WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
ブンゲン(1,260m) 竹屋谷・北谷 沢登り

伊吹山地のブンゲン(射能山)は、国土地理院の2万5千分の1地形図に名前のない山。

北麓に奥伊吹スキー場があって、その最高点から登山道が開かれ、ぼっちも2016年4月、このルートで登った。

琵琶湖方面などの見晴らしはいいけれど、このルートをたどるだけではそれほど個性は感じられない。しかし沢は面白いという。

今回、地元山の会で、岐阜県側の粥川の源流部、竹屋谷・北谷の沢登りが計画され、ぜひともと行ってきました(ロ。ロ)/

 

揖斐川町春日美束地区の奥、西谷の大平八滝を目標にカーナビをセット、その駐車場に車を止める。

今回は8名のメンバー、リーダーのIさんはじめ、沢登りが本業のメンバーに、ぼっちはじめ初級者が3名。

久しぶりの沢登り、竹屋谷で登り、北谷を下るフルコース、緊張しながら入渓。

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花崗岩の明るい沢で、石灰岩の沢のようにヒルなどの心配が少ないのがありがたい。

滑滝を進んでいく。周囲は自然林で、トチの大木などにも出会い、いい感じ。

 

谷には滝が多く、地元の方が独力で遊歩道や看板を作られている。

滝マニアにはいいんでしょうが、手つかずの自然を愛するメンバーは、あまり歓迎していないみたい。。

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岩に水が乱れ散るこの滝には「気まま滝」のプレートが。

トップのNaさんがみごとによじ登り、ザイルを下してくれる。

ここで、ぼっちは登攀が素人なことを露呈。もっと修行をせねば。。

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大岩から流れ落ちるこちらは「流厳滝」のプレートが。

こちらは高巻きする。

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何段にも重なり落差最大となる「観音滝」が遊歩道の終点。

上流にはまだまだ名もなき滝が連続する。

ぼっちたち初級者はトップの後ろを従順についていくけど、エキスパートたちは、シャワークライミングなどを自由に楽しむ。

長い割れ目を手足を突っ張りながら登る。

最後、女性メンバーは、男性メンバーの背中を踏み台に割れ目から這い上がる。

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標高1,050mほどの所で、滝の連続は終わり、別天地の穏やかな世界が待っている。

このあたり、キャンプをしても楽しそう。

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水がなくなり、急斜面を登る。

ヤブが出てきて、しばらく漕いでいくと、ポンと岐阜・滋賀県境稜線上の登山道に出る。

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ブンゲンの山頂まで、あとわずか。

怪しい雲行きに、伊吹山は雲に覆われる。

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ブンゲン山頂で恒例の万歳。沢登りの湿気でレンズ曇ってます。

山上は暑いので、Iリーダー推薦の北谷の休憩場所で大休止することとする。

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山頂と、先ほど出た一つ北のピークの間の鞍部のヤブをかき分け、北谷に入る。

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花崗岩の岩屋の前の小平地に出る。確かに休憩にはいい所。

山籠もりして修行するにもいいような感じ。

花崗岩の山が多い旧春日村は、このような岩屋がいくつもある。

関ケ原の戦いの際、本願寺の教如が隠れた「鉈ヶ岩屋」もそのひとつ。

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沢登りも大変だけど、登っていないルートを下るのも足元が見えずにこれまた大変。

北谷上部は、比較的大きな滝はないけれど、時間も考えて巻いていく部分が多かった。

 

そんな中、落差も大きく二筋に分かれた立派な滝に出合う。

名前はついていないようだけど、メンバーは「両門の滝」と呼んでいる。

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下りも一か所ザイルを出して、懸垂下降。

北谷下部には、大谷八滝という岩の割れ目を樋状に流れる八つの滝がある。

高巻きしたこともあり、あまり印象に残る大滝は目にしなかった。

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トダナ岩屋という「鉈ヶ岩屋」よりも立派だという岩屋への道に合流、予定よりやや早く、林道に出た。

夏の盛りの涼しい沢登り、新型コロナウィルス流行中の今年も無事経験できて良かった。

 

弱点を露呈してしまったけれど、長丁場だったので、自分なりに何を身につけたらいいのか、勘どころはつかめた気がする。

次回、沢登りでは、思い切って突っ込んでいろいろ経験を増やしたい。

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<登山記録>  (―:車、…:徒歩)  (↓地図クリックで拡大)

2020年8月23日(日) 曇時々晴れ間、少し雨  メンバー:I(L)、Oh、Ni、Na、H、Ot、Og、botti

大垣集合―(大谷林道)―大平八滝駐車場(駐車)7:05…竹屋谷入渓7:10…気まま滝7:45…観音滝8:20…稜線11:05…ブンゲン山頂11:05〜11:10…北谷岩屋(昼食)11:40〜12:00…両門の滝13:20…トダナ岩屋入口14:00―(帰路)

 

| ぼっち | 美濃百山 | 13:21 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
冒険的な山―スギクラ(1,282m)

政府の新型コロナウィルス緊急事態宣言解除を受けた山岳4団体のガイドラインが5月25日に出された。

「近距離(100キロ圏内程度)で、できるだけ都道府県をまたがない日帰り登山から始めましょう」ということであります。

 

今回は、「美濃百山」を今年中に完登すための、最後の難関スギクラ(1,282m)へ行こうと計画。

なぜだかピーク付近だけ福井県側に突き出した、県境の道なき山で、積雪期に行きそびれた。

無雪期は、能郷白山の北側、岐阜・福井県境の国道157号線の温見峠から福井県寄りに3劼曚鋲った白谷から取り付く。

しかし、酷道157号線がこの3年間通行止めで、福井県側から大回りしなくてはならない。

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滋賀県、福井県を大回りして180辧△茲Δ笋温見川の白谷出合に到着。

もちろん、どこにも立ち寄っていないけど、関所破りをした気分。

あの鞍部が温見峠で、向こうは岐阜県なんだけどな。。

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白谷堰堤の石碑のあるゲートで谷へ入る道は通行止め、ここに岐阜県ナンバーの車が1台止めてあって、びっくり。

車内を見ると、どうやら釣りの人のよう。

荒れた道をしばらく進み、川原に出る。

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川原沿いは梅雨入り前の花の時期で、ムシカリ、タニウツギ、ウノハナなどが目を楽しませてくれる。

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堰堤は3か所あって、第1堰堤は右岸から乗り越す。

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一回渡渉して第2堰堤へ。ここも右岸から乗り越す。虎ロープが付けられていた。

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三回渡渉して、第3堰堤へ。岩に水苔が付いて滑りそうになるので注意。

左岸から大巻きして堰堤を乗り越す。

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堰堤の少し上の急斜面を、少し戻るような方向でジグザグに急登し、途中1,108mポイントのある尾根に取り付く。

