WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
WALKあばうと青森ァ襲天弘前・青森

WALKあばうと青森 4日目の9日(日)は、終日雨の予報。

山の方は休みとし、弘前市の西福寺の円空仏拝観(14時〜)をメインの日とする。

 

下北半島の薬研温泉から弘前市までは、約1703時間の移動。

着いたらもうお昼。

津軽は煮干しラーメンが有名で、「たかはし中華そば店」で濃厚な煮干しスープのをいただく。

ぼっちは、ネギが好きなので、ネギがトッピングされ、チャーシューが見えなくなっております。

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14時まで、まだ時間があるので、弘前城を訪問。

ここのソメイヨシノは、すこぶる巨木ぞろいで、日本一の桜の名所を地元が標榜するのもうなづける。

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天守閣は、石垣の補修のため曳家され別位置にあった。

天守台は津軽のシンボル岩木山の展望スポットでもあるけれど、雨雲に包まれ裾野だけ。

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さあて、時間も参りました。

緊張して、新寺町にある浄土宗の寺院西福寺を訪問。

その詳細は、最後に別途まとめます。

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濃密な円空仏との対面の時間。。。

一服に藤田記念庭園にある古い洋館の喫茶室を訪問。

林檎の産地で、人口当たりフランス料理店が多いことでも知られる弘前市は、アップルパイの店がとても多い。

ここの喫茶室では、いくつもの有名店のアップルパイが取り寄せられて、選ぶことができる。

競争が激しいだけに、それぞれ個性的で、レベルが高いおいしさ。

長野市あたりも、アップルパイにもっと力を入れたらいいのにと思ってしまった。

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弘前市から今宵の宿泊地青森市に移動。

ホテルにチェックインし、夕食までちょっと街を歩く。

青森市で最もしっかりしてそうな本屋で、山の本と円空の本をさがす。

山の本は多くなく、「東北のゆったり山歩き」という本だと、青森県は、岩木山、八甲田山、白神岳、奥入瀬、大尽山の5山だけ。

その割に、狩猟の本が充実しているのが印象的だった。

円空の本は、検索してもらったけど、井上雅彦の「円空を旅する」しかないとのこと。(←ぼっち持ってます。)

地元で出版された本は見当たらなかった。

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夕飯は、青森駅前の、居酒屋おさないにて。

階下が、おさない食堂になっていて、そこの定食も食べられる。

最後の夜なので、青森県で食べ残した貝焼など、郷土料理をいろいろ注文し、「田酒」もいただく。

さて、明日はふたたび下北半島へ北上、最後の山縫道石山登山が待っているので、早めに帰りるとしましょう。

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WALKあばうと青森ぁ如讐舎免湘腓OFF TIME

8日、吹越烏帽子を下山後、六ケ所村に立ち寄った後、陸奥湾側の横浜町に出て、道の駅で遅い昼食。

ホタテの名産地で、ホタテラーメン、ホタテフライ、ホタテ丼とホタテ三昧。

特に分厚いホタテフライは、ビールと一緒に食べたかった。。

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腹ごしらえを済ませ、下北半島を北上、恐山へ。

恐山は、八甲田山に同名のピークがないのと同様、カルデラ湖の宇曽利山湖とそれを取り囲む山々の総称で、同名のピークはない。

大尽山(827m)と最高峰の釜臥山(878m)が登山の対象となっている。 今回は、登る時間が取れず残念。

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恐山は、死者の還る山として独特の信仰の山となっており、その中心は、地蔵信仰。

寺伝では、貞観4年(862年)天台宗の慈覚大師円仁の創建とされ、その後大永2年(1522年)曹洞宗の僧聚覚が南部氏の援助で田名部(現むつ市田名部)に円通寺を建立し、さらに恐山菩提寺を中興したとされる。

道元の思想と地蔵信仰や恐山というのは結びつきにくそうだけど、曹洞宗が先祖供養などを取り込んで世俗化していく過程で、地蔵信仰が導入されたという論文がいくつもあるのを知り、納得。

 

江戸時代の正徳4年(1714年)発行の『和漢三才図絵 巻六十五』の焼山(恐山)の項には、

「開基慈覚太子 千体石地蔵を作る。中尊は長五尺許 其他は小仏なり。而して人取去って 今僅に存す。

近頃圓空なる者有り 千体像を修補す。」と記されている。

 

