WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
岩手県の山巡り(5)―六角牛山(ロッコウシサン:1,294m)

岩手県の山巡り、おしまいは、六角牛山。

六角牛山は、遠野盆地の東部に位置し、その美しい山容から遠野小富士、また六神石山などとも呼ばれている。
山名の由来は、アイヌ語の「山容の垂れ下がる」という意味、その昔6人の皇族が住んだという「六皇太人・ろっこうし」、山の女神「おろく」の名をとったなど諸説ある。
多くの伝説や物語を持ち、遠野物語にたびたび登場、そのうちもっとも有名なのは、「神の始(かみのはじめ)」という、次の話でしょう。 
遠野の町は南北の川の落合に在り。以前は七七十里とて、七つの渓谷各七十里の奥より売買の貨物を聚(あつ)め、其市の日は馬千匹、人千人の賑はしさなりき。四方の山々の中に最も秀でたるを早地峰と云ふ、北の方附馬牛の奥に在り。東の方には六角牛山立てり。石神と云ふ山は附馬牛と達曾部との間に在りて、その高さ前の二つよりも劣れり。大昔に女神あり、三人の娘を伴ひて此(この)高原に来り、今の来内村の伊豆権現の社ある処に宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山を与ふべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めて窃(ひそか)に之を取り、我胸の上に載せたりしかば、終に最も美しき早地峰の山を得、姉たちは六角牛と石神とを得たり。若き三人の女神各三の山に住し今も之を領したまふ故に、遠野の女どもは其妬(そのねたみ)を畏れて今も此山には遊ばずと云へり。

早池峰山、六角牛山、石上山は、「遠野三山」といわれ、遠野の人々の信仰の対象となってきた。

早池峰山の小田越登山口から車で六角牛山登山口に向かおうとすると、大きく山を巻くためずいぶん時間がかかる。

遠野の町の東に、六角牛山が見えてきた。
登山口に至る道は、県道35号線が工事中だったこともありけっこう探しにくい。

とりあえず、国道283号線から中沢川をさかのぼり、六神石神社をめざす。

神社手前に牛が飼われていて、雰囲気満点。

6匹じゃなくて5匹なのがちょっと残念。
六神石神社は、現在も篤い信仰を集めているのをしのばせる立派な社。

ただし、登山口らしきものは見当たらず、手前の家のお爺さんにうかがうと、中沢川を渡らず、川に沿って遡行し、立札で左手に折れるようにとのこと。

久し振りに本格的な東北弁を伺えて、難解ながらうれしかった。
林道入口には、獣除けの柵が張られ、これをいったん外して入るというのが、分からなかったんだよな。。
長い林道を進むと、突き当りに標識が。

これを左手に折れてとー
立派な登山口に到着。

なんと、八王子ナンバーの方が下山してきたところ。

県道35号線、工事中だけど通れましたとのこと。

こちらも、六神石神社方向の道路事情を説明。

貴重な情報交換ができた。
登山口には、案内板と標識と登山届のポストが設置されている。

わが岐阜県の(特に美濃地方の)登山口もこれくらい親切ならいいのにな。。
ミズナラなどの広葉樹に包まれた気持ちのいい登山道。

1合目から順に標識が出ている。

最初は、広くおだやかな尾根道だったのが、5合目を過ぎるあたりから、岩まじりの急登になる。。
8合目あたりから、ようやく緩斜面となり、丈の高いササ原の切り開き道を進む。

標高をかせいだ分、紅葉が深まっていく。
六角牛山山頂に到着。Yさんとがっちり握手。

登山ブランク長目のせいか、眼鏡をびっしょり曇らせておられた。

山馬鹿の遠距離・物好き登山にお付き合いいただきありがとうございマシタ。
山頂には、二等三角点のほかに、角の少し丸い三角点の石標が。

おお! これは飛騨山脈でも目にした山林局の三角点ではないか。

ちょうど、上條武氏の労作「孤高の道しるべ―穂高を初縦走した男と日本アルプス測量登山」を読んで、測量登山初期の山林局や御料局のご苦労に想いをはせていたところなので、感激ひとしお。
山頂直下の祠越しに遠野の町が眺められる。

