WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
北海道・夏山旅―アプローチ

毎夏北海道の山に通っていたのは、いつ頃までだったかしらん。

振り返ってみたら、「日本300名山」を完登した2015年以来、北海道の山には登っていない。

岐阜県の山もいいけど、夏はやっぱり北海道の山旅がいいなあ。

ということで、8月8日〜12日の4泊5日で、2013年大雪・十勝連峰「北の大地の大縦走」で登り残した富良野岳と、羅臼岳から硫黄岳まで知床半島の山々のテント泊縦走を計画。

 

富良野岳と、知床連山は、直線距離で220劼睥イ譴討い董計画には登山口までの送迎が不可欠。

連れ合いに北海道を舞台にした漫画「ゴールデンカムイ」全18巻をプレゼントし、交渉成立。

それでは、8日、中部国際空港から旭川空港に向け、いざ出発 (ロ。ロ)/(ヘ。ヘ)/オウ

計画では、北海道到着の翌日9日、富良野岳を、前回縦走の終点上富良野岳側から登り、南麓の原始ヶ原に下山するつもりだった。

しかし、台風崩れの熱帯低気圧のため大雨の予報。

せめて天気が崩れる前に、原始ヶ原の登山口に立ち寄ってみることにする。

 

富良野岳の山裾は、自衛隊の演習地にもなっている原野。

どこまでもまっすぐな道から、原始ヶ原へ向かう林道に入る。

20190808富良野岳1.jpg

林道を行くこと10数キロ、原始ヶ原登山口にたどり着く。

いかにもヒグマのお宅の玄関に立った感が強くてどきどきしちゃうけど、そこがまた魅力的で残念。。

20190808富良野岳2.jpg

8日夜は、前回大縦走の下山口でもあった十勝岳温泉の、北海道最高所(1,280m)の宿、凌雲閣に投宿。

翌9日は、天気予報どおり、嵐のような風雨。登山口の駐車場に車は一台もなし。

20190808富良野岳3.jpg

9日は、観光しながら知床まで移動の日とする。

まずは、富良野市に降り、ぼっちの好物ソフトクリームを賞味。山から下りて食べると、いっそううまいんだけどな。。

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次に、旭川市に出て、陸上自衛隊旭川駐屯地に隣接する「北鎮記念館」に立ち寄り。

屯田兵や、旧陸軍第7師団の資料が展示されており、「ゴールデンカムイ」の聖地巡りのスポットしても最近有名に。

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まずは、北海道探検の歴史から。

「北海道」の名付け親でもある、松浦武四郎の北海道探検ルートなどの紹介。

ここだけでも、じっくり読むと、いろいろ勉強になる。

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北海道の開拓と防衛のため明治18年(1885年)に設置された屯田兵の苦労の歴史、それを引き継ぎ同29年(1896年)設置された旧陸軍第7師団。

ジオラマを見ると、北辺の守りの要として、すごい規模の師団であったことが分かる。

それにしても、203高地で有名な日露戦争の戦い、満州出兵、ノモンハン事件から第2次世界大戦のアッツ島派遣まで、あまりにも多くの・重要な・命がけの展示がひしめいて、目を白黒というのが正直なところ。

本当なら、1コーナーごとに事前勉強をして拝見しないと、恐れ多い感じ。

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連れ合いとしては、「ゴールデンカムイ」のコスプレができて、よかったみたいです。

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旭川ラーメン村で、ニンニクとショウガの香り立つ、味濃いめの旭川ラーメンで腹ごしらえ。

さあて、知床まで約270劼猟垢ぅ疋薀ぅ屬暴佝。

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たまには、北海道山のない場所も立ち寄ってみましょうと、サロマ湖を経由。

日本で3番目に大きい湖なんだそう。

北見市常呂町岐阜なんて場所も通過、岐阜県民も開拓に汗したんだな。。

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涛沸湖と海に挟まれた、原生花園にも立ち寄り。

ハマナスの花が咲いておりました。

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ようやく知床半島に入る。

海岸沿いの道は、連れ合いにとって、(ぼっちは斜里岳の小屋に泊まり)幼い娘二人と、岩尾別温泉「ホテル地の涯」まで、真っ暗な夜道を走った、トラウマを抱えた道。

世界遺産になった今は、すっかり道路も整備され、漁港だったウトロには、ホテルやコンビニもでき、過去の話になったようであります。

(感謝は忘れません (ロ。ロ;)

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今回のウトロの宿は、「酋長の家」。

先代が阿寒湖のコタンの酋長だった家族が経営されている。

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毛ガニ一匹付き、刺身、ちゃんちゃん焼き、エゾジカのたたき、サケの白子の天ぷらなどのほか、アイヌの伝統食もついた夕食。