踏み跡があったが、目印類は一切ない。

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明確な尾根は、すばらしいブナやミズナラにおおわれ、新緑がまぶしい。

尾根の下部は、踏み跡が明確で、ササもあまり被っていない。

ただし、その踏み跡は、人ではなく獣のもののよう。

気を付けなくてはいけないのは、獣の場合、いくつもの尾根に同じような踏み跡があるので、下りに紛れ込みやすいこと。

きちんと目印の赤テープを付け、振り返って風景を確認しながら進む。

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こんな立派なミズナラも登場。

根もとには、獣が冬眠するのによさそうな穴があった。

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中間地点の1,108mポイントのあたりからは、チシマザサのヤブも登場。

獣の糞も出てくるので、笛を吹きながら進む。

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尾根上部は背を越すヤブとなり、さらに山上部は、直径300mほどほぼ平坦になっている。

獣道さえなくなり、東西南北分からなくなって、三角点を見付けるのはきわめて困難。

1時間近くも山上部をさまよってしまった。

複数だと「線」になるので方向を定めやすいけど、単独行は「点」なので密生したヤブの中では東西南北皆目わからなくなるのを実感。

GPSは役に立たなくて、地図と磁石そして木の根の上に登って、辛うじて能郷白山の姿を見付け方向を定める。

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ようやく、三等三角点「杉谷」に到着。地元では杉谷山とも呼ばれているよう。

地図でしっかり方位を確認し、帰りの尾根に向かうよう努めたけど、やっぱりかなり迷った。

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ヤブの中にようやく尾根へ下る赤テープを発見。

尾根に入ってからもヤブで踏み跡を見失いかけたから、くどいくらい赤テープを付けて正解だった。

結局登り4時間45分(山上でのウロウロ55分)、下り3時間30分(同45分)で、何とか16時5分前に愛車奥地君のもとに帰還。

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行きに見た岐阜県ナンバーの車はなくなっていた。

157号線が通れなくても、これも昨年は道路が崩壊して通れなかった猫峠の林道は通れるのかもと行ってみた。

昨年秋は通行止めだった温見峠から先の岐阜県側に入ることができ、やはり猫峠を迂回すれば通行OKだった。

帰路は約70キロ、高速道路を使わず2時間あまりで自宅へ。

ガイドラインをおおむね順守しての山行となったのでありました(やれやれ)。

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<登山記録>  (−:車、…:徒歩)  (↓地図クリックで拡大)

2020年5月30日(土) 晴 単独行

自宅4:45−福井I.C.―白谷堰堤入口(駐車)7:30…第1堰堤7:50…第2堰堤8:05…第3堰堤8:30…尾根取付き点8:45…1,108m地点9:30…山上部11:20…(三角点を探しウロウロ)…スギクラ三角点12:15〜12:30…(尾根下り口を探しウロウロ)13:15…白谷15:05…白谷堰堤入口15:55〜16:15―温見峠・猫峠林道経由で自宅18:30

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<メモ>

・よほどのもの好きでないと行かないだろう地図に名もない「美濃百山」。

・登山者は年間数人といったところではないだろうか。ただし、堰堤沿いは釣り人が歩いており、虎ロープなどもある。

・山頂は展望がなく、ピーク感がないので登頂の実感は湧きにくい。一般的な登山者には苦労ばかりの山。

 しかし、尾根のブナは見事で、自然と冒険が好きな登山者にはいいでしょう。

・熊の糞がたくさんあった。熊鈴、ホイッスルは必携。行っておいてなんだけど、単独行はお勧めしません。

 

| ぼっち | 美濃百山 | 07:38 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
揖斐川源流部への入口―飯盛山(745m)、西津汲(793m)

飯を盛ったような形にちなんで飯盛山と名付けられた山が全国各地にある。

ぼっちも白虎隊で有名な会津若松の372m峰や、八ヶ岳の好展望台の1,653m峰に登っている。

うちのご近所、揖斐川町にも749mの飯盛山があり、低山ながら、やはり飯をこんもり盛ったような姿で、なかなか印象的。

揖斐川右岸、ちょうど揖斐川町の市街地から山に入る入口のような位置にある目立つ低山なので、揖斐川源流部の奥山に向かう途中、「またいつか」とスルーしてきた。

山麓の津汲の里のシンボル的な山で、登山道が整備され、往復3時間程度、連休頃にはヤマシャクヤクやシャクナゲが咲くらしい。

 

今回、「県内の、誰とも会わなそうな山、往復も寄り道しない」条件の山を探していて、一般的な登山開始時刻前に登山終了しちゃう手もあるなと思いついた。

ということで、夜明けとともに家を出発。

豪雪と多雨で降水量の多い揖斐川本流には、西平ダム、久瀬ダム、横山ダム、そして徳山ダムとダムが連続する。

そのうち、久瀬ダムの対岸にある西津汲集落の背後に飯盛山はある。

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揖斐川町日坂地区に向かう県道の途中から林道に入る。

標高400mを超えたあたり、天狗の森公園の駐車場が登山口となっている。

5時55分登山開始。もちろん、他に人の気配は全くなし。よしよし。

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登山道は、よく整備され、道なき山、巡視路が登山道がわりといった山ばかりのぼっちには、ありがたすぎる、

登山道沿いは、落葉雇用樹林に包まれ、新緑が朝日を浴びていい感じ。

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飯盛山は、先日入った北山などと同様、石灰岩でできた山なので、石灰岩がごろごろしていて、岩肌を見せる崩落地などもある。

ここからは、揖斐川源流部に向けて、小津権現山、花房山、天狗山などが眺められる。

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シャクナゲや、ヤマシャクヤクにも出会うことができた。

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登山道は中腹あたりで二つに分かれ、右手に入ると、「月の株」と呼ばれるケヤキの大木が大きく空に向け枝をのばしている。

この木にかかる月のさまが、あまりに美しく風情があるため名付けられたとか。

今回は、ちょうど朝陽が枝をきらめかせておりました。

この木には天狗が棲むとの言い伝えがあるともいう。

揖斐川源流部は、北陸から及んだ浄土真宗の勢力が強く、天狗など山岳信仰的な伝説はほとんど伝わっていない。

この山から10劼曚彬未砲△襦天狗山(1,149m)も、山名は残るが、山名の由来となるような伝承は残っていないらしい。

いろいろな信仰が残る揖斐川市街地が近いからこそ、かえって残された伝説なんでしょう。

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美濃の山に、ケヤキはあまり見かけないけれど、月の株だけでなく、この山には、なかなか立派なケヤキが多い。

