WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
高知の夜 Jazz喫茶 Debby 訪問記

5日の夜は、高知市内のホテル泊。

高知の娯楽の中心といえば、「酒を呑むこと」。

飲み屋はすごく充実してるし、女性も実に元気に飲み歩いている。

今回は、それを晩酌程度にとどめて、向かうところがある。

学生時代の友人G君が始めた、ジャス喫茶、その名は「Debby」。

JR高知駅の北側、徒歩数分であります。

高知駅は、駅舎が新しくなって、南から北に行き来できる。

ホームへの階段では、高知の偉人、やなせたかし先生のアンパンマンたちが笑っている。

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表通りからちょっと入ったところに店はあった。

G君と会うの、10年以上ぶりか。どきどきしちゃうなあ。。

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店の名のDebbyは、もちろんビル・エヴァンスの名作”Walts for Debby”からとったもの。

店の入口にも飾ってあった。

G君、前にあった時とあまり変わらないまま、ジャズ喫茶のマスターに変わっていた。

もっとも、彼は、学生時代にジャス喫茶でバイトをやっていたから、客あしらいは板についている。

今夜も、レコードを持参したお客さんなどとジャズ談義。

緊張したぼっちは、隅の方で固まってアイスコーヒーをちびちび飲んでおりました。

ジャズ喫茶初体験の連れ合いは、あちこち見学。その後、―ポケモンGOをやりながら先に戻るね、と早々に帰っていった。

 

ようやく緊張しいのぼっちの耳にも、ジャズが心地よく聞こえはじめる。
ここには映っていないけど、JBL4338というスピーカーで、レコードも棚に並びきらなくて、食器棚の中にまで隠してある。

店は、昼間は奥さんがやり、仕事を終わった後、G君が交替してマスターに。

ジャズ喫茶だけでやっていけるほど甘くはないとのことだけど、愛するジャズの伝道を仕事にできるのはうらやましい。

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高知のジャズ史に残るポスターなんかも展示してある。

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お客さんたちが引け、なにかかけようかと言われ、

うーん、ジャスといっても、Gregory Porterか上原ひろみくらいしか知らないもんなあ (ロ。ロ;

と迷いつつ、こんなのをかけてもらった。

その後、G君が女性ボーカルのしっとりしたやつをかけてくれた。

俳優の奥さんだったとか言っていたけど、誰だったのかなあ、忘れてしまった。

 

明日もまた早朝から山登り。このへんで失礼するね。

お互い元気で、続けるべきことを続けよう。

 

最後にPR。

高知のジャズ喫茶Debbyは、人生をジャズに捧げたマスターがやっている、ジャズの図書館のような店。

心休まるひと時を楽しめます。

高知駅からも近く ―例えば、高速バスを待ちながら、ジャズで過ごすなんていうのもいいなあと思います (ロ。ロ)/

 

高知市栄田町3丁目12-23

Jazz &

Drinks      

Debby     

JBL4338

PM3:00~9:00

筺090-2890-7488

定休日:日曜・祝日・水曜は夜のみ

 

(↓地図クリックで拡大)

 

 

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大変な おのぼりさん

山馬鹿ぼっちは、いつも「お登りさん」をやっているわけでありますが、9月8日〜9日は、連れ合いと上京。

久しぶりの東京に、うろうろ・きょろきょろ「おのぼりさん」をやってまいりました。

 

オリンピックスタジアム、ずいぶん建設が進んでいるなあ。。

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渋谷もどんどん変わってるなあ。。

工事現場みたいな渋谷駅から、東急東横線に乗って横浜へ移動。

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中華街で腹ごしらえしてと。

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やってまいりました!

今回の、おのぼりさんの目的は、ハマスタ(横浜スタジアム)での、Suchmosのライブ参戦。

強い台風15号が関東に迫る中、何とか小雨がぱらつく程度で無事開催され、3万人の観客が一体となる感動のステージでありました。

特に日が沈んでからの、小雨けむる白熱と幻想のステージは、音楽愛と友情にあふれ、幸せだったなあ。。

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何とか激しく振られることもなく、ホテルに帰還。

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と、真夜中、携帯のけたたましい呼び出し音、横浜市内に避難勧告が発令されたとの、緊急速報。