ムックリの演奏や、アイヌの食べ物の説明などもうかがう。

そして、背後の女性二人の頭の上の額に注目。

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なんと、「ゴールデンカムイ」の作者野田サトル先生の直筆の色紙。

ほかにも、森繁久彌、三船敏郎、渥美清、乃南アサ諸先生の色紙があった。

旅館や食堂に色紙が並べられえているのはよく見かけるけど、これだけ豪華なのは別格だなあ。。

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道具の展示もありました。

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塩辛い温泉に入って、明日からの縦走に備え、早めにおやすみなさい。

 

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日高山脈南部を行く(4)―楽古岳(1,471.4m)

楽古岳(らっこだけ)は、神威岳の南東にある三角錐型の鋭鋒。
山麓からも、その三角錐型の独特な山容を見ることができ、日高山脈の中では珍しく、しっかりした登山道が日高・浦河町側からも、十勝・広尾町側からも整備され、比較的よく登られている。

20150808楽古山荘8日、神威岳でどろどろになったのを、海岸沿いの三石昆布温泉でさっぱり。
再び、日高幌別川に沿って国道236号線を北上、支流メナシュンベツ川に沿う林道に入り、登山口の楽古山荘へ。
神威山荘への林道に比べると、はるかに楽なドライブ。


20150809楽古岳登山道翌9日、4時35分小屋を出発。
小屋のすぐ先で、メナシュンベツ川を渡るが、ここはコンクリートブロックが埋め込んであるので気楽に渡ることができる。

しばらく林道を進んだ後、ふたたびメナシュンベツ川を渡渉すると、本格的な登山道となる。
シダと広葉樹に包まれた、心がしんと静まる道。
20150809楽古岳渡渉点メナシュンベツ川の渡渉を何度か繰り返すけど、沢靴なしでも大丈夫。
上二股で最後の渡渉後、ジグザグの登山道を登ると、笹原の急登になる。
20150809楽古岳登りミズナラなどの巨木の下の笹原の道は、神威岳に比べれば一般道。
霧か雲かの中をひたすら進む。
20150809楽古岳山頂展望急登が果てるあたりで、ホウ! 青空の下にとび出した。
ハイマツに覆われた稜線の、手前が「楽古岳の肩」と呼ばれる場所、その先に楽古岳山頂が。
登山道沿いは、ハイマツとともにクロマメノキが多い。
秋に生る実は、ブルーベリーのようでヒグマの大好物らしいから、その季節は遭遇率が高くなりそう。
20150809楽古岳最後の直登は、三角錐の頂きの形がひときわ。
この山のハイマツの、青々と精気に満ちたさまは、今まで目にした中で、もっとも美しいもの。
20150809楽古岳山頂楽古岳山頂に到着。
一等三角点の山だけに、見晴らしは抜群。
まずは、南側のアポイ岳方面をながめる。
そして、北側。
雲海に浮かぶ日高山脈が、日高地方と帯広地方を厳然と分ける、脊梁山脈であることがよく分かる。
日高山脈の山々は、「一度は行きたい山」が多いけど、その厳しさから「二度とは行きたくない山」が多い。
しかし、楽古岳は、アプローチも楽だし、登山時間もそれほど長くないし、川沿いのシダの道も、山頂の眺望も格別だからまた新緑の時、紅葉の時とそれぞれ訪れてみたくなる。
日高に来るまでが遠いけれど。。
20150809楽古岳から日高山脈
<登山記録>(―:車、…:徒歩)
8日(土) 曇り
 神威山荘14:10―浦河町(昆布温泉入浴・買い出し)16:00―(国道236号線・楽古岳林道) ―楽古山荘18:30
9日(日) 曇り、山上は晴れ
 楽古山荘4:35 …(メナシュンベツ川を遡行)… 上二股5:00 …楽古岳山頂8:05~8:25 …上二股 …10:05 …楽古小屋10:55 ―(昆布温泉入浴)―余市15:50(ホテル泊)

<メモ>
・神威岳と同様、浦河町の海岸から40kmほど内陸に入るが、途中までは国道236号線であり、楽古林道もよく整備され、道路事情は格段に良い。
楽古山荘は、「収容人数50名」の、立派な小屋。
・登山口は小屋のすぐ手前から。メナシュンベツ川を渡渉しながら遡行していく。
 踏み跡は明確で、赤テープもある。
・上二股で、登りとなる。取り付き点には標識がある。
・ここから、笹原の急登となるが、登山道は明確。上部はやや笹が深い。
・楽古岳の肩からは、ハイマツの中、好展望が。山頂も抜群の眺望。
・今回は、ヒグマの気配をまったく感じなかったが、秋は木の実を食べにくるらしいので注意。