その向こうに、今回最初に登った物見山の高原状の姿も。

早池峰山は同定できなかった。

さあ、名残惜しいけど、陽が傾きかけてきたので、下山を急きますか。
夕暮れの陽を透かす紅葉を見納めながら、無事日没手前に下山。

岩手県の山巡り、無事終了。

 

 

 

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2017年10月8日(土) 快晴 Y、botti
グリーンピア三陸みやこ4:50―(国道45,106,340号線、県道25号線)―小田越(駐車)7:15…薬師岳山頂8:50~9:30…小田越10:35―(遠野市街・国道238号線・中沢川遡行)―六神石神社(昼食)12:45~13:15―六角牛山登山口13:30…六角牛山山頂15:25~15:50…登山口16:50―(遠野市でジンギスカン夕食後大沢温泉へ)

<メモ>

・地元で大事にされている山なので、中沢川沿いなど要所に標識が出ているが、林道への入り口になく、獣除けの柵がしてあるので、ここがわかりにくい。

・遠野三山の登山マップは、遠野市のHPが親切。

 

| ぼっち | 東北の山 | 06:46 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
いわて県の山巡り(4)―薬師岳(1,645m)

10月8日(日)、待ちわびたとびきりの秋晴れ。

こんな日に遠野地方の名山、薬師岳と六角牛山を巡ることができるのはありがたいことでありマス。

まずは、薬師岳。

同山は、北上山地の最高峰早池峰山(1,917m)の南にあって、標高1,645mは、同山地2番目の高さ。

山上部はハイマツ帯となり、「早池峰山および薬師岳の高山帯・森林植物群落」として特別天然記念物に指定。

薬師岳と早池峰山は、西へ流れる北上川の支流岳川、東へ流れる閉伊川の支流薬師川によって隔てられている。

2つの川に沿う県道25号線の分水峠小田越に、両山への登山口が開かれている。

紅葉の3連休、岐阜ナンバーでやって来て、登山客で賑わう日本百名山早池峰山の登山口に背を向け、往復2時間30分の薬師岳だけに登るって、変わり者と言われても仕方ないな。。(案内図クリックで拡大→)
登山道は、早池峰山同様よく整備されている。
快晴に紅葉、特にナナカマドやカエデの赤の鮮明さは、みちのくの山ならでは。
早池峰山が蛇紋岩でできているのに対し、薬師岳は花崗岩。

登山道は途中花崗岩の大岩をよじ登る場所もあり、はしごも登場。
標高をかせぐと、コメツガやオオシラビソ(アオモリトドマツ)の針葉樹林となり、林床には(花時じゃないけれど)オサバグサの群落がみられる。

樹林の合間に、早池峰山の雄大な姿。

「早池峰山に登ると、早池峰山見えませんものね」と強引にYさんを納得させようとする山馬鹿ぼっち。
標高1,500mあたりで樹林帯からハイマツ帯となり、早池峰山を背中にぐいぐい登る。

主稜線に出ると、ピークまであとわずか。
薬師岳山頂に到着。

早池峰山〜鶏頭山の稜線の向こうに岩手山が顔を出す。

あの稜線もずっと昔たどったなあ。。
向かいの早池峰山が、その姿を隠すところなく見せてくれる。

「早池峰山の頂上だったら、見えるの薬師岳デスから。」(←クドい)
西の方にやや離れて三角錐のとりわけ目立つ独立峰が。

どうやら、鳥海山だと同定。

太平洋方向から、日本海方向まで見えていることになる。
ブナなどの黄葉の波の向こうに、遠野物語ゆかりの遠野市附馬牛町が見える。

遠野から薬師岳への長いルートもいつかたどってみたいもの。
山頂の大岩に、ここにも石の獅子頭が祀られていた。

このあたりには、獅子頭そのものに特別な信仰があったのだろうか(※)
山上から見下ろす、早池峰山裾野の紅葉。

南斜面となる早池峰山登山道沿いの紅葉は、悔しいけど、やはり抜群の鮮やかさ。
 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2017年10月8日(土) 快晴  Y、botti
グリーンピア三陸みやこ4:50―(国道45,106,340号線、県道25号線)―小田越(駐車)7:15…薬師岳山頂8:50~9:30…小田越10:35―(六角牛山へ)