ホテルの窓から外を見ると、信じられないような暴風雨。

あれ? 足が冷たいな、と下を見ると、締め切った窓を雨が叩きつけ浸水して、カーペットがぐっしょり。

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千葉県では最大風速57mで、鉄塔も倒れたとか。

部屋が浸水したことを伝えると、ホテルマンがバスタオルをたくさん持ってきてくれた。

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ホテルの外に出てみると、街路樹は半分くらい葉を落とし、枝もバシバシ折れている。

向かいの山下公園も木のベンチが転がり、赤い靴の女の子の像が水の中に浮かんでいた。

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いつもは行列になる中華街のお粥屋に即入れたのが、不幸中の幸いと言えましょうか。

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天気は急速に回復、チャックアウトして海岸沿いを歩いていくと、大木がなぎ倒され、あずまやの銅板葺きの屋根が吹き飛んでいた。

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連れ合いが行きたがっていた、カップヌードルミュージアムが臨時休業だったのは、残念。

館員の皆さんが出勤できないから、いたし方ないよな。。

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喫茶店で一服していると、窓の外で鳩が何匹も奇妙な格好で寝転がっている。

どうやら、激しい風雨に叩かれくたびれ果て、羽根の芯まで濡れて重くなり、飛ぶこともできなくなっているみたい。

後片付けの皆さん、昼から出勤の皆さん、お疲れさま。鳩くんもお疲れさま。

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苗木城に立つ

高峰山、寒陽気山と連登した後、東濃出身のYさんのご案内で高峰山近くの苗木城に立ち寄ることに。

白川町から中津川市苗木に向かう途中、県道70号線に沿う山あいの村に「東座」という芝居小屋が。

岐阜県は、住民自らが演じる地歌舞伎が盛んで、歌舞伎小屋が多く、その中でも東濃は全国でも最も密度が高いのでは。

ちなみに東座は、中村勘九郎さんが名誉館長を務めておられる。

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苗木でまず訪れたのは、Yさんのご先祖さまの墓所。

阿波から移り住み、苗木藩の御用商人をつとめたという初代のお墓は延享年間(江戸中期)のもの。

以来累代の墓がずらりと並んでいる。

古い墓石には、苗木藩にまつわるさまざまな歴史が刻まれているんでしょう。

これだけの墓所を、年に何度か出向いてお守りしてこられたのには、頭が下がります。

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墓所からもほど近い、小高い丘の上に苗木城跡はあった。

苗木藩は、約1万石、城持ちとしては最小の藩だったという。

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城への入口には、「いたる所に転落の危険性」とか「マムシ注意」とか、山馬鹿をそそる看板が。。

丘の上には巨岩がいくつもあって、それをうまく利用し石垣を築き上げている。

ちなみに、手前の巨岩は、馬洗岩と呼ばれ、かつて苗木城が水の手を切られた時、この岩の上で馬をのせ、米を使い水で洗っているように見せかけ、敵の目を欺いたことにちなむという。

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天守閣跡に立ち、東を見ると、眼下に木曽川と中山道が通る中津川市街を見下ろすことができる。

信濃の国境に近く、重要な防衛拠点だったことが分かる。

背後に大きく恵那山、木曽川に架かる二つの橋の手前の小さな方は、廃線となった北恵那鉄道のものだったとYさん。

日本有数のヒノキの産地である東濃には、皇室の御料林や、伊勢神宮用の神宮備林があり、この北恵那鉄道とともにいくつもの森林鉄道が活躍していた。鉄道ファンにとってもなかなか興味深い地域。

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天守から北を見ると、今日登った高峰山がゆったりした姿で近い。

鬼門とされた城の北東を守る山でもあったんでしょう。

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そして南西方向に目を向けると、笠を置いた形の笠置山と、二つの頭の二ッ森山が目に飛び込んでくる。

「岐阜百名山」勝手に選定委員として、この二山は美濃三河高原では外せないなと実感。

また、美濃三河高原の山の展望を評価する時、「苗木城と比較してどうか」というのが、ひとつの物差しとなると思った。

Yさん、今回はお付き合いいただきありがとうございました。

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大和の古寺めぐり(山馬鹿目線)

翌17日は、早朝5時起きで、宿坊玉蔵院の浴油堂での朝の勤行に参加。

浴油とは、聖天に香油を注ぎ供養をすることだそうで、秘仏の毘沙門天の前で護摩を焚き、香油を注ぐ儀式を間近に拝観。

引き続き、信貴山の中核となる朝護孫子寺本堂での勤行にも参加。

般若心経をアコーディオンのように開いた後バンバンと机でたたいて読んだことにする所作など密教系の儀式に目を丸くしながら本堂を出ると、さまざまな宗教施設がひしめく境内が夜明け前の薄明かりに見える。

