WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
ヒスイ海岸でお宝さがし

ぼっちの隠れ趣味のひとつが「石拾い」。

大坐小屋の入口に敷く石なんかを拾っているうちに面白くなり、

地球科学に関心を持ってから、さらに興味が深まった。

 

今回は、北八ヶ岳登山の翌日、日本海側に出て、富山県朝日町の「ヒスイ海岸」で石拾い。

ここはなんと、宝石のヒスイ(翡翠)が拾えるという稀有な海岸。

ちなみに、ヒスイは、縄文遺跡からも出土し、勾玉に使われるなど古くから貴ばれ、昨年「国石」にも指定されたとか。

 

20150413ヒスイ翠の足いきなりヒスイ海岸に行っても、浜辺の石ころの中から、ヒスイを探し出すのは難しそう。

「急がば回れ」で、見分け方を事前勉強するため、まずは糸魚川市のフォッサマグナ・ミュージアムに立ち寄り。

糸魚川市ヒスイ峡で産出されるヒスイは、同ミュージアムの目玉展示のひとつ。

ごろごろ並ぶ、あまりにも大きく美しいヒスイに目がくらみそう。

 

 

 

海岸で拾えるヒスイは、白っぽい小石状のものが中心とのこと。

見つけるコツは、

’鬚辰櫃だ个鮹気垢海函´角ばった石を探すこと 重たい石を探すこと い覆瓩蕕な表面の石を探すこと ゥラキラと輝いている石を探すこと イ劼垢ぅ皀疋を見抜く力をつけること だそう。

 

でも、展示の最後にある、どれがヒスイでしょうというクイズコーナーには、

緑、白、紫、黒、赤のヒスイまであって、よけいにチンプンカンプンになってしまった。
「ゥ劵好い發匹を見抜く力」なんてとても持てないまま、糸魚川市をあとに、県境を越えて富山県へ。

県境の朝日町にある東西約4劼竜楮蝓Χ海岸が、通称「ヒスイ海岸」で、富山県随一の水質を誇る海水浴場でもある。

帽子を被り、日焼け止めを塗り、大きめの籠を持って(←欲深)いざ、ヒスイ採集開始!
波おだやかな海岸には、カップルや親子連れが訪れ、みんな海水浴そっちのけでヒスイ探しをしている。

波打ち際あたりを探すとよいらしい。

海岸の果てに見えるのが、飛騨山脈が海に直接落ち込む親不知。
炎天下、探し回ること約1時間。

10数個拾った、白や緑の石たち。。

水に濡れているうちは美しい翡翠色だけど、乾くとなんでもない石に変わってしまうのを「狐石」というそう。

幸か不幸か、化かされたのかどうかさえわからないから、ヒスイ拾いをしたという思い出の品ということで、大事なお土産にしよう。
ヒスイ海岸は、遠いのだけが難点だけど、越中宮崎駅下車すぐ、駐車場完備。ヒスイ拾いとともに海水浴ができ、オートキャンプ場と温泉至近、名物「たら汁」にもありつけると、石拾いにはもったいないほどの好条件。

またゆっくり石拾いをしてみたい魅力凝縮のスポットでありマシタ。

 

| ぼっち | 地球科学 | 21:31 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
大鹿村へ
熊本県および大分県の震災に見舞われた皆さま、お見舞い申し上げます。
昨年の5月、熊本を起点に山巡りした時の、あの美しい町や村に心安らぐ日々が戻ることを心からお祈りしています。

今回の地震が中央構造線沿いの活断層で多発していることもあり、連れ合いと、長野県大鹿村の「中央構造線博物館」に行って来マシタ \(ローロ)(ヘ。ヘ)/

下伊那郡大鹿村は、山国長野県でもとりわけ山深い土地。
山屋であれば、赤石山脈の登山基地としてご存知の方も多いはず。
(画像は、小渋橋越しに眺める赤石岳)

南アルプスと伊那山地に挟まれた谷筋を中央構造線が南北に通っている。
ここにあるのが、日本で唯一の中央構造線を専門とした「中央構造線博物館」。
小渋川と青木川の合流地点、大鹿村の中心地大河原。
博物館の前庭を横断するように中央構造線が走っている。

