WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
雷倉(1,169m)に登山道ができた

もうそろそろ、表に出してもいいと思うけど、ぼっちの勝手な『岐阜百秀山』来春出版が決定しました (ロ..ロ)/

以後、勝手を外した『岐阜百秀山』でいきたいとおもいます。

 

ただ今、9月中完了を目途に初稿執筆に取り組んでいるところだけど、ぎりぎりになっても新しい情報が入ってくる。

小津三山のうち唯一登山道のなかった雷倉(1,169m)に、最近登山道ができたというのもそのひとつ。

これは、再調査しないと原稿が書けない―ということで、大型台風来襲直前の6日に行ってきました。

 

残暑厳しき折、早立ちして、6:20登山口となる本巣市根尾八谷の集落へ。

八谷川に架かる橋の手前のポールの 黄色の◇マークに着目。「33/33 雷倉スタート」とある。

このマークは本巣市の山岳会共通のものらしく、大白木山などにもある。

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八谷集落奥の道の終点が登山口。

入口のポストは、登山届入れではなく、八谷自治会の清掃協力金入れ。

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登山口から少し上がってすぐ左手に折れ、コンクリートの蓋のされた用水に出る。

谷に沿い斜面を巻いていく用水をたどると、右手の中又谷と左手の下津谷の出合がある。

下津谷側に堰堤があるがそちらに曲がっていく用水の道に入る手前で出合部分に下降する。

すると、鉄の橋がある。この橋を渡って尾根に取り付く。

尾根に取り付くと、あとは素直な尾根登りになるけど、ここまでが従来分かりにくかった。

今回は、要所要所に案内標識があり、だいぶん分かりやすくなった印象。

 

尾根道は、二次林からスギの植林、ヒノキの植林を経て、ブナ、ミズナラ、カエデなどの多い落葉広葉樹林帯に入る。

もともと植林帯は作業道があったが、登山道としてより歩きやすくなった印象。

新緑、黄葉を楽しめる、自然面では本ルートのハイライト。

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次第に尾根は急登になり、踏んばっていくと、ごつごつした岩の続く場所に出る。

石灰岩のカルスト地形で、テープや補助ロープがあるので、登りやすくなった。

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尾根が右手に大きく折れた部分を進むと、廃林道に出る。

この周辺は伐採後の二次林となっている。

かつてはここまで車で上がれたようだから、ここまでの登山道が廃れたのかもしれない。

林道が使えた時期、使えず登山道もなかった時期、登山道が整備された現在、山の印象は大きく違うはず。

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林道から山頂に向けて登っていくと、雷岩の標識。

立ち寄ってみると、雨宿りのできそうな岩屋だった。

山名にゆかりの岩なのだろうか。。

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雷倉の山容は台形で、その山上部は細長く平坦。

ブナやヒノキの生えた山上の道を行く。

やはり、夏じゃなくて新緑か紅葉の頃訪れたいもの。

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登山口から約3時間で二等三角点の雷倉山頂に到着。

立派な山名標識と、その下に、ここで記念撮影して画像を持って行くと、山麓のうすずみ温泉ので割引特典があるとの案内。

尾根登りは汗ダクダクになったけど、山上は涼しい風が吹いていい気分。

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山頂の少し先(南)からは、花房山が見える。

『岐阜百秀山』完成したら、もっと好きなままに山をたどってみたい。

花房山〜雷倉の積雪期縦走も、やってみたいなあ。。

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山頂での画像を持って、「うすずみ温泉」でさっぱり。

国道から高台に上がったところにあるので、雷倉の好展望台なんだけど、あいにくゴロゴロいいだして、雲の中。

 

雷倉は、うすずみ温泉に近いため道路事情も良く、岐阜から1時間、名古屋からでも1時間30分くらい。

正直、小津三山で登山道のある小津権現山や、さらに奥の花房山よりアプローチはずっといい。

展望もいいし、新緑や紅葉も楽しめる。特に難しいところもなく往復5時間あまり。

どうして今まで登山道がなかったのか不思議なくらい。

山に対する関心の低い岐阜県、雷倉のように本来良く登られてもいい山は潜在的に多い。

ただし、登山道ができると、ない時の緊張感と達成感は遠のきがち。なかなか悩ましいもんです。

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<登山記録>  (―:車、…:徒歩)

2020年9月6日(日) 曇晴れ間あり下山後雷 単独行

自宅4:20―八谷入口(駐車)6:20…登山口6:30…尾根上8:15…林道出合8:30…雷倉山頂9:35〜9-55…林道出合10:40…登山口11:55…駐車点12:10―(うすずみの湯入湯後帰路)

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| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 17:28 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
7年ぶりの御嶽山(2)―火口1卞發寮こ

(五ノ池小屋からつづく)

こじんまりした白竜避難小屋は、改修作業を行っていた。

ここからいったん、「賽の河原」へ下り、二ノ池を経て剣ヶ峰山頂へ向かう。

長丁場にはなるけれど、単純な最高峰への往復ではなく複合成層火山の諸相をじっくり味わえるのが、飛騨頂上経由ルートの特徴。

賽の河原から二ノ池山荘に向けて登り返すと、現在も立ち入りが規制される火口1勸米發離┘螢△箸覆襦

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二ノ池山荘は、防災機能も付加して新築され、すっかり小ぎれいになっていた。

ただし新型コロナウィルスにより、今年はトイレと防災機能だけで、宿泊は受け付けていない。

そして驚いたのは、目の前の二ノ池がほとんど火山灰で埋まっていたこと。残雪もほとんどない。

いよいよ、噴火の爪跡を残す区域に入ってきたのを実感し、ヘルメットを装着。

黒沢口からの登山者も合流するので、行き合う登山者数はぐっと多くなる。

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剣ヶ峰までの最後の急登は、首の取れ傾いた石仏、枯れた植物など、噴火のすさまじさが残されている。

噴石が飛んで来たら、ヘルメットしてても、石仏と同じ運命なんだろうな  (ロ。ロ; マシテヘルメットナシデハ

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山頂直下には、コンクリートのシェルターが据えられものものしい。

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シェルターの脇の慰霊碑。火山はいずれも危険と隣り合わせなことを肝に命じねば。。

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飛来した石で欠けた部分のある階段を登り剣ヶ峰の山頂に立つ。

鳥居は根っこから撤去され、山頂部全体が平らに整地され、以前より人工的になってしまった。

マスクもせずに近寄り、スマホのシャッターを押してくださいと頼んでくるコロナ以前の「密」スタイルの輩がいて、早々に退散。

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前回たどった一ノ池周りのお鉢巡りのルートは通行禁止。いちめん火山灰を被っていた。

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御嶽頂上山荘は解体し、新たに避難小屋を建設中。

今も通行止めの王滝口からのルートは、岩がごろごろし、噴火時の悲惨な状況が目に浮かび、ご冥福を祈るしかない。

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御嶽ロープウェイを利用し、黒沢口から登ってくる登山者はさすがに多い。

白装束で法螺貝を吹きながら登ってくる集団もある。

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帰路は黒沢口の分岐点まで寄り道してみた。九合目の覚明堂の鳥居が見える。

太陽をさえぎるもののない単調な登りで、登山者が集中するから、ぼっち向けではないな。。

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二ノ池山荘から二ノ池ヒュッテに回る。

「二ノ池山荘新館」だったものを現在の女性オーナーが譲渡され改築し2018年から営業されている。

今年も、新型コロナウィルスのため完全予約制で受付中。

山小屋も含め信仰色が強かった御嶽山で、五ノ池小屋や二ノ池ヒュッテのような、純粋に登山向けの小屋ができ、

高山でもできる限り快適に過ごしてもらえるようさまざまな工夫をされているのは、うれしい限り。

陰ながら応援したい気分。(二ノ池ヒュッテHP←クリック!)