新緑を透かして、背後に小津権現山が大きい。

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登山口から1時間弱で、飯盛山山頂に到着。

三角点はなく、広場のようになっているけれど、周囲に樹木があって展望は今一歩。

文字通り朝飯前で登ったので、ここで「チキンラーメンぶっこみ飯」を、すきっ腹でおいしくいただく。

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飯盛山から、793mの西津汲三角点までは、いったん大下り。

石灰岩がごろごろし、岩をよけて踏み跡があちこちしている。

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途中、濃尾平野が見えるポイントがあり、知多半島までくっきり見えた。

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鞍部から、反射板が2枚ある西津汲ピークを見上げる。

岩はあまりないかわり、枯草の具合を見ると、夏になると草やシダに覆われている様子。

春の今頃か、紅葉の頃がベストシーズンでしょう。

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西津汲まで登る途中振り返ると、まさに飯を盛ったような飯盛山越しに、小津権現山、その左に天狗山が見える。

天狗は、飯盛山と天狗山の間を行き来していたのだろうか。。

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反射板まで出ると、広い草地になって、さらに展望は広がる。

地図で確認すると、右手から花房山、小津権現山、(奥)金草岳、天狗山、蕎麦粒山、(奥)笹ヶ峰〜三周ヶ岳にかけての福井県境の山々。

このおだやかな山の重なりが、冬場には豪雪で迫力ある展望に変わる。

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飯盛山から約1時間で西津汲三角点に到着。

反射板のところからに比べると、樹木で展望は今一歩。

伊吹山が、植林の山々の上に、ちょっとだけ頭を出している。

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ゆっくりしていたいけど、「標準的な登山開始時間」が迫っている。

飯盛山を過ぎ、下っていると、人の声。月の株側にエスケープして、何とか顔を合わさずに済んだ。

が、登山口の少し上で、女性の単独登山者と会ってしまい、「誰にも会わない岐阜県の山(3)」とはならなかった (ロ。ロ;ツウコン

 

揖斐峡大橋から眺める、飯盛山(右)と西津汲、ベストシーズンに懸案の山に登れて、まずはめでたし。

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<登山記録>  (―:車、…:徒歩)

2020年4月29日(水祝) 快晴 単独行

自宅5:15―飯盛山登山口(駐車)5:55…月の桂6:25…飯盛山山頂6:45〜7:00…西津汲山頂7:40…飯盛山…登山口9:05―自宅9:55

 

| ぼっち | 美濃百山 | 02:42 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
誰とも会わない岐阜県の山(2)―三尾山(1,107m)

4月25日「誰とも会わない岐阜県の山」、北山の次は、三尾山へ。

三尾山は、標高1,107m、山県市と関市にまたがる山で、2万5千分の1地形図には三角点の記号だけで山名がない。

円原川の源流、三尾谷の流れ出る山で、山麓には三尾という集落があり、点の記では三尾山(みつおさん)となっている。

 

この山を有名にしたのは、生態学者にして登山家でもある、今西錦司(1902-1992年)でありましょう。

美濃地方の奥山を愛し、岐阜大学学長(1967〜1973年)になり、1971年日本山岳会岐阜支部を創設、「岐阜県山岳界」を作り上げたような存在で、1973年から日本山岳会会長も務めている。

この山は、『続ぎふ百山』(1993年刊)に掲載され、その中で、『ぎふ百山』(1975年刊)の山名リストを今西に見せたところ、「『岐阜にはまだこんなにええ山はいくつもある。こんな山が抜けているようではあかんな。』そういって、十二、三の山の名を指摘されたことがある。その中の一つに、この山の名があった。」と記されている、いわくつきの山であります。

今西はこの山に、ヒマラヤの無名峰に名前を付けるように、「サンノーの高(たかみ)」と名付けている。

『続ぎふ百山』は、「武儀郡板取村と山県郡美山町の境にそびえる鋭鋒で、二等三角点の山である。板取村からは深い谷が邪魔して見えず、山名も判然としないが、美山町の三尾あたりでは、『松谷山』『むね山』と呼んでいる。板取の松谷洞の源流にあるところからきた山名で、この方が自然の呼び名だと思うが、あえて今西先生の命名された山名をとったことを、地元の方々にお断りしておきたい。」としている。

色々気苦労の多そうないわれのある、その「ええ山」に、いざ実登 (ロ。ロ)/オウ

 

三尾谷を今は廃村となった三尾集落を越え、地形図の554m地点まで車が入る。

美濃地方長良川流域では数少ない国有林で、「円原国有林」の標識の前に駐車スペースがある。

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電源開発の送電線鉄塔が稜線の西側を通っており、途中までその巡視路を使うことができる。

最初に出合う堰堤は、梯子で乗り越す。

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二つ目の堰堤は、右側に巻道がある。その上に標識があり、巡視路は左右に分かれる。

71の鉄塔をめざし、谷沿いの右側を直進する。

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周辺は国有林の植林地だが、三尾谷沿いは、芽吹きの始まった若い渓畔林で明るい。

ほとんど涸れ沢になったあたりで振り向くようにして巡視路は斜面を上がっていく。

グレーチングの渡り板が目印。

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よく踏まれた巡視路は、北山のように倒木もなく、植林地の斜面を巻いていくと、71鉄塔に出合う。

開けているのは、南方向で、見えるのは、三角点調査で行った「円原」という三等三角点のある山らしい。

濃尾平野も見えないし、北側は、名前のない近くの山に阻まれて、めぼしい山は見えない。

ここで、72鉄塔をめざす巡視路(黄色)を進んでいる先行事例が多いけど、尾根を観察すると、国有林管理の刈り払いがある。

こちら(赤色)で進んでみるとしましょう。

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急だけれど、明確な尾根で、刈り払いと、赤テープが付けられ、迷うことはない。

ただし、ところどころ、丈の高いササがかぶる箇所がある。

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途中はほとんどがヒノキの植林で、展望はきかない。

一か所だけコブシなど自然林の生えている場所があり、山頂方向が透かして見えた。

北山と違い、全山植林で、カタクリなどの花もない。

植物的には、登山開始からしばらくの若い渓畔林と、このへんで見たコブシくらいが見どころと言えば見どころだろうか。

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300m分くらい標高を稼いで、ポンと稜線上の、御料局の四隅を三角形に切り落とした「宮」マークのある標柱の所に出る。

稜線は、巡視路としてよく踏まれ、しばらくは快調。山頂が近づくと、ササが被って、ヤブ漕ぎが必要となる。

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登山開始2時間あまりで、二等三角点の山頂に出る。

ヒノキの幹に「サンノー高」の山名板が付けられている。

今西センセイは、サンノー「の」高、と名付けたんですが。。

また、別の幹に「王」の赤い標識があるのは、東側斜面が王子製紙系の土地だからで、いったん皆伐した後、植林がされている。

うーん、どこが「ええ山」なんだろう (?_?)>

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往路を、サクサク引き返し、林道沿いの旧三尾集落の跡に立ち寄る。