 

それでは、朝飯前に、背後にそびえる信貴山山頂に登っておこう。

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信貴山は、雄嶽(北嶽)と雌岳(南嶽)に分かれ、雄嶽の山頂が437mの最高点。

その山頂にある空鉢護法堂へ向かう参道入口には、行者堂という役小角を祀る堂がある。

参道を登っていくと、照葉樹林を朝日が包み込む。

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20分ほどでたどり着いた山頂の空鉢護法堂は、国宝「信貴山縁起絵巻」にも描かれた、命蓮上人が貪欲な山崎長者の蔵を空鉢に乗せて飛び去らせ、驚き嘆く長者を諭して福徳を授けたという霊験譚にちなむもの。

そんな伝説の舞台に、朝日が昇る。

ぼっちが5歳の頃、絵本で見たんだろうか、砂山を作り「信貴山ごっこ」をしていたという。

親馬鹿でなんと賢い子かと思ったらしいが、その子はただの山馬鹿だったというのが落ち。

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宿坊に戻り、朝食をいただいた後、信貴山から車で20分ほどのユネスコ世界遺産法隆寺に参詣。

法隆寺、信貴山の麓なんだな。。

 

法隆寺に立ち寄ってみたかったのは、仏師であり登山の大先達でもある修験僧円空が、寛文11年(1671年)法隆寺の巡尭春塘から「法相中宗血脈」(信仰を受け継ぐ系図のようなもの)を承けていると知ったから。

子院の宗源院には、円空作の大日如来像が伝わるともいう。

それにしても円空と世界遺産は、どうにもつながらない感じ。。

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すみずみまで巡って、円空がいてもおかしくないと感じられたのは、境内の西北隅の小高い場所にある西円堂のあたり。

本尊は奈良時代の薬師如来像で、「峰の薬師」とも呼ばれていたそう。

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西円堂の東側の崖下に、地蔵堂という入母屋造りの重要文化財のお堂がある。

その地蔵堂の手前に、寺のパンフレットにも名前の載っていない切妻造りの小さなお堂がある。

調べてみると、役小角を祀る行者堂らしい。法隆寺も修験に関わりがあったんだ。。

立ち入り禁止区域だったので、詳細は確かめられなかったけれど、円空がたたずんでいてもおかしくない雰囲気。


久しぶりの法隆寺を、半日かけて拝観した後、奈良時代の美仏伎芸天で知られる秋篠寺にも立ち寄り。

奈良時代の面影を残す鎌倉時代の本堂は国宝であります。

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伎芸天を拝んだ後、本堂を出ると、「大峰山三十三度先達」という石碑と、役行者の石像が山馬鹿の目に飛び込む。

石碑が大正年間だったから、石像も比較的新しいものかと思ったら、向かって右側の石像は、室町時代の天文15年(1546年)のもので、奈良地方では最も古い役行者石像なのだそう。

ううむ、生駒山宝山寺や信貴山朝護孫子寺が、今も神仏習合のカオスにあるように、大和の古寺は、明治初年の神仏分離以前、今とはずいぶん違う信仰風景だったんでありましょう。

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堺のOFF TIME

さようなら、石垣島。11時50分石垣空港発のジェット機で、14時過ぎに関西空港へ。

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実は関西空港のある大阪府南部の沿岸部は、生まれて初めての訪問。

往路関西空港でもらっておいた堺市の観光パンフレットを帰路の機内で読んだところ、さすが大阪府第2の都市、見どころが多そう。

限られた時間の中、そのうち桜井神社と、仁徳天皇陵(大仙古墳)をはじめとする百舌鳥古墳群に立ち寄ることに。

 

桜井神社は、堺市南区にある桜井氏一族の氏神として創建された古い神社で、平安前期の「延喜式」にも載っている。

天正5年(1588年)織田信長の根来攻めの折、兵火に遭い、唯一残された鎌倉時代の拝殿が国宝に指定されている。

「割拝殿」という中央が土間のように通り抜けられる様式や、細部の仏殿的な要素が興味深かった。

桜井神社のある場所は、かつて上神谷(にわだに)と言われたそう。

予定外で、旅の始まりに鎌倉時代の国宝本殿を持つ神谷神社を訪れ、締めくくりに上神谷にある同時代の国宝拝殿を持つ桜井神社を訪れるなんて、不思議な因縁を感じるな。。

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連れ合いは、国宝建造物なんかより、脇にある絵馬殿に興味しんしん。

