WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
安倍奥の秋−八紘嶺(1,918m)

10月7日(土)〜9日(月・スポーツの日)三連休は、ぼっちがリーダーで地元の山の会で北岳に行く計画(だった)。

気象庁JPやてんきとくらすなど、それぞれ天気予報が違い迷ったけれど、後半崩れることを想定し中止。

大体案として、天気の安定した7日、静岡県安倍川最上流部の八紘嶺に日帰り登山する計画に変更し、8名で行ってきました。

 

岐阜県民の皆さんは、静岡県の八紘嶺なる山について、ご存知なかった。

「なぜ八紘嶺という山に?」というのがメンバー皆さん共通の疑問だったみたい。

「北岳に行けなかった代わりに南アルプスが展望できる往復5時間程度の手ごろな山で、静岡・山梨県境だから静岡百山+山梨百名山になっているお得な山」なんていっても、あまりピンときてもらえないみたい。

「富士山が見れて、登山口の梅ヶ島温泉に入れて、帰りに清水港の魚市場で海鮮丼を食べられます」というと、海なし岐阜県民の皆さんちょっと関心を持たれたみたい。3:30集合でいざ出発。

 

八紘嶺の登山口は、静岡市梅ヶ島と山梨県身延町を結ぶ、林道豊岡梅ヶ島線の県境安倍峠(標高約1,400m)が一般的(だった)。

しかし、静岡県側も山梨県側も台風などの影響で通行止めとなっており、復旧は令和7年くらいらしい。

そのため、梅ヶ島温泉側の910mくらいの地点の登山口から登ることになる。そんなこともあって早立ちにした次第。

7:30登山開始。最初はヒノキの植林帯の尾根をジグザグに急登していく。

8:25 いったん林道に出会う。ここも登山口になっているが、今は車が入れず、倒木などで道がふさがれている。

このあたりで植林帯は終わり、落葉広葉樹林が中心になる。

8:50、右手に安倍峠への道を分ける。

峠周辺は、オオイタヤメイゲツの大木が6ヘクタールにわたって群生していて、周辺は植物群落保護の国有林となっており、10月中旬には紅葉が美しいらしいので、峠だけを往復する人もあるみたい。

さらに尾根上の登山道を進む。右手は単調なシラビソの植林ながら、左手の谷側が原生林でテンション上昇。

9:00 県境稜線に出た富士見台というポイントで、見事な富士山と対面。岐阜県民のテンション急上昇。

「手前左手のピークが毛無山(1,964m)、右手が長者が岳(1,336m)と天子ヶ岳(1,330m)」なんて説明しても聞いてはいただけない。

ただし、ここは、崖っぷちの斜面を少しよじ登たないと絶景ポイントに立てないので注意。

オオイタヤメイゲツの古木も登場。イタヤカエデより葉がやや小ぶり。

もう2週間もすればすばらしい紅葉でしょう。

県境稜線は、登山道が不安定で急斜面なので、滑落注意で進んでもらう。

9:30 もう一カ所、足場もしっかりした絶好の富士山ビューポイントがあり、ここで大休止。

西側の安倍川をはさんで山伏(2,013m)側が眺められる。

「この安倍川の上流部の山々は『安倍奥』といって、静岡県の岳人からはちょうど岐阜県の『奥美濃』のように愛されているんですよ。」と、ご説明。これは、あまりピンと来られなかったみたい。

10:30 八紘嶺山頂に到着。11:10までゆっくりすることに。

樹林の向こうに赤石山脈の、赤石岳、聖岳、甲斐駒ヶ岳、そして北岳が眺められた。

ただし、枝が邪魔をして画像には収まらない。人間の目って、よくできているもんだ。

山頂でゆったりして、往路を下山。安倍川沿い・安倍奥の山々は、やはり「南アルプスの南」のスケール感を持っている。

富士山もしっかり見納めた。

下山路の立派な樹林帯。ブナやモミに交じって赤みがかってつやつやしたヒメシャラの樹などがみられるのも静岡の山らしい。

13:30 余裕をもって無事下山をできた。

下山してから、梅ヶ島の某日帰り入湯施設へ。お湯は、ぬるっとしていいお湯だった。

ただし湯上りに、下山後のお楽しみでソフトクリームを買ったら、下の画像のを渡された。

ぼっちの場合、山から下りてソフトクリームを食べるのが恒例になっているので、ショック大。

まあ、メンバーの笑いをとれたので、ぐっと我慢しましょう。

帰りは遅くなりそうなので、清水港の魚市場の食堂で海鮮丼と桜エビのかき揚げをおいしくいただく。

北岳は残念だったけど、海なし岐阜県民のメンバーは(それなりに)ご満足いただけたかと。。

 

| ぼっち | 静岡百山 | 11:27 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ
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戌年登り初めは春埜山(883m)

2018年は、戌(いぬ)年。

登り初めに、犬に関係があって、おめでたそうな山はないかな?