このあたりは、浄土真宗の信仰の篤かった土地らしく、文久七年の年号の刻まれた「南無阿弥陀仏」の石碑が残され、今も花が手向けられている。

今はなき三尾の人びとが呼んでいた松谷山、あるいは点の記に記された集落の名にちなむ三尾山、という山名を捨て、「サンノーの高」という新出来の名前を使う理由はあるんだろうか。。

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なかなか興味深い山行を、最後は、円原川の伏流水で締めくくりましょう。

 

円原川は、三尾谷など源流部の流れを集め、いったん石灰岩の川床を伏流し、ろ過されふたたび湧水となって流れ出る。

水は、淡い青色に染まる以外は、存在を感じさせないほどの透明度で、清流を誇る岐阜県でも、最も美しい川だと思う。

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<登山記録>  (―:車、…:徒歩)

2020年4月25日(土) 快晴 単独行

(西洞)―三尾谷554m地点(駐車)12:40…71鉄塔13:25…(尾根作業道)…稜線14:20…三尾山山頂14:45〜14:55…71鉄塔15:45…554m地点16:20―(自宅へ直帰)

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| ぼっち | 美濃百山 | 06:43 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
誰とも会わない岐阜県の山(1)―北山(908m)

山岳関係4団体が、4月21日「事態の収束まで山岳スポーツ行為を厳に自粛してほしい」と呼び掛ける声明を出した。

声明の「新型コロナウイルス感染防止」の趣旨を尊重し、「県内の、誰とも会わなそうな山、往復も寄り道しない」で行ける山へ。

 

25日は、清流長良川の 支流武儀川の 支流の神崎川の そのまた支流の円原川をさかのぼって、北山と三尾山へ。

北山の登山口西洞集落、三尾山の登山口の三尾集落は、いずれも廃村になっていて、人口ゼロ、登山者も極めて少ない山域。

食料は家にあるもの、途中道の駅やコンビニもよらず、早朝4時半出発―こんなところでご容赦。

 

まずは、北山(908m)へ。

山県市の北部、高賀三山の西側に位置し、濃尾平野から三角錐の山容がよく見える、一度行ってみたかった山。

ただし、一昨年(2018年)の台風の被害が集中した地点で、倒木がひどいことは、同年の神崎地区の三角点調査で確認済み。

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伏流水で知られる円原川から、西洞納谷林道をたどって、西洞へ。

平成7年にかつての住人が立てた石碑によると、かつては30戸以上の集落だったよう。

大理石採石場、水車小屋が2か所、公民館、分教場などあり、お宮が2か所と秋葉様、信仰深いムラだったんでしょう。

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北山は、この石碑のあるかつての西洞の中心地標高392mポイントから、東の沢に入る。

今は、電源開発の送電線鉄塔、中部電力の北山反射板があり、その巡視路が登山道にも使われている。

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取付きから、30分程入ったところに、集落があったのか、出作りの田畑があったのが、しっかりした石垣が残る。

その先が、今回最もひどい倒木箇所で、スギ倒木が行く手を阻む。

電力会社も、所有者のあるスギの片付けはできないのか、2年経っても放置されたままだが、赤テープが付けてあって、それなりにルートは判別できる。

ただし、スギをまたぎ、沢を行ったり来たりで時間がかかる。まあ、そのおかげで登山者がないんだから、よしとしよう。

20200425北山3.jpg

そのような倒木の特にひどい場所は2か所。

沢を離れ、斜面に取り付くところに分岐があって、電源開発の鉄塔78と中部電力の反射板方向の右手に入る。

急な斜面は、踏み跡が明確になって、これ以降ひどい倒木はない。

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標高を200mほど稼ぐと、斜面はゆるやかになり、植林帯を抜ける。

明るい新緑を見ると、心が解きほぐされるのを感じる。

ただし、このあたりの地形はあいまいなので、巡視路の踏み跡を見逃さないようにしないといけない。

20200425北山6.jpgゆるや

北側に見えるピーク、あれが北山だろうか。

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78号鉄塔の下を通る巡視路は、再び植林帯の山腹を巻く。

北山は、石灰岩の山で、標高を上げていくと石灰の露岩が多くなり、ドリーネといわれる陥没穴もみられる。

巡視路の下方に小さな池があったが、それもドリーネに水がたまったのかもしれない。

79号鉄塔・反射板の標識があり、谷のような地形から、尾根に上がる。

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尾根上の79号鉄塔の周辺は切り開かれ、今回では最も展望がよい地点だった。

北西に、能郷白山の白い姿があり、その前にあるのが、大白木山(1,234m)らしい。

20200425北山9.jpg

ここからは、反射板への巡視路をたどる。

尾根上は、コナラなどの落葉広葉樹林で、林床にはカタクリなど早春の植物がみられる。

残念なことに、カタクリは斑入りの葉を一枚芽吹いた姿のものがたくさんあるのに、薄桃色の花はひとつも見られない。

20200425北山10.jpg

反射板に到着。濃尾平野方向の展望が開ける。

先日登った、天王山と誕生山もよく眺められた。

20200425北山11.jpg

三角点は反射板北側にすぐ見つかる。

「続ぎふ百山」には、1時間くらい探して見付けられず、「満ち足りぬ思いで下山した」とある。

この時は、東側の東洞集落から8合目くらいまであった、林道を利用して登ったとある。

 

三角点から最高点925m地点までは、石灰岩の露岩が続く典型的なカルスト地形で、最高点の岩の傍の木に、山名板が付けられていた。

岩の上で、のんびり遅めの朝食というか、早めの昼食でカップヌードル・トムヤンクン味を食べる。

冬場は握り飯が固くなるので、定番メニューだったけど、そろそろこいつも終わりかな。。

20200425北山13.jpg

北山は、山上が落葉樹なので、早春の花もあちこちに見られた。

スミレ、ヒロリシズカ、フデリンドウ、そして帰路ようやく 1輪だけ、カタクリの花に出合えた。

20200425北山12.jpg

鉄塔の下で、名残を惜しむ。

北側に続く尾根の、その先のピーク、どうやらそれが、これから向かう三尾山らしい。

20200425北山14.jpg

<登山記録>  (―:車、…:徒歩)  (↓地図クリックで拡大)

2020年4月25日 快晴 単独行

自宅4:30―西洞集落跡(駐車)7:00…79鉄塔9:05…反射板・三角点9:25〜9:30…北山最高点9:40〜9:55…79鉄塔10:15…西洞11:30―(三尾山へ)

