WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
奥三界山再訪(1,811m)

日本300名山の奥三界山は、日本200名山の小秀山と並んで阿寺山地を代表する山。

ぼっちは、20年以上前に登ったことがあるんだけど、あいにく12月のみぞれ交じりの日。

広い笹原と、シカ除けの柵を通ったことしか記憶がない。

こんなでは、「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」の公正な評価はできまセン。

ということで、10月15日、この秋きっての快晴の日に再訪。

夕森公園奥の竜神の滝の先から始まる川上林道。

その最初のゲートから通行止め、徒歩となる。

阿寺山地の県境に並ぶ本峰の多くは、閉ざされた林道ゲートから長い林道歩きとなるけど、これも不届き者がヒノキを盗伐したことがあったからなんだとか。
忘鱗の滝、銅穴の滝などを見なら林道を進む。

一つ滝・奥三界山の標識で左手に折れ、川上林道と別れる。
川上川の吊橋を渡ると、いよいよ登山道開始。

こんな吊橋渡ったことあったっけなあ。。

太いヒノキと広葉樹を見ながら斜面をジグザグに登る。
標高をあげていくと、整然と植林されたヒノキ幼木の植林帯に。

たぶん、もうすぐ林道に出るのかな。。

細いヒノキの中に、ものすごく太い切り株がいくつも。

伐採前は、鬱蒼たる太古の森だったんでしょう。
思った通り、間もなく夕森田立林道に出る。

明るい林道の川上川を挟んだ対岸には夕森山(1,521m:前に登った夕森山(1,597m)とは別の山)が。

見事なヒノキに覆われた谷は、付知川の谷に比べればやや浅い感じ。

そして、林道の奥に、立派な木の橋と、その奥に、昇竜の滝が見えてくる。

この橋は、かつて夕森公園の場所にあった坂川鉄道の丸野駅から奥三界岳の麓までのびていた坂下森林鉄道のものだったそう。
昇竜の滝手前の取り付き点を上がると、かつての軌道跡に合流。
軌道歩きは、一部コンクリート舗装も残るけど、ところどころ落石が山と積み上がり、夏草が生い茂って、ヤブ漕ぎならぬ、ススキ漕ぎ。

その最後の場所に、伐採の拠点だったらしい荒廃したプレハブの小屋がある。
先が案じられたけど、びっしり生い茂るササはきちんと刈られ、ルートは明確で一安心。

鹿柵の名残りらしいものも見られたので、前回は林道で相当上まで車で入ったんだろうな。。
尾根に出ると、一帯は皆伐され、笹原になっているので、幸か不幸か見晴らしはいい。

南東方向に見える大きな山は恵那山。
北東方面には、木曽山脈の稜線が。

中央は空木岳かな。。
1,708mピークを巻くと、ササ原の中の岩だらけの沢に出会う。

山頂も近いのに、水が流れている。

ここを上部まで詰めていく。
笹原の上に、皆伐から逃れたヒノキの木立がある。

このあたりからようやく奥三界山の丸い山頂が見えてくる。
ヒノキのほか、シャクナゲ、ヒメコマツ、クロベなどの樹林帯や、葉の伸び切ったミズバショウの生えた湿地帯などを抜け、ようやく奥三界山山頂に到着。

平成9年建設の櫓の下に、三等三角点「奥三階」と、その手前に例の宮内省の三角点もある。

宮内省と参謀本部、お互い意識し合ってますな。。
平成9年のプレートの付いた朽ちかけた展望台に登ると、おお!すばらしき展望。

特に、なかなか目にすることのできない井出ノ小路山が間近に拝めたのがうれしい。

煙を吐く御嶽も、展望台に上ると、辛うじて樹林の上に見える。

 

ピークハンターは、どんな天気でも、山頂を「制覇」すれば目的達成あかも。

しかし、やはり山をじっくり観察しながら登ることを重ねると、山を見る力も付いてくる。

そんな目を養いながら、再訪することも―まして快晴ならば―登山の醍醐味を味わえるもんデス。

 