大きな鬼の面の面の下に、こじんまりした神社には似つかわしくないほどたくさんの絵馬が奉納されている。

絵馬に書かれた「嵐のコンサートのチケットの抽選に当たりますように」なんて文字を読んで、なるほど、と納得。

「ミスターチルドレン」のファンの絵馬もあった。

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次なる、日本最大の仁徳天皇陵も一度はこの目で見てみたかったところ。

今の歴史の教科書では、大仙古墳となっている。

長年人間をやっていて、歴史の教科書なんて、絶対じゃないことを知った。

東日本大震災を経て、科学の知見でさえ、絶対じゃないことを知らされた。

とりあえず、知ることをどこかで止めちゃならないということなんだろう。。

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面と向かえばただの森にしか見えない大仙古墳の全容を拝めるスポットとして紹介されていた、堺市役所の21階展望ロビーにも上がってみる。

大仙古墳をはじめ、百舌鳥(もず)古墳群が一望できる。

世界遺産の2019年登録審査候補となっているだけに、決定したらものすごいお客さんが来るんでしょう。

 

ぼっちとしては、背後に連なる金剛山地の山々も気になる。

左手から、二上山、葛城山、金剛山と連なる稜線は、奈良県・昔の大和国との境。

奈良盆地側からは登ったことがあるけれど、河内平野側からあおぐのは初めて。

大和と河内の境界となるそれらの山々が、幾度となく歴史の舞台となったことも納得。

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今回の3泊4日の旅行では、香川県と沖縄県の最高峰を制覇できただけでなく、珍名の山、国宝神社建築2件、世界遺産候補まで訪れることができ、おいしいものもいっぱい食べた(ヒルには食われた)。

充実と言えば充実、カオスと言えばカオス、まさにWALK あばうとな旅でありました (ロ。ロ)/(ヘ。ヘ*)/オナカイッパイ

 

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石垣島のOFF TIME

常夏の石垣島。限られたOFF TIMEも、目いっぱい楽しまなくては。

 

初日10月7日。

石垣空港に到着し、於茂登岳に登る前に、まずは「ミルミル本舗 石垣空港店」でささっと腹ごしらえ。

ジェラートで有名な店だけど、石垣牛のハンバーガーも、ハンバーグを食べているような厚みでおいしかった。

ジェラートはミルクとよもぎの2種盛り。

牛乳も濃厚、だからアイスもうまいんだね。

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於茂登岳を下山したのは16時30分。

本州の10月ならもう夕暮れが迫る時刻だけど、日本でも西端に近い石垣島は約1時間日没が遅い。

せっかくレンタカーを借りたので、まずはざっくり石垣島の全体を回ってみようと、北端の平久保崎をめざす。

その途中、玉取崎という展望地に立ち寄り。これから向かう平久保崎方向を望む。

雲のかかった於茂登岳より展望がよかった。

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石垣島北端の平久保崎灯台。

そのすぐ背後の、台形の高台には、かつて「平久保遠見台」という、遠見番所があった。

地理的に中国に最も近い位置にある先島諸島では、江戸前期に遠見番所が設置され、のろしのための火を燃やして監視にあたった。

これは「火番盛(ひばんむい)」と呼ばれ、中国への進貢船の航海状況や異国船の到来を監視し、のろしを上げて各島の火番盛伝いに番所や蔵元(地方政庁)に通報し、琉球王府へ知らせたのだそう。

石垣島の北端の平久保崎まで脚を延ばしたもので、南端の石垣港にあるホテルに到着したのは19時。

まずは、八重山そばを食べたくて、入ったのが「島そば一番地」。店の名は、石垣市石垣一番地に位置することから。

シンプルかつていねいな作りが、香川県の「がもううどん」と共通するものを感じた。

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次は、予約しておいた、「うさぎや」という居酒屋へ。

21時から、ライブショーがあり、三線や太鼓に合わせ、最後はお客さんも一緒に踊る。

「もずく 中」を頼んだところどう見ても特盛、もったいないからと連れ合いはライブショーの間ももくもく食べておりました。

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翌8日。

西表島へ向かう前に、朝の散歩。

そういえば、「やぎ汁」っていうのも名物だったっけ。。

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離島ターミナルの売店には、いろいろな弁当が売っている。

「ポーク玉子」というスパムと玉子をはさんだおにぎりとか、「かまぼこじゅーしー」というかまぼこで包んだ炊き込みご飯など、ひとつでお腹がいっぱいになりそうなボリューム。