<メモ>

・2万5千分の1地形図には、小田越山荘経由のルートが載っているが、現在はあまり歩かれていないようで、薬師岳山頂には、下山には使わないでくださいとの標識があった。

・※獅子頭について後日調べたら、次のような信仰上のいわれがあるそう。

東北地方に熊野信仰を広めた熊野山伏は、獅子頭に熊野の神を勧請し、それを「権現」と呼び、その権現様を奉じて、村々を訪ねて悪魔払いをして回った。

東北地方では、獅子舞のことを権現舞(ごんげんまい)といい、熊野修験が衰えてからは、伊勢や熱田神宮などの宗教者たちが、熊野山伏がしたように、それぞれの神を獅子頭に勧請して、やはり悪魔払いをして村々を回った。(別冊太陽No.115 『お神楽』)

 

| ぼっち | 東北の山 | 07:01 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
岩手県の山巡り(3)−鯨山(610m)

翌10月7日は、あいにくの雨。

午前中はOFF TIMEにして大船渡市で過ごし、小降りになった午後、山田町・大槌町にまたがる鯨山に。

 

「鯨」と付く地名は、全国に分布し、海沿いに多いのは当然として、あんがい内陸部の地名にも付けられている。

日本人と鯨との関わりは、昔から密接だったんでしょう。

そのうち、鯨と付く山は、この610m峰と、その南の「子鯨山」、山口県の「鯨ヶ岳」しか見当たらなかった。

「鯨山」―なんかわくわくする響きだな。。

 

「いわての山々」というHPを引用させていただくと、鯨山は次のような山らしい。

 [位置] 山田町船越湾と大槌町吉里吉里湾からよく見える山で、その特徴的な山容から、古くから、三陸沖を行き交う船が「羅針盤」(がわり)として位置を確かめるために使用していた。当山の南には小鯨山があり、対をなしている。

 [山容] 三陸のリアス式海岸からいっきに盛り上がる。大槌町波板地区と山田町の境をなす。見る方向によってクジラを想像させる山体からなる。

 [山名由来] 当山と小鯨山は「昔、大津波の時に雌鯨と雄鯨が潮のまにまに寄せてきて、二つの山にとどまった」という伝説があり、この名がついたという。

 [伝説] この地で流行病が発生した時に、浜に打ち上げられた鯨を食べたら元気になった。飢饉の時、浜は鯨の大漁で、肉をもらう人々は鯨に似たこの山を目当てに集まった、などがある。

雨天で鯨のようだという山容が確かめられないのが残念だけど、それでは、登るとしましょう。

 

鯨山の登山ルートは、大槌町浪板からと、山田町の岩手県立陸中海岸青少年の家からのものがある。

今回は、青少年の家からのルートを選択、雨合羽を着込んで登山開始。
キャンプファイヤー広場の外れから尾根に取り付く登山道は、青少年くんたちの野外活動にも利用されている。
ミズナラなどの広葉樹にアカマツが混じる尾根道。

ドングリが一杯落ちているし、雨の中だから、熊くんの野外活動も盛んそう。

熊鈴を鳴らし、ホイッスルを吹きながら進む。

標高をかせぐほど、アカマツが目立つようになり、主稜線に出る。
要所要所に手作り感いっぱいの案内板がある。

特に低山では、みんなに大事にされている山ほど登っていて気持ちがいい。
小さなアップダウンを繰り返す稜線は、山頂が近づくと岩交じりの急斜面になる。

雨なので、スリップしないよう注意深く進む。

こういうシチュエーションだと、相棒がいるのはありがたいな。。
最後のひと登りで、鯨山山頂の広場に出る。

立派な祠があって、狛犬のほかに石造の獅子頭があるのが特徴的。
二等三角点と避難小屋のある山頂からの展望はまったくゼロ。


案内板によると海側は、船越湾や吉里吉里湾、山側は早池峰山などの大展望があるよう。

今回も、必殺心眼でいくかな。。
<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2017年10月7日(土) 雨  Y,botti
碁石海岸宿―(碁石海岸・大船渡市立博物館)ー(大船渡市街・昼食)―岩手県立陸中海岸青少年の家(駐車)13:20…390mピーク…鯨山山頂15:15~15:30…390mピーク16:15…青少年の家16:45―宮古市(夕食)―グリーンピア三陸みやこ19:30(泊)