<登山記録>
2016年10月15日(土) 快晴  (―:車、…:徒歩)
自宅4:00―大垣I.C.―中津川I.C.5:40―(国道257・256・県道411号線)―夕森公園―川上林道ゲート(駐車)6:30 …銅穴の滝6:50 …林道から奥三界山への分岐7:00…吊橋 …夕森田立林道合流点7:50 …昇竜の滝手前の分岐8:45…軌道終点の小屋9:15…沢9:50…奥三界山山頂10:50〜11:25 …昇竜の滝手前の分岐12:45 …夕森田立林道分岐13:20 …川上林道分岐13:55…ゲート14:10―(二ツ森山登山口切掛峠へ)

ブログ「ぼっちの『岐阜百名山』勝手に選定委員会」へ>←クリック!

<メモ>
・奥三界山は、地元で使われる山の名で、国土地理院2万5千分の位置地形図では、奥三界岳。
・登山口は、夕森公園から竜神の滝入口を通過しその奥のゲート。駐車6、7台。
・さすが日本300名山、登山客も一定数あり、登山道も標識が設置され一定の整備がされている。
・昇竜の滝手前の分岐からの古い軌道歩きが夏草に覆われ、落石跡もありやや心細いが、後は問題なし。
・竜神の滝も見事なので立ち寄りたい。

 

| ぼっち | 日本300名山 | 06:51 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
日本300名山を登り終えて

山仲間の皆さま、当ブログをご覧頂いている皆さま

日本300名山完登登山にお付き合いいただきありがとうございました。
山仲間の皆さま―これまでのさまざまな心尽くしに感謝です。
ブログご覧の皆さま―読んでいただいているのはすごい心の支えです。

お祝いの芋煮の席で、「日本300名山で最も思い出深い山は?」と質問をいただき、(酔っぱらっていたせいもあるのですが)とっさに何と答えていいか分かりませんでした。

 

翌日、山をながめながら考えたのですが、多分こんなお答えになるのではと思います。

 

「思い出深い山はすべてと言っていいのですが、節目となる山行は3段階あります」

 

 第1段階のはじまりは、同期に連れて行ってもらった木曽駒ヶ岳。

 夜明けの山頂から見た御嶽の姿で、登山の魅力に開眼し、ぼっちの「登山人生」が始まりました。

 

 第2段階のはじまりは、飯豊連峰の縦走。

 「アルペン的」でない、雪深いみちのくの山々の縦走で、日本ならではの山の味わいに目が開かされました。

 

 その後、2010年に日本200名山を登り終えた後、東日本大震災を経験、日本列島がプレートのぶつかり合う場所に位置し、われわれ日本人はそこに身を置いていることを知らされました。

 だからこそ日本には山岳が集中し、火山活動も盛んで、人の山に祈る心も深いのだと感じながら、山に登り続けました。

 

 そこで第3段階は、次をまとめてあげたいと思います。

 ・大雪山系の単独テント縦走

 ・日本海親不知〜朝日岳の縦走

 ・奥駈道縦走(吉野〜熊野本宮)


 山の密度が高く、信仰や生活あるいは「山岳愛」で歩き継がれている日本だからこそ成り立つ、「縦走」という登り方の魅力に目を開かされていった段階です。

 改めて今、日本における登山とは、活動し続ける山々
とそこに生きてきた人々の想いを知るという総合体験ではと思うのです。

 これは、いわゆるアルピニズムとは離れたものだと思います。

 
300名山完登というのは単なる通過点に過ぎません。

 これからも、安全に気を付けながら、山に登り続けたいと思います。

 

 今後ともお付き合いのほど、なにとぞよろしくお願いします。
20150823白峰南嶺の雲
 

| ぼっち | 日本300名山 | 06:37 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
日本300名山完登―白木峰(1,596m)
とうとうその日が来てしまった。
2010年11月、乾徳山で日本200名山を登り終えてから約5年、300名山完登ということに。
300番目の山は、ご縁のある方になるべくご一緒していただければと、近場で残しておいた岐阜県・富山県境の白木峰(しらきみね:1,596m)。