と、探し出したのが、静岡県森町にある春埜山(はるのさん)。

その名が新春らしいだけでなく、山中にある大光寺は、地元では「お犬様」と呼ばれているという。

 

もともと大光寺は、奈良時代の僧行基が創建との伝承がある由緒ある寺。

そんな寺院が、どうして「お犬様」と呼ばれるようになったのか―

それは、静岡県西部にあたる遠州地方に根付いた、秋葉山に代表される、修験道から派生した天狗信仰に関わる。

春埜山の守護神とされる太白坊は、秋葉山の三尺坊と同様天狗とされ、その眷属(けんぞく)である狼(=山犬)を遣わし、人々の願いを助けるという信仰があったため、そう呼ばれるようになったのだとか。

 

さらに、春埜山の南にある大日山にも、行基創建と伝わる大日山金剛院があり、二つの山を結んで周回できるという。

雪もない地域だし、戌年の初登りにはまさにぴったり。

それでは、出かけるとしましょう。

登山口は、森町から県道藤枝天竜線を吉川沿いにたどり、「いわなの里」という釣り堀を少し先に進んだところ。

地元森町によって、健脚向き・森町最深部を満喫できる「春埜山と大日山コース」として整備され、登山口には看板が出ている。
春埜山までは、スギの植林帯をひたすら登る。

途中の分岐は、看板の表面が剥がれて読めなかったけど、左手に取るのが正解。

展望のきかない単調な植林帯の尾根で、イチイガシの大木に出会い、思わず立ち止まって見上げる。
春埜山山頂に近づくと、わずかに視界が開け、大日山が顔をのぞかせる。
二等三角点(注)のある、春埜山山頂も、スギ植林帯の中。

注:森町のHPには三等三角点とあるけど、二等デシタ。

山頂から下る途中に、無線中継塔があり、その先の舗装された林道を進むと東海自然歩道の標識があり、ここから大日山金剛院までは東海自然歩道となっている

少し雪の残る道の先で「春埜山」の額の掛かる立派な鳥居に出会う。

大光寺は、今は曹洞宗の寺と一応はなっているけれど、神仏分離されない、不思議な宗教世界の入口みたいでわくわくしてしまう。

鳥居の先に、太白大権現出現の地との看板も登場。
「春埜山大光寺」という大きな石碑の前の広場からは、北に向けて展望が開け、左手(西)から、竜頭山、京丸山、高塚山、竜馬ケ岳、蕎麦粒山などが眺められ、天気がいいので、赤石山脈の白い峰もわずかにのぞいている。
寺の参道下に、「春埜杉」という、老杉が大きく枝を伸ばしている。

樹齢1300年とも言われ、相当古い時代から、ここが霊山であったことがしのばれる。
そして、石段の上に、大光寺の社殿があって、おお!

狛犬の代わりに山犬=狼の石像が見下ろしている。
近づいて見ると痩せてあばら骨が見え、ふさふさした尾を持つ狼の姿が、とてもリアル。

台座に大正九年という銘が読める。明治後期にニホンオオカミは絶滅したとされるけど、まだその姿が人々の記憶にしっかりと残されていた頃に作られたのでしょう。
大光寺を辞して進んでいくと、舗装道路と別れ、東海自然歩道は森町の最高峰、鳥居沢山(941m)に向けた山道となる。

途中、ニホンカモシカ君にも出会う。
視界のきかない鳥居沢山を越え、平松峠でいわなの里から登ってきた県道に出会いう。

ここから大日山金剛院への舗装された参道へと入る。
江戸天保9年に作られたという立派な山門をくぐる。

こちらは、真言宗御室派に属し、今は天狗や狼の信仰の形跡はないけど、火渡りなど修験の行事行われている。
春埜山も鳥居沢山も展望はきかなかったけど、金剛院への参道で富士山が顔を出してくれる。