ちなみに「おにささ」というやつは、のりたまおにぎりにささみフライがはさまれたやつで、地元高校生に人気なんだとか。

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ホテルに戻り、朝ご飯。

ビュッフェ式の沖縄県らしい料理に、ついつい食べ過ぎてしまう。

それにしても、ビュッフェって、その人の食の傾向がはっきり出てしまうもんだな。。

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西表島への旅客戦から見る石垣港。

石垣島には自衛隊の基地はなく、全国最大規模の石垣海上保安部がある。

中国や台湾と国境を接しているだけに、非常に緊張感のある仕事、ご苦労さまです。

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西表島カヤック行を終え、石垣島に戻る旅客戦を待つ間、旅行者はなんとなく土産物屋に誘導され、「フェリーの時間が来たらお呼びします」ということになっている。

しかし、旅客待合所にも売店が入っていて、島野菜とか、種なんかも売っていた。

島野菜、作ってみようかな、でも「チャンプルータマナー」って、ただのキャベツとどう違うの (?_?)>

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西表島から石垣港には15時30分帰着。

夕暮れまで、川平湾まで脚を延ばす。

観光客のいなくなった夕暮れの浜、さすがの海の色であります。

ちなみに、背後の山のうち、右側の山は「ぶざま岳」。

この珍名の山に、9日朝登る予定、ホテルに戻る前に登山口を確認しに行く。

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夕飯は、ホテルに近い「金牛」という焼き肉店で、オリオンビール片手に石垣牛を堪能。

石垣島や、西表島で、のびのび育っている牛たちを目にすると「そりゃおいしくて当然」とおもう。

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ホテルへの戻り道、明日のぶざま岳登山の食料を調達しにコンビニに立ち寄り。

石垣島にあるコンビニは「ファミリーマート」なんだけど、毎週のように来襲した台風のため、商品が欠品していて、特に飲み物関係は、地元で製造される「ゲンキクール」という乳酸飲料以外、まったく売っていなかった。

自販機や離島ターミナルの売店では普通に売っていたから、流通体制の問題なのかな?

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さあて、最後の9日は、珍名の山「ぶざま岳」に向かう予定。

早めにおやすみなさい。

 

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西表島仲間川カヤック行

西表島は、石垣島から船で約50分。

その名は、表=於茂登(ウムトゥ)岳の西(イリ)にある島という意味なんだとか。

島の約90%が亜熱帯の自然林で覆われ、イリオモテヤマネコに象徴される動植物の宝庫として知られる。

石垣島や竹富島のように開かれることなく自然が残されたのは、山地が多いことに加えマラリアが蔓延していたため。

第二次世界大戦末期に、波照間島等の住民が強制的に西表島への集団疎開を命じられ、多くの住民がマラリアにかかり死亡した悲劇もあったという。

現在は、マラリアも撲滅され、2,400人ほどの人が住み、観光と農業が島の産業の中心となっている。

その西表島の仲間川流域には、日本最大のマングローブ林があって、カヤックでツアーができる。

長良川でカヤックをやっているぼっちとしては、これを体験しない手はない。

 

石垣港離島ターミナルから西表島大原港行の旅客船に乗り込む。

ターミナルには島の英雄、具志堅用光さんの銅像が立っております。

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水しぶきをあげる船は、竹富島、黒島などを通過、西表島に近づく。

島の最高峰は、東寄りの古見岳(469.5m)、ほかにも400m台の山が多い。

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大原港までマイクロバスでガイドのHさんが迎えに来てくれ、仲間川河口の乗り場まで案内してくれる。

Hさんは、世界をあちこち放浪して、西表島が一番と、ここを仕事の場にしたんだとか。

連れ合いは、カヤック初体験。仲間川はずっと足がつくくらい浅いらしいし、二人乗りだから大丈夫。

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まずは、河口に架かる仲間橋をくぐる。橋までが海、ここから川となる。

