物園に連れ合いを送り、高知県一等三角点の山巡り3番目の工石山をめざす。

高知県には、工石山(くいしやま)という山が2山あって、こちらは標高1,177mで高知市の北端にあって、同市の最高峰。

もう一つは、高知県北部の大豊町・本山町にまたがる1,516m峰で、「奥工石山」とも呼ばれる。

 

高知市の工石山登山口へは「高知市工石山青少年の家」を目印に、県道16号線で市街地から約1時間。

平成の大合併以前は土佐山村と呼ばれた場所で、道沿いにはユズや茶が植えられ、山頂近くまでスギなどの植林がされている。

↓こんなのが、高知県の標準的な山村風景。

20191005工石山1.jpg

工石山も石灰岩の山で、頭に大岩を置いた山が見えてくる。

山頂は見えないけど、工石山の一部でありましょう。

20191005工石山2.jpg

「高知市市民の森」にもなっている市民ご愛用の山のようで、青少年の家周辺の駐車場はどこも一杯。

林道工石線から右手の林道に入る。

20191005工石山3.jpg

三辻山へ向かっていく林道から、登山道に入る。

20191005工石山4.jpg

しばらくは、スギ植林地の中の登山道をジグザグに登っていく。

不入山の天然林を歩いた後ゆえ、管理された遊歩道を歩く気分。

20191005工石山5.jpg

「杖塚」という分岐点に出る。

右手が「北回りコース」、左手が「南回りコース」。南回りコースがやや長い。

北回りコースから南回りコースへと周回することにする。

20191005工石山6.jpg

引き続きスギ植林の中の登山道沿いに、「都道府県の木」が植えられている。

岐阜県の木イチイは、枯れたらしく、切り株だけ(ToT)ナントカシテ

 

昭和38年の台風の強風で、根元から曲がったスギがそのまま成長したという「根曲り杉」もあった。

20191005工石山8.jpg

ずっと見通しのきかない登山道の脇に、トド岩という大岩がある。

上に立つと、北側の視界が得られ、山間につくられた棚田の向こうに四国山地が眺められる。

20191005工石山9.jpg

藩政時代にはこの山もお留山として土佐藩が管理していたらしく、ヒノキらしい巨木の古い切り株が残る。

今は二次林となった樹林を進むと、北峰ピークに出る。

北側の展望、つまり四国山地側が大きく開け、四国の主だった山がほとんどすべて見える。

山名を記した方位盤で、奥工石山もしっかり特定できた。

20191005工石山10.jpg

北峰から、鞍部の九石神社の鳥居を経て、約10分で工石山本峰に到着。

一等三角点は石積みに埋もれ、欠けたところがコンクリートで補修してあった。

こちらは南側、つまり高知市街から太平洋に向けての展望が大きく展開。高知市民に人気の山なのも納得のパノラマ。

20191005工石山11.jpg

南廻りコースは、比較的よく広葉樹林が残され、ブナの大木もところどころにある。

シャクナゲの群落の間を抜け、沢と出会う賽の河原を経て、ヒノキ屏風岩に出る。

眼下に鏡川の谷を見下ろす、その右手の尾根700m程下に見える大岩は、妙体岩といい、初代藩主山内一豊が土佐に船で入国した際目標となり、無事入国を果たしたという伝説の岩だそう。

そんな伝説も、高知の人びとにとって、この山を親しいものにしているのでしょう。

20191005工石山12.jpg

<登山記録>  (―:車、…:徒歩)

2019年10月5日(土) 快晴 単独行

(源氏ヶ駄場)―高知県立牧野植物園―工石山青少年の家付近(駐車)13:40…登山口13:55…杖塚分岐14:15…(北廻りコース)…北峰14:55…工石山山頂15:05~15:15…ヒノキ屏風岩15:45…杖塚16:10…登山口16:30―(高知市内へ)

 

| ぼっち | 日本4000山 | 05:48 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
高知県一等三角点の山巡り(1)―不入山(いらずやま)

高知県は、県面積あたりの森林率が84%と全国一。

2位、81%の岐阜県のライバル県といえましょう。(←競うもんじゃないかな。。)

一等三角点は19箇所あり、そのうち、不入山、工石山、奥工石山、珍名の山・源氏ヶ駄場を2泊3日で連れ合いと巡ってきました。 (↓場所は下の地図をクリック!)