賽の河原に下り、帰路は摩利支天山(2,960m)に立ち寄り。

賽の河原、恐山にくらべちょっと緑が多めだけど、スケールは格段。

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帰路、三ノ池の水の色を、もう一度目に焼き付ける。

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飛騨頂上から濁河温泉までの下りは、黒沢口側と違いとても静かで、針葉樹の香りに心癒される。

山馬鹿ぼっちとしては、御嶽山に登るなら、岐阜県側の濁河温泉からのルートが、おすすめだなと改めておもった次第。

 

 

下山後、濁河温泉の市営露天風呂でさっぱりできるのもうれしい。

高地トレーニング施設のある日和田高原側から、最後に見上げる継子岳(左)と摩利支天山。

「『岐阜百秀山』勝手に選定員会」の調査登山もようやく完了。

あとは、出版に向け原稿書きにいそしまねば。。

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<登山記録> (―:車、…:徒歩)  (↓地図クリックで拡大)

2020年8月16日(日) 快晴 単独行

自宅4:20―(高山市・日和田高原経由)―濁河温泉(駐車)7:10…登山口7:20…七合目7:55…湯の花峠8:15…のぞき岩避難小屋…八合目9:05…飛騨頂上10:05…二ノ池小屋11:10…剣ヶ峰山頂11:45〜11:55…二ノ池ヒュッテ12:25〜12:35…摩利支天乗越13:15…摩利支天山山頂13:30…乗越13:50…五ノ池14:15…八合目14:55…のぞき岩15:20…湯の花峠15:45…七合目15:05…登山口16:50…濁河温泉16:55―(市営露天風呂入湯)―自宅21:45

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<メモ>

・2014年の噴火で、多くの犠牲者を出した。

 現在は噴火警戒レベル1に引き下げられたが、しかし地元自治体では防災対応として、依然通行禁止としているルートも多い。

 (最新情報はこちらhttps://www.ontake-volcano.jp/kisei/)

・登山届の提出が義務付けられ、ヘルメットの携帯も忘れずに。

 

| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 05:39 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
7年ぶりの御嶽山(1)―飛騨頂上まで

ぼっちの「『岐阜百秀山』勝手に選定委員会」の取り組み、しめくくりは御嶽山(3,067m)であります。

長い裾野を引く霊山ゆえ、木曽側の王滝口登山道、黒沢口登山道、開田口登山道など多くの登山道がある。

ぼっちは、前回2013年8月、岐阜県側の、濁河(にごりご)温泉から登っている。

その翌年、2014年9月27日に噴火が発生、水蒸気爆発による噴石の直撃などで死者、行方不明者63名がにおよんだ。

噴火警戒レベル3(入山規制)と引き上げられた後、2015年から段階的に規制が下げられ、現在噴火警戒レベル1となっている。

しかし地元自治体では防災対応として、依然通行禁止としているルートも多い。

(↓地図クリックで拡大:最新情報はこちらhttps://www.ontake-volcano.jp/kisei/)

今回の調査登山は、前回同様岐阜県下呂市の濁河温泉から入山し、最高峰の剣ヶ峰をめざすことにする。

ただし、濁河温泉までの道は、先の集中豪雨の被害から8月16日時点で下呂市小坂からのルートと高山市秋神からのルートが通行止め、高山市の日和田高原経由のルートと大回り。

 

日和田高原側から見る複合成層火山・御嶽山の北端継子岳(2,859m)の姿。

長梅雨の後、お盆になってようやく夏山らしい天気になった。

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濁河温泉に駐車、登山口に向かう途中に白糸の滝。

御嶽山は、水に恵まれ、滝の多い山でもある。

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現在登山道は、仙人滝経由のルートが2018年の橋の流出で通行止めとなっており、尾根の遊歩道を迂回している。

熊鈴を付けて登山開始。

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よく踏まれた登山道は、コメツガ、トウヒ、ヒノキ、サワラなどの深い森で、苔の緑とツンとする針葉樹の香気がすがすがしい。

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しばらすると、伐採後の二次林に入る。シラビソなどが多くなる。

7年前に訪れた時と、ほぼ同じたたずまい。噴火後の山上はどうなのどうなのだろう。。

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御嶽教の信仰登山でにぎわう王滝口や黒沢口と違い、静かで人工物がそれほど多くないのが、登山者にはありがたい。

7合目には祠があり、その少し上に「ジョーズ岩」と呼ばれる、三角形に突き出した姿がサメに似た大岩がある。

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7合目を過ぎると、急登になるため、木の階段などが連続する。湯の花峠で見晴らしが得られ、さらに急登。

貨車を利用した避難小屋のあるのぞき岩に出ると、草木谷を挟んで摩利支天山のピークが眺められる。

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しばらくで、不動明王の石像などがある八合目に出る。その少し上が森林限界。
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継子岳の斜面を巻いて、飛騨頂上に向かうあたりは、大規模なハイマツ帯となる。

飛騨頂上が近付くと斜面は砂礫帯となり、コマクサの大きな群落がある。

噴火や降灰の影響は、飛騨頂上周辺にはさほど及はず、コマクサやハイマツに住むライチョウには影響がなかったようでひと安心。

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2780mの飛騨頂上に出る。

祠の直下に五ノ池小屋がある。なかなかおしゃれな小屋で、ご飯類もおいしいらしいけれど、今年は新型コロナウィルスの影響で寝袋持参・完全予約制、食事も制限。

ここからご来光を見たら感激だろうなあ。。いつかゆっくり泊りがけで来たいなあ。。

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飛騨頂上からの展望は360度さえぎるものがなく、木曽山脈、赤石山脈、八ヶ岳などが一望。

乗鞍岳の千町尾根の長いシルエット、奥穂・前穂の吊尾根なども眺められた。

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小屋の向こうには、摩利支天山越しに、剣ヶ峰が見える。

往路は三ノ池側の巻き道を取る。
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一から五まである御嶽山の火口湖のうち、三ノ池は最大のもの。

そのエメラルドグリーンからサファイアへのグラデーションは、まったく見飽きない。

ご神水として大事にされてきたこの水の色も変わりがなくて、ほっとする。

さて、この先はどうだろう。((2)へつづく)
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| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 20:55 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
クライマー憧れの山 ― 錫杖岳(2,168m)

ぼっちの「岐阜百秀山」勝手に選定委員会の調査登山、残すところは錫杖岳と御嶽山。

そのうち錫杖岳に、地元山の会で8月1日(土)に前夜泊し、2日(日)に20余年ぶりに登ってきました (ロ。ロ;)/ヨウヤク

 