2015年10月17日、心配した天気も秋晴れで、一安心。

20151017国道471号もひとつ心配だったのは、登山口までの道路。
楢峠越えで岐阜・富山をつなぐ国道471号線は「酷道471号線」とも呼ばれているくらい通行止めが多い。
今回、何とか通行可能で良かった。
すれ違いもままならない道だけど、林道ばかり走ってるぼっちとっては、舗装があるだけ上等。

富山県側に入り、「21世紀の森」から林道大谷線に。
国道より、格段に道がいい。
20151017白木峰登山口林道が、8合目まで通じているので、白木峰山頂までは1時間あまり。
10人のメンバーで登山開始。
皆さん、筋金入りの山馬鹿登山愛好家であります。
20151017白木峰の紅葉空青く、ブナの紅葉が盛りで、絶好の秋山登山の日。
山頂までの短い距離を惜しみ惜しみ進む。
20151017白木峰山頂メンバーのSudoさんが、「祝 日本300名山完登」の横断幕を作ってきてくださった。
ありがたくて涙出そうです。
20151017白木峰から立山山頂を越えてさらに進むと、三角点のあるピーク、そして浮島池。

白木峰の魅力は、何といっても、東の飛騨山脈、西の白山山地の大展望。
標高1,500m台ながら、風雪が強いせいか、ササと灌木と湿原が続き、視界を遮るものがない。
木曽御嶽、乗鞍、そして穂高、槍、薬師、立山、剱とそうそうたる山岳がなにも遮るものなく眺められる頂は、白木峰のほかは、お隣の金剛堂山くらいではないだろうか。
若干残念なのは、山頂直下まで林道が伸びているので、あまりにもたやすく山頂に立ててしまうこと。
豊かな樹林帯も少しは歩きたかった。。
20151017白木峰浮島の池から振り返ると、白木峰山頂越しに、お隣の金剛堂山や冠雪した白山が。
残雪に訪れた金剛堂山は、日本200名山の中でも最も思い出深い山のひとつ。
日本100名山の霊山白山は、是非クラシックルートを通って登り直したい山。

20151017芋煮会下山後は、小屋仲間Yさんの鷲が岳山麓の山荘REGAハウスにとめていただき感謝の宴。
皆さまには、ぼっち製作のピッケル紋のカップを記念に差し上げマシタ。
20151017岩魚の骨酒この日のためにYさんがストックしておいていただいた岩魚で骨酒。
20151017お酒皆さまから差し入れていただいたお酒の数々。。
感謝感謝であります。

20151017芋煮鍋そして、ぼっちの畑で採れた里芋をどっさり入れて作った芋煮鍋。
ピンクの小皿は、Yさん手作りの菊の花びらの和えもの「もってのほか」。
山にも登らずひたすら芋を向いてくださった紅一点のSさん、ありがとうございました。

<登山記録> (―:車、…:徒歩)
2015年10月17日(土) 快晴
 飛騨清見I.C.―(国道471号線)―21世紀の森―(林道大谷線)―白木峰8合目登山口11:00 … 白木峰山頂11:35 … 三角点 …浮島の池12:05 … 白木峰山頂12:30〜13:00  … 白木山荘 … 登山口13:40 ―(往路を戻る)―飛騨清見I.C.―鷲ヶ岳I.C.―REGAハウス(泊)

<メモ>
・展望がよく、登山道が整備され、あっけないほど簡単に登れる山。
・ただし山深い場所なので、登山道にたどり着くことの方が困難かも。
 国道471号線はしばしば通行止めになる。富山市八尾方面からの方が道路は比較的良い。
| ぼっち | 日本300名山 | 05:58 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
みちのくひとり山旅(3)―出羽国を一望 摩耶山
白神山地にさよならを告げ、大きく南下して、秋田県・山形県―昔の出羽国を縦断。
出羽三山を開山した蜂子皇子が開いたという伝承のある、滝の澤温泉に一泊。
翌23日、最後の目的地、摩耶山(1,019m)に向かう。 