 

まずは、不入山(いらずやま:1,336m)。

不入山は、その名が土佐藩のお留山(入山などが禁じられた山)であったことにちなむという。

岐阜県の誇る清流長良川のライバル、四万十川の源流点を持つ山として知られている。

メインの登山口は、船戸林道の入口だけれど、四万十川源流の手前にある源流の碑からも入山できる。

岐阜県民としては、ライバルの清流も知っておきたくて、こちらを選択。

20161004不入山1.jpg

源流点までは、スギと、サワグルミなどの渓畔林に覆われた遊歩道になっている。

スギは植林されて80年とか案内板に書いてあったけど、樹齢200年くらいに見えるほど太い。

さすが、年間降水量日本一の県。

昨日までの大雨の影響で、源流部とはいえ、結構な水量がある。

20161004不入山2.jpg

滝の脇の歩道はすっかり水に沈み、連れ合いはビビっておりました。

20161004不入山13.jpg

入口から約20分で、四万十川源流点に到着。

実際には、ここよりもっと上まで流れはあるので、源流点の定義を知りたいところ。

20161004不入山3.jpg

源流点で、遊歩道は終わり、不入山への急な登山道となる。

遊歩道の終点を、とりあえず源流点としたのかな (?_?)>

20161004不入山4.jpg

約1,140mの地点で、ほぼ等高線に沿うルート「南一周コース」に出る。

右手に取ると、メインの船戸林道側の登山口に、山頂には右手に取る。

20161004不入山5.jpg

日本海側に多い根の曲がったチシマザサではなく、ここは太平洋側に多いすっと一直線に伸びるスズタケが背より高く繁っている。

ちょうど1週間くらい前に刈っていただいた後なので、ヤブ漕ぎしなくてすんで大助かり。

20161004不入山6.jpg

等高線沿いから、山頂をめざす尾根に出たあたりから、大木が多くなる。

ブナなどとともに、赤い幹のヒメシャラも立派。

20161004不入山8.jpg

登山口から、1時間45分で、一等三角点の不入山山頂に到着。

20161004不入山10.jpg

山頂から南を見ると、山々が重なり合い、その先がいきなり太平洋だからこそ森林率が高くなる。

「山また山」の飛騨と、「山と海」の高知では風景の開放感がずいぶん違うけど、海は県面積には入らないもんな。。

20161004不入山9.jpg

連れ合いが「源流点までの急斜面を下るのは膝が心配」というので、もっともおだやかな槇尾根コースで下山する。

風格のあるコウヤマキやヒノキの原生林が見事。

高知県は農地が少ない部分林業が盛んで、人工林率が65%と全国で最も高い(注)

それだけに、不入山に残されたこの原生林は貴重なもの。

先を歩く連れ合いに、この山の場合ルートには赤テープがあるみたいだから、見逃さないでと、アドバイス。

(注)人工林率1位は、66%の佐賀県だけど、そもそも森林面積が少ないので、高知県は山林が最も人工林化された県と言えましょう。

20161004不入山11.jpg

船戸林道は、車の通行が禁止されているので、林道終点で連れ合いを見送り、南一周コースで四万十川源流側に戻る。

そして、愛車奥地君に乗って、船戸林道の起点へ連れ合い迎えに行く。

20161004不入山12.jpg

船戸林道の起点で待っていても、連れ合いがなかなか来ない。

心配になって、林道を迎えに行くことにする。

20161004不入山15.jpg

標高を稼ぐと断続的に携帯が通じるようになり「イノシシを2回見た」とか、「林道がなくなった」とか、不安をそそるようなメッセージが入り、胸騒ぎはいや増す。

どう考えても、船戸林道を歩いているようには思われないけど、地図に他の道はない。

「林道はすぐなくなって、赤いテープや不入山の標識があったからそれに入った」「舗装の道に出た。通信塔のそば」とか言うので、北の方に向かってしまったのではと推測。

「GPSで確かめて。その辺に矢筈トンネルとかあるんじゃない?」と聞くと、「うん、ある」とのことでほっと一息。

もうほとんど林道終点まで歩いていたのを、急いで引き返す。

 