現状は、世俗的な印象のお寺であります。

突き当たりにある真新しいお堂が地蔵堂で、信仰の中心となっている。

円空が修補した地蔵は今は失われているようだけど、そのかわり、地蔵堂には円空作の十一面観音と観音菩薩半跏像が客仏扱いで納められている。

これを拝みたかったのだけれど、午前10時頃と午後2時頃の内陣拝観時間しか見られないらしく残念。

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地蔵堂の脇は噴気が上がり、血の池地獄、重罪地獄などと名付けられた地獄めぐりの霊場になっている。

立山や雲仙などの地獄も巡っている山馬鹿には、人工物が多い印象。

おどろおどろしいもの好きの連れ合いは、「もっと風車が多いのかと思っていた」と申しておりました。

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下北半島のマサカリの刃の部分は、恐山山地と呼ばれる山また山。

森の中にある薬研渓谷沿いに、8日の宿、薬研温泉薬研荘がある。

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いたって地味な民宿風の建物。

でも、ホテルニュー薬研という中核のホテルが2016年に閉鎖された今では、薬研温泉の代表的な宿泊施設。

山菜取りの名人として知られるおかみさんが頑張って切り盛りされている。

検温して、部屋を間引いて営業され、温泉も別のお客さんが入っている時は入らないようにと気を遣われていた。

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傘をさして、防虫ネットを被って、周辺を散歩する。国設の立派な野営場があった。

ぼっちは、虫に愛されやすい体質なのか、アブが20匹も30匹も寄ってくる。

防虫ネットをかぶってもいないのにアブが寄り付かない連れ合いに、「蠅の王」みたいと笑われる。

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さて、夕飯。

10種類の天然キノコが入ったきのこ鍋や、天然きくらげの酢の物、山菜ミズのお浸しなど、お手間入りの料理がおいしかった。

温泉も、2,3人までの小さなタイル張りの浴槽だけど、透明な湯がかけ流しでふんだんに湧き出して、さっぱり疲れが取れた。

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今回の青森訪問にあたっては、7月22日から前倒しで国がGOTOキャンペーンをやる際に、むつ市長が「感染が拡大している局面でやること自体、愚かだ」との発言が全国ニュースで流れ、気になっていた。

 

薬研荘をチェックアウトする際、おかみさんから「これ、むつ市長から」と、マスクをいただいた。

「むつ市へようこそ!! (中略)感染予防対策にお役立てください。むつ市でのご滞在が素敵な思い出となりますことをお祈り申し上げます。どうぞお体にお気をつけてお過ごしください。」とのメッセージ入り。

むつ市には、ストッキングなどを製造するアツギの工場があり、新型コロナ禍で、地元雇用に深刻な影響が出ているという。

そのため、ストッキング素材でマスクを作ってもらったものを市で買い取り、観光施設などに配布しているのだそう。

「感染者用の病床がむつ市で4床しかないし、老人ばっかりの地域だから市長が心配してああ言ったの」

わざわざ薬研荘に市長自らストッキングを持ってきてくれたということで、若き市長の評判は上々でありました。

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われわれも、マスクをし、密にならないよう気を遣い、毎日持参の非接触型体温計で検温をしながら旅を続けますのでよろしくお願いします。

 

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WALK あばうと青森'―蔦温泉でOFF

酸ヶ湯で黒石方面を観光していた連れ合いと合流、初日の宿、蔦温泉をめざす。

ブナの樹海の中を30分ほど東に走ると、青森市から十和田市に入る。

つまり、かつての津軽藩領から盛岡藩(南部藩)領に入国したことになる。

 

蔦温泉旅館は、湯治場らしいたたずまいを残す一軒宿。

玄関で検温してもらいチェックイン。密を避けるため、部屋数を絞って営業しておられる様子。

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まずは、日の暮れる前に、宿の周りを散策。

ブナの森の中に「蔦の七沼」といわれる沼が点在しており、その最大の蔦沼をめざす。

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沼は、静かに夕暮れを迎えようとしていた。

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こんな静かな湯治場に、ゆったり長逗留出来たらなんと素晴らしいんだろう。

まあ、せっかちで貧乏性のぼっちは、毎日せっせと周辺の山を登っちゃうだろうけどな。。

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この宿の自慢は、足元から湯が湧くヒバ造りの「久安の湯」。