コンパクトな施設だけれど、学芸員の方が丁寧に説明してくださり、中央構造線の概要について何とか頭に入れることができた。
中央構造線は、ナウマンによって命名された関東から九州までを貫く大断層。
約1億年前、まだ日本列島が大陸の一部だった頃、プレートの沈み込みに伴い二つの変成岩帯が形成された。
南側が、プレート沈み込み部に接して形成される低温高圧型広域変性の「三波川変成岩」。
北側が、上昇してきたマグマに熱せられて形成される高温型広域変性の「領家変成岩」。
この狭間の部分が中央構造線。
形成期には東西に走っていた中央構造線。
その後日本列島が複数のプレートの影響を受け、中央部で真っ二つに分かれながらアジア大陸から離れていくのに伴い、静岡県から長野県にかけての中央構造線は南北の方向となった。
とはいうものの、中央構造線に沿う地質構造は同一で、三波川変性帯は結晶片岩、領家帯は花崗岩という構造は九州から関東までつながっている。

―このことは、日本の山岳を概観するうえでも大切な知識だなあ。。

中央構造線に加わる力は、複数のプレートの影響によって、九州と本州中部では異なる。
西日本では、フィリピン海プレートの南側からの力を受けながら中央構造線に沿って、長大な断層帯が伸びている。
この断層帯が、今回の熊本・大分の地震にも影響していると考えられるが、これは地質境界としての中央構造線とは異なるもの。
これに対し、本州中部では、北米プレートの東側からの力を受けているので、地震と関係も異なるのだとか。
―知れば知るほど「知らない」という事実が身にしみるけど、活動し続ける日本列島に生きる以上、地球科学の勉強を続けなくてはと痛感させられた次第デス。

さて、博物館から出ると、村は、祭りのようなにぎわい。
なんでも、春秋年に2日しか見られない300年の歴史を持つ「大鹿歌舞伎」が、5月3日の今日、大磧神社で演じられるのだそう。
これは見ない手はないね!

「仮名手本忠臣蔵一力茶屋の段」一幕を石垣に座りながら観劇。
素人とか、伝統芸能とかいうカッコ付けなしで、芝居に魅入られる名演技。

村を通る秋葉街道は、遠州から諏訪方面に続く火伏の神秋葉山信仰の道。
このルート、実は縄文時代の塩〜黒曜石の交易にまで遡るんだとか。
そんなこともあってか、大鹿村は、後醍醐天皇の皇子、宗良親王が身を置いた南朝の拠点だったこともあるそう。

登山基地として行き過ぎるだけだった大鹿村、地球科学に歴史に、深く勉強したいスポット満載の土地でありマシタ。
 
| ぼっち | 地球科学 | 09:19 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
福井県立恐竜博物館見学記

怒涛の夏山・秋山シーズンも一段落。
地球科学のお勉強+家族ドライブに、連れ合い+下の娘と、福井県勝山市の「井県立恐竜博物館」に行ってきました(ロ。ロ)/

恐竜は、中生代(約2億5200万年前〜6600年前)に繁栄。
つまり、ぼっちの地元金生山から化石が発掘される古生代最後のペルム紀(2億9900万年前〜2億5100万年前)の次の時代でありマス。

20151115福井県立恐竜博物館両白山地山麓に突然姿を現す銀色の卵―それが、福井県立恐竜博物館。
「ナショナルジオグラフィック チャンネル」のファンである、連れ合いや娘は、この時点で興奮気味。

20151115恐竜博物館内部駐車場には、たくさんの観光バスや、青森、新潟、神戸、岡山と日本各地のナンバープレートが。
恐竜博物館の人気、おそるべし。
3階にあたるエントランスから、長いエスカレータを地下1階まで降りていく。

20151115エントランス高さ37mあるという、卵形の恐竜展示室で、ロボットの恐竜がお出迎え。
ここで、子供たちは歓声を上げるか、はたまた泣きだしておりマシタ。
20151115恐竜展示巨大なホールには、世界の恐竜の骨格化石や、その複製が、40体以上も並んで圧巻。
恐竜ファンにはたまらない世界なんでしょう。
20151115ジオラマ実物大に復元されたロボットの恐竜もいたりして、連れ合いも娘も、大興奮。
「さすが世界三大恐竜博物館!」なんだそう。
20151115コシサウルスカツヤマちょっと地味めだけど、福井県から発掘された恐竜の化石や骨格模型も展示されていた。
1989年に発見されたフクイサウルスや、最近発見されたコシサウルス・カツヤマなど、日本にも恐竜がいたんだと実感。