摩耶山は、全山花崗閃緑岩の岩山で、標高千mあまりの山とは思えないスケール感と高度感を持っている。
かつては、「厩山(うまややま)」と呼ばれ、民間信仰として厩山神社を山頂に祀ってきた。
(ちなみに福島県にも「厩岳山(まやだけさん)」(1,261m)という信仰の山がある。)
そこに、蜂子皇子とも関わりの深い、厩戸皇子=聖徳太子信仰が重なってくる。
さらに、音が近いせいか、お釈迦さまの母、摩耶夫人の信仰が及んで、摩耶山と呼ばれるように。
摩耶山の北に連なる金峰山が、吉野の蔵王権現を勧請したものであるように、六甲山地の摩耶山の信仰が、伝わってきたものなんでしょう。

岩稜の発達した山の常として、かつては修験の霊場とされ、金峰山から回峰する修験者も多かったという。
しかし、江戸時代になると、国境に近い山ということもあってか、庄内藩によって、入山ご法度に。
そのため、自然が手付かずで残された。

摩耶山への登山口は、西(旧温海町)側には越沢口、関沢口、東(旧朝日村)側には倉沢口がある。
特に雪食を受けた東側の倉沢ルートは厳しいと聞いているので、単独行の今回は、手堅く越沢口を選択。

20150923摩耶山登山道旧出羽街道沿いの越沢から林道を2km遡ったところが登山口。
熊がちょっと心配で、明るくなるのを待ち、5時45分登山開始。
杉林がすぐにブナを中心とした天然の森に変わり、岩肌を縫う渓流が朝日にきらめいている。
20150923摩耶山分岐点鵜ノ巣ノ倉、カジ倉という断崖直下を通り、小浜の茶屋跡という分岐に。
右手は初心者林間コースと、左手は滝登りベテランコース。
天気もいいので、ここは迷わず滝登りコースを選択。
20150923摩耶山弁天滝弁天滝登場。
山馬鹿と煙は高いところを好むもので、ウキウキ。
しっかりした特製の梯子なので、見かけより安心して登ることができた。
20150923摩耶山仙人ヶ岩屋分岐尾根道に出てしばらくで、「仙人の岩屋」への分岐に出会う。
仙人と聞くと心が騒いじゃうけど、大回りの難コースらしいので、本コースを選択。(←山仙人の道通し。。)

手付かずのブナやカエデなどの樹林も立派なもの。
それでも当たり前のように感じてしまうのは、白神山地のブナがいかにすごかったということ。
20150923摩耶山ん山頂稜線に出て、倉沢ルートと合流するとすぐに摩耶山山頂にうち出る。
さすが1等三角点の山、見晴らしも一等級。

しばらくして、倉沢ルートから単独行の青年到着。
「天気が良かったし、梯子などがしっかり取り付けられているから何とか登ってこれたけど、悪天だと大変そう」「ルートの梯子などは、毎年10月下旬に外してしまうそうだけど、外したり付けたりすることそのものが危険そう」と、言っておられマシタ。
快晴の朝、空気も澄んでいるから、出羽の国の山々がことごとくお出まし。
鳥海山、月山、朝日連峰…まだ登っていない未知の山もたくさん。
中でも、昨年以東岳から祝瓶山までへとへとの大縦走した朝日連峰の山並には、特別な思いが。
20150923摩耶山から朝日連峰それらの名山と比べても、摩耶山の岩峰群の迫力は、みちのくの山としては特筆もの。
朝日連峰から派生した展望台としての位置の良さもあって、名山であることは太鼓判。
20150923摩耶山から日本国越後の国の方へ眼を転じれば、日本海に浮かぶ佐渡島と並んで、日本国が。
珍名の山ハンターとしては、コレクションが増えてうれしいかぎり。
20150923厩山奥の宮下山は、山頂を通り越して、関川ルートに。
山頂の少し下に厩山奥の宮の祠がある。
江戸期とともに途絶えた信仰が復活したのは、かなり下ってからという。
20150923六体地蔵尊宮の少し下には六地蔵。
よだれかけの下を確かめると、首がコンクリートでつないであるから、明治初年の廃仏毀釈の嵐をくぐってきておられるよう。
ということは、江戸期もひそやかにお山への信仰は繋がれていたのかもしれない。
20150923摩耶山渓流関川ルートの途中から、山腹を巻いて小浜の茶屋で往路と合流。
朝の木漏れ日を浴びる岩肌と、渓流。