北側に、今日立ち寄るはずだった四国カルスト高原が夕暮れの光を浴びている。

高原にある珍名の山、源氏ヶ駄場は明日めざすことにして、本日の宿天狗高原の天狗荘に直行。

登山初心者との別行動は絶対よくないと、身に染みた次第。

20161004不入山14.jpg

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2019年10月4日(金) 晴 メンバー:botti、連れ合い

自宅4:00―(徳島自動車道回り)―須崎東I.C.―四万十源流の碑(駐車)11:00…源流点11:20~11:25…(西峰コース)…不入山山頂12:45~13:15…(槇尾根コース)…船戸林道終点14:35…(南一周コース)…四万十源流の碑15:20ー船戸林道起点(駐車)15:40…(林道往復)…船戸林道起点17:10ー矢筈トンネル17:25―天狗荘18:10(泊)

 

(↓地図クリックで拡大)

<メモ>

・連れ合いの通ったルートは、「龍馬脱藩トレイルコース」というルートで、10月27日に大会を控えているので整備されたばかりだったらしい。

 南一周コースのササが刈られていたのもそのおかげなんでしょう。

 入る方も地図が読めない責任はあるけれど、これは船戸林道ではない旨書いておいていただけると、ありがたいなと思う次第。

 

| ぼっち | 日本4000山 | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
不動山励谷ルート遡行記(3日目)−帰路も長丁場

26日 3日目 ようやく晴れ日。

7時30分、焚火を消して、キャンプ地を後に。

さあて、ホハレ峠まで、帰路も長丁場。

20190826帰路1.jpg

往路には、通称「玉冷やしの深瀬」といわれるゴルジュは、まさにその名のとおりの深さだった。

帰路は、水かさも減って、らくらく通過。

沢靴を脱いで、尾根を急登し、西谷林道に出る。

20190826帰路2.jpg

長い西谷林道も、帰路は下りのうえ食糧がなくなった分身軽になり余裕で通過。

振り返ると、皆伐のために開かれた林道の下は、崩落している箇所もある。

いずれにしても、昭和の高度経済成長期は、成長と引き換えに大事なものを失った時代でもあったんだな。。

20190826帰路3.jpg

キャンプ地から約4時間、門入集落が見えてくる。

門入側から見上げる蕎麦粒山は、やさしい姿をしている。

お約束のH農園の2匹のワンちゃんに吠えたてられながら、ちょっとHさんにご挨拶し、門入集落に到着。

20190826帰路4.jpg

Iさんも来ておられ、いつぞやはお世話になりましたと、ご挨拶。

沈下橋を渡るわれわれを、Iさんはずっと見送ってくださった。
林道終点の渡渉地点も、水かさがが減り、流れはおだやかになっていた。

20190826帰路5.jpg

帰路の難所は、最後のホハレ峠までの登り。

体力を振り絞って、350m程の標高を詰めていく。

木地屋平まで来るとようやく急登も終わりが近づき、Nuリーダーお気に入りのトチの樹の下の水場で一服。

20190826帰路6.jpg

15時10分、キャンプ地から7時間30分あまりで、ようやくホハレ峠に到着。

月曜日の今日は、建設会社の方たちが峠周辺で働いておられる。

令和3年まで3年かけ、門入に向け、作業路を整備するのだそう。

 

もし、門入まで車で入れるようになったら、不動山はテント泊1泊2日くらいで往復できるのではと期待しちゃうけど、「一般には解放せず、ゲートを設けることになるのでは」とのこと。