ヒバの香気に包まれ、旅情をしみじみ味わえる、いいお湯でありました。

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夕食は、新館の食堂で、ソーシャルディスタンスを取りながら。

有名な「せんべい汁」も食べることができた。

さて、明日7日は、いよいよ南八甲田の長丁場。

もう一回風呂に入ったら、早めに寝よう。

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熊本の山旅(5)−OFF TIME

熊本の山旅、おまけの OFF TIME。

今回は、山から山への移動時間が長かったので、いろんなものを食べたり見たりしました。

 

初日、11月16日の昼は、阿蘇のらくだ山山麓の、その名も「炭火焼地鶏の店 らくだ山」。

コークス炭で焼く地鶏は、歯ごたえがあり、噛むうち滋味がじわじわきた。

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夜は、熊本市内のホテル泊。

熊本の土曜の夜は、近郷近在の、にいちゃん・ねえちゃんが、おしゃれをして集まるようで、24時間営業のカラオケ屋がとても多いのが印象的。

「ねぎぼうず」という店で、馬刺しや、辛子レンコンなど、熊本名物や、天草の魚の刺身を食べる。

天草は、こちらでは、新鮮な魚の産地としてブランドになっているようであります。

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お酒をいただいて、いい気分で、岐阜の柳ケ瀬より2倍広く、10倍人出が多く、20倍おしゃれなアーケード街を歩く。

大きな本屋に入って、郷土の本のコーナーを確認。

熊本地震、戦争、水俣、維新などの本が中心で、山の本・自然の本は見当たらなかった。 (ロ。ロ チョットサミシイ

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繁華街から熊本城の方に流れていく。

築城の名手でもあった初代藩主加藤清正の銅像、名古屋城にもあります。

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天守閣と並んで熊本城のシンボルとなっていた長塀は、2016年の熊本地震で倒壊し、現在復旧中。

熊本を訪れ、プレート型で津波被害が大きかった東日本大震災とはまた違う、内陸・断層活動による地震被害を目の当たりにした。

特に熊本市街、益城町、南阿蘇には、依然大きな爪痕が残るのを見た。

日本という、地殻変動の大きな地帯に生きていることを、怠りなく意識して過ごさねばと改めて肝に銘じた。

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熊本の誇るゆるキャラ、くまモンは、本当にあちこちで見かけた。

熊本が元気を取り戻すため、ずいぶん活躍してくれたようであります。

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2日目の17日は、天草へ。

治郎丸嶽、太郎丸嶽から天竺に向かう途中、下島の中心地本渡の「いけす やまもと」で海鮮丼の昼食。

九州の醤油は甘口で、慣れるとこれがなかなかうまい。

ちなみに、いけすに浮かぶ黒いブイも、くまモンの顔が書かれていた。

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下島の最高峰天竺を訪問した後は、昨年「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産になった、崎津集落へ。

「津集落は絵踏みという日本独特の宗教弾圧が実施された庄屋役宅跡や、豊富な文書や集落にのこる物証により証明される禁教期の潜伏キリシタンの信仰形態、デウスを豊漁の神として崇拝し、アワビやタイラギの貝殻内側の模様を聖母マリアに見立て崇敬し、白蝶貝を用いたメダイを作成するなど、漁村特有の信仰が育まれるとともに仏教、神道、キリスト教が共存する集落として重要な資産価値を有しています。」(天草市のHPより)

踏み絵の行われた庄屋宅後に今は1934年(昭和9年)に建てられた教会が建つ。

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仏教、神道、キリスト教が共存する集落が特殊というのは、一神教のキリスト教側からの視点で、

一般的日本人からすれば、仏教、神道、道教、儒教などと自然崇拝がミックスされているのが一般的な信仰風景なのでは。

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夕暮れ、集落の外れにある海上マリア像のシルエット。

さあ、これから本日の宿、福岡市まで200勸幣緞名紊擦佑弌。

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博多のホテルには21時過ぎに到着。明日は長い帰路のため5時出発だけど、博多に来て呑みに行かない手はない。