みちのくひとり山旅は特別な充実感をもってフィナーレ。

<登山記録>(―:車、…:徒歩)
2015年9月23日(水) 快晴
 滝ノ澤温泉地蔵湯4:30―越沢登山口5:40 … 分岐6:15 摩耶山山頂7:50〜8:20  …登山口10:00 ―(帰路・北陸道敦賀経由)

<メモ>
・標高千メートルながら、ダイナミックな景観で、信仰の長い歴史を持ち、雪深い土地ならではの豊かな森と多くの滝を擁し、多くの名山を一望できる、文句なしの名山。
・ただし、天候に恵まれないと危険だし、登るだけで一杯一杯になるので、ぜひとも天候を選びたい。
・アプローチの林道もしっかりしており、登山道の整備もきちんとしており、地元鶴岡市の情報提供もしっかりしている。
 ただし、10月下旬に、梯子などが外されてしまうので日程確認はしっかり。
| ぼっち | 日本300名山 | 06:10 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
みちのくひとり山旅(2)―秋田の誇り太平山(1,170.4m)
太平山(たいへいざん)は、秋田県の中央部に位置する、秋田のシンボルともいえる山。
主峰の奥岳(1,170.4m)を中心に、前岳、中岳、剣岳、旭岳、赤倉岳、馬場目岳などが、太平山地を構成している。
古くから薬師信仰を中心とした修験の霊場で、明治初年の神仏分離後は太平三吉神社の奥宮が鎮座している信仰の山。
北日本に多い同名の山は、この山にあやかって名付けられているよう。

有名すぎる山って、俗化してつまんないんじゃないかなっていうのが、山馬鹿ぼっちの経験的予測。
実際はどうなんだろう。。

20150920太平山旭叉登山口秋田市街から、登山口への林道入口までは1時間足らず。
しかし、そこからメインとなる登山口旭又までは、11kmの林道が。
未舗装でパンクを気にしながらだと、これが実に長い。

ようやく、旭又到着。
秋田市を流れる旭川の源流にかかる橋を渡って登山開始。

しばらくで分岐に出くわす。
往路はメインルートを外れ、右手の宝蔵岳を経由するルートを取る。
雨上りの早朝、登山者はゼロ。

20150920秋田杉の登山道整然とした秋田杉の植林帯が、いつしか杉の巨木の生い茂る尾根道に。
古い信仰の山では、登路に沿って杉が植えられ巨木になっていることが多い。
太平山の場合、尾根全体にひろく巨木が林立しているけど、天然なのか植林なのか。。

20150920秋田杉を見上げるまっすぐ天を指す杉の巨木たち。
立ち止まっては、ほれぼれ見上げしまうから、なかなか先に進めない。
20150920ブナ林標高を上げていくうちに、ブナの純林に。
予断に反して、こんな手つかずの天然が残った山なんだ。。
20150920足元の秋足元には草紅葉が始まっている。
20150920弟子がえり宝蔵岳(1,036m)で主稜線に出る。
ここからは野田口からの昔の登拝路ルートと合流。
奥岳山頂に向かうには、難所「弟子かえり」という鎖場を越えねばならない。
山馬鹿ぼっちには楽しいところ。
20150920太平山 山頂鳥居をくぐり、太平山三吉(みよし)神社の奥宮が建つ山頂に。
いつしか霧がほどけて、登ってきたルートが眼下に広がる。