錫杖岳は、県内の山ではありますが、「密」を避け、車は3人程度とし、マスク着用、換気のため窓を開け、

ソロテント、夕飯は各自、夜の懇親も2m以上ソーシャルディスタンスを取っての開催。

それでも、新型コロナウィルス+長梅雨で久しぶりの山仲間とのビールはうまかった。

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翌2日5:10、笠ヶ岳クリヤ谷ルートの登山口から入山。

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梅雨の名残りで増水気味だったけど、クリヤ谷ルート最大の難関の渡渉も無事通過。

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錫杖沢出合で、クリヤ谷ルートと分かれる。

ここから見上げる岩峰が錫杖岳ピークかと思ったら、前衛フェースと呼ばれる部分なのだそう。

この背後に本峰フェースがあり、その上が、錫杖岳のピークとなる。

 

ロッククライミングにおいては、この400mの高さでそそり立つ前衛フェースが中核となる。

同行の地元山の会のレジェンド、K2登山隊にも参加されたNu先輩によると、手掛かりの草木も少なく、穂高よりグレードが高いくらいとのこと。

そのうち白壁と呼ばれるとりわけむつかしい部分に、先日お亡くなりになったSさんと挑まれた話を伺う。

今日も、岩場には、複数パーティーが取り付いている。すごいなあ。。

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われわれは、錫杖岳山頂に向けて、錫杖沢を遡行する。

だいたい濡れなくても行けるけど、沢登りに準じた登攀やルートファインディングの技術がいる。

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途中にある錫杖の岩屋。数々の物語を秘めた場所なんでしょう。

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前衛フェース越しに眺める穂高連峰。

昨年同じメンバーで、ジャンダルムに立った。

今年は、重太郎新道下部あたりが、多発している群発地震の震源部分らしく、ルートに崩落が起こっているという。

新型コロナウィルスばかりでなく、世の中は常ならないことばかり。人の命もまた。

それでも、見上げる山は美しい。

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岩屋から錫杖本沢を詰めていくと、左右の沢に分かれる二俣に出る。

ここで右の沢に入り、さらに二つに分かれる沢の右側から左側にトラヴァースして登高すると鞍部に至る。

この二俣以降は、踏み跡も不明瞭になり、ベテラン沢屋のメンバーがルート確認し、無事鞍部に到着。

この山だけは、単独行は無理だなと実感。

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鞍部付近は踏み跡も不確かで倒木も多い。稜線左手に入ると、赤テープが出てきて、踏み跡も明瞭になる。

踏み迷いも多いので、慎重に進む。

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錫杖岳本峰部分が見えてくる。どうやって登るのかしらんという感じ。

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ササ付きの斜面を慎重にへつる。浮石注意。

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振り返る稜線と、その背後の大木場ノ辻(2,234m)。

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何とか、山頂が近付いてきた。

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11:00ピッケルが埋め込まれた錫杖岳ピークに到達。高度感あります。

地図上の2,168mピークは、少し先になるけれど、そこに到達するのはもうロッククライミングの世界で、

登山上はこの部分で登頂というお約束になっている。

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錫杖沢を見下ろす。手前左手の岩峰が錫杖岳のシンボルともいえる烏帽子岩。

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帰路も気を抜けない。疲れもあるので慎重に下降する。

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登りでは普通に大岩を巻きながらよじ登ってきた部分が、下降になると下が見えなくてルート取りが難しい。

岩上部をへつる箇所でザイルを出し、簡易ハーネスで安全確保。もうちょっと心配な人は、茂みの中を大回りする。

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なかなか最後まで気の抜けない山行だった。その分、達成感は一杯。

 

<登山記録>  (―:車、…:徒歩)    (↓地図クリックで拡大)

2020年8月1日(土) 晴  メンバー:N(L)、Nu(SL)、H、I、G、F、S、O、Og、botti

集合14:00―中尾口(テント泊)

2日(日) 晴のち時々曇

中尾口5:10…笠ヶ岳クリヤ谷登山口5:15…渡渉点6:05…錫杖沢出合6:45…錫杖岩小屋7:20〜7:35…鞍部10:00…錫杖岳山頂11:00〜11:30…渡渉点16:40…登山口17:35

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<メモ>

・笠ヶ岳の南に続く岩に覆われた山で、「飛騨の怪峰」とも呼ばれる。

・ロッククライマーには知られた山だが、登山の山としてはマイナーで、登山道もない。

・地図・磁石、GPS等を使い、踏み跡や赤テープを手掛かりにしながら錫杖沢沿いに登る。

 登攀や沢登りの基礎技術が必要で、ヘルメット必携。

 クライマーのアプローチの踏み跡の方が、山頂に向かう踏み跡より明確だったりするので要注意。

・山と渓谷社「分県登山ガイド岐阜県の山」(2017年版)に掲載されている(著者がこの山にかかわりの深いクライマーゆえか)。

 しかし、穂高岳のような難しさと違う、自己責任の山ゆえの難しさがあり、一般登山の山ではない。

 ガイドブックの簡略な地図だけで登ろうなんてことのないように。単独行は避けるべき。

・クライマーが通らない錫杖沢上部は踏み跡が薄く、地形が複雑なのでしっかりルートファインディングする。特に下山が難しい。

・鞍部から先は案外踏み跡が明確だが、帰路思わぬ踏み迷い道に入ってしまうこともあるので慎重に。

 

| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 11:20 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
円空・播隆修行の地片知山(966m)から瓢ヶ岳(1,163m)へ

6月27日は、梅雨の合間に播隆修行の山2か所を訪問。

まずは、美濃市の片知山(かたじやま:966m)。

片知山は、瓢ヶ岳さらに高賀山と稜線がつながり、山岳修験者の「高賀六社巡り」の南入口のピーク。

調べてみると、高賀山に関わりの深い円空は片知山も修行の場で、山頂下の「岩屋観音」には、円空仏2体が伝わる。

 

板取川の支流片知川沿いを遡っていくと、右手に片知山その奥に瓢ヶ岳、左手に今淵ヶ岳が見えてくる。

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片知山の登山口は、板山集落の板山神社脇からはじまる。

今回は、板山から片知山、南岳、骨ヶ平から瓢ヶ岳に登り、帰路は骨ヶ平から瓢の森に下山し、MTBで板山まで戻る周回の計画。

 

この板山神社には、円空作の立派な薬師三尊立像が伝わっている。

円空は片知山直下の岩屋で修業したので、板山の集落の人びとの交流があり、今でも円空さまのお陰で板山に落雷はなく、村に難産のためしがないと伝えられるほど、敬われている。

片知山へ向かう山里の坂道は、円空が、そしてその百数十年後に播隆が通った道。

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神底谷と呼ばれる渓流沿いの道をたどる。

円空が修行した岩屋は、岩屋観音と呼ばれ、県の重要文化財に指定された十一面観音、薬師如来2体の円空仏が納められていた。

しかし、平成17年関市の鳥屋市動堂の円空仏21体が盗難に遭ったことや、集落の高齢化が進んだことなどから、円空仏は里に下ろされた(美濃氏和紙の里会館が保管)。

そのため、今は岩屋観音に詣でる人も少なくなったのだろう、道は夏草が覆いかけていた。

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岩屋観音への道には、三十三観音の石仏が置かれている。

かつては村人や修験者がしきりに通う道だったのだろうな。。

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谷は、斜面に突き当たり、左右に分かれる。

その間の急斜面にジグザグに道が付けられている。

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ササが被って、踏み跡も心もとないが、ところどころに石仏があって心強い。