1978年岩手県で竜脚類の恐竜化石が発見されるまで、日本に恐竜が棲んでいたとは思われていなかった。
今では、北陸の手取層をはじめ、全国から恐竜化石が発見されている
これらの地域が大陸の一部であったことの証しでもあるんだな。。

20151115変成岩恐竜ほどのインパクトはないけれど、「地球の科学」の展示コーナーも充実。
圧力と温度によって、どのような変成岩ができるかなど、じっくり見ていくと、とても理解しやすい。
20151115ゴキブリ「生命の歴史」の展示コーナーは、古生代から現在に至る生物の変遷を骨格標本などで展示。
ゴキブリは、フズリナと同じ古生代から現在まで繁栄し続けている。
(画像、黄色の部分。)
シーラカンスと違って、誰も「生きた化石」なんて言ってくれないのにね。。

20151115化石を掘り出す「化石クリーニング室」では、化石のかけらが石の中からていねいに取り出されている。
こうした、研究のための施設も含め、国内随一を誇っている。



20151115ティラノザウルス参加体験型の「ダイノラボ」というコーナーでは、実物のティラノザウルスの化石に触れることができる。

盛りだくさん過ぎて、やや消化不良だったけど、恐竜博物館は福井県の宝といっていい、すばらしい施設。
プレートテクトニクス理論の理解が深まり、世界の見え方が、ちょっと変わっちゃう体験でありました。
 

| ぼっち | 地球科学 | 00:18 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
ペルム紀の山 金生山化石館

ぼっち家の裏山、金生山(きんしょうざん)は、標高(元) 217m、全山石灰岩でできている。
良質の石灰岩なので、掘削が進み、標高も低くなって、もう登山の対象とはならない状態。
しかし、石灰岩に含まれる多くの化石は、約2億5千万年、古生代ペルム紀を物語るものなんだそう。
雨の日曜日、今年のお山の勉強テーマ「地球科学」について学ぶため、「金生山化石館」を久しぶりに訪問してきました(ロ。ロ)/

20150906金生山化石館化石館は、昭和39年(1964年)に開館。
今の建物は昭和60年(1985年)のもの。
展示も古風で、最新のジオパーク・ミュージアムを見慣れた目には、インパクトなし。

しかし、じっくりじっくり見ていくと、化石をめぐる物語が浮かび上がってくる。

日本の化石が一番最初に注目されたのは、明治5年(1873年)のウィーン万国博覧会。
日本館の日本庭園に展示された石細工を見たドイツ人の地質学者ギュンベルが、その石が「フズリナ」の化石であることを発見。
ここに、日本の古生物学の最初の扉が開くことになる。

フズリナは、金生山に多く産出され、山麓の中山道の宿場町赤坂は、石の細工物が名産だったから、ギュンベルの見出した化石は金生山のものであった可能性が高いそうな。
ちなみに、このギュンベルは、フォッサマグナを発見した、ナウマンの先生だった人物。

金生山は、かつて大陸プレート上に載ったサンゴ礁の島が、プレートの沈み込み時にはぎ取られ、陸側にくっついた「付加体」でできている。
このサンゴ礁が形成されたのが、約2億5千万年前の古生代ペルム紀。
その時代を示す、示準化石が「フズリナ」。

石灰岩層は時代の古い順に「下部層」「中部層」「上部層」「最上部層」に分かれ、それが西方向に引き込まれた形になっているので、山の西側から順に最上部層から下部層までの地層がみられる。
層ごとに、含まれるフズリナの形態や、その他の化石の種類が異なるそう。

20150906金生山の地層館長さんに質問。
各層で岩の色が違うのは。なぜなんですか?

―特に黒いのは中部層、上部層の時代で、黒いのは、炭素が多いため、つまり生物が栄えていた証し。
最上層が白っぽくなったのは、繁栄の衰えを示すもので、古生代終焉のカギが秘められている可能性があるんだとか。

勉強になるなあ。。
20150906金生山海ペルム紀の金生山の原風景は、サンゴ礁「リーフ」と、その内海の静かで生命体にあふれる「ラグーン」。
20150906ウミユリの化石当時の代表的な生命体は、リーフに生息したフズリナのほか、サンゴやウミユリなど。
20150906シマカイアこの化石の破片は、ラグーンに生息したと考えられる二枚貝「シカマイア」の一部分。
全体は、サーフボードのような形をしていたらしい。
最初発見されたのが、赤坂町(当時)の金生山だったことから、Shikamaia akasakaenisisと命名された。
全地質時代を通じて最大級の貝類だったそうな。