神社の参籠所が避難小屋代わりにもなっていて、里宮の神官さんが常駐。
3泊4日程度ごとに交替で詰めておられるのだとか。
20150920太平山を振り仰ぐ山頂を辞して、帰路は旭又のメインルートへ。
紅葉のはじまった山頂あたりを、何度も振り返ってしまう。
20150920御手洗池の地蔵旭又ルートは豊かなブナの中に、
信仰のにおいが残されている。
御手洗(みたらし)というかつて禊場だった水場の傍らには、江戸末期の地蔵が2体寄り添っている。

いかにも地元って感じの登山者たちとすれ違いに挨拶を交わしながら、奥地君の待つ登山口に到着。
20150920秋田杉について帰り道、林道の途中にある「仁別森林博物館」に立ち寄り。
林野庁が運営する林業専門の博物館で、秋田に杉の「美林」が形成されていった歴史をお勉強。

豊臣秀吉の時代から江戸期にかけての建築ラッシュで、秋田の杉はどんどんと伐り出され、山に良木が少なくなってしまった。
そのため、藩主の佐竹氏が歴代保護政策を展開。
主に文化年間の林政改革が功を奏して、今に至るそうな。
この時期を中心に形成されたのが「天然秋田杉」だそうで、天然か植林か微妙なのはそんな成り立ちにもよるんだなと納得。
秋田県を縦断ドライブして感じたのは「山は杉、平地は田」という、きわめてシンプルな風景。
これは、藩主佐竹氏作り上げてきたものでもあるんでしょう。

<登山記録>(―:車、…:徒歩)
2015年9月20日(日) 曇時々晴
 宿3:45―旭叉登山口6:30  …宝蔵岳 …弟子がえり8:55 …太平山9:35〜9:50 …御手洗10:45 登山口11:25―仁別森林学習館―能代湯らく(入浴)―(くるみ台国設野営場をめざすも通行止めで引き返し)―素波里園地キャンプ場17:45(テント泊)

<メモ>
・ルートはいくつもあるが、旭又登山口から奥岳山頂をめざすルートが最もポピュラー。
 初心者でも安心して登れる。
・旭又ルートから右に分岐する 宝蔵岳コースは、近年整備されたもので、宝蔵岳から奥岳までは、昔の信仰ルートをたどる。
・途中の「弟子還(かえり)」が、岩場の難所となるが、慎重に進めば問題ない。
| ぼっち | 日本300名山 | 06:13 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
リゾートと原生林と―余市岳(1,448m)

余市岳(1,488m)は、余市郡赤井川村と札幌市にまたがる、札幌西部山地の最高峰にして札幌市の最高峰でもある日本300名山。

赤井川村の一大リゾート地「キロロリゾート」から登るのが一般的で、夏場も、週末ならゴンドラが早朝から動いているので、これを利用して比較的楽に登れる。

20150810キロロリゾート今回登るのは、北海道山行の最終日、10日(月)で、ゴンドラは動いていないため、スキー場下の駐車場から出発。
午後に向け天気が崩れる予報なので、4時40分、夜明けとともに登山開始。
青い空、写しておこう。
20150810余市岳登山口たぶん、外国人団体客のバスがたくさん並ぶ「マウンテンホテル」脇の登山ポストのあるゲートを通過。
まずは1時間、スキー場の脇の林道をたどっていく。
リゾートっぽい雰囲気は、日高山脈とぜんぜん違うなあ。。
2015050810余市岳林道終点にたどり着く頃には、余市岳の山頂は雲の中。
リフトをくぐると「余市岳登山道」の標識があって、ようやく登山道がはじまる。
20150810渡渉点右股の沢川を渡渉。
大きなフキとイタドリが、北海道らしい。
20150810余市岳山腹ゆったり始まる登山道は、やがて背よりも高い笹に包まれていく。
振り返ると、余市岳の巨木と笹の斜面が眺められる。