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急斜面がいったん踊り場となったところに大きな岩があり、その下にトタン葺きのお堂がある。

ここが円空修行の地で、「岐阜県指定重要文化財 円空作十一面観音像薬師如来像」の標柱が残る。

円空にとって、片知山、瓢ヶ岳、高賀山一帯は庭みたいなものだから、ここを拠点に、縦横に修行したのだろう。

熊の巣穴が、熊が代替わりしても使われる付けるように、百数十年後、円空を先達として慕う播隆は同じ岩屋で修業をしたのではないだろうか。

ただし、播隆の記録に瓢ヶ岳や高賀山で修業したとの話はない。

板山集落でも、円空さんの逸話は残るが、播隆さんの話は聞かない。

浄土宗の僧であった播隆は、天台宗系の修験の山の中心部分には足を踏み入れづらかったのかもしれない。

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岩屋観音から稜線に出あるまでが少々分かりづらいが、稜線に出ると、背の低いササの中に踏み跡をたどることができる。

美濃市側の左手はヒノキの植林、郡上市側の右手は自然林とコントラストがはっきりしている。

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三等三角点のある片知山山頂に到着。見晴らしはまったくきかない。

左手に踏み跡が見えるが、ルートは三角点の裏側=北側に続いている。

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片知山を過ぎて、稜線の郡上市側にソーラーパネルのようなものが樹の間に見えた。

後で調べたら、ゴルフ場の跡地にできたメガソーラーなのらしい。

さらに進むと、鞍部に古い標識があり、地形図では美濃市側にルートが記載されているが、今は立入禁止の表示があった。

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登り返していくと、木の階段が登場し、1,086mの南岳に出る。

見晴台との錆びた看板があるけど、樹木が茂って展望なし。

美濃市が「ふくべの森」として、一帯を観光地として整備したけど、予算不足で今は放置されているということらしい。

少し先に東側が開け、御嶽山方向が見える。

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南岳からいったん大下りする先に、瓢ヶ岳が見えてくる。

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鞍部の骨ヶ平で、最短ルートに合流する。ここから先は大変よく踏まれている。

登山者にも全部で5人出会った。

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瓢ヶ岳山頂に到着。

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梅雨時ですかっとしない空気だけど、西北方向に高賀山、その背後に県境の滝波山や平家岳が見える。

空気が澄んでいれば、北には白山も見えることでしょう。

東には御嶽山がかすかに見える。本来乗鞍岳など飛騨山脈の山も見えることでしょう。

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骨ヶ平から最短コースで下山。

せせらぎ沿いに、コアジサイのみごとな群落があった。

一つ一つは地味な花だけど、水色の花の群れは、梅雨時の空気を、ひととき清々しくしてくれる。

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ふくべの森の登山口に降り立つ。

山は人影まばらだったのに、車がいくつもあるのは、フクベの岩場に取り付くボルダリングの人たちらしい。

ここに止めておいたMTBジャイアン号で、一気に板山まで下り、爽快に周回山行を完了。

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<登山記録>  (―:車、=:MTB、…:徒歩)

2020年6月27日(土) 曇  ↓地図クリックで拡大

自宅4:40―ふくべの森瓢ヶ岳登山口(駐輪)―板山神社前(駐車)6:55…岩屋観音8:40〜8:50…片知山山頂9:40…南岳山頂11:20…骨ヶ平11:35…瓢ヶ岳山頂12:05〜12:20…骨ヶ平13:00…ふくべの森登山口13:55〜14:05=板山神社14:20―(伊木山へ)

 

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人形山(1,726m)、三ヶ辻山(1,764m)調査行

「ぼっちの『岐阜百秀山』勝手に選定委員会」の取り組み、残す難問に岐阜・富山県境の人形山と三ヶ辻山をどのように扱うかがある。

人形山(1,726m)は、泰澄が開山し、二人の女の子が手をつないだ雪形で知られ、日本300名山で、「ぎふ百山」。

一方、三ヶ辻山(1,764m)は、標高が38m高いけど、ようやく1986年五箇山保勝会によって登山道が開かれた「続ぎふ百山」。

二つの山は直線距離で1.5劼曚鼻

下は三方崩山から見た画像。右手が三ヶ辻山、中央が人形山、少し下がって左手が大滝山(1,498m)。

遠望する限り、一帯の山で、三ヶ辻山が主峰のように見えるんだけどな。。

 