駅地下の「二◯加屋長介」という店でサクッと飲んで、締めに名物ごぼう天うどん。

好きなんだよな、ごぼ天うどん。。

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翌、18日は、5時出発で、帰宅の途に。

どうして、そんな早立ちしたかというと、途中フルーツ王国岡山県で、フルーツパフェを食べたかったから。

狙っていた、倉敷の美観地域にある「くらしき桃子」という有名店に、開店直後入店。

エミール・ガレのガラス作品の並ぶ、シックなお店は、山馬鹿ぼっちには、ふさわしくなかも。

でも、抹茶パフェ馬鹿でもあるぼっちとしては、フルーツ王国岡山のフルーツパフェも、ぜひ一度味わってみたかった。

清水の舞台から飛び降りる気持ちで、オータムスペシャルパフェ2500円(税別)を注文。

倉敷南下で途中下車して、そんなお金をかけて、馬鹿じゃないの、という顔をしていた連れ合いには、いちごブリュレパフェ1300円(税別)を注文。

「これだけ丁寧に作られたぜいたくなのなら納得。ただし一生一度。」とのこと。

パフェに元気をもらって、残る数百キロを無事走破したのでありました。(おわり)

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高知の夜 Jazz喫茶 Debby 訪問記

5日の夜は、高知市内のホテル泊。

高知の娯楽の中心といえば、「酒を呑むこと」。

飲み屋はすごく充実してるし、女性も実に元気に飲み歩いている。

今回は、それを晩酌程度にとどめて、向かうところがある。

学生時代の友人G君が始めた、ジャス喫茶、その名は「Debby」。

JR高知駅の北側、徒歩数分であります。

高知駅は、駅舎が新しくなって、南から北に行き来できる。

ホームへの階段では、高知の偉人、やなせたかし先生のアンパンマンたちが笑っている。

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表通りからちょっと入ったところに店はあった。

G君と会うの、10年以上ぶりか。どきどきしちゃうなあ。。

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店の名のDebbyは、もちろんビル・エヴァンスの名作”Walts for Debby”からとったもの。

店の入口にも飾ってあった。

G君、前にあった時とあまり変わらないまま、ジャズ喫茶のマスターに変わっていた。

もっとも、彼は、学生時代にジャス喫茶でバイトをやっていたから、客あしらいは板についている。

今夜も、レコードを持参したお客さんなどとジャズ談義。

緊張したぼっちは、隅の方で固まってアイスコーヒーをちびちび飲んでおりました。

ジャズ喫茶初体験の連れ合いは、あちこち見学。その後、―ポケモンGOをやりながら先に戻るね、と早々に帰っていった。

 

ようやく緊張しいのぼっちの耳にも、ジャズが心地よく聞こえはじめる。
ここには映っていないけど、JBL4338というスピーカーで、レコードも棚に並びきらなくて、食器棚の中にまで隠してある。

店は、昼間は奥さんがやり、仕事を終わった後、G君が交替してマスターに。

ジャズ喫茶だけでやっていけるほど甘くはないとのことだけど、愛するジャズの伝道を仕事にできるのはうらやましい。

 

高知のジャズ史に残るポスターなんかも展示してある。

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お客さんたちが引け、なにかかけようかと言われ、

うーん、ジャスといっても、Gregory Porterか上原ひろみくらいしか知らないもんなあ (ロ。ロ;

と迷いつつ、こんなのをかけてもらった。

その後、G君が女性ボーカルのしっとりしたやつをかけてくれた。

俳優の奥さんだったとか言っていたけど、誰だったのかなあ、忘れてしまった。

 

明日もまた早朝から山登り。このへんで失礼するね。

お互い元気で、続けるべきことを続けよう。

 

最後にPR。

高知のジャズ喫茶Debbyは、人生をジャズに捧げたマスターがやっている、ジャズの図書館のような店。

心休まるひと時を楽しめます。

高知駅からも近く ―例えば、高速バスを待ちながら、ジャズで過ごすなんていうのもいいなあと思います (ロ。ロ)/

 

高知市栄田町3丁目12-23

Jazz &

Drinks      

Debby     

JBL4338

PM3:00~9:00

筺090-2890-7488

定休日:日曜・祝日・水曜は夜のみ

 

(↓地図クリックで拡大)

 

 

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大変な おのぼりさん

山馬鹿ぼっちは、いつも「お登りさん」をやっているわけでありますが、9月8日〜9日は、連れ合いと上京。

久しぶりの東京に、うろうろ・きょろきょろ「おのぼりさん」をやってまいりました。

 

オリンピックスタジアム、ずいぶん建設が進んでいるなあ。。

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渋谷もどんどん変わってるなあ。。

工事現場みたいな渋谷駅から、東急東横線に乗って横浜へ移動。

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中華街で腹ごしらえしてと。

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やってまいりました!