 

| ぼっち | 東北の山 | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
岩手県の山巡り(2)−氷上山(874m)

岩手県の山めぐり、2番目は陸前高田市と大船渡市の境にある氷上山(ひかみさん:874m)。

その名の由来は、むかし山火事があった際、この山の山頂部だけが焼けずに残ったことから、火防の神が宿る山として、「火神山」と名付けられ、それが転訛して「氷上山」となったと伝えられる。

山上には、西ノ御殿、中ノ御殿、東ノ御殿とも呼ばれる理訓許多(りくこたの)神社、登奈孝志(となかし)神社、衣太手(えたて)神社があり、山麓には、氷上山神社がある。

雨乞いに、海上安全に、大漁祈願にと、陸海オールラウンドの願いを集めている、この地方きっての信仰の山でありマス。

物見山から陸前高田に向けて国道340号線を進み、登山口のひとつ「霊泉玉の湯入口」の看板を目印に東に折れる。

山道を登っていくと、「検問所跡」の立札が。

読んでみると、ここは奈良時代から江戸時代まで栄えた玉山金山の入口にあたるんだそう。
氷上山山麓にある玉山金山は、東大寺大仏造営にあたり日本で初めて発見されたと伝えられる金山のひとつで、大仏に鍍金(メッキ)され、中尊寺金色堂に代表される奥州藤原氏の黄金文化を支え、江戸半ばに衰退するまで伊達政宗以降三代の栄華を支えたのだという。

道沿いに精錬所跡、御法度の博打を隠れてやった博打岩、坑跡、屋敷跡などが並んでいる。

また、金以外に水晶も産出したため、氷上山は「玉山」とも呼ばれたのだとか。
氷上山には、玉山鉱山跡にある玉の湯から登る「玉山コース」、最短の「中央コース」、山麓の普門寺からはじまる「すずらんコース」がある。

今回は、中腹の赤い鳥居から登る中央コースを選択。
山麓から登る中央コースは、赤い鳥居の場所が5合目にあたる。

6合目には、立派な老杉が2本並んでいた。

スギは参道などに植えられる場合が多いから、氷上山も相当古い時代から信仰の山だったはず。
登山道は、ミズナラなどの広葉樹と、ここもアカマツがみられる。

物見山に比べると、より自然な感じで、気持ちよく登っていける。

途中、陸前高田市の市街地が見える場所がある。

街からも良く眺められる山なんでしょう。
信仰の場だったらしい古い石組を過ぎると、祈祷ヶ原というススキの刈られた踊り場のような場所に出る。

ここに、登奈孝志荘という登奈孝志神社にちなむ名の避難小屋もある。
祈祷ヶ原からふたたび樹林帯となり、しばらくで展望の開けた場所にある「まわり石」という大岩に出会う。

海や半島はおだやかな姿だけど、奇跡の一本松で知られる陸前高田市の市街地は、からっぽの赤茶けた空き地として見下ろせる。

氷上山は、東日本大震災をはじめさまざまな苦楽をみてきたんだろう。
山頂が近づくと、笹原と疎林に。

このあたり、2013年に登った近くの五葉山のたたずまいにも似ている。

ただ残念! あいにく霧が急にたちこめはじめた。
期待していた氷上山の山頂は、展望なし。

まわり石から存分に展望したから、良しとしなくては。。
山頂直下に、東の御殿と呼ばれる衣太手神社の祠が。

帰路もまわり石から展望できたので、三陸の海と陸をしみじみと眺めたのでありマシタ。
 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2017年10月6日(金) 晴 Y,botti
―水沢I.C.ー遊林ランド種山(駐車)10:40…物見山11:30~11:40…遊林ランド種山12:45―氷上山中央コース登山口(駐車)14:15…祈祷ヶ原15:15…まわり石…氷上山山頂15:35~15:45…祈祷ヶ原…中央コース登山口16:30―(陸前高田市から大船渡市経由)―碁石浜ごいし荘別邸海さんぽ17:45(泊)

 

| ぼっち | 東北の山 | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
岩手県の山巡り(1)―物見山(871m)

2011年以来毎秋続けてきた「東日本大震災復興支援登山」。

今年は、小屋仲間Yさんと一緒に岩手県沿岸部を中心に物見山(871m)、氷上山(874m)、鯨山(610m)、薬師岳(1,645m)、六角牛山(1,293m)を訪問。