梅雨入り直前の6月9日、休みを取って、この二つの山の調査登山に出向 (ロ。ロ)/オウ

20200607人形山三ヶ辻山(三方崩山から).jpg

登山口は、富山県南砺市の五箇山地域の上梨集落。

合掌造りの家の横に住吉神社と人形山光明寺という寺がある。

ここから登山口に向け市道田向湯谷線に入るけど、7月まで舗装工事中で、スミマセンという感じで進む。

20200609人形山1.jpg

例年6月第1日曜の山開き行事が中止になった人形山登山口。

刈り払いなどはしっかりされていて、地元の皆さんの無念さはいかばかりだったか。。

20200609人形山2.jpg

標高約850mから四等三角点のある1,209mの第一休憩所までは、スギの植林帯。

20200609人形山3.jpg

その先は、ブナの樹林帯になる。

2日前に行った白山国立公園内の三方崩山に風格では及ばないけれど、新緑の森を歩くのは、生きる喜びであります。

20200609人形山4.jpg

標高1,400mの第二休憩所。富山県一のドウダンツツジがあると標識の杭にあった。

それより気になったのは、杭が派手に齧られていること。きっと熊君のしわざなんだろうな。。

20200609人形山5.jpg

1,618m地点は宮屋敷跡と言われ、泰澄が開山してから天治2年(1125年)に山麓の上梨に移すまで白山宮があった場所と伝わる。

白山は見えないけれど、人形山を遙拝するには格好のピーク。

20200609人形山7.jpg

このあたりからは、ブナなども灌木化し、三ヶ辻山から人形山までの県境稜線が眺められる。

こうやって眺めると、登高意欲のそそられるのは三ヶ辻山なんだけどな。。

20200609人形山9.jpg

残雪・新緑の三ヶ辻山のアップ。

20200609人形山10.jpg

アップダウンを繰り返す登山道の東側は、白木峰などの飛騨高地の山々越しに、御嶽山、乗鞍岳、笠ヶ岳、穂高岳、槍ヶ岳、薬師岳、立山、剱岳などが展開。

20200609人形山11.jpg

いったん下り、県境稜線までがんばって登り返す。

20200609人形山12.jpg

今でも飛越国境とも呼ばれる、県境稜線に出る。

右の人形山、左の三ヶ辻山の分岐点になっていて、ここからの白山方面の展望も雄大。

まずは人形山に向かう。ササも丈が低く、展望はほしいまま。

ニッコウキスゲの若芽もたくさんあったので、6月下旬ともなれば、みごとでありましょう。

20200609人形山13.jpg

人形山山頂は、三角点はない。

県境稜線上に山名標識があるけど、狭くて灌木に覆われて見晴らしは今一歩。

その少し南の岐阜県側に小広場があり、山名標識がここにも立てられている。

直下に大芦倉谷があり、さらに庄川本流もあるので大きく空間が広がり、白山方面の展望がほしいまま。

20200609人形山14.jpg

白山のアップ。

梅雨入り直前でやや霞んでいたけれど、白山遙拝所としては最高の場所。

その手前の稜線は、妙法山、野谷荘司、三方岩岳と続く北縦走路。

泰澄開山の伝説の山は、どこも展望は選りすぐり。

北縦走路の稜線はそのまま笈ヶ岳、大笠山に続く。

笈ヶ岳側から見ると、大笠山の方が大きな山に見えるけど、真横から見ると、どちらも大きく、笈ヶ岳の方が高く険しい。

手前の地味な山は、珍名のオゾウゾ山。

20200609人形山19.jpg

南には、三ヶ辻山が長い裾野を岐阜県側に向けて伸ばしている。

「続ぎふ百山」で、この長い尾根を芦倉山(1,124m)経由で登るルートも紹介されていたけど、それはもう冒険の世界でしょう。

ただし、中腹あたりのブナは遠望しても大木ぞろいなのが分かるほど見事なもの。

さて、分岐点まで戻り、三ヶ辻山をめざそう。

20200609人形山16.jpg

分岐点から三ヶ辻山までの稜線は、一応登山道があるけれど、ササが被さったりする。

しかも稜線西側はクロベやダケカンバが被さって白山の展望は得られない。

東側は岩長谷に向けて切れ落ちているので、飛騨山脈方面の展望は良好。

県境から180mほど岐阜県側に入った二等三角点のある山頂。

人形山よりやや灌木が被さるのと、山上部分がさらに南西方向に少し伸びているので視界が限られる。

ヤブ漕ぎしてその南西方向のあたりまで進んでみると、今はヤブだらけだけど刈り払えば人形山山頂と遜色ない広場ができそうな場所があった。(誰も整備してくれないだろうけどな。。)

 

人形山は富山県側からその雪形のある姿がよく見えるのに対し、奥まった三ヶ辻山は見えない。

人形山はササを刈り払わなくても、白山遙拝の格好の場所であるのに対し、灌木に包まれた三ヶ辻山は展望でやや見劣りする。

ただし、雪形が見えない岐阜県側からの場合、三ヶ辻山の方が登山対象として目立つ。

「富山の百山」では、別々の山として選定しているけど、二つの山は稜線がつながって、別々にとらえるほど鞍部も入らない。

ここは、笠ヶ岳と抜戸岳の関係と同様、一体の山としてとらえるのがいいのではと思う。

20200609人形山17.jpg

下山後、上梨の白山宮にお礼参り。

茅葺きの立派な社殿は鞘堂で、この中に文亀2年(1502年)の富山県最古の建築物である本殿が入っている。

何とか梅雨入り前に、調査対象の山を登り終え、残すは夏山の御嶽山と錫杖岳のみ。

感謝の気持ちで拝礼しました。

20200609人形山18.jpg

<登山記録>  (−:車、…:徒歩)

2020年6月9日(火) 晴 単独行

自宅4:20―五箇山I.C.―人形山登山口(駐車)7:50…第一休憩所(1,209m)8:35…第二休憩所9:15…宮屋敷跡9:45…県境分岐10:45…人形山山頂11:15〜11:35…分岐11:55…三ヶ辻山山頂12:35〜12:55…分岐13:25…宮屋敷跡14:10…第二休憩所14:30…第一休憩所15:00…登山口15:35―白山宮16:20―五箇山I.C.―自宅19:20

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| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 05:57 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
6月初めの三方崩山(2,059m)

雪深い山の6月梅雨入り直前は、1年でもっとも美しい季節。

そんな短いひととき、白山山地の三方崩山(2,059m)へ。

 

白川村平瀬集落から西に入る林道にある三方崩山登山口。

登山届を出して、林道をさらに1キロ余り上がった終点に愛車奥地君を待たせ、熊鈴を付け登山開始。

20200607三方崩山1.jpg

歩きだして尾根に取り付くまでの急登は、ブナにミズナラ、トチなどの大木が連続。

尾根に出ると、雪深い山らしくまっすぐ30mほどの高さに伸びたみごとなブナの純林となる。

この山は、ずいぶん久し振りで、稜線に出るまでの記憶はほとんど残っていない。

こんないい山だったんだなあ!

白山山地のブナ林は、世界遺産の白神山地に次ぐ規模なのを実感。

登山道のある山は、安心して樹々の美しさを眺められて、それもありがたい。

20200607三方崩山3.jpg

1,373mの四等三角点を通過。

20200607三方崩山4.jpg

一本調子の長い登りも、新緑に、ツツジやウワミズザクラの花も登場して、気分良く登っていける。

20200607三方崩山5.jpg

1,624mのポイントで樹林帯を抜け、いきなり目の前に激しく崩落した三方岩岳が姿を現す。

その名の通り、北東・南東・南西の三方向に崩落しており、帰雲山と同様天正大地震(1585年)によるもの。

登山道は、手前のピークから巻き込むようにして奥の山頂に続いている。

20200607三方崩山6.jpg

崩落地すれすれの稜線を登っていくと、背後に御母衣ダムと、御嶽山が見える。

その間の稜線は、位山から川上岳への「天空遊歩道」。

20200607三方崩山9.jpg

標高2,000mあたりの鎖場のある登りと下りが今回最大の難所。

そこを越えると、道はしっかりしてくる。

20200607三方崩山10.jpg

無事二等三角点のある三方崩れ山山頂に到着。

白山方面は、奥三方岳(2,150m)が間に入るので、あまり見通せない。

20200607三方崩山14.jpg

そのかわり、東側は切れ落ちた「白ガレ」と呼ばれる崩落地があるため、すこぶる好展望。

登って来た稜線、その向こうに猿ケ馬場山、さらに剱岳方向が展望でき、それぞれの山域の個性の違いが際立つ。

20200607三方崩山13.jpg

山頂からほんの少し下ったところのササの茂みに残雪が乗っかり、その上から白山〜別山の展望が得られた。

奥三方岳は、夏場はヤブがひどくてたどり着くのは大変らしいけど、きっと白山の大展望台なんでしょう。

残雪期なら、とも思うけど、その季節は三方崩山の稜線が大変そう。

生半可に行けない場所は憧れをふくらませる、山に飽きることなんかきっと永久にない。

20200607三方崩山15.jpg

<登山記録>  (―:車、…:徒歩) (↓地図クリックで拡大)

2020年6月7日(日) 快晴 単独行

自宅4:15―荘川I.C.―平瀬―三方岩岳登山口―林道終点(駐車)7:00…1,373m四等三角点8:05…1,624mポイント8:35…1,886m四等三角点9:20…三方崩山山頂10:20〜10:45…1,624mポイント12:05…林道終点13:30―(しらみずの湯)―法伝の滝16:05―(帰路)