今回の、おのぼりさんの目的は、ハマスタ(横浜スタジアム)での、Suchmosのライブ参戦。

強い台風15号が関東に迫る中、何とか小雨がぱらつく程度で無事開催され、3万人の観客が一体となる感動のステージでありました。

特に日が沈んでからの、小雨けむる白熱と幻想のステージは、音楽愛と友情にあふれ、幸せだったなあ。。

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何とか激しく振られることもなく、ホテルに帰還。

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と、真夜中、携帯のけたたましい呼び出し音、横浜市内に避難勧告が発令されたとの、緊急速報。

ホテルの窓から外を見ると、信じられないような暴風雨。

あれ? 足が冷たいな、と下を見ると、締め切った窓を雨が叩きつけ浸水して、カーペットがぐっしょり。

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千葉県では最大風速57mで、鉄塔も倒れたとか。

部屋が浸水したことを伝えると、ホテルマンがバスタオルをたくさん持ってきてくれた。

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ホテルの外に出てみると、街路樹は半分くらい葉を落とし、枝もバシバシ折れている。

向かいの山下公園も木のベンチが転がり、赤い靴の女の子の像が水の中に浮かんでいた。

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いつもは行列になる中華街のお粥屋に即入れたのが、不幸中の幸いと言えましょうか。

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天気は急速に回復、チャックアウトして海岸沿いを歩いていくと、大木がなぎ倒され、あずまやの銅板葺きの屋根が吹き飛んでいた。

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連れ合いが行きたがっていた、カップヌードルミュージアムが臨時休業だったのは、残念。

館員の皆さんが出勤できないから、いたし方ないよな。。

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喫茶店で一服していると、窓の外で鳩が何匹も奇妙な格好で寝転がっている。

どうやら、激しい風雨に叩かれくたびれ果て、羽根の芯まで濡れて重くなり、飛ぶこともできなくなっているみたい。

後片付けの皆さん、昼から出勤の皆さん、お疲れさま。鳩くんもお疲れさま。

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苗木城に立つ

高峰山、寒陽気山と連登した後、東濃出身のYさんのご案内で高峰山近くの苗木城に立ち寄ることに。

白川町から中津川市苗木に向かう途中、県道70号線に沿う山あいの村に「東座」という芝居小屋が。

岐阜県は、住民自らが演じる地歌舞伎が盛んで、歌舞伎小屋が多く、その中でも東濃は全国でも最も密度が高いのでは。

ちなみに東座は、中村勘九郎さんが名誉館長を務めておられる。

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苗木でまず訪れたのは、Yさんのご先祖さまの墓所。

阿波から移り住み、苗木藩の御用商人をつとめたという初代のお墓は延享年間(江戸中期)のもの。

以来累代の墓がずらりと並んでいる。

古い墓石には、苗木藩にまつわるさまざまな歴史が刻まれているんでしょう。

これだけの墓所を、年に何度か出向いてお守りしてこられたのには、頭が下がります。

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墓所からもほど近い、小高い丘の上に苗木城跡はあった。

苗木藩は、約1万石、城持ちとしては最小の藩だったという。

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城への入口には、「いたる所に転落の危険性」とか「マムシ注意」とか、山馬鹿をそそる看板が。。

丘の上には巨岩がいくつもあって、それをうまく利用し石垣を築き上げている。

ちなみに、手前の巨岩は、馬洗岩と呼ばれ、かつて苗木城が水の手を切られた時、この岩の上で馬をのせ、米を使い水で洗っているように見せかけ、敵の目を欺いたことにちなむという。

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天守閣跡に立ち、東を見ると、眼下に木曽川と中山道が通る中津川市街を見下ろすことができる。

信濃の国境に近く、重要な防衛拠点だったことが分かる。

背後に大きく恵那山、木曽川に架かる二つの橋の手前の小さな方は、廃線となった北恵那鉄道のものだったとYさん。

日本有数のヒノキの産地である東濃には、皇室の御料林や、伊勢神宮用の神宮備林があり、この北恵那鉄道とともにいくつもの森林鉄道が活躍していた。鉄道ファンにとってもなかなか興味深い地域。