震災前の2006年、Yさんと早池峰山登山後に訪れた訪れた宮古市、震災2年後の2013年、Gan先輩と五葉山登山後に訪れた大船渡市や陸前高田市などが、どのくらい復興しつつあるのかこの目で見てくることも同じくらい大切な目的。

 

10月6日、まずは物見山から登山開始。

「物見山」という名の山は、各地にあるのだけれど、なぜか東日本、特に岩手県や宮城県に多い。

今回訪れた物見山は、奥州市、遠野市、住田町にまたがり、種山とも呼ばれる。

物見山を中心にした丘陵状の高原地帯は、「種山ヶ原」と呼ばれ、古くから放牧地として利用され、藩政時代には伊達藩の直轄牧場として、また明治時代後半からは、陸軍省の軍馬が育成されていた。

また、岩手の風土を宇宙的な眼でとらえ詩や童話にした文学者宮沢賢治が愛した場所としても知られる。

 

種山ヶといふのは北上山地のまん中の高原で、青黒いつるつるの蛇紋岩や、硬い橄欖岩からできてゐます。
高原のへりから、四方に出たいくつかの谷の底には、ほんの五六軒づつの部落があります。
春になると、北上の
河谷のあちこちから、沢山の馬が連れて来られて、の部落の人たちに預けられます。そして、上の野原に放されます。それも八月の末には、みんなめいめいの持主に戻ってしまふのです。なぜなら、九月には、もう原の草が枯れはじめ水霜が下りるのです。−宮沢賢治「種山ヶ原」冒頭部分

 

種山ヶ原は宮沢賢治ゆかりの「イーハトーブの景勝地」のひとつとして名勝に指定され、一度訪れてみたかった場所。

物見山一帯は、現在種山ヶ原森林公園として整備されており、住田町「遊林ランド種山」の駐車場が登山口となる。(クリックで拡大→)
 


物見山へは、ゆるやかな尾根を行く「登山道」と、せせらぎの広場や水辺の広場をつなぐ谷沿いの道などがある。

往路は、「登山道」を選択。
アカマツや、ミズナラやカエデなどの広葉樹のまじる林間を行く明るい道。

ちなみに、岩手県は、アカマツが特産で、「ナンブアカマツ」というブランド名で江戸期から知られており、「県の木」にも指定されている。
木々が色づくにはまだ少し早いけど、ブドウの蔓やムシカリやマユミの実が赤く色づいている。
山頂直下でいったんレーダー雨量観測所に続く舗装道路を横切る。

宮沢賢治が好きそうな施設だな。。

山頂は丘のようで、枯ればんだ草原に、リンドウの花が散らばっている。
物見山山頂に到着。

三角点は立派な一等。

タンポ、屏風山に引き続き、3週連続で一等三角点の山に登頂。
今は放牧の牛馬は見られない高原の先に、早池峰山のやさしい姿が。

そして手前に重なるように横たわるのが今回登る予定の薬師岳。

このような空も地も開けた高原は、東北南部では見かけない風景。
下山は、谷沿いの道を行く。

最初はカラマツ林、そのうち広葉樹が多くなる。

先週歩いた屏風山の植林帯に比べると、やっぱり心が落ち着く。

(山馬鹿としては、水辺の広場とか、人工物は余分だけど。。)
沢を2度渡渉。

足もとにはクリやミズナラの実が散らばっている。
カツラやハルニレ、カエデが色づくのももうすぐ。

登山には物足りないけど、ゆっくり物思いにふけりながら逍遥するにはよいところ。

また、宮沢賢治を読み返そうかな。。

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)  

2017年10月6日(金) 晴 Y,botti
―水沢I.C.ー遊林ランド種山(駐車)10:40…物見山11:30~11:40…遊林ランド種山12:45―(氷上山へ)

 

 

| ぼっち | 東北の山 | 05:49 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
4年目のふくしま応援登山(4)―志津倉山(1,234.3m)