こんな大きな貝が生息できたのも、よほど生命体が生きやすい環境だったんでしょう。
20150906金生山しっかり勉強して、化石館を出ると、そこにはすっかり姿を変えた金生山。
ぼっちが子供の頃は、画像に記した黄色い線くらいまで山があって、ウミユリの化石なんか簡単にひろえたんだけどな。。

20150906我が家のフズリナぼっち家の石段や庭石にも、フズリナの化石が入っていて、小さい頃はこういうのが日本全国普通だと思っていた。

ペルム紀、2億5千万年前の物語がそこにあったんだねえ。。

日本の鉱山で、現在輸入品に対抗できる品質と価格を保っているのは、石灰くらい。
そのため、石灰岩の名山、伊吹山、武甲山、藤原岳、青海黒姫山などで掘削が進むのは、山屋として胸が痛い。
しかし、日本の工業が、世界各地を掘りかえして成り立っていることも併せて考えないと、いけないのかもしれない。

| ぼっち | 地球科学 | 06:32 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
「戸隠地質化石博物館」探訪記
戸隠スキー場の下、越水に新しい美術館ができたということで、見に行ってみた。
チケット売場を抜けると、いきなり六角形の展示室があって屏風が10双。
これで、入場料一人1200円。。
普段温厚な連れ合いが、「本当に、これだけ?」と、確認してた。。

20150628戸隠地質化石博物館5分で見終わってしまい、「それじゃ、地球科学のお勉強に、戸隠地質化石博物館にでも行ってみますか」ということに。

愛車奥地君のナビに従い、山道をくねくね。
たどり着いた博物館は、廃校になった、柵(しがらみ)小学校そのもの。
また、外したかな。。
20150628二宮金次郎と熊入口では二宮金次郎くんと麦藁帽の小熊くんがお出迎え。
入場料200円。
201506281階靴箱の横には、クジラの骨格。その下に戸隠で発掘されたクジラの化石。
化石愛が高じて、岐阜県から戸隠に移住したというご夫婦が博物館員で、「3階からまず見てください」とのこと。

階段に向かう廊下には、大きな骨が転がっていたり、古い陳列棚にホルマリン漬けの標本がずらり。
異次元の世界に入って行くようで、テンションが少し上向き。
20150628平賀源内戸隠の化石を最初に紹介したのは、江戸中期の学者平賀源内だったらしい。
当時は本草学がブームで、彼の開いた展示会のカタログに信濃国水内郡の貝化石が登場するそうな。
20150628象のいた戸隠3階の普通の教室をのぞくと、いきなり立派な展示室。
戸隠から発掘された象の化石がずらり。
シンシュウゾウと名付けられている。
20150628戸隠の代表的な化石次の教室は戸隠の代表的な化石の展示。
約2千万年前、フォッサマグナの陥没で、信州は広い海になった。
その海底の化石が戸隠ではたくさん発掘されている。
シナノホタテなどの貝、クジラ、ホオジロザメなど。

3月に糸魚川のフォッサマグナミュージアムで勉強したこととつながるなあ。。
20150628戸隠の地層この博物館は、特に長野市内の子供たちに自然科学に関心を持ってもらうよう、展示にもいろんな工夫がされている。
東京大学総合研究博物館が計画段階からバックアップをされたそう。
戸隠山は、270 万年前から 30万年前頃の間に、海底火山からのマグマの貫入と急激な隆起があり、山が形成された。山体を構成する岩石のうち、堆積岩層からは、貝類、魚類、鯨、などの化石が見つかっている。
隣あう飯縄山は、約25万年前に噴火を始めた火山で、約5万年前まで活動をしていた。
―そんな違いも勉強させてもらいマシタ。

20150628骨部屋2階は、ミドルヤードといって、ワークショップをやったり、発掘した化石を整理したりする作業場のように使われている。
骨を組み合わせて「ホネベヤ」と書かれた部屋の奥には骨格標本がゴロゴロ。
子供たちも大興奮だろうなあ。。