橋の欄干には、島のシンボル・イリオモテヤマネコの石像が取り付けられている。

生息する総数が100匹くらいで夜行性なので、Hさんもみたことがないそう。

それなのに、何数匹は車に轢かれ命を落としているという。。

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仲間川は、ほとんど流れを感じないくらいゆるやかで、遊覧船が起こす波くらいしか体を揺らすものはなく、長良川の激流下りとは全く趣きが違う。

最初はハドルの表・裏も分からなかった連れ合いも、次第にうまく漕げるようになってきた。

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いよいよ、川岸はマングローブ林となる。

マングローブ(Mangrove)とは、特定の樹の名前ではなく、熱帯〜亜熱帯地域の河口汽水域の塩性湿地の森林のこと。

日本では、屋久島が北限で、日本に生育するオヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、マヤプシキ、

ニッパヤシ計5科7種すべてが生育するのは、西表島だけ。

植物好きのぼっちは大興奮で、カヤックを漕ぐのは連れ合いに任せ、観察や撮影に専念。

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本流から、支流に入ると、さらにマングローブは見事になる。

川面を蝶が渡り、白いコサギがカヤックが近づいてもエサ取りをやめない。

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支流からユーターンすると、本流は引き潮の時間となり、干潟が広がりはじめる。

もうこの頃には、遊覧船は通行できなくなって、カヤックだけの世界となる。

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干潟に上陸して、昼ごはん。遊覧船では干潟に上陸できないので、これもカヤックの特権。

西表産の黒紫米(こくしまい)入りのおにぎり、沖縄の県魚グルクンのフライなど、手作り感いっぱいでおいしかった。

青いポットは、冷たいサンピン茶。

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お腹がいっぱいになったところで、Hさんの案内で干潟の自然観察。

マングローブの中心となっているのは、オヒルギで、赤い花のように見える萼(がく)が目立つのでアカバナヒルギとも呼ばれる。

種子は「胎生種子」と呼ばれ、萼の中にできる果実がそのまま成熟し、顎筒の内側で長く根を伸ばし、20cm以上に成長して、地面に落ち、そこで成長する。

また葉は、ひとかたまりの中の1枚だけが黄色い。それはその1枚に塩分を集中させ、落葉することにより排出するのだとか。

汽水域で生きる植物の仕組みには、「知恵」と言いたくなるようなものを感じる。

根も特徴的で、湾曲して人間の膝のように見える。

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こちらの砂地に突き出した筍(タケノコ)のようなものは、マヤプシキ(ハマザクロ)の呼吸根で、西表島が葉緑体を持っている、その形から筍根とも呼ばれる。

果実には多数の種子が含まれ。海水に浮いて分布を広げる。

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干潟が表れてしばらくすると、干潟に住む生き物たちが顔を表す。

ミナミトビハゼや、ヤドカリ、シオマネキなどは愛嬌があってかわいいけど、圧巻なのはミナミコメツキガニの大集団。

何万匹ものカニが砂の下から一斉に姿を現し、いちめん青灰色に見えるほど。

ただし臆病なので、人の気配に一気に砂に潜る。

ガイドのHさんがつかまえて、連れ合いの手に載せてくれた。

20181008ミナミコメツキガニ.jpg

連れ合いは、マングローブより、カニより、初ライフジャケット体験が気に入ったみたいで、水の中にぷかぷか浮いておりました。

「一緒にどう?」と言われても、長良川の激流でカヤックが沈してライフジャケットで流されるのが常のぼっちは、わざわざやりたくはないな。。

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(何が楽しかったかは同船異夢ながら)、約3時間の仲間川マングローブカヤック行は大満足のうちに終了。

めでたし、めでたし。

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日本一のサボテン畑「岐孝園 サボテン村」に行く

3週末連続山に行けないおかげで、3週間散歩をさせてもらっていない犬状態になっている山馬鹿ぼっち。

今週は連れ合いと、近くにあっても行ったことのない日本一のサボテン畑を見に行ってきました (ロ。ロ;)  ワン

 

我が家から10劼△泙蝓⊃霾羯圓療脹狠和咾砲修離汽椒謄麋はある。

蟯孝園が経営する「サボテン村」といい、事前情報によると、

・農場の広さは10万屐サボテンの生産面積としては世界一

・約300種類、50万本のサボテンを栽培し、出荷数は日本最大級(国産サボテンの9割以上がここで栽培されたもの)