当面、不動山は「『ぎふ百山』最難峰」の地位を維持するようであります。

20190826帰路7.jpg

<登山記録>  (―:車、…:徒歩)

2019年8月26日(月)

キャンプ地7:30…尾根取付8:20…林道取付8:50…門入集落11:40〜12:35…林道終点・渡渉地点13:30…ホハレ峠15:10〜15:30―(帰路)

 

<メモ>

○不動山登頂の注意点

(1)車でホハレ峠にたどり着くまで

 2008年に徳山ダムが完成し、門入に至る西谷林道が使えなくなったため、現在では揖斐川町坂内川上集落からホハレ峠まで車で入り、後は徒歩で入山することとなる。

 ホハレ峠までの林道は、12月〜6月は通行止め。通行できる期間も道路状況は悪いので、事前に通行可能か確認を。

 なお、ホハレ峠から門入まで作業道を整備する工事が2021年まで行われており、対向車注意。

(2)ホハレ峠から門入まで(徒歩約2時間、帰路約2時間30分)

 ホハレ峠から旧門入集落までは、徒歩2時間、黒谷沿いの道は踏み跡程度で滑りやすいので転落注意。

 左岸から右岸に渡渉し門入からの林道に入る。増水時は渡渉注意。

 林道は、現段階では西谷林道に比べれば歩きやすいが、沢の出合で崩落が起きているなど、年々状態は悪くなっている。

(3)門入から西谷林道(約3時間30分、帰路約2時間)

 かつては自家用車の使えた門入から西谷林道終点近くの沢の取り付き点まで、現在はえんえんと林道歩きとなる。

 日当たり部分は夏草に埋もれ、崩落も進み、廃道化が著しい。

(4)沢取付から不動山まで(約5時間30分、帰路約5時間)

 不動山は豪雪の奥山で、登山道はなく、沢を詰め、最後はヤブ漕ぎして登頂することとなり、相応の技術・装備が必要。

 しかも沢に取り付いてから山頂往復には10時間以上かかるし、ルートファインディングに時間を取られることも想定しておく必要がある。
(5)全般
 初登の単独行はあまりにも無謀だし、万が一の場合、捜索範囲が広すぎ多大な迷惑をかけるのでやめた方がいい。
 登山届のポストは、道の駅夜叉ヶ池の里さかうちにあるので、ぜひとも提出したい。
 天候によって、渡渉困難になることが十分想定され、廃道状態の西谷林道の落石のリスクなども高くなるので、行動する3日間の天気予報を確認し、無理はしない。
○残雪期を狙う場合の注意点
 上記のような困難から、最近は残雪期登山として東隣の千回沢山とセットで登る次の2つのルートが開拓された。
 々野ダムから美濃俣丸〜笹ヶ峰の県境稜線の途中、通称ロボットピークから分岐する尾根をたどるのルート(テント泊1泊2日)
 徳山ダム湖最上流部から取り付くルート(テント泊1泊2日・強行軍で日帰り)

 この二つのルートは、数々の条件がそろわないと登頂は困難。

 

 ,蓮広野ダム奥の二ッ屋分水堰までの除雪が終わり、残雪がたっぷりあるごく限定された期間しか登頂できない。

  特に、ロボットピークからの稜線の不動山手前の部分が急で、雪が切れていることが多くここで断念された事例が多い。

 △砲弔い討賄肋津世凌綽次槊農の残雪量+当日の天候の3条件がそろわないと、登頂は困難。

  2018年のように、3の条件がそろう日のない年もある。

 

| ぼっち | 日本4000山 | 21:14 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
不動山励谷ルート遡行記(2日目)−不動山往復