いやあ、勉強になったし、異次元にもぐりこんだようで楽しかった!
ぼっちの家の近くには、金生山という、約2億5千万年前古生代ベルム紀の、オウムガイや三葉虫が産出する化石産地がある。
それに対し戸隠の化石は、約2千万年前〜数10万年前、日本の真ん中にフォッサマグナが形成されていた時代を垣間見せてくれ、もっと「なまなましい」感じがした。

1時間半くらい見学したけど、連れ合いは、もっと見ていたかった、また来たいと、大興奮。
戸隠愛、化石愛、自然愛、そして好奇心がいっぱい詰まっているから、感動できるんだよね。
| ぼっち | 地球科学 | 05:59 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
糸魚川フォッサマグナミュージアム訪問記
「フォッサマグナ(Fossa Magna)」とは、ラテン語で「大きな溝」の意味。
といっても、目に見える溝ではなく、日本列島の中央部のエリア(※)だけが、新しい時代の異なった地質になっている、その南北帯状のエリアをさすもの。
(※:西端の境界線が糸魚川・静岡構造線、最近の説で東端の境界線が新発田−小出構造線、柏崎−千葉構造線)

フォッサマグナの成り立ちは、日本中央部の山岳地帯の形成にも深く関わっている。
そのフォッサマグナをテーマにした博物館が、糸魚川市にある、「フォッサマグナミュージアム」

糸魚川は、2009年、世界ジオ・パークに日本で最初に選定された場所。
というより、ジオ・パークという言葉をミュージアム設立時に世界に先駆けて造語したのが糸魚川。
今年の山岳学習のテーマを「地球科学」としたぼっちとしては、どうしても行ってみたい!
―ということで、大坐小屋からの帰路を日本海回りとし、白馬から姫川沿いに糸魚川市へ。

糸魚川・静岡構造線に沿った白馬から糸魚川までの道すがらは、あちこちで倒木や崖崩れが。
その多くは、昨年11月の「長野県神城断層地震」の爪跡。
日本列島は今も動き続けていることを実感。

20150413静岡糸魚川構造線糸魚川市街地の手前に、「フォッサマグナパーク」の案内板。
糸魚川静岡構造線の断層が地表で見えるポイントがあるとのこと。
これは、ぜひ見てみたいね。

姫川の支流、根知川の河岸に、遊歩道が付けられ、ここが、西日本と東日本を分ける境目との説明がある。

20150413構造線に触れるドキドキしながら、構造線に触れてみる。
左(西)側の暗緑色の変ハンレイ岩は約4億年前形成され、右(東)側の安山岩は約1600万年前に形成されたとの説明あり。
片手で、数億年の時間を旅する気分。

20150413フォッサマグナミュージアムそして、いよいよ小高い丘の上にあるフォッサマグナミュージアムへ。
この3月にリニューアルオープンしたばかり。

20150413ヒスイ翠の足まずは、世界的な産地である糸魚川のヒスイについての展示。
古代社会において、神秘の石、ヒスイの果たした役割は大きかったけど、それが糸魚川で産出されていたことはいつしか忘れ去られ、勾玉などの石は中国から輸入されていたと考えられるように。
それが糸魚川産だと判明したのは昭和になってからなんだとか。
神秘の石の翠(みどり)は、たしかに、魂を吸い寄せる力を感じてしまう。

20150413石灰岩の分布糸魚川は、日本300名山青海黒姫山などから、石灰岩も産出。
石灰岩山地の多くは構造線沿いに分布しているそう。
ぼっちの地元も石灰岩が産出され、その石も展示されてマシタ。

20150413フォッサマグナ映像そして、いよいよフォッサマグナのコーナー。
大画面の映像で、‘本列島がユーラシア大陸からひきはがされ、その際中央部に溝が入って海となり △修海紡論冓が重なっていき、その後、南からフィリピン海プレートがぶつかってきたので、溝は押し上げられ陸となった ぐ幣紊粒萋阿蓮∈廼瓩離廛譟璽肇謄トニクス理論では、ユーラシアプレートと、北米プレートの境界ゆえに発生したものと考えられる ゥ廛譟璽箸沈み込む時の水分でマグマが生まれる、そのためにフォッサマグナ地帯には、富士山、八ヶ岳、浅間山から妙高山・焼山と火山が連なっていると考えられている とのこと。

20150413栂海新道の展示さらに、糸魚川は、親不知から白馬岳まで続く「栂海新道」の所在地でもある。
そのルートをたどることは、様々な地質をたどることにもなることが、岩石を並べて展示されている。