とのこと。そんなご大層なものが、うちの近所にあったのかしらん。。

半信半疑で愛車奥地君のカーナビをセット、約20分であっけなく到着。

 

田園地帯の温室の奥の事務室で受付をし、「見学」と書かれた首から下げる札をもらい、「あとは好きに見学してほしいのがあったらカゴに入れて持ってきてください」とのこと。

ほとんどが、全国の花卉市場や、ネット販売の取り扱いで、受付名簿を見る限り、見学者は日に数人という感じ。

で、そのサボテン畑なんですが、とてつもなく広い。

1区画100m四方くらいのビニールハウスが、5区画連続で続いている。全部で8区画くらいに、大規模な温室もある。

1区画には、100mの長さのビニールハウスが10棟くらいある。世界一の生産面積というのも納得。

20180901サボテン園2.jpg

ビニールハウスの作りはありふれたものだけど、中をのぞいてびっくり。

超巨大なサボテンが100mにわたって栽培されている。

インパクトはかりなし。。

20180901サボテン1.jpg

巨大サボテンのビニルハウス群にくらくらしていると、ほどほどの大きさのサボテンも登場してほっとする。

ただし、その数が半端ない。約300種類、500万本というのも看板に偽りなしなんでしょう。

色が微妙に違い、花の咲いたのもあって、美しいじゅうたんのよう。

座ると痛いでしょうが。。

20180901サボテン2.jpg

中には、人気がないのか放置された大サボテンもあれば、トドの群れのように横たわるサボテンもある。

昼寝中みたいで、何か癒されるな、トドサボテン。。

実は、陶芸も隠れ趣味のぼっち、サボテン用の大きな植木鉢を制作し、それにここで買ったサボテンを植えようとの目論見。

スケール感が狂って小型サボテンに見えてしまうけど、このへんで直径30僂らい、何とか鉢におさまりそう。

それにしても、一面に生えたサボテンの作り出す光景の幻想的なこと。思わず引き込まれてしまった。

「こういうのが怖いっていう人もあるよ」って、連れ合いが言うけど、山だって怖いっていう人もあるから、好き好きかもね。。

20180901サボテン4.jpg

作業場になった温室には、出荷を待つサボテンの鉢植えが並んでいる。

人気なのは、小粒なミニサボテンの寄せ植えみたいだけど、大型なのもあった。

ビニルハウスから超ワイルドなサボテンを持ってきて、ここで株分けして商品らしく姿を整えてもらえるみたい。

次回は、鉢を持参してお気に入りを指名して植え付けてもらうようお願いする。

今から楽しみであります。

20180901サボテン5.jpg

 

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中国地方西部の山巡り(番外)−山口のOFF TIME

広島県宮島から、十種ヶ峰を経由して、山口県萩市へ。

山口県というと海のイメージが強いけれど、内陸を縦断してみると山また山だった。

目に付いたのが、黄色に塗られたガードレール。

独自の交通安全思想があるのだろうか。。

萩市内にたどり着いたのは5時近く。

藩主毛利氏の墓所がある東光寺を、何とか閉門前に訪れることができた。

黄檗宗の禅寺で、3代藩主毛利吉就が元禄4年に創建し、奇数代の藩主の菩提所となっている。

山門や大雄宝殿などが、創建当時のまま残されている。

ちなみに吉就は、元禄7年、27歳の若さで急死し、ここの墓所に葬られたそう。。

17時過ぎに萩市の宿泊先「芳和荘」に到着。

巨大な建物は、大正年間のもので、かつては遊郭だったそう。萩市重要景観建造物にも指定されている。

歴史物に目がない連れ合いは、いたく気に入ってくれた。夕食なし・朝食付で税込一泊6,100円とお値打ち。

今のご主人は、この巨大な施設を、どうやら一人で切り盛りされておられるよう。

そんな中で、掃除などできる限りの手入れを尽くされていることが、床や階段のつやからも伝わってくる。

まずは夕食を求めて、萩市内をぶらぶら。

灯台のある建物にひかれて「萩心海」という店に入ってみる。店の中央には大きな生簀。

イカの活造り定食を注文。透き通ったイカ刺しがうまい。

残った脚などは、天婦羅にしてくれた。これがまたビールに合う。

腹ごなしに、遠回りして萩の武家屋敷をぶらぶら。

明治の元勲たちの生家などが並ぶけど、それがどんな人か、あまりよく分かってないことが露呈。

翌朝、珍名の山:行者様を登り終え、8時に戻ると、ご主人が塩鮭を焼く時間まで調整してもらった朝食をおいしくいただく。

いろいろお世話になりました。

 