しっかり刈り払われた登山道も、一歩踏み外すと、藪こぎすらできないほどの深い深い藪。
いかにもヒグマがいそうな条件だし、早朝なので、先が見通せない場所では、しっかり鈴の音をたて、緊張感をもって進む。
20150810ダケカンバ登山道沿いに登場する巨木は、ダケカンバ。
これほどみごとにまっすぐ巨木になっているダケカンバ群は、北信濃の堂津岳で見て以来かも。
20150810藪の中樹林帯を抜けると、ただひたすら背より高い笹ばかり。
かつては、積雪期しか登れない山だったんだろうな。。

ゴンドラからの登山道と合流するあたりから、ハイマツが現れはじめ、霧に包まれ視界がほとんどきかなくなる。
20150810余市岳山頂観音の像のあるあんまり気持ちのよくない小平地を過ぎ、ハイマツのトンネルを抜けると、高山植物の原に出る。
まもなく、余市岳山頂に到着。
立派な一等三角点だし、晴れればきっと積丹半島なんかも見えるんでしょう。。
20150810ゴゼンタチバナ高山植物の盛りは過ぎていたけれど、足元のゴゼンタチバナの葉の美しさに心なぐさめられる。
20150810ワサワサ山頂から引き返しかけると、後から登ってきた単独行の方とすれ違う。
熊の形跡も見なかったし、ほっとして、ピッチをあげ下っていく。

リゾートのゴンドラ利用でお気軽に登れる山ではあるけれど、立ち止まって登山道の脇を見れば、そこはまったくの原生林。
丈高い植物が密生し、足一歩も踏み出すことができない。
アイヌの人や、開拓者の人たちからの歴史あっての現在なんだな。。
20150810余市川温泉10時20分登山終了。
リゾートの温泉で優雅に汗を流して―と思ったら、早すぎてまだ準備中 (ToT)ソンナ
結局、余市まで引き返し、宇宙の湯 余市川温泉を発見。
「宇宙の湯」ってのは、余市町出身の宇宙飛行士毛利衛氏のご両親が銭湯を経営しておられた縁で名付けられたものとか。
スペースシャトルがのっかってるのがニクいね。
源泉かけ流しで泉質もナイスでありマシタ。
20150810海鮮丼しかも!
千円ぽっきりで、温泉に入って、2階の食堂で海鮮丼とブルーベリージュースまで付いてきた。
こんな温泉に銭湯みたいに行ける余市町民、うらやましいぞ。

今回計画した4つの山は沢沿いのルートの山が多く、天候次第で半分登れればよしと覚悟していたけれど、計画通り全山登れて、よかった、よかった。

<登山記録>(―:車、…:徒歩)
10日(月) 晴れのち曇り
 余市ホテル3:30―キロロリゾート駐車場4:40 …林道終点5:40 …ゴンドラからのルートとの合流点6:50 …余市岳山頂7:50~8:10 …合流点8:40 …林道終点9:30 …駐車場10:20―余市(入浴・昼食)―千歳空港16:00 (以降略)

<メモ>
・余市岳は、アイヌ語の「ユオチ」(温泉が沢山在るところ)または「イオチ」(蛇の沢山いるところ)との説があるそう。いずれにしても、余市岳に隣り合う朝里岳を水源とする余市川から取られた名前でしょう。
 山麓に温泉もあるし、途中の林道で蛇も見かけたので、どちらでも納得。
約260万年前の安山岩が露出しており、火山だそう。
・最初にスキー登山が行われたのは大正10年(1921)2月で、学習院から北大にスキーのため入学してきた板倉勝宣が、盤ノ沢から頂上に達している。それ以来この山はスキー登山の山として親しまれてきた。
・現在はキロロリゾートのゴンドラが夏も週末利用できるので、夏場も登山客は多い。(ゴンドラ運航日・時間は事前確認を)