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<メモ>

・西洞集落跡から、送電線と反射板の巡視路を使って登れる山。ヤブ漕ぎはない。

 三角点907.5mは、反射板の傍にあり、最高点はそこから200mほど北の岩の上にある。

・2018年の台風で山の斜面のスギが全部倒れるような被害がこの地域に集中した。

 北山の登山路にも倒木が激しく、2年経っても片付けられていない。

・しかし、巡視のためか、倒木を前提に赤テープがあちこちに付けられているので、それを探しながら登ることができる。

 

| ぼっち | 美濃百山 | 11:04 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
能郷白山〜磯倉(イソクラ) 新雪ラッセル行

ぼっち地元の山岳会が選定した「美濃百山」の、残る難峰のひとつが磯倉。(↓地図クリックで拡大)

能郷白山(1,617m)の南西に派生する尾根上の標高1,541mのピークで、三角点はない。

しかし、どっしりした能郷白山に対し、きりりと引き締まった円錐形の山容が対照的で、なかなかかっこう良く登高欲がわく。

「続ぎふ百山」に収録され、同書刊行当時は南側の白谷から登られていたが、今は谷の入口が徳山ダム湖に沈み使えない。

そこで、最近は主に、残雪期、能郷白山を経由して登られている。

ラッセル要の長丁場なので、テント泊で2日かけて登られることも多いこの山に、早立ち日帰り単独行で挑戦 (ロ。ロ)/オウ

自宅を3時半発、能郷白山の登山開始点となる能郷谷の林道ゲートを5時出発。

帰りは日没後となるのを想定して、MTBジャイアン号で進む。

3分の2くらいは引いていったけど、沢が路上を横断する洗い越し地点を濡れずに渡れたので効果的だった。

途中の広場に駐輪。その先は崩落個所があったりして、林道は廃道化している。

能郷白山登山口に6時20分到着。

冬場は、登山口のすぐ先にある能郷谷の橋が外され、渡渉がある。今回は水量が少なく難なく渡れてひと安心。

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尾根までの取付きが急登、雪の降った直後なので、わかんを装着。

最初は見えていた古い踏み跡も、次第に雪に埋もれて、新雪ラッセルとなる。

いったん林道に出合ったあたりまでは、伐採後の二次林だったブナは、前山に近づくにつれ次第に立派になっていく。

20200224イソクラ2.jpg

尾根の西側に能郷白山と、それに続く磯倉が見えてくる。

すこぶる好天、雪も稜線を覆っていて、今冬最高のコンディションに恵まれたようで、わくわくしちゃうな。。

20200224イソクラ4.jpg

と、前山の手前で、元気な単独行の男性に追い越された。

ここまでラッセルしてきたし、能郷白山から磯倉まで単独ラッセルが待っているから、ありがたくラッセル泥棒(注)させてもらう。

前山を過ぎたあたりがブナがもっとも見事な地点で、どっしり白い能郷白山が迫ってくる。

(注)ラッセル泥棒:他人が苦労してラッセルした後を盗むように利用すること。

20200224イソクラ5.jpg

北東彼方に、白山連峰も眺められる。

20200224イソクラ6.jpg

先行者は、能郷白山山頂直下の急登を、がんばってラッセルしている。

大変だけど、誰の踏み跡もない処女雪を進むのは、快感でしょう。

ぼっちは途中から、奥宮側にそれていく。

20200224イソクラ7.jpg

11時に奥宮到着。

近年木造から金属製に替わった祠は、厳冬期2月にもかかわらず露出していた。

さあて、ここから磯倉までが、ふんばりどころ。

いったん標高約1,400mの鞍部まで大下りした先に、磯倉は立ち上がる。

背を越えるササは頭の部分だけを出すだけ。ただし時々膝あたりまでもぐるので、ピッチはあがらない。

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最低鞍部から見上げた磯倉。

登高意欲をそそる、天をめざしてきりりと引き絞られた姿を、しばらく観察してからルート取りを決める。

雪質が固ければ滑落も心配だけど、案ずるより産むがやすし、アイゼンでなくわかんで登りつめることができた。

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12時45分、磯倉山頂に到着。山名標識はなく、鉄パイプが一本突き立っていた。

背景の能郷白山は、前山ルートの白い壁のような姿とは違い、奥宮ピークと山頂ピークが重なって見える。

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南側に張り出した、円錐に絞られたピークなので、特に伊吹山地から越美山地西部にかけての展望がすこぶる良い。

若丸山、冠山、金草岳、笹ヶ峰などが連続する岐阜・福井県境稜線は、1,200m前後の山々の連なりとは思えない迫力がある。

20200224イソクラ11.jpg

さあて、ゆっくりもしていられない。

遅い昼食を済ませて、まずは能郷白山に戻ろう。

20200224イソクラ12.jpg

能郷白山山頂には14時30分に到着、往路はここまで6時間かかったから、帰りもさくさく進まねば。

と、ブナの大木をまばらに従えた、おおらかな能郷白山の陰影の美しさに思わず見とれてしまう。

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沈みゆく太陽と競争するように前山からの尾根を下る。尾根の向こうには、小津三山。

何とか3時間あまりで日没直前に登山口に到着。

その先は、MTBジャイアン号が大活躍してくれ、まだほの明るい18時に林道ゲートに到着。

昨年来の宿題をやり終えて、ほっとしたのでありました。

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<登山記録>  (―:車、‥:MTB、…:徒歩)

2020年2月24日(月祝) 快晴 単独行

自宅3:30―能郷谷林道ゲート(駐車)5:00‥駐輪地点5:45…登山口6:20…(渡渉)…林道出合7:40…前山8:30…能郷白山奥宮11:00…磯倉山頂12:45…能郷白山奥宮14:20…能郷白山山頂14:30…前山15:50…(渡渉)…林道出合16:45…登山口17:15…駐輪地点17:40‥林道ゲート18:00ー(うすずみ温泉入湯後帰路)

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<メモ>

・能郷白山は、能郷谷の林道ゲートから歩きだすと、積雪期も日帰りできる。

 そのため、林道ゲートまで除雪されると、多くの登山者が入る。

 新雪ラッセルするか、踏み跡をたどるかで、所要時間は大きく異なる。

・磯倉は、能郷白山山頂から往復3時間程度かかる。

 尾根が取り留めもなく広いので、霧が出そうな時には、雪面にさす目印の竹などを用意していくことが望ましい。

 

<余談>

・今回磯倉から奥宮まで14時半頃に戻ったところで、単独行の男性に「磯倉へはブッシュ出てますか?」と尋ねられた。

 こちららは往復に3時間30分くらいかかったので、「これから往復するんですか?」とびっくり。

 「18時半ころには降りられるはず」とおっしゃったけど、長靴の軽装で、とても心配になった。

・ところが、こちらが、登山口まであとわずかというところで、あっという間に追い越された。

 奥宮から磯倉往復+下山で3時間!