25日 2日目。

明け方3時頃、テントを雨の打つ音で目が覚める。

夜明けには何とか降り止み、予定より1時間遅らせ、6:30に出発。

20190825不動山1.jpg

踏み跡をたどり、励谷(はげんだに)の出合に出る。

いよいよ、不動山をめざし、励谷ルート沢登り開始。

金ヶ丸谷と分かれた分、水量が減る反面、小滝などが連続するようになる。

20190825不動山2.jpg

出合からしばらくは、沢へ大きく腕を差し出したミズナラの巨木に何度も出会う。

昭和15年刊森本次男著「樹林の山旅」に描かれた、奥美濃の深い森が、ここにはまだ残されている。

次第に沢べりには、トチやサワグルミの巨木が目立つようになる。

株立ちしたサワグルミは、ホハレ峠あたりに比べ格段に風格がある。

20190825不動山3.jpg

岸をへつり、渡渉を繰り返しながら、遡行すること約1時間半で、標高約750mのゴヨクラ谷の出合に至る。

県境稜線の方向に流れる励谷とはここで別れ、ゴヨクラ谷に入る。

20190825不動山4.jpg

ゴヨクラ谷は次第に急傾斜となり、岩を飛び移ったり、よじ登ったりが増える。

このあたりになると、2万5千分の1地形図でもGPSでも進路を読み切れないので、よくよく地形と方位を確認していかねばならない。

20190825不動山5.jpg

ゴヨクラ谷を1時間あまり進んだ標高約950m地点で沢は二股に分かれる。

地形図やGPSには、そんな分岐は表示されない。

不動山4度目のNuリーダは、前回ここで迷ったそうで、左手の壁のように立ちふさがる滝を登るとおっしゃる。

他のメンバーは、直進に見える右手の沢でではないかと議論。

偵察した結果、右手の沢はすぐに細くなり、左手の滝を登るのが正解とわかる。

こういった手間を惜しまないのが大事なんだな。。

20190825不動山6.jpg

滝から30分ほどで、涸れ沢となり、登りつめていくと三点支持をしないとずり落ちそうなほどの急な溝状態になる。

Nuリーダーと女性メンバーOoさんは尾根に取り付き、沢登りの達人Naさん、Itさんは、ホールドのほとんどない泥でつるつるする溝をクリア。

ぼっちもそれに続こうとしたら、沢靴ではホールドがきかず、あやうく滑落しかけ、何とか下部の灌木にしがみつく。危ない、危ない。

ザイルを下ろしてもらい、尾根の灌木に手が届くところまでへつって、なんとか先に進む。

20190825不動山7.jpg

Nuリーダーの的確なリードで、稜線上、三角点の20mほどしか離れていない場所に出る。

周囲をチシマザサに覆われた三等三角点に到達。皆で万歳三唱。

20190825不動山8.jpg

目のあたりまであるササを脚で踏みつけながら、周囲の山々を観察する。

まず、蕎麦粒山が同定でき、芋づる式に烏帽子山高丸金糞岳などが確認できる。

美濃俣丸から笹ヶ峰までたどった県境尾根は、ぼんやり雲がかかり、はっきりしない。

北側の釈迦嶺や、東隣の千回沢山は、ヤブがうるさくて見えずじまい。

いずれにしても、テント泊・沢登り・ヤブ漕ぎ付テント泊2泊3日のピークからの展望としては、あまりに地味なもの。

しかし、それぞれの山に、ヤブを漕ぎ、沢を詰め、ラッセルに汗してきた山馬鹿ぼっちにとっては、万感の光景であります。

20190825不動山9.jpg

復路も気は抜けない。

往路では難なく登れた二股部分の滝では、ザイルで確保して下降する。

それにしても、難所を通れば通るほど、自分の登攀技術のなさを思い知り、情けなくなる。

来年は、クライミング技術向上を、年間の修行目標としよう。。

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2019年8月25日(日) 早朝雨 のち曇時々晴

テントサイト6:30…励谷出合6:35…ゴヨクラ出合8:05…950m二俣部分9:20…不動山山頂10:55〜11:30…ゴヨクラ出合13:30…テントサイト15:30(泊)

26日(月)

テントサイト7:30…沢8:20…林道取付5:50…門入集落11:40〜12:35…林道終点・渡渉地点13:30…ホハレ峠15:10〜15:30―(帰路)

 

| ぼっち | 日本4000山 | 20:59 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< April 2020 >>
+ SELECTED ENTRIES