ふくしま応援登山、最後の山は、志津倉山(しづくらやま)。
「倉」とか「堯廚箸い辰震召蓮大岩に付けられることが多いけど、ここも多くの巨岩があることで有名。
そして、岩にまつわる伝説も、いくつも伝わっているそうな。
「猫啼岩」には、齢千年を経たカシャ猫が棲み、葬式の時に死体をさらいに来るとか、
「父の胎内」「母の胎内」という洞窟に入りこむと、廃人になるとか、
「雨乞岩」は、日照り続きの時村人が集まって祈れば、たちどころに雨が降るとか、
ものものしい山でありマス。

20151005志津倉山登山口登山口までは、昨日博士山に向かった県道32号線を途中で外れ、59号、153号とどんどん山中に入っていく。
県道が通行止めになったところが、登山口。
途中の分岐から、登りは沢沿いの「大沢コース」を選択。
20151005志津倉山登山道渓畔林の美しいみちのくの山に続けて登っているので麻痺しちゃいそうだけど、志津倉山のそれは、特筆もの。
サワグルミなどの巨木はほれぼれする風格。
20151005熊笛月曜の平日登山なので、人の気配はまったくない。
豊かな森は熊の住みかでもあるから、笛を吹きながら進んでいく。
20151005雨乞岩沢を詰めていくと、突然巨大なスラブ(平面状の岩)「雨乞岩」が現れる。

20151005志津倉山登山道2雨乞岩までは、刈り払いがしっかりされていたけれど、ここからはあまり手が入っていないので、笛を吹く頻度が高くなる。
傾斜もだんだんきつくなる。
20151005志津倉山稜線屏風岩を左手に見ながら、細いシャクナゲ坂を詰めていくと、棚状になった三本松に到着。
ようやく視界が開けてくる。
ブナ平で稜線にたどり着く。
左手に取ると志津倉山本峰(1,203m)らしいけど、踏み跡はほとんどなし。
20151005志津倉山山頂稜線までの急登が嘘のような、おだやかなブナの道をたどると、いつしか志津倉山山頂に。
1234mという覚えやすい標高。
山頂は、ていねいに刈り払われていて、南と北の視界が得られる。
南側でまず目につくのは、七ヶ岳の七つの峰。
左手に目を映すと、登ったばかりの那須連山が。
そして北側には、会津盆地を囲む磐梯山、吾妻連峰、飯豊連峰など。
本名御神楽の三角錐も目立って、そそられちゃうな。。
20151005志津倉山山頂展望
20151005栃太郎尾根を先に進み、細ヒドコースで下山。
今回の山は、どこも捨てがたいけど、森の深さ、巨木の多さは志津倉山が際だっていた。
「栃太郎」と名付けられた巨木の大きさを示すため、手を伸ばしてみたけど、一周には、ぼっち5人くらいいりそう。

今回のふくしま応援登山、深い森にむしろ元気をいっぱいもらって帰路についたのでありマシタ。

<登山記録>(―:車、…:徒歩)
2015年10月5日(月) 晴時々曇
 西山温泉5:30―(県道32・59・153号線)―志津倉山登山口6:15 … 三本松7:55 … ブナ平8:10 …志津倉山山頂8:35〜9:00  … 糸滝9:40 … 登山口10:35―宮下温泉栄光館(入浴)―立木観音13:30―会津坂下I.C.―(新潟経由帰路へ)

<メモ>
・志津倉山の登山口は、県道153号線の通行止地点であり、そこまでは民家も近く、舗装もされている。駐車場は5台程度。
・巨岩に張り付いたようなルートは急登であるが、登山道は、おおむねしっかりしている。
 高齢化の問題を抱えながら、地元で整備に当たられているとか。
 ありがたいことデス。
・登山口から往復4時間30分程度のコースタイムながら、深い森と巨木あり、巨岩あり、鎖場あり、山頂の展望ありと、山登りの味わいが凝縮されている。
 都市部の近くでは、あり得ない山。福島県まで足を運ぶ価値が十分ありマス。

| ぼっち | 東北の山 | 06:35 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
4年目のふくしま応援登山(2)―那須連山
「那須岳」というと、栃木県側では茶臼岳(1,915m)の別称としているらしい。
確かに、今も噴気を上げつづける溶岩ドーム―茶臼岳は、印象の強い山。
ぼっちもかつて日本百名山を巡っていた頃は、その往復で「那須岳一丁上がり」にしていた。