・楽古岳の名は、この山を源とし、広尾町に河口がある「楽古川」によっている。
 (厳密にいうと、楽古川の源流は隣の十勝岳、楽古岳は支流の札楽古川の源流。)
 楽古川をアイヌ語で「ラッコ」といい、獣のラッコが、流れ寄り付く川ということらしい。
 今では、ラッコは、択捉島、千島列島、アラスカなどにしか生息していないけど、乱獲される前は、楽古川河口あたりにも棲んでいたのだそう。見たかったな、ラッコ。

| ぼっち | 北海道の山 | 21:52 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
日高山脈南部を行く(2)―アポイ岳
アポイ岳は、日高山脈の支稜線が太平洋に沈もうとする場所にある。
標高は、810mと高くないけれど、地球科学的にも、植物学的にも大変貴重な山でありマス。

まず、地球科学的には、この山が「かんらん岩(橄欖岩)」でできていること。
アポイ岳は、北米プレートがユーラシアプレートに乗り上げるようにして形成された日高山脈のうち、プレート最下部の「マントル」が地表に現れた部分にあたっている。
マントルは変成作用を受けやすく、通常、水分と反応して「蛇紋岩」になってしまうけれど、アポイ岳では、ほとんど変成を受けない「かんらん岩」として地表に表れている。
つまり、地球の内部構造のフレッシュな状態が地表に直接現れているということ。

植物学的にみると、かんらん岩や蛇紋岩の山は、森林が発達せず、特殊な植物体系が構成される。
特にアポイ岳は、標高が低いにもかかわらず、五合目が森林限界で、固有種を含めた多様な高山植物が生育している。

これらのことから、「日本地質百選」、「日本ジオパーク」に認定され、「アポイ岳高山植物群落」として特別天然記念物にも指定されているという、肩書きに事欠かない山なんでありマス。

20150808三合目8月7日早朝、いざアポイ岳に! と山麓のキャンプ場でテントを撤収していると雨が。
7時15分まで待機、ようやく雨が上がったので、熊鈴を鳴らしながら出発。

アポイ岳までは、地元の小学生の遠足ルートにもなっていて、よく整備されている。
ところどころに吊るされている、熊よけの鐘を鳴らしながら進む。



20150808アポイ岳馬ノ背標高392mの5合目の避難小屋を過ぎると、森林限界を越え、ハイマツの中の茶色の岩だらけの「馬の背」の尾根道となる。
この茶色い岩こそが、かんらん岩。
20150808アポイアザミ高山植物は、季節が遅かったせいもあるけど、襟裳岬に比べてさえ地味。
(盗掘や、ハイマツや樹林の侵入等の影響による減少もある。)
ただし、この山でしか見られない植物も多くみられた。

まずは、「アポイアザミ」、これはアポイ岳だけにみられる固有種。
20150808アポイハハコ次に「アポイハハコ」、こちらは固有品種。
固有種ではなく、基本的な植物がかんらん岩上で、少々形態が変化したものをいうらしい。
20150808アポイマンテマ「アポイマンテマ」。
何にでも「アポイ」付けてるだけじゃないでしょうね。。
20150808アポイカンバただの幼木みたいなのも「アポイカンバ」の成木。
地味ながら、固有種。
20150808サマニオトギリ黄色い「サマニオトギリ」は、あちこちに見かけた。
地元、様似町の名を取ったこれも固有種。
20150808キンロバイもちろん、固有種じゃない高山植物もみられた。
これは「キンロバイ」。
黄色の梅に似た花は、ハイマツ沿いに最も多く見かけた。
20150808ハクサンシャジン「ハクサンジャジン」は、白馬岳でも襟裳岬でも見かけた。
「ハクサン」はここまで進出。

20150808アポイ岳山頂―なんて、足元にとらわれているうちに一等三角点のある山頂に到着。
アポイ岳のもう一つ特殊なのは、森林限界を超えたはずなのに、山頂はダケカンバが生えていること。

ちなみに「アポイ岳」とは、アイヌ語で「アペ・オ・イ」(火のあるところ〜囲炉裏)という意味とか。

アポイ岳山頂の先に続くのが、吉田岳、そして三つ頭になったピンネシリ。
本当はピンネシリまで往復するつもりだったけど、出発が遅くなったので吉田岳までを往復。

ちなみに「ピンネシリ」は、アイヌ語の「ピン(夫)・ネ(のような)・シリ(山)」つまり男山という意味で、アポイ岳と対になる。
なお、なんで途中の山だけ和名の「吉田」なのかは―由来不明なんだとか。