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天守から北を見ると、今日登った高峰山がゆったりした姿で近い。

鬼門とされた城の北東を守る山でもあったんでしょう。

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そして南西方向に目を向けると、笠を置いた形の笠置山と、二つの頭の二ッ森山が目に飛び込んでくる。

「岐阜百名山」勝手に選定委員として、この二山は美濃三河高原では外せないなと実感。

また、美濃三河高原の山の展望を評価する時、「苗木城と比較してどうか」というのが、ひとつの物差しとなると思った。

Yさん、今回はお付き合いいただきありがとうございました。

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大和の古寺めぐり(山馬鹿目線)

翌17日は、早朝5時起きで、宿坊玉蔵院の浴油堂での朝の勤行に参加。

浴油とは、聖天に香油を注ぎ供養をすることだそうで、秘仏の毘沙門天の前で護摩を焚き、香油を注ぐ儀式を間近に拝観。

引き続き、信貴山の中核となる朝護孫子寺本堂での勤行にも参加。

般若心経をアコーディオンのように開いた後バンバンと机でたたいて読んだことにする所作など密教系の儀式に目を丸くしながら本堂を出ると、さまざまな宗教施設がひしめく境内が夜明け前の薄明かりに見える。

 

それでは、朝飯前に、背後にそびえる信貴山山頂に登っておこう。

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信貴山は、雄嶽(北嶽)と雌岳(南嶽)に分かれ、雄嶽の山頂が437mの最高点。

その山頂にある空鉢護法堂へ向かう参道入口には、行者堂という役小角を祀る堂がある。

参道を登っていくと、照葉樹林を朝日が包み込む。

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20分ほどでたどり着いた山頂の空鉢護法堂は、国宝「信貴山縁起絵巻」にも描かれた、命蓮上人が貪欲な山崎長者の蔵を空鉢に乗せて飛び去らせ、驚き嘆く長者を諭して福徳を授けたという霊験譚にちなむもの。

そんな伝説の舞台に、朝日が昇る。

ぼっちが5歳の頃、絵本で見たんだろうか、砂山を作り「信貴山ごっこ」をしていたという。

親馬鹿でなんと賢い子かと思ったらしいが、その子はただの山馬鹿だったというのが落ち。

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宿坊に戻り、朝食をいただいた後、信貴山から車で20分ほどのユネスコ世界遺産法隆寺に参詣。

法隆寺、信貴山の麓なんだな。。

 

法隆寺に立ち寄ってみたかったのは、仏師であり登山の大先達でもある修験僧円空が、寛文11年(1671年)法隆寺の巡尭春塘から「法相中宗血脈」(信仰を受け継ぐ系図のようなもの)を承けていると知ったから。

子院の宗源院には、円空作の大日如来像が伝わるともいう。

それにしても円空と世界遺産は、どうにもつながらない感じ。。

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すみずみまで巡って、円空がいてもおかしくないと感じられたのは、境内の西北隅の小高い場所にある西円堂のあたり。

本尊は奈良時代の薬師如来像で、「峰の薬師」とも呼ばれていたそう。

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西円堂の東側の崖下に、地蔵堂という入母屋造りの重要文化財のお堂がある。

その地蔵堂の手前に、寺のパンフレットにも名前の載っていない切妻造りの小さなお堂がある。

調べてみると、役小角を祀る行者堂らしい。法隆寺も修験に関わりがあったんだ。。

立ち入り禁止区域だったので、詳細は確かめられなかったけれど、円空がたたずんでいてもおかしくない雰囲気。


久しぶりの法隆寺を、半日かけて拝観した後、奈良時代の美仏伎芸天で知られる秋篠寺にも立ち寄り。

奈良時代の面影を残す鎌倉時代の本堂は国宝であります。

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伎芸天を拝んだ後、本堂を出ると、「大峰山三十三度先達」という石碑と、役行者の石像が山馬鹿の目に飛び込む。

石碑が大正年間だったから、石像も比較的新しいものかと思ったら、向かって右側の石像は、室町時代の天文15年(1546年)のもので、奈良地方では最も古い役行者石像なのだそう。