めでたい めでたい。
金剛院から先の東海自然歩道は、舗装もなくなりさびしくなる。

坂の途中に、大日山入口の、古びた木の標識があり、ここで歩道を外れスギやヒノキの植林帯をジグザグに登っていくと、かつては信仰施設があったのかもしれない、やや開けた場所に出る。

そこから、尾根道を詰めると、大日山山頂に出る。

山名標識はあるけど、三角点はなく、展望もきかない。
来た道を引き返しかけると、左手(北)側の木立の向こうに、春埜山、鳥居沢山が見える。

金剛院から平松峠に戻る途中に、やまめの里へ下りる杉木立のルートが分岐する。

かつての参道で、一丁ごとに町石が据えられている。

最後に吉川の川原に出ると、そこは今朝登り始めた登山口。

このシーズンに歩ける低山としては、なかなか充実のコースでありマシタ。

 

 

 

<登山記録> (…:徒歩、―:車)

2018年1月6日(土) 快晴 単独行

自宅4:50―掛川森I.C.ー(県道65号線)―やまめの里(駐車)8:15…春埜山9:35…大光寺門前広場(展望台)9:45…大光寺9:50〜10:10…鳥居沢山10:55…平松峠12:15…金剛院12:45…大日山13:20〜13:30…金剛院14:10…やまめの里14:45―小國神社参拝―掛川森I.C.―(帰途)

<メモ>

・2018年1月現在、鳥居沢山から平松峠間の東海自然歩道が林道工事に伴い迂回ルートに回ることとなっていた。

 

| ぼっち | 静岡百山 | 20:47 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ
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徒歩登山禁止の山―大室山(580m)
20150221MOA美術館光琳連れ合いと下の娘を誘って伊豆まで長距離ドライブ。
―まずはMOA美術館で、光琳没後300年記念の特別展「光琳アート」をどうぞ。

20150221魚磯回転寿司―ランチは、伊東市まで足を伸ばし、「魚磯」という回転寿司屋で、地魚の握りなんかをどうぞ。

―食事が終わったら、近くの伊豆シャボテン公園で、人気のカピパラの入浴見学なんかを楽しんでいて。

それでは、ちょっとシャボテン公園の向かいにある、大室山に行ってくるから、15時集合ということでよろしく(魂胆発覚)。

20150221大室山伊豆半島は、約60万年前に
フィリピン海プレート上にあった海底火山群が本州にぶつかってできた場所。
半島では当初、天城山など大型の火山群が形成され、その活動後に、半島東部で、「単成火山」と呼ばれる小さな火山がいくつもできた。
「伊豆東部火山群」と呼ばれるこれらの火山群のうち、もっとも立派なのが大室山(標高580m)。
3000数百年前にできた、火山としてはとても新しいもので、国の天然記念物に指定されている。

20150221大室山リフトただし、登山道で山の形が崩れるのを防ぐため、必ずリフトを利用することになっていて、徒歩登山は禁止。
活火山桜島みたいに登山禁止の山はあるけど、「徒歩登山禁止」の山は、たぶんここだけじゃないだろうか。

20150221大室山お鉢巡り約5分で山頂駅に到着。
山頂火口は見事なお鉢になっていて、一周巡ることができる。
先週山焼きをやったばかりなので、全面まっくろ。
徒歩登山は禁止なのに、お鉢の底にアーチェリー場があるというのが、なんだか微妙。。

20150221大室山から城ヶ崎山頂からの富士山を期待してたけど、雲に覆われて残念。
でも、三等三角点の山頂から、今は別荘地になっている溶岩の流出跡や、今は田になっている堰止池の跡がはっきり。
単性火山群の先にどっしり根を下ろすのは、数十万年前に形成された成層火山、天城山。


20150221蓮着寺のヤマモモ大室山の溶岩が海岸へ流れ出してできた城ヶ崎海岸へも足を延ばしてみる。
海岸沿いの蓮着寺には、樹齢1000年におよぶヤマモモの巨樹が。
久しぶりに巨木に会うこともできて嬉しいなあ。。


20150221城ヶ崎イガイガ根城ヶ崎海岸のハイライト「イガイガ根」に立つ。
溶岩がイガイガのように角を立てながら海に流れ込んでいる。
剥き出しの火山の力を目の当たりにして、心がふるえる。

おっと、もう集合時間。
伊東の温泉に入って帰りますか。

| ぼっち | 静岡百山 | 09:35 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ
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「沼津アルプス」の主峰−鷲津山(392m)