栂海新道を拓いた故小野健さんは、地質のプロであり、ミュージアム建設にも深く関わられたそう。
偉大な方だなあ。。

以上、一度に詰め込みきれないほどの知識を抱えて帰路についたのでありマシタ。
<余談>
昼食も忘れ14時過ぎまでしっかり勉強し、腹がすいたので、糸魚川インター近くの回転寿司屋に。
時間はずれで、回転寿司屋なのに回転していない広い店内に、客はぼっち一人。。
板さんと店員さんが見守る中、緊張しながら寿司を食うはめに。
思わず注文しすぎちゃったけど、うまかったデス。
| ぼっち | 地球科学 | 06:32 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
「山はどうしてできるのか」
山馬鹿ぼっちがいつも抱いていた、この素朴で根源的な疑問に答えてくれる本を発見。
地球科学を専門とされる藤岡換太郎氏の書かれた、書名もズバリ「山はどうしてできるのか」。

読後の感想。「学校で習った地学って一体何だったんだ〜」
教科書には、山は「造山運動」でできるって載っていたのに!
土地が隆起し、それが侵食されて、壮年期には鋭い峰を形成し、侵食が進み老年期に入るとなだらかな準平原ができるって、試験の前に暗記したのに!
だから、個々の山のでき方は、隆起の程度と侵食の進み具合や、地質まで調べないかぎり、つかめないものとあきらめていたのに(恨)。。

それが、「プレートテクトニクス」や、1990年代から登場した「プルームテクトニクス」によって、日本列島のでき方が明らかにされ、「造山運動理論」は過去のものとなり、日本の山のでき方が概括的に説明できるようになっていたとは、いやはや。。

同書をもとに、日本の山がどうしてできたのか、シロウトなりにまとめると―

・プレートには、海だけから成る海洋プレート(「太平洋プレート」「フィリピン海プレート」等)や、陸と海から成るプレート(「北米プレート」等)や、ほぼ陸だけから成る陸のプレート(「ユーラシアプレート」等)がある。

・日本は地殻変動がきわめて活発な地域にあり、「太平洋」「フィリピン海」「北米」「ユーラシア」の4つのプレートが接し、海洋プレートが海溝から地球の内部に向けて沈み込む場所にあたる。

・この海溝に海のプレートが沈み込む場所には「島弧」という弓型の島の列ができ、日本列島もそのひとつである。

・沈み込むプレートには、水が含まれていて、その水が沈み込まれる側のプレートの下のマントルに供給され、マントルの融点が下がり、溶けやすい成分が溶け出し、マグマが形成される。
地表側からは、これが一本の線のように見え、「火山フロント」と呼ばれる。

・これら一連の活動が集中しているため、日本は地震や火山活動が活発であり、その影響下で以下のような成因などから山が形成されてきた。
 |覗惘親
 造山運動(付加体の形成や大陸の衝突)
 2仍崖萋
 ど化や浸食

・そのうち造山運動に関わる「付加体」とは、海洋プレートの上に長い時間をかけて堆積した生物の死骸や火山灰などが、海溝から陸のプレートの下に沈み込む時にはぎとられ、陸側に付加し海溝に平行な山脈を形成するもののこと。石灰岩の山などはこれによる。

こうやって整理してもらうと、島国日本におびただしい山が集中し、火山活動が活発なことも理解できるし、各山脈の成り立ちも、おおまかにつかみやすくなる。

こうなると、がぜん地球科学に興味が湧いてきてしまった。
ようし、今年は、「地球科学」をテーマに、山登りをしていこう!

[余談]
日本で、「プレートテクトニクス」は、地球科学分野において70年代には受け入れられていたけど、地域主義的な地質学分野では日本独自に構築された「地向斜造山論」が根強く残り、80年代半ばまで教科書にも載っていたのだとか。
「教科書に載っているから正しい」っていう思い込みは怖いもんだと知らされた次第でありマス。
[もひとつ余談]
連れ合いに、自慢げに「プレートテクトニクスによれば、日本の山は―」と話したら、「教科書に載ってたし、ケーブルテレビで『ナショナル ジオグラフィック チャンネル』視ているから、だいたい知ってる」そうな。
う~ん、こんなに山登って何してたんだろ(ロ。ロ;)
| ぼっち | 地球科学 | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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