しかし、深田久弥は、「那須岳とは那須五岳の中枢を成す茶臼岳、朝日岳および三本槍岳のこと」としているし、那須連山の最高峰は栃木県・福島県境にあたる三本槍岳(1,917m)。
「那須岳に登った」というには、やはり、三本槍岳と朝日岳を含めた那須連山を登っておかねば。

ふくしま応援登山の今回、福島県側の大峠から登ろうと思ったけれど、天候の都合から、小野岳に先に登り、15時、峰の茶屋から入山。
臆病者のぼっちは、念のためヘルメットをザックに付けていく。
峠の茶屋(1,462m)の駐車場から数十分登るだけで、樹林帯を抜け、岩だらけの登りに。

20151002那須朝日岳右手の茶臼岳は、溶岩ドーム型。
左手の、朝日岳(1,896m)は、標高こそやや低いけど、尖った山頂だし、岩肌を紅葉が彩って、絵になるね。。
20151002三斗小屋へ強風の吹きぬける稜線鞍部の「峰の茶屋跡」を下り、夕暮れまでに今夜の宿三斗小屋をめざす。
かつて硫黄を牛で運んだ道なんだとか。

20151002三斗小屋煙草屋17時30分三斗小屋温泉の煙草屋旅館に到着。
旅館とはいえ、徒歩でしかたどり着けない場所なので、本当は15時半までに到着してほしかったとの注意。
農鳥小屋の親父さんのように怒鳴られはしなかったけど、心配してもらい済まん事デシタ。
20151003三斗小屋露天風呂山屋の憧れの三斗小屋の露天風呂。
夜は満天の星。
夜明け前にもう一度入る時には、星を隠すほど明るい月が湯船を照らしていた。
翌3日、三斗小屋を後に、隠居倉の稜線を詰めて、最高峰三本槍岳をめざす。

20151003隠居倉なかなか急な尾根だったけど、抜群の天気に、紅葉の盛り、楽しくないはずはない。
振り返れば、遥かにかつて苦労して登った男鹿岳。
そして真下には、紅葉の中に立ちのぼる噴煙。
20151003隠居倉から茶臼岳朝日の中、逆光になった茶臼岳は、活火山ならではの迫力。
稜線の反対側には、三本槍岳のおだやかな姿20151003三本槍岳
槍のような鋭さはまったくないこの山が、三本槍と名付けられたのは、かつて境界確認のため、会津藩、那須藩、黒羽藩が定期的に集まって、それぞれ山頂に槍を立てたためだとか。
四国の三本杭にも通じるいわれですな。。
20151003三本槍岳山頂一等三角点の三本槍山頂。
日光側は、男体山、女峰山、男体山、白根や尾瀬の燧岳が。
会津側は、飯豊連峰や、吾妻連峰、磐梯山などが。
山頂から続く、流石山、大倉山、三倉山への縦走路にも、心が誘われる。
20151003朝日岳と茶臼岳帰路は、朝日岳に立ち寄り。
紅葉の週末とあって、山頂は鈴なりの登山客。
20151003朝日岳下山路朝日岳から峰の茶屋までは、鎖場もある急な下り。
20151003茶臼岳峰の茶屋からは、昨日登ってきた峠の茶屋のルートに合流。

20151002那須連山案内図茶臼岳・朝日岳・三本槍岳と周遊して、ようやく那須岳の全容をつかんだ感じ。
峰の茶屋跡の避難小屋にある案内図を見ると、西南側に「西ボッチ」というポイントが。
うーむ、一度行ってみたいもんデス。
 <登山記録>(―:車、…:徒歩)
2015年10月2日(金) 曇時々雨のち晴
 ―(国道269号線経由)―峠の茶屋(駐車)15:00 … 峰の茶屋跡16:05 … 三斗小屋温泉煙草屋(泊)17:35

 3日(土) 快晴
 煙草屋5:40 …隠居倉6:35 …熊見曽根7:00 …清水平8:20 …三本槍岳山頂9:10〜9:50 … 熊見曽根 … 朝日の肩11:25 … 朝日岳往復(この間単独) … 朝日の肩11:35 …  峰の茶屋跡11:55 … 峠の茶屋13:00 ―(甲子温泉入浴・大内宿訪問)―湯野上温泉民宿すずき屋(泊)

| ぼっち | 東北の山 | 22:25 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
4年目のふくしま応援登山(1)―小野岳(1,383.4m)
東日本大震災の翌年から毎秋Gan先輩と続けている「ふくしま応援登山」。
4回目の今回は、南会津の小野岳、那須三本槍岳、博士山、志津倉山を訪問。
小屋仲間のYさんも加わって、久しぶりににぎやかな山旅でありマス。