ううむ、生駒山宝山寺や信貴山朝護孫子寺が、今も神仏習合のカオスにあるように、大和の古寺は、明治初年の神仏分離以前、今とはずいぶん違う信仰風景だったんでありましょう。

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堺のOFF TIME

さようなら、石垣島。11時50分石垣空港発のジェット機で、14時過ぎに関西空港へ。

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実は関西空港のある大阪府南部の沿岸部は、生まれて初めての訪問。

往路関西空港でもらっておいた堺市の観光パンフレットを帰路の機内で読んだところ、さすが大阪府第2の都市、見どころが多そう。

限られた時間の中、そのうち桜井神社と、仁徳天皇陵(大仙古墳)をはじめとする百舌鳥古墳群に立ち寄ることに。

 

桜井神社は、堺市南区にある桜井氏一族の氏神として創建された古い神社で、平安前期の「延喜式」にも載っている。

天正5年(1588年)織田信長の根来攻めの折、兵火に遭い、唯一残された鎌倉時代の拝殿が国宝に指定されている。

「割拝殿」という中央が土間のように通り抜けられる様式や、細部の仏殿的な要素が興味深かった。

桜井神社のある場所は、かつて上神谷(にわだに)と言われたそう。

予定外で、旅の始まりに鎌倉時代の国宝本殿を持つ神谷神社を訪れ、締めくくりに上神谷にある同時代の国宝拝殿を持つ桜井神社を訪れるなんて、不思議な因縁を感じるな。。

20181009桜井神社.jpg

連れ合いは、国宝建造物なんかより、脇にある絵馬殿に興味しんしん。

大きな鬼の面の面の下に、こじんまりした神社には似つかわしくないほどたくさんの絵馬が奉納されている。

絵馬に書かれた「嵐のコンサートのチケットの抽選に当たりますように」なんて文字を読んで、なるほど、と納得。

「ミスターチルドレン」のファンの絵馬もあった。

20181009絵馬.jpg

次なる、日本最大の仁徳天皇陵も一度はこの目で見てみたかったところ。

今の歴史の教科書では、大仙古墳となっている。

長年人間をやっていて、歴史の教科書なんて、絶対じゃないことを知った。

東日本大震災を経て、科学の知見でさえ、絶対じゃないことを知らされた。

とりあえず、知ることをどこかで止めちゃならないということなんだろう。。

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面と向かえばただの森にしか見えない大仙古墳の全容を拝めるスポットとして紹介されていた、堺市役所の21階展望ロビーにも上がってみる。

大仙古墳をはじめ、百舌鳥(もず)古墳群が一望できる。

世界遺産の2019年登録審査候補となっているだけに、決定したらものすごいお客さんが来るんでしょう。

 

ぼっちとしては、背後に連なる金剛山地の山々も気になる。

左手から、二上山、葛城山、金剛山と連なる稜線は、奈良県・昔の大和国との境。

奈良盆地側からは登ったことがあるけれど、河内平野側からあおぐのは初めて。

大和と河内の境界となるそれらの山々が、幾度となく歴史の舞台となったことも納得。

20181009大山古墳.jpg

今回の3泊4日の旅行では、香川県と沖縄県の最高峰を制覇できただけでなく、珍名の山、国宝神社建築2件、世界遺産候補まで訪れることができ、おいしいものもいっぱい食べた(ヒルには食われた)。

充実と言えば充実、カオスと言えばカオス、まさにWALK あばうとな旅でありました (ロ。ロ)/(ヘ。ヘ*)/オナカイッパイ

 

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石垣島のOFF TIME

常夏の石垣島。限られたOFF TIMEも、目いっぱい楽しまなくては。

 