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| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 21:38 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
恵那山集中登山(2)―神坂峠ルート↑広河原ルート↓

神坂峠から、恵那山集中登山(2)に移行。

岐阜・長野県境稜線を行く神坂峠ルートで恵那山をめざす。

20200517恵那山001.jpg

山頂まで約6.8辧標高差622m。

標高差は最も少なそうに見えるけど、いくつかの小ピークを越えながらアップダウンしていくので、累積では登り下りが結構ある。

最初のピークが千両山。古い三角点の柱石のようなのは、明治時代の宮内省御料局のもの。

山岳測量については、今の国土地理院の前身となる陸軍参謀本部陸地測量部よりも、宮内省の御料林を管理する御料局の方が先行。

その中でも、恵那山周辺は、試行的に明治26年(1893年)6月から測量を開始した場所。

それに基づいて翌27年「御料地測量規程」が制定され、本格的な測量が始まるという歴史ある柱石であります。

20200517恵那山002.jpg

曇って、視界が開けないまま、もくもく進む。

鳥越峠までいったん下る。ここから林道大谷霧ガ原線の追分登山口へ分岐している。

20200517恵那山003.jpg

樹林は、こんな感じ。

ササ原の中にコメツガなどの針葉樹やダケカンバなどの広葉樹が混じり、密に繁ったり疎に生えていたり、すごい大木というのはない。

ムシカリが白い花をつけている。

20200517恵那山004.jpg

林床には、桃色のショウジョウバカマと、白いバイカオウレンが花盛り。

バイカオウレンは、いずれの登山道でもよく見かけた。

20200517恵那山005.jpg

稜線の北側(岐阜県側)は、ウバナギ(薙ぎ)と呼ばれる大規模な崩落地となっている。

恵那山は中生代白亜紀の濃飛流紋岩からなり、崩れやすい地質なんだそう。

ただし、登山道自身は、崩落地をへつるような場所は回避されており、危険個所はなかった。

大判山に向け登りとなる。

三角点のある大判山(1,696m)は、2名休憩している登山者がいたので、密を避けてそそくさと通過。

再び少し下ると、あとはずっと登りが続く。

1,820m地点を越えたところの天狗ナギは、かつて難所だったらしいけど、今は巻道が付けられ覗き込むことなく通過できる。

今回は視界不良ながら、神坂峠ルートは恵那山の登山道の中でもっとも縦走気分が得られるルートなんだなという印象を持った。

恵那山の姿を目にしながら登れるのも、いいところ。

20200517恵那山006.jpg

1,972m地点を過ぎたあたりから針葉樹林帯の急登となる。残雪も登場。

20200517恵那山007.jpg

登りつめたところが、前宮ルートとの合流点。後は先週と同じ道を行く。

改めて覆舟山(ふなぶせやま)とも呼ばれる恵那山の広い山上部を観察。

明治維新のどさくさで、広範囲に皆伐されてしまった山梨県の山と同じような印象がある。

やはりどうも、この山上部は伐採がしやすそうなので、いったん皆伐されているのではないだろうか。

その後、幼木が密生して、お互い生長を阻害しあっているのが今の状態かと思われる。

20200517恵那山008.jpg

恵那山山頂に到着。

2週連続一等三角点の横にある櫓に登って観察。

やはり、針葉樹林に周囲を取り囲まれ「ここからの眺めのすばらしさは、とても言葉で表すことができない。」と、

かつてウェストンが絶賛した眺望は現在の山頂では得られそうもない。

20200517恵那山009.jpg

下りは、約3.9辧標高差936mと最短の広河原ルートに入る。

東側の本谷川側が開け、ササの向こうに伊那谷が見下ろせる。

雲が取れれば、赤石山脈の山々が展望できるはず。明るいルートとの印象を持った。

20200517恵那山0109.jpg

10/10、9/10…とカウントダウンしていく標識を見ながら、ひたすら下る。

後半はカラマツの植林となり、左手に神坂峠ルートの通る県境稜線が透かして見える。

約2時間30分で、河原に降り立ち、本谷川を渡ると登山口に出る。

ゲートまでの林道では、谷の崩落が何カ所もあり、いかにも地盤は脆弱そう。

だからこそ、東山道は、谷沿いを通らず、尾根道となったんでしょう。

20200517恵那山011.jpg

ゲートに待たせておいたMTBジャイアン号で、阿智村まで下る。

本当は愛車奥地君の待つ神坂神社まで漕ぎあがりたかったけど、相当な急坂にあっさりあきらめ、徒歩で19:30にたどり着く。

長い一日を無事終了。

 

恵那山集中登山の結果、各ルートを寸評するならこんな感じ。

・黒井沢ルート:沢沿いの深い針葉樹林を行く。登りやすく中京地方からもっとも最短で深山の気に触れることができる。

・前宮ルート:長大ながらたんたんとした尾根歩き。恵那山の信仰の跡を今にたどるクラシックルートの面白さがある。通向け。

・神坂峠ルート:アップダウンがあるけど、神坂峠に東山道の歴史を偲び、眺望の良い岐阜・長野県境稜線をたどり縦走気分満点。

・広河原ルート:I.C.から近い最短ルート。明るい印象で展望も得られるけど、恵那山の山容やその個性に触れた実感は薄め。

 

| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 04:45 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
古代東山道から登る 富士見台(1,739m)

緊急事態宣言が解除されつつも、「新しい生活様式」定着に向け自重は必要な微妙な時期。

「ぼっちの『岐阜百秀山』勝手に選定委員会」の調査山行、今回は7劼曚苗耕邯に入らせていただき、

神坂神社〜富士見台+恵那山神坂峠ルートおよび広河原ルートを一気に周回。

 

まずは、富士見台(1,739m)。

岐阜県中津川市神坂(みさか)と長野県下伊那郡阿智村にまたがり、山頂はササが生い茂る草原状の山で、眺望の良さで知られる。

林道大谷霧ヶ原線で中津川市側から1,569mの神坂峠まで車で入れるから、気軽に高原の気分を楽しめる。

しかし、それでは、観光かハイキングで、登山とは言えない。

今回は、阿智村が神坂峠までの古代の官道東山道を整備されているとのことなので、それをたどって富士見台に立ち、

神坂峠に出て、神坂峠ルートで恵那山に登り、広河原ルートで下山、広河原から神坂神社までをMTBジャイアン号でつなぐ計画。

長丁場がんばってみます (ロ。ロ)/オウ

(地図クリックで拡大)