 「ラッセル泥棒」なんて遠慮はそもそも無関係、ラッセルありトレースありを前提に行動されているようだけど、なんだか複雑な気分。

 山の合言葉=「みんな違ってみんないい」なんですがね  (ロ。ロ; カチカンガチガイスギル

 

| ぼっち | 美濃百山 | 20:56 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
手づくりの山―相戸岳(672m)

山県三名山、釜ヶ谷山を後に相戸岳(672m)へ。

登山口となる相戸集落の背後にそびえる相戸岳。

低山里山ながら、どこか風格を感じさせる山容であります。

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相戸集落の中心にある白山神社と教龍寺という浄土真宗の寺の前の駐車場に愛車奥地君を止めさせてもらう。

相戸岳登山ルート図と、相戸岳の紹介という看板がある。

かつては神王峯(かむおうぼう)とも呼ばれ、神の住む山としてあがめられたとのこと。また通称は岳山というそう。

今回は谷沿いの林道から尾根にあがる西ルートで登り、尾根で直接集落に下る東ルートで下山する周回を選択。

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林道終点近くのもっさりしたヤブの中に、西ルートの登山口が開かれている。

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登山道に入ってしまえば、踏み跡はしっかりし、標識もある。

最初は、スギの植林帯をささやかな沢沿いに進む。

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植林帯を抜け、尾根道に入ると、落ち葉したコナラ、常緑のアラカシ、アカマツなどがみられ、里山らしい植生。

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尾根の合流点に出ると、相戸岳を間近に拝むことができる。

ところどころに岩肌をみせる山頂部は、南東から北西方向にピークを連ね、なかなか風格がある。

相戸岳ピークは、その南東端。

20200202相戸岳6jpg.jpg

次第に急登となり、大岩をひとつ巻いていく。

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山頂直下の急斜面には、登山道の伐採木を利用した手づくりの階段が続く。

伐採木を使った木の階段は、飛騨でもよく見かけるけど、違うのは、飛騨では固定する杭まで削り出して作られていることが多いけど、ここでは頭が赤いプラスチックの市販品を使っているところ。

住宅の外壁なども、徹底的に木材にこだわる飛騨と、わりと無頓着な美濃の気風の違いは、こんなところにも出るみたい。

ま、目印にはなります。

20200202相戸岳8jpg.jpg

二等三角点の山頂は、よく整備されていて、日の丸が掲揚されていた。

最後急登だった分、足元に障害物がなく、見晴らしはすっきりいい。

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山頂から南には、越美山地最南の濃尾平野に接する里山から平野と伊勢湾方面が大きく開ける。

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東には、恵那山と、赤石山脈の一部が。

ただし、それより北は、高賀三山に遮られ、御嶽山等は拝むことができない。

20200202相戸岳11jpg.jpg

帰路は、東ルートをとる。

山頂から少し下ったところに大きな倒木があり、空間が広がって、高賀三山(高賀山・瓢ヶ岳・今淵岳)の全容をつかむには格好。

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コナラ、アラカシ、アカマツなどの二次林を大下り。

頭の赤い杭、続いてます。

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約45分であっけなく、民家の裏手の東登山口に到着。

駐車場まで戻り、相戸岳の紹介の看板を熟読。 (↓クリックで拡大)

相戸岳は、陸軍参謀本部陸地測量部によって測量され、地図に三角点の表示が記されたものの、山名は記されないままだった。

それを、平成17年地元の乾地区の有志が国土地理院に申請して、地図に山名を入れてもらったとのこと。

この山への地元のおもいがひとかたならないのに、改めて感じ入ったのでありました。

<登山記録>  (―:車、…:徒歩) (↓地図クリックで拡大)

2020年2月2日(日) 快晴 単独行

(釜ヶ谷山登山口で昼食)12:15―相戸集落白山神社前(駐車)12:35…西コース登山口12:50…大岩13:40…相戸岳山頂13:50~14:15…東コース登山口15:00…白山神社前15:10―(帰路)

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<余談>

浄土真宗(一向宗)では、南無阿弥陀仏と念仏をひたすら唱えれば成仏するとされ、それまでの神仏習合的な信仰とは一線を画す。

戦国時代、蓮如の時代に北陸で一気に広がり、美濃・飛騨にも山を越えてその信仰が広まった。

浄土真宗の勢力下になった地域では、山岳信仰や、天狗など山にまつわる伝説が途絶えていることも多い。

相戸岳も、山岳修験の拠点だった高賀山に近く、かつて神王峯と呼ばれていたという岩山なので、修験の山だったのだろうけれど、登山中その名残りは見られなかった。

 

一方、岐阜県では、相戸のように、浄土真宗の寺と白山神社が共存する集落が数多い。

これは、白山三峰のひとつ大汝峰の大汝権現(大己貴命)の本地仏が阿弥陀如来であったことと関係しているらしい。

江戸時代に、石徹白の御師たちが全国に布教に回る中で、浄土真宗勢力地域へのセールストークとして、白山は阿弥陀の山で、水の神・農耕神であると、売り込んだものらしい。

そんなこともあって、全国に2千以上白山神社がある中でも、岐阜県は4百以上と全国一多い。

 

| ぼっち | 美濃百山 | 06:31 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
いわくありげな山―釜ヶ谷山(696m)

記録的貧雪のこの冬は、皮肉にも美濃の低山巡りにはとても好条件。

2月2日は、舟伏山とともに「山県三名山」として山県市が売り出し中の釜ヶ谷山(696m)と、相戸岳(672m)へ行ってきました (ロ。ロ)/

 

まずは、釜ヶ谷山。

わかさぎ釣りで有名な伊自良湖の畔に駐車、甘南美寺の前から林道に入り、奥の院コースで登り、龍神コースで下る周回で計画。

(↓地図クリックで拡大)