帰路は、ぼっちが訪れたことのない最後から2番目の県庁所在都市、山口市に立ち寄る(ラストは水戸市)。

国宝五重塔11基のうち、ぼっちが見たことのない最後の瑠璃光寺の塔を拝む。

塔の写真を撮ろうとしたら、地元のボランティアガイドの女性が塔の前で「山口は、小京都じゃなくて『西の京』なんです。この塔が建てられた当時、京都は応仁の乱で荒れ果てていたのに、山内氏の山口は貿易で京都以上に繁栄し、ザビエルがキリスト教を布教したのもここ山口だったんです。この塔は法隆寺、醍醐寺の塔と並んで『日本三名塔』と呼ばれていて…」などと熱く語り続けられ、ガイドさん抜きの画像は撮影できず。。

(個人的には、海住山寺羽黒山の五重塔が好みかも。。)

 

さあて、奥地君それでは岐阜県まで700kmあまり、安全に帰ろう。

(余談)

山口県のガードレールが黄色いのは、昭和38年の山口国体に合わせて、特産の夏ミカン色にしたからだそう。

・そういえば、萩市内は夏ミカンの花盛りで、武家屋敷にもその香りが漂っていた。

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中国山地西部の山巡り(番外)―広島・宮島のOFF TIME

中国山地西部の山巡り、今回は早朝から山に登り、何百キロも移動していたので、OFF TIMEは短かった。

それでも、遠出すれば、景色も食べ物も変わって楽しい。

10日広島、11日宮島、12日萩に泊まってのOFF TIMEをご紹介。まずは広島・宮島から。

 

10日は、17:30に広島の平和公園近くのホテルにチェックイン。

夕飯は、お好み焼きのハシゴと決めていた。

 

まずは、おいしいと評判の「薬研堀 八昌」へ。あたりはストリップ劇場があったりして、古式ゆかしい歓楽街の風情。

広島のお好み焼きは、自分で焼くのでなく、店で焼いてもらう式で、注文して30分くらいかかる。

そのあいだに、広島カープの野球中継を聞きながら、簡単なおつまみでビールを飲んで待つ。

そういえば、こうしたゆったりした呑み方って、最近しなくなってるなあ。。

 

もう一軒行きたかった「お好み焼きみっちゃん」を横目に、「お好み村」へ移動。

ここは、ビルの3フロアに24軒ものお好み焼き屋が入っているお好み焼きの殿堂。

今回は、4階の「あとむ」に直行。

ここは、広島出身のPerfume行きつけの店としてファンの間では「聖地」扱いされている。

ああ、ここにかしゆかやのっちやあーちゃんが座っていたんだなあと想像すると、Perfumeファンのぼっちとしては、おもわずにやにやしてしまうのでありました。

画像左は、八昌のネギトッピングのお好み焼き。

あとむでも同じのを頼んだけど、中に入る焼きそばの焼き方とか微妙に違って、どちらもうまかった。

翌12日は、早朝3:30から寂地山・冠山・ガラガラ山に登り、13:30頃広島に戻って、連れ合いと合流。

連れ合いは、しっかり広島市街を見て回り、「みっちゃん」も制覇したらしい。

ぼっちは原爆ドームの前に首を垂れる時間しかなかった。

宮島に移動。菊之屋という旅館に投宿。

夕食前に、明日の弥山・駒ヶ林登山の下見で、大元宮まで足を延ばす。

拝殿には「御島回」と書かれた額がいくつも掲げられていた。

ここから島にある山を回るのかなと調べてみたら、島の浦々にあるお宮を巡ることで、御島巡りとも言われるそう。

最後に陸に上がり、大元宮に拝礼するしきたりだとか。

13日、弥山・駒ヶ林登山後、連れ合いと駆け足で宮島観光をして山口県へと移動。

おっと、名物を食べ忘れたと、宮島口にある「ふじの屋」であなご飯の昼食。

駅弁でも有名だけど、おじさんが目の前で焼いてくれる香ばしさと皮のパリパリ感は格段だった。

それでは、心おきなく、次は十種ヶ峰に移動しましょう。

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