初日10月7日。

石垣空港に到着し、於茂登岳に登る前に、まずは「ミルミル本舗 石垣空港店」でささっと腹ごしらえ。

ジェラートで有名な店だけど、石垣牛のハンバーガーも、ハンバーグを食べているような厚みでおいしかった。

ジェラートはミルクとよもぎの2種盛り。

牛乳も濃厚、だからアイスもうまいんだね。

20181007ミルミル.jpg

於茂登岳を下山したのは16時30分。

本州の10月ならもう夕暮れが迫る時刻だけど、日本でも西端に近い石垣島は約1時間日没が遅い。

せっかくレンタカーを借りたので、まずはざっくり石垣島の全体を回ってみようと、北端の平久保崎をめざす。

その途中、玉取崎という展望地に立ち寄り。これから向かう平久保崎方向を望む。

雲のかかった於茂登岳より展望がよかった。

20181007玉取崎.jpg

石垣島北端の平久保崎灯台。

そのすぐ背後の、台形の高台には、かつて「平久保遠見台」という、遠見番所があった。

地理的に中国に最も近い位置にある先島諸島では、江戸前期に遠見番所が設置され、のろしのための火を燃やして監視にあたった。

これは「火番盛(ひばんむい)」と呼ばれ、中国への進貢船の航海状況や異国船の到来を監視し、のろしを上げて各島の火番盛伝いに番所や蔵元(地方政庁)に通報し、琉球王府へ知らせたのだそう。

石垣島の北端の平久保崎まで脚を延ばしたもので、南端の石垣港にあるホテルに到着したのは19時。

まずは、八重山そばを食べたくて、入ったのが「島そば一番地」。店の名は、石垣市石垣一番地に位置することから。

シンプルかつていねいな作りが、香川県の「がもううどん」と共通するものを感じた。

20181007島そば一番.jpg

次は、予約しておいた、「うさぎや」という居酒屋へ。

21時から、ライブショーがあり、三線や太鼓に合わせ、最後はお客さんも一緒に踊る。

「もずく 中」を頼んだところどう見ても特盛、もったいないからと連れ合いはライブショーの間ももくもく食べておりました。

20181007うさぎや.jpg

翌8日。

西表島へ向かう前に、朝の散歩。

そういえば、「やぎ汁」っていうのも名物だったっけ。。

20181008ヤギ汁.jpg

離島ターミナルの売店には、いろいろな弁当が売っている。

「ポーク玉子」というスパムと玉子をはさんだおにぎりとか、「かまぼこじゅーしー」というかまぼこで包んだ炊き込みご飯など、ひとつでお腹がいっぱいになりそうなボリューム。

ちなみに「おにささ」というやつは、のりたまおにぎりにささみフライがはさまれたやつで、地元高校生に人気なんだとか。

20181008弁当.jpg

ホテルに戻り、朝ご飯。

ビュッフェ式の沖縄県らしい料理に、ついつい食べ過ぎてしまう。

それにしても、ビュッフェって、その人の食の傾向がはっきり出てしまうもんだな。。

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西表島への旅客戦から見る石垣港。

石垣島には自衛隊の基地はなく、全国最大規模の石垣海上保安部がある。

中国や台湾と国境を接しているだけに、非常に緊張感のある仕事、ご苦労さまです。

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西表島カヤック行を終え、石垣島に戻る旅客戦を待つ間、旅行者はなんとなく土産物屋に誘導され、「フェリーの時間が来たらお呼びします」ということになっている。

しかし、旅客待合所にも売店が入っていて、島野菜とか、種なんかも売っていた。

島野菜、作ってみようかな、でも「チャンプルータマナー」って、ただのキャベツとどう違うの (?_?)>

20181008種.jpg

西表島から石垣港には15時30分帰着。

夕暮れまで、川平湾まで脚を延ばす。

観光客のいなくなった夕暮れの浜、さすがの海の色であります。

ちなみに、背後の山のうち、右側の山は「ぶざま岳」。

この珍名の山に、9日朝登る予定、ホテルに戻る前に登山口を確認しに行く。

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夕飯は、ホテルに近い「金牛」という焼き肉店で、オリオンビール片手に石垣牛を堪能。

石垣島や、西表島で、のびのび育っている牛たちを目にすると「そりゃおいしくて当然」とおもう。

20181008金牛.jpg

ホテルへの戻り道、明日のぶざま岳登山の食料を調達しにコンビニに立ち寄り。

石垣島にあるコンビニは「ファミリーマート」なんだけど、毎週のように来襲した台風のため、商品が欠品していて、特に飲み物関係は、地元で製造される「ゲンキクール」という乳酸飲料以外、まったく売っていなかった。

自販機や離島ターミナルの売店では普通に売っていたから、流通体制の問題なのかな?

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さあて、最後の9日は、珍名の山「ぶざま岳」に向かう予定。

早めにおやすみなさい。

 

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