20150808吉田岳からピンネシリアポイ岳と吉田岳の間の稜線が、高山植物のもっとも豊富なエリア。
雨が降り出しちゃったけど、じっくり観察しながら往復しマシタ。

<登山記録>
8月7日(金) 曇り一時雨 (車:電車、…:徒歩)
アポイ岳山麓キャンプ場 登山口7:15 …アポイ岳山頂9:55 …吉田岳 …アポイ岳 … 登山口14:00 (アポイ山荘入浴・買い出し)―神威山荘18:20へ


 
| ぼっち | 北海道の山 | 12:33 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
日高山脈南部を行く(1)―襟裳岬

北海道中南部に横たわる日高山脈
刈勝峠から襟裳岬まで約150kmに及ぶ北海道きっての脊梁山脈(せきりょうさんみやく)。
最高峰の幌尻岳、カムイエクウチカウシ山、ペテガリ岳など、その名を聞くだけで居ずまいを正したくなるような、重厚で峻嶮な山々が連なっている。
カール(圏谷)や、モレーン(堆石)など、氷河時代の痕跡も集中。

日本で唯一、「縦走」なんて甘っちょろい登り方をはねつける峰々は、今から1300万年前ほど前に北米プレートとユーラシアプレートが激しくぶつかり合うことによって形成されたもの。

―なんてエラそうに言えるようになったのも、最近地球科学についてお勉強を始めたおかげ。
今回は、その南部の、アポイ岳、神威岳、楽古岳を巡ってきました(ロ。ロ)/

20150806味噌ラーメン8月6日、猛暑の中部国際空港を後に、千歳空港へ。
レンタカーで、太平洋に沿い日高地方に南下。
北海道最初の昼飯は、やっぱり味噌ラーメン。


20150806日高の馬日高地方は、競走馬の代表的産地。
海岸に沿いの国道を、明日からの入山ルートを確認しながら何10km進んでも、牧場が続く。
馬って、家畜の中でもっとも自由で大事にされているんだな。。
20150806何もない?明日から始まる登山の前に、日高山地の南の果て、襟裳岬に立ち寄り。
「何もない」と歌になった土地に、一度立ってみたかった。

段丘上の笹原は、一見何もない土地。
しかし、車を止めてみると、夏の今は、数々の花が咲き乱れている。
20150806襟裳岬の花釣鐘型の花はハクサンシャジンみたいだし、ピンクの小花はハクサンフウロみたい。ハマナスもタカネバラにそっくり。
白馬岳のお花畑にあったような花々が、海岸で風に吹かれているのは不思議な気分。
20150806襟裳岬の先襟裳岬の先は、岩が海に没する場所。
あの峻嶮な日高山脈の端っこを見てるんだなあ。。
岬にある観光施設「風の館」に、あんまり気乗りもしないまま入ってみた。
襟裳岬は、風速10m以上の日が年間290日もある、日本でもっとも風の強い場所なんだとか。
興奮しちゃったのは、岬の先の岩々が、実は、日本最大のゼニガタアザラシの生息地で、望遠鏡を通して、アザラシが観察できること。いくら見てても飽きまセン。

「気象情報サービス」も充実していて、明日からの山の天気も詳しく確認できて、ありがたかった。
辛うじて曇りの日々が続くよう。
20150806ゴマフアザラシ
20150806襟裳岬の花の名観光地に付きものの土産物屋をのぞいてみる。
岬で見られる花が張りだしてあった。
やはり、ハクサンチドリとか、ガンコウランとか、白馬岳でも出会ったのと同じ花が、ここにある。
緯度が高く風が強い過酷な環境が、高山と似通っているんだな。。
20150806襟裳ラーメン土産物屋の奥にあった食堂「むてき」。
えりもラーメンとつぶ貝丼のセットで、早目の夕飯に。
コンブなど地元の海藻でていねいにとったスープと、たくさんのつぶ貝が入ったラーメンは思わぬ掘り出し物。
20150806アポイ山麓キャンプ場明日登る予定のアポイ岳山麓まで戻ると、テントを張って後は寝るだけ。
沢登りも多い今回の山行、天気大丈夫かなあ。。
<余談>
・襟裳岬は、明治時代からの開拓で、木を伐採し、放牧地として使われ、さらにイナゴの大群が発生、風が激しい場所であることもあって、一時期砂漠化した。
・すると、流出した土砂で沖合まで汚染され、昆布が生えず、鮭も回遊しなくなるなど海産物が大打撃を受け漁師たちは困窮した。
・そのため、林野庁や地元が長い時間をかけ試行錯誤、まずは草の種を撒きその上を海藻で覆って風を避け草原化した。
 (←「ムーミンパパ海へ行く」で、ムーミンママも同じことやってマス。)
 この間、20年近く、ようやく海産物が戻ってきた。
・植林事業が始まったのはその後で、まだ継続中。そんな息の長い取り組みが目の前に広がる風景。
・山と海の関わりが意識される、そのきっかけともなった場所でもあるそう。
・そんな場所に生える、高山植物って、なんてたくましいんだろう。

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