林道入口からは、釜ケ谷山のどっしりした姿が見える。

林道の脇に、「伊自良青少年の家」というま新しい立派な施設が、なぜか閉鎖状態である。

その先にあるキャンプ場は、どうやら公営だったものを民間に移管したようで、今も営業している。

「ヒル注意」の看板があったので、心配のない今頃が案外登山適期かもしれない。

20200202釜ヶ谷山1.jpg

林道には、奥の院に向け三十三観音の石仏が一番、二番…と並び、釜ケ谷山登山道の標識も出ている。

林道のカーブ手前に、奥の院直進の標識があり、登山道兼参道の山道となる。

あれ、そういえば、龍神コースの分岐ってあったっけな  (?_?)>

20200202釜ヶ谷山2.jpg

岩のゴロゴロした沢沿いを登り、斜面をしばしへつると、展望台に出る。

今は木が茂り、見晴らしは今一歩。むしろ、少し上の鉄塔のあたりからの方が、濃尾平野方向の視界が良好。

20200202釜ヶ谷山3.jpg

植林帯の中の尾根を登る。三十番を過ぎたから、もうすぐ奥の院かな。

20200202釜ヶ谷山4.jpg

木立の中の小ピークに、キツツキに穴をあけられた、奥の院のお堂がある。

20200202釜ヶ谷山5.jpg

そのすぐ上に、甘南美明神という祠が。

甘南美とは、神体山を神奈備山というように、神奈備、つまり神の鎮座する領域という意味なんじゃないだろうか。。
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植林帯の中の明確な尾根を進むと、行者岩という見晴らしのきく岩がある。

植林帯を抜けると、落葉したコナラや、常緑のアラカシの混じる二次林林となり、龍神コースとの合流点に出る。

20200202釜ヶ谷山7.jpg

最後、木の階段を詰めて釜ケ谷山の山頂に出る。

二等三角点と、雨宿りのできる小屋があり、小屋の中をのぞくと、学校登山の寄せ書きなんかがいくつもあった。

20200202釜ヶ谷山8.jpg

山頂南側の茂みが切り開かれ、濃尾平野から恵那山、赤石山脈、木曽山脈まで眺められる。

ただし、御嶽山から北、白山や越美山地方向は、700mに満たない低山ゆえ、周辺の山に遮られ見えなかった。

それでも、手軽に登れる山として展望は抜群で、学校登山の子供たちも、満足したことでしょう。

20200202釜ヶ谷山9.jpg

下山は、分岐から龍神コースへ。

しばらくは、見晴らしのいい尾根道で、そのあと、谷へと降りていく。

石段や手すりなど、いかにも金と手間をかけて作ったんだろうなという登山道。

谷沿いには、小滝なども登場し、龍神コースというルート名にも納得。

ただし、一昨年当地域を襲った台風の倒木が残ったままで、最近は手を入れられていない様子。

下りきって林道に出たところに、「雨乞いの森」という、前岐阜県知事揮毫の石碑がある。

20200202釜ヶ谷山10.jpg

林道を下っていくと、往路の「ヒル注意」の看板のある場所に合流。

改めて確認したけど、林道入口にはチェーンで通行止めにされ、龍神コースを示す標識は一切ない。

通ってほしくないということなのかな? なんか不自然でいわくありげ。

約3時間30分で周回登山を終え、甘南美寺に立ち寄る。

なかなか、いわくありげな寺で、境内にはエドヒガン、モミ、ハナノキの巨木があった。

帰ったら、この寺と神奈備の関わりを調べてみよう。

<調査結果1>

甘南美寺(かんなみじ)は、戦国時代(1570年代)に創建されたと伝わる臨済宗妙心寺派の寺。

伝承によれば、鎌倉時代、高阿弥、那智阿弥という行者の夫婦が伊勢国で救世観音を授かり、故郷の美濃国山県郡釜ケ谷の山頂に祀ったのが起源だという。

その後しばらくして、伊勢国の漁師が、美濃国からまばゆい光が海を照らし魚が釣れなくなったため、その光の源を求めに美濃の国を訪れたところ、その光は釜ケ谷の観音像の光だったため、漁師の話を聞いた行者夫婦は、観音像を山麓の長滝の集落に下ろしたという。

さらに、釜ケ谷山の中腹ある奥の院は、美努王(みぬのおおきみ:橘諸兄の父で708年に死去)を祀るというから、時間がどんどん遡ってややこしい。

釜ケ谷山は、伊自良川の水源にあたるから、古くから神の住まう神奈備山としての信仰があり、その後修験道の山岳信仰の山となり、その後信仰の中心が山上から里に移ったということなんでしょう。

 

<調査結果2>

ハコモノ作りに走った建設省出身の前岐阜県知事時代には、「岐阜県庁裏金問題」があり、県政に大きな禍根を残した。

そして他の行政機関が裏金つくりを止めた後も、最後までやっていたのが「伊自良青少年の家」なんだとか。

そんなこともあって、おとりつぶしになったんでしょう。

それにつられて、前知事時代にたくさんの税金をかけて整備した雨乞いの森の龍神コースも、「ないもの」にされたのかな (?_?)>

簡単な整備で十分快適な登山道になるのに、二重にもったいない話であります。

 

<登山記録>  (―:車、…:徒歩)

2020年2月2日(日) 快晴 単独行

自宅7:00―伊自良湖畔(駐車)7:50…展望台8:40…奥の院9:00…龍神コースとの分岐9:25…釜ヶ谷山山頂9:35~9:45…分岐…雨乞いの森標識(林道)11:00…伊自良湖畔…甘南美寺11:35…伊自良湖畔(昼食後相戸岳へ)

 

 

| ぼっち | 美濃百山 | 22:00 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
男埵山(1,343m)で初山修行

男埵山(おだるやま)は、岐阜県中津川市と長野県木曽郡南木曽町にまたがる、1,343mの超マイナーな山。

中仙道の馬籠峠の東に続く山というと、少しはイメージしていただけるかも。

「美濃百山」のひとつで、グレードはC級と、難易度が高めの山となっている。

山行記録も少ない山なので、今回はていねいに、ご紹介します (ロ。ロ)/オウ

 

国道19号線、中津川市落合から、県道7号線に入る。

馬籠に向かう県道と分かれ、「クアリゾート湯舟沢」の前を通過、中津川市細野集落に入り、柳樽林道の入口分岐に出る(地図 法

猪避けのゲートを手で開閉し、未舗装の林道を進む。

20200103男�券山1.jpg

昨夜半、少し雪が降り、林道は淡い雪に覆われている。

鍵のかかった林道ゲート手前に車を置き、MTBのジャイアン号に乗り換える。

路面が悪く、傾斜が結構あるので、往路はほとんど引いていった。

20200103男�券山2.jpg

一帯は国有林なので、山林はよく手入れされ、林道標識もある。

E喘罎如栃の木洞林道を右手に分け、左手の柳樽林道を終点まで進む。

20200103男�券山3.jpg

林道終点手前の、小さな沢をまたいだところが、作業道の入口となっている。

途中までこの作業道を利用して、山頂を目指す。

まずは、沢を渡って、斜面に取り付く。テープなど作業用の目印がところどころにある。

20200103男�券山4.jpg

とても直登は無理な急斜面に、ジグザグに作業道が付けられている。

20200103男�券山5.jpg

ド歓十m標高を稼ぐと、明確な尾根となる。

このあたりで、ブナやモミなどの大木に出合う。

ヤブもそろそろ登場。雨合羽を着て、頭からフードも被り、ストックの先で雪を払いながら進む。

20200103男�券山6.jpg

θ根の踊り場のようなところで、踏み跡は等高線に沿うように、左右に分かれ、右手の踏み跡に入る。

(左手の方が道自身は明確で、そちらからでも行けるようだが、遠回りになる。)