「アルプス」は、ヨーロッパの「アルプス山脈」が本家本元。
その語源は、スイスの夏の放牧場「アルプ」(英語でalp、ドイツ語でAlpe)が多くある場所という説と、ケルト語の岩山の意味である"alp”を語源とし、ラテン語経由でそうなったという説があるそうな。

その、アルプス山脈を主な活動場所として、19世紀後半英国人が中心になって展開されたのが「アルピニズム」。
これは、狩猟や信仰目的ではない、山に登ることそのものを目的とする遊びやスポーツとしての登山のことで、冒険趣味がその根底にある。

「アルピニズム」は、時をおかずに文明開化の日本にも波及。
明治政府お抱えのイギリス人鉱山技師、ウイリアム・ゴーランドWilliam Gowlandが1881年(明治14年)に著した「日本案内」の中で、飛騨山脈およびそこから見える山脈、周辺を含めて「日本アルプス」として紹介。
そして、1888年に来日したウエストンWalter Westonや、日本のアルピニストの活躍につながっていく。
新しい文化「アルピニズム」は、「スキー」や「スケート」のように、西洋文化への憧れとともに大衆化、今に至るって訳でありマス。

そして、「アルプス」って名称も、「何とか銀座」みたいにコピーされ、なんと日本には50近い「何とかアルプス」があるそうな

前置きが長くなったけど、そのうちのひとつ、「沼津アルプス」の、鷲頭山(ワシヅヤマ)に登ってきました(ロ。ロ)/

20141101鷲津山伊豆半島の付け根、沼津市の志津公会堂バス停から登山開始。
海岸沿いの住宅地からめざす標高392mのアルプスなんて―



20141101ドングリ―と、少し上から目線になりかけてたけど、足元にはドングリが散らばり、しっかり自然が残されている。
イノシシも多そうで、あちこちに根っこを掘り返した跡がある。
20141101中将さん見かけによらない急登で、雨の後だけに滑りやすい。
ここで遭難したら…と考えたらおそろしくなって(←なんのことやら)、慎重に進む。
稜線に出てしばらくで、「中将さん」と呼ばれている見上げるような岩屋の前に出る。
地元では、ここは平清盛の五男で、南都焼き打ちで有名な中将平重衡が、隠れた場所との言い伝えがあるそうな。
そして、最後は鷲頭山で追い詰められ切腹したとも。

歴史の本では、戦い敗れ源頼朝のもとに送られた重衡は、その後木津川まで引き戻され斬首、晒し首にになったとされている。
そんな中将さんの名誉を守る言い伝えなんだろうか。。


20141101鷲津山山頂直下山頂直下は、ウバメガシの急斜面。
稜線上は岩も多く…でもアルプスには見えまセン。
20141101鷲津山山頂鷲津山山頂に到着。
大きな桜の根元には、鷲頭神社の小さな祠。
「標高392mながら、海を見晴らす眺望はさながらアルプスのごとし」とか記せたらいいんだけど、小雨の中。
20141101沼津アルプス稜線鷲頭山から太平山に向かう稜線が、「沼津アルプス」のハイライトとされている。
たしかにウバメガシの純林と、火山活動をしのばせる岩だらけの細い稜線は、個性がある。
時間の関係で、多比口峠から下山。


20141101富士山マンホールのふた山頂からの、富士の眺めを期待してたんだけど、それは下山後のマンホールの蓋で(;。;)

<登山記録>
2014年11月1日(土) 曇時々雨 単独行

―沼津I.C.―沼津港深海水族館9:15(家族を下ろす)―志下公民館(駐車)9:40 …稜線10:25 …中将さん10:30 …小鷲頭山10:40 …鷲頭山10:50〜11:00 …多比口峠11:35 …多比バス停12:00 12:20―(バス)―志下公民館バス停12:30―水族館12:50―

<メモ>
・鷲頭山は、「沼津アルプス」というネーミングや、世界遺産富士山の展望台として、また皇太子が近年登られたことから人気が出ている。
・結構急なやせ尾根の部分があるので、見くびらないで。
・海岸沿いで、駐車できる場所は限られる。志下登山口は、公会堂へ声をかけて駐車させていただいた。多比はいい駐車場所がないので注意。
・海岸沿いの路線バスは本数が多い。

| ぼっち | 静岡百山 | 06:33 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ
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