10月2日、まずは小野岳を訪問。
南会津の名湯、湯野上温泉に近い小野観音堂脇が登山口。

20151002小野観音堂観音堂の由緒書きの立札を読むと、堂は文化10年(1813年)建てられたもの。
しかし、康歴3年(1381年)の鰐口(堂前に吊るし鳴らす仏具)が伝わるそうなので、信仰はもっと古いのかもしれない。
しばらく杉林の中を歩いていく。
20151002小野岳ミズナラ会津若松から見ると昼飯時にこの山の真上に太陽があることから、小野岳の別名は「昼飯山」。
その名のとおり、ご飯を盛ったようなこじんまりした姿ながら、登山道沿いのブナやミズナラの立派さは、なかなか。
20151002小野岳登山道小野岳も、この秋は豊作のようで、クリ、ミズナラのドングリ、ブナの実などが、登山道を埋めるように落ちている。
クリのイガの中に実があまり残っていないところをみると、熊君がしっかり食べていった後なんでしょう。
20151002小野岳ダケカンバ標高をあげると、立派なダケカンバも登場。
霧に包まれ、笹を揺らす風も激しくなる。
ひとり登山だとさびしい場所も、仲間と山談義をしながら登ると楽しいね。
20151002小野岳山頂小野岳山頂(1,383.4m)に到着。
「明治12年再建」と刻まれた石の祠がぽつり。

小野岳は、平安時代の三十六歌仙のひとり、猿丸太夫の父、朝日長者が住んでいた場所との伝承があるそうな。
猿丸太夫は、小野小町や、小野道風などと同じく小野氏との説もあるらしいから、小野岳の名もそれにちなんでいるのかな(?_?)>


20151002小野観音堂石碑下山にかかると、風もおさまり、日が差しはじめた。
観音堂まで戻り、お堂の前の石仏なんかを観察していると、文政十一年の年号を持つ「金毘羅山」の石碑と並ぶ、「東堂山」という石碑を発見。

金毘羅山は分かるけど、東堂山って聞いたことないなと、帰って調べてみると、福島県田村郡小野町にある山らしい。
小野町は小野小町生誕地との伝承がある町。
小野岳も、小野氏に関わる山とみていいんでしょう。
20151003大内宿から小野岳翌3日、那須三本槍岳に登った後、湯野上温泉に一泊。
ついでに、小野山北麓の大内宿に立ち寄ってみた。
大内宿は、学生時代、ぼっちが初めてみちのくに降り立った場所。
こけしのように可愛い男の子と女の子が、「写真撮ってけれ」なんて、人懐っこくついてきたっけ。
その思い出の背景に、小野岳はそびえていたんだなあ。。

 <登山記録>(―:車、…:徒歩)
2015年10月2日(金) 曇時々雨のち晴
 大坐小屋(前夜泊)3:30―(長野・北陸・磐越自動車道)―会津若松I.C.―(国道118号線)―小野観音堂(駐車)8:55 … 小野岳山頂11:50〜12:20 …小野観音堂13:20 ―(国道269号線経由で那須峠の茶屋へ)

<メモ>
・大内宿側からの登山口と、湯野上温泉小野観音堂側からの登山口がある。
 観光地が登山口なので公共交通機関利用がしやすく、標高が高めの大内宿側から登り小野観音堂側に下山するパターンが多いと、大内宿の方がおっしゃっておりマシタ。
・里の信仰の山だけに、登山道はしっかりしている。
・大内宿は、脇街道で、江戸の半ばからは半農半宿のな暮らしだったとか。
 1878年(明治11年)6月27日、英国の女性旅行家イザベラバードが泊っている。
 「私は大内村の農家に泊った。この家は蚕部屋と郵便局、運送所と大名の宿所を一緒にした屋敷であった。村は山にかこまれた美しい谷間の中にあった。」とあり、泊ったのは「美濃屋」、山は小野岳であろうと言われているそうデス。 
| ぼっち | 東北の山 | 21:34 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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