古代官道の一つ東山道は、近江国勢多駅を起点とし、美濃・信濃・上野・下野各国を経て陸奥国に通じていた。

その最大の難所が、恵那山と富士見台の間の美濃・信濃国境の神坂峠で、荒ぶる神の坐する「神の御坂」と呼ばれ恐れられたという。

最澄は、布教に東国に訪れた際、この峠のあまりにもの急峻さに驚き、旅人のために峠を挟んで美濃側に広済院、信濃側に広拯院という「お救い小屋(仮設避難所)」を設けた。

今回阿智村から古道をたどると、広拯院の跡に立つ月見堂など、古代官道の名残りがあちこちにみられる。

棚田の横を通って、神坂神社に出る。

神坂神社からは、いよいよ山道。

直登のカラマツコースと、沢沿いを行くブナコースがあり、もちろん植林カラマツじゃなく、天然ブナを選択。

20200523恵那山1.jpg

びっしりヒノキが植林された急斜面を抜け尾根に出ると、長野県南部では珍しくブナやミズナラの自然林が残る快適な道となる。

20200523恵那山2.jpg

谷越しに、神坂峠方向が見える。

川沿いは、崩落が激しそうなので、尾根通しのルートが選ばれたんでしょう。

20200523恵那山3.jpg

1,472mピークの先でカラマツコースと合流。

今回は片道通行だけど、カラマツコースは、下山向けにいいみたい。

20200523恵那山4.jpg

合流後は、カラマツの植林の中をしばし進む。

神坂山(1,685m)を巻いていくあたりからは、ウラジロモミやコメツガなどの針葉樹に、ダケカンバなどが混じる天然林となる。

20200523恵那山5.jpg

昭和56年の牛放牧柵。ここから先が、放牧場となっていたらしい。

20200523恵那山6.jpg

ササ原の山が見えてくると、しばらくで萬岳荘という阿智村営の立派な小屋がある。ただし今は営業自粛中。

20200523恵那山7.jpg

萬岳荘から先は、いかにも観光地らしいよく踏まれた遊歩道になるけれど、富士見台山頂付近は霧が濃くて何も見えない  (ロ。ロ;

前回、南沢山・湯舟沢山・富士見台とつないで縦走しているので眺望の良さは確認済みだけど、富士見台の画像が欲しかった。。

20200523恵那山8.jpg

と、下山しかかると、霧が晴れてきた。

ササの中に、神坂神社、仙元大神と彫られた大正時代の丸い自然石の石碑がある。

富士見台は、富士山は見えないらしく、かつては山伏岳と呼ばれていたそう。

明治時代に富士教の信者が富士遙拝所をここに設けてからの山名だという。

20200523恵那山9.jpg

1,690m地点にある神坂小屋から、富士見台のピークの画像をカメラに収めることができ、ひと安心。

20200523恵那山10.jpg

神坂山や萬岳荘のあたりも確認できた。

本来ならその先に赤石山脈が大きく展開するはず。

20200523恵那山11.jpg

県境稜線で神坂峠に出る。通行の無事を祈った古代の祭祀跡の石碑が立つ。

神坂峠は恵那山と富士見台の間にある、と言われるけど、峠から富士見台は30分程、恵那山は4時間。

神坂神社から恵那山までは(山馬鹿ぼっちは今回やってますが)長すぎるけど、富士見台なら登り3時間でちょうどほど良い日帰り登山となる。

神坂峠と富士見台をセットで評価すると、登山の楽しみも、自然の味わいも、歴史探訪の価値も加わって高得点になる。

20200523恵那山12.jpg

恵那山から広河原ルートで下山する時、富士見台の山全体が良く眺められた。

他の山とほど良く離れ、山上がササ原で、しかも好位置にあるので、展望絶佳なのも納得。

20200523恵那山13.jpg

<登山記録>  (―:車、=:MTB、…:徒歩)

2020年5月23日(土) 曇時々晴れ間

自宅4:15―園原I.C.―広河原(駐輪)6:15―神坂神社上の林道(駐車)6:40…(ブナコース)…ゲート7:10…合流点8:00…萬岳荘9:05…富士見台山頂9:45…神坂峠10:30…鳥居峠11:35…大判山山頂12:25…(途中昼食)…前宮コースとの合流点14:35…恵那山山頂15:15…広河原登山口17:35…ゲート18:00=園原(駐輪)…神坂神社上林道19:30―(帰路)

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| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 20:42 | comments(0) | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
恵那山(2,192m)集中登山(1)―前宮ルート

恵那山(2,191m)は、木曽山脈最南部、長野・岐阜県境にある日本百名山で、岐阜県美濃地方にとっての最高峰。

それだけに、歴史も古く、多くの登山道があり、「ぼっちの『岐阜百秀山』勝手に選定委員会」の調査をやり残している。

ようやく雪も解けたので、集中的に踏査するつもり。

 

恵那山の主な登山道として、次の4ルートがある。

黒井沢ルート(登山口(標高1,220m)から山頂まで約6.8辧標高差972m)

 岐阜県中津川市の中津川上流黒井沢沿いのルート(ルートは何度か少しずつ変更されている)。

 1959年に開かれ、翌年深田久弥がこのルートで登っている。

 ぼっちも2度このルートで登っていて、沢音と深い針葉樹林がすがすがしかった。

 ただし、アプローチの林道があまり良くないのと、登山道の地盤が脆弱なので、通行止めとなることがある。

神坂(みさか)峠ルート(登山口(標高1,569m)から山頂まで約6.8辧標高差622m)

 黒井沢ルートの林道が2000年9月の豪雨で林道が崩壊し4年間通行できなかった時期にルートとともに整備された。

 恵那山と神坂山(1,576m)の鞍部、かつての東山道最大の難所「神の御坂」と呼ばれた神坂峠が登山口となるルート。

 岐阜・長野県境稜線をたどり、標高差は少ないが結構アップダウンがあるので累積標高はもっとある。

 途中稜線の岐阜県側が何カ所か崩れているので通過に注意が必要。

前宮(まえのみや)ルート(登山口(標高743m)から山頂まで約8.0辧標高差1,448m)

 恵那神社(山頂の奥宮に対し前宮と呼ばれる)を起点とするもっとも古い歴史を持つ信仰の道。 

 明治26年(1893年)、ウェストンが登ったのもこのルート。

 明治の後期から大正にかけては中津川駅に登山案内所が開設され、「恵那登山案内」というガイドブックも出版されていたほど。

 しかし、1959年の伊勢湾台風で大きな被害を受け、同時期に開発が始まっていた短い黒井沢ルートがメインの登山道となった。

 廃道状態だったが、2001年に川上集落に「ウエストン公園」が開設さたのに合わせ中津川山岳会が42年ぶりに復活させた。

 標高差がもっとも大きく、長丁場となるが、緩やかな尾根を行くため、安定感があるルート。

広河原ルート(登山口(標高1,255m)から山頂まで約3.9辧標高差936m)

 長野県阿智村の広河原に2001年10月新設されたルートで、最も短く、アップダウンも少ない最も歩きやすいルート。

 ただ、やや単調と聞くので、踏査して確認したい。

 百名山ブームもあり、今ではこの長野県側の登山道が多くの登山者を集めている。

 

5月17日(日)は、その第1弾として、歴史あるA圧椒襦璽箸鯆敢催仍魁

山仙人をめざす身としては、かねてから登ってみたかったルートであります。

まずは、恵那神社に参拝。樹齢600〜800年という夫婦杉は歴史を感じさせる。

恵那山は、天照大神の胞衣(えな へその緒のこと)を納めた地であり、かつては恵那山自体が御神体であったという。

神仏習合により、恵那権現とも称されていた。

安全登山を祈念し、いざ出発!