このあたりから本格的にヤブが被さってくるが、踏み跡はたどることができる。

Д乾蹈乾躊笋療召る涸れ沢をまたいで、さらにしばらく斜面を巻いていくと、急な尾根に向けて踏み跡がある。

20200103男�券山7.jpg

┘劵離植林の急斜面を直登する。上部に行くほど背を越すササが被ってくる。

もうこのあたりになると、ストックで雪を払いきれず、頭から雪を被りながら登高。

赤テープもみられるけど、踏み跡ははっきりせず、帰路別の尾根に入ってしまいそうな地形なので、赤布の目印をこまめに付ける。

20200103男�券山8.jpg

県境に沿う形で北東→南西方向に長細い男埵山の山上部に出る。

降りる場所に赤テープを付け、帰路をしっかり確認しておく。

山上部は背の高さを越すヤブがびっしり生えているけど、長細い地形なので、踏み跡はたどりやすい。

少し下って、登り返すと山頂がもう近い。

20200103男�券山10.jpg

男埵山山頂に到着。心細いヤブ漕ぎを続けてきたせいか、三等三角点の標石が、なぜか一等三角点並みに大きく見える。

赤テープがあり、山名の看板が置かれている。国有林の巡視用なのか、はたまた同好の志があるということか。

20200103男�券山12.jpg

帰路は慎重に赤テープを確認して、下降する。

あとは往路で雪も払ってあるし、楽々…のはずが、Г涙舛貘瑤里箸海蹐覇擦鮓失い、尾根を降りすぎ、登り返す。

ここにも往路で、目印をつけておけばよかったな。。

20200103男�券山13.jpg

巨木の多いイ里△燭蠅ら、谷の向こうに雪雲に包まれた恵那山の中腹以下が見える。今回の展望はここだけ。

20200103男�券山14.jpg

林道に降り立ち、下りはMTBジャイアン号で一気に下降。

男埵山の山容は、ゲートより下、柳樽林道沿いから山上部の南端が見えただけ。

20200103男�券山15.jpg

登山道はなく、雪を被るヤブ漕ぎの末たどり着いた山頂には、展望もない。

何を好き好んで、と言われると、そのとおりなんだけど、登山後の気分は清々しい。

この清々しさだけで良しとなれば、山仙人の境地、「美濃百山完登」なんて欲があるうちは、まだまだ。

 

帰路、下呂温泉合掌村の円空館で円空仏を拝み、共同浴場白鷺の湯でさっぱり。

身も心も清らかになった、初山修行でありました。

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩、‥:自転車)

2020年1月3日(金) 曇

自宅4:30−中津川I.C.―(国道19号線、県道7号線)―細野集落・柳樽林道入口6:50−ゲート(駐車)7:05…林道終点7:50…尾根分岐(1,150m)8:25…山上部尾根取付点9:45…男埵山山頂10:00~10:10…尾根取付点10:22…林道終点11:25‥ゲート11:40―(下呂温泉入湯・合掌村円空館立ち寄り)―自宅18:00

 

<メモ>

・ヤブ漕ぎの山は、ダニも多い、登山適期は、晩秋か早春。雪は少ない山域。

・林道途中から尾根に取り付くルート取りもできるが、そちらの方が時間がかかり、ヤブ漕ぎも厳しそう。

(↓地図クリックで拡大)

 

| ぼっち | 美濃百山 | 10:16 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
「美濃百山」 刈安山

「美濃百山」ラスト16は、温見峠を挟んで能郷白山と向かい合う刈安山。

2万5千分の1地形図に山名はなく、1,301.7m地点の三角点の基準点名が「刈安」となっている。

最高点はそれよりやや西で、1,310mあまりといったところ。

能郷白山の温見ルートの途中からは、この山の向こうに白山が見える。

登山道はなく、峠の延命地蔵のお堂の左手の境界杭あたりから、岐阜・福井県境の尾根に取り付く。

能郷白山の山頂で1時間近く山座同定していたので、出発は12時になってしまった。

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二次林のブナ林に、びっしりのチシマザサの中、踏み跡が何とかついている。

峠から標高差は300mあまり。最初はササにしがみつきながらの急登。

ブナは、東隣の越山に比べれば二次林で若いけれど、黄葉の見頃が始まっている。

20191016苅安山6.jpg

ピークが近づくにつれ、ゆるやかになり、尾根は曖昧になって踏み跡も不確かになるので赤テープを付けながら進む。

峠を12時に出発し、標高1,310mあまりの最高点に14時35分到着。標高差300mあまりに2時間半か。。

標高1,301,7mの三角点は直線距離で300m弱東。

このピッチで向かうと下山は日暮れ近くになるかもしれないので、GPSが刈安山と表示する最高点で登頂とする。

周辺は、背を超すチシマザサで、期待した白山方面の展望は得られなかった。

20191016苅安山4.jpg

ササを踏み倒して、何とか能郷白山を拝むことはできた。

20191016苅安山5.jpg

帰路は、分かっていても見通しのきかないあいまいな地形で、獣道が相当錯綜しているため、赤テープを見逃しがち。

別の尾根に入りかけることを2度繰り返し、リカバリーに相当時間がかかり、峠には16時15分帰着。

三角点に寄らなくて正解だった。

 

分かっちゃいるんだけど、今回も改めて反省した点。

・ヤブ山の場合、最初は踏み跡があっても、残雪の残りがちな山上に向かうほど、踏み跡は不明確になる。

・加えて、山頂という目標物が見えてくると、疲れも出る頃で無意識のうちに赤テープを付ける間隔が長くなりがち。

・しかし、いざ下山となると、目の前はヤブだけしか見えない。

 山の上部ほど、少しのルート外しが下るほどに大きな食い違いとなり、ためらっているうちに登り返しがどんどんきつくなる。

山の上部ほど、これでもかというくらい頻繁に赤テープを付ける習慣を身につける必要がある。

今回の山修行で、改めて学んだことでありました。

 

<登山記録> (…:徒歩) (↓地図クリックで拡大)

温見峠12:00…刈安山最高点14:35~14:40…峠16:15

<メモ>

刈安とは、山野に自生するイネ科ススキ属の植物で、黄色い染料に使われた。

名前のように刈りやすく入手しやすかったため染料として多用された。

これで染められた色も「刈安」という。

| ぼっち | 美濃百山 | 10:04 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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