20200517恵那山1.jpg

前宮ルート案内図。長いルートだからか、山頂まで通常の倍の20合目まであり、信仰にちなむ地点名も多い。

20200517恵那山2.jpg

しばらく正ヶ根谷沿いの林道を進むと、登山口に出る。

ここで、沢を渡渉することとなるが、昨日の大雨で増水していたので大事を取り、登山靴を脱ぎ、首からぶら下げて無事通過。

ヒノキの植林地を行く。

20200517恵那山3.jpg

もう一か所、小滝の上の渡渉点は、靴のまま通過、尾根に出る。

標高200mあまり急登すると、五合目に出る。北側が大きく崩落して、治山工事をしていた。

更にミヤコザサにびっしり覆われた植林帯の急登は続くけど、刈り払いがしっかりされ、たんたんと進んでいくことができる。

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標高1,400mほどで、枯大桧に出合う。

このあたりでようやく植林帯を抜け、天然ヒノキやコメツガなどの針葉樹とリョウブやドウダンツツジなどの落葉樹の混合林となる。

いろいろないわれのある地名の標識が連続して登場するので長丁場も飽きない。

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小さな平地は、中の小屋跡で、小さな平地には江戸時代は籠堂があったという。

大岩の間にある不動明王の石仏が、神仏習合の時代を偲ばせる。

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しばらく急登し、1,801mの八右衛門の頭という小ピークに出る。三等三角点の基準点名が空峠。

いったん少し下ると、行者越という岩がごつごつ露出した鞍部に出る。

岩をよじ登ると、小さな役行者石像に出合う。弘化3年(1846年)のものだという。

岩場はこの部分だけで、あとは針葉樹の森が続く。

空八丁という登りを過ぎるとササ原の稜線の展望が開け、恵那山の山頂方向が見えてくる。

雲の上に出たらしい。

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2,010m地点の16合目を通過、さらに進むと残雪の道の上に一之宮の祠がある。

このあたりからが、別名覆舟山(ふなふせやま)ともいわれるように、広い山上部分に出る。

祭神に合わせ、祠が次々登場。

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山上のシラビソなどの樹林は、一度皆伐されているのか細々と密生しているけれど、針葉樹のツンとする香気が心地よい。

このあたりの雰囲気は、山梨県の奥秩父あたりのたたずまいを彷彿させる。

標高と降水量の少ない中央高地式気候なところが似ているためだろうか。

やがて、神坂峠からのルートと合流。

ここまで5時間あまり、誰とも出会わなかったけれど、山頂までに神坂峠ルートからの2組とすれ違う。

しっかり避けて、ソーシャルディスタンスを確保。

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避難小屋のある最高点は、人の声がしたので、ひとまずスルーして、7番目の奥宮の祠と一等三角点のある恵那山山頂へ直行。

展望台の櫓があったので登ってみたけれど、針葉樹林に囲まれ、ほとんど眺望は得られなかった。

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昼食後、最高点に引き返す途中、ササ原の間に踏み跡があったので入ってみると、伊那谷越しに赤石山脈が間近に見える。

伊那方面からだと、前衛峰のために同定がなかなか難しいけど、恵那山まで上がってしまうと前衛峰よりも高い視点になる。

そのため、仙丈ケ岳、白根三山、塩見岳、荒川三山、赤石岳と、程よく間隔を置いて並び、同定がすこぶるしやすい。

明治26年(1893年)に登ったウェストンも、ここから赤石山脈を眺め、いつかはと闘志を燃やしたんでしょう。

1902年〜1905年の2度目の来日は、赤石山脈(南アルプス)を主に攻略している。

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避難小屋のある最高地点に戻る。

最近国土地理院の調査で、2,190.3mの三角点よりちょっとだけ高い2,091mの最高地点が地形図に表記されるようになった。

小屋の背後の岩の上が見晴らしが良く、人がいなくなったのでよじ登る。

赤石山脈は、先ほどの地点の方がよく見えた。その代わり、北の木曽山脈方面が見えた。

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下山しかけると、樹林の合間に、神坂峠や富士見台方向が見下ろせる。

標高は500mほど低くても、樹林に包まれた恵那山山頂部より、ササだけの富士見台あたりの方が視界が広がり展望がいいのが分かる。

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下りも長丁場、日没前に下山するため、さくさく進む。

行者越を過ぎたあたりのササ原越しに、恵那山の針葉樹に包まれた大きな裾野が眺められる。

やはり、美濃地方でこれほど大きな規模を持つ山はほかにないなあと実感。

20200517恵那山18.jpg

眼下には、木曽川沿いに開けた中津川の街や、笠置山が見えてくる。

さあて、もうひと踏ん張り。

20200517恵那山19.jpg

帰りは靴を脱がずに渡渉でき、無事17:15恵那神社に帰着。

黒井沢ルートでは知ることのできなかった、恵那山信仰の名残りをしっかり確かめられ、充実の山行でありました。

 

帰路、黒井沢ルートとの林道分岐点にある、ウェストン公園に立ち寄る。

ついつい像の碑文をチェックしてしまう。(画像クリックで拡大。詳しくは↓メモへ。)

<登山記録>  (−:車、…:徒歩)

2020年5月17日(日) 曇 山上は晴  単独行

自宅4:15―恵那神社(駐車)6:45…登山口7:05…(渡渉)…五合目8:25…枯大桧9:15…中の小屋跡9:30…空峠(八衛門ノ頭)10:10…行者越10:45…一之宮11:55…神坂峠ルートとの合流点12:05…恵那山最高点(避難小屋)12:30…恵那山山頂12:40〜13:00…恵那山最高点13:10〜13:20…合流点13:50…行者越14:50…空峠15:10…中の小屋跡15:40…五合目16:25…登山口17:00…恵那神社17:15―(帰路)

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<メモ>

ウェストン胸像の碑文抜粋「1893年(明治26)5月11日、ウェストンは友人2人と中津川から川上・恵那神社を経て外国人として初めて恵那山に登山、世界に向けて恵那山を紹介➀しました。彼は山頂からの眺めを『ここからの眺めのすばらしさは、とても言葉で表すことができない』と書いています。」

➀恵那山のことを記した彼の著作『日本アルプスの登山と探検』が、世界に向けて紹介というほどのものだったかは、「お山の勉強室(2)−ウェストンの虚像・実像」を参照ください。

∋劃困らの眺めについては、もう少し長く引用すると、次のとおり。

 「一番高いところに測量標があって、骨だけの木の櫓が建っていた。ここからの眺めのすばらしさは、とても言葉で表すことができない。展望の広さは近くの駒ケ岳とほぼ同じで、日本の名だたる山々がいすれも純白のケープで肩をくるんで、ずらりと目の前に並んでいる。」

 彼は、恵那山の山頂の眺め全体を言っているのではなく、ここから=櫓の上からの眺めと限定してすばらしいと言っている。

 一等三角点の三角測量が明治18年(1885年)なので、ウェストンが登った1893年には測量用の櫓が残されていたのだろう。

 さらに、測量にあたっては、視界を確保するために伐採などもされていたはず。

 今、三角点の傍に最近できた櫓があるけれど、その上に登っても針葉樹林が視界をさえぎって、ほとんど眺望は得られない。

 今現在、山上で、駒ケ岳のように360度の展望を得られる場所はなく、それを望むなら富士見台となる。

  

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