・登山道は刈り払いもしっかりしており、初級者でも大丈夫。
 熊鈴を持参したい。

| ぼっち | 日本300名山 | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
日高山脈南部を行く(3)―神威岳(1,600.5m)
「カムイ」は、アイヌ語で神を意味する言葉。
北海道に、カムイの名を付けられた山は、「神威岳」「神威山」「神居山」などを合わせて十以上あるけど、その代表が、日本300名山にも選ばれている、南日高の神威岳(1,605m)。

登山ルートは、登山口となる神威山荘から、元浦川の源流シュオマナイ川を遡行して尾根に取り付くのが一般。
この、シュマオナイ川は、ペテガリ岳へ向かうにも渡渉する必要があり、かつてペテガリ岳登山の帰り、大雨で胸まで増水し、大変苦労させられたことのある、ぼっちにとっては因縁の川でありマス。

20150807エゾジカアポイ岳を下山、浦河町で食料を買い込み、元浦川に沿って神威山荘をめざす。
かつて林道のゲートの鍵を、森林管理署に借りなくてはいけなかったけど、今回は必要なくなっていた。
この長い長い林道も、ペテガリ岳の帰路、土砂崩れしてて、ブルドーザーのお尻にくっつきながら戻ったんだよなあ。。(←トラウマ多し)

林道で、エゾジカを見かけること3度。

20150807神威山荘浦河町市街から約45km、林道も何とかパンクもせずに神威山荘に到着。
小屋は、札幌から来た単独行の方と二人。
その後、21時過ぎに、車中泊の3名のパーティーがやって来た。


20150808シュマオナイ川日が落ちる前に、まずはシュマオナイ川を偵察。
今朝方の雨にも、あまり増水していないようで、ひと安心。
20150808沢靴翌8日、天候曇り。
神威山荘を沢靴で5時出発。
この沢靴でたどった山や谷には、ペテガリ岳じゃなく、カムイエクウチカウシ山、雨で一泊停滞した白川又川など、強烈な思い出が残っている。
20150808渡渉終点小屋で同宿した札幌の方は、かつて尾根の取り付きで撤退して今回が2度目のチャレンジだそう。

厳しい山は、自己責任が大原則。
といいつつ、札幌の方の後を、ぼっちも3名のパーティーもさりがなく追いかけていく。
ただし、帰りもあるから、自分の目と頭でルートを追いかけることは忘れない。
約2時間で渡渉は終わり、沢靴を登山靴に履き替えて、尾根に取り付く。
20150808神威岳尾根取り付きさすが、急峻な日高山脈、笹だらけの急登がえんえんと続く。
ここまで来ると、みんな離れ離れ、本当に自己責任の世界。
上部に行くほど笹の丈も密度も増して、足元さえ見えない。
ヒグマに身構える緊張感は半端ないし、昨日の雨に濡れた笹で、全身どろどろ。
しっかり山修行させてもらいマシタ。
20150808神威岳から日高山脈稜線に出ると、おやおや青い空。
雲を突き抜けたんだ。

そこには、日高山脈のそうそうたる山が展開。
左手側が多分カムエク、中ほどがペテガリのはず。
うーん、苦行の果てに待ってるこの瞬間のおかげで、また山に行っちゃうんだよな。。
20150808神威岳ハイマツに覆われたどっしりした神威岳の山容。
その先に双耳峰の姿を見せるソエマツ岳。
一秒一秒を味わいながら、山頂を極めたのでありマシタ。
20150808キタキツネ帰路、雲の下に戻れば、ふたたびどろどろの世界。
でも、達成感に満ちて、なんてこともない。

途中、シマリスや、小さなネズミ、神威山荘からの林道で、キタキツネに会ったけど、ヒグマの気配は感じなくて済んで、よかった、よかった。


<登山記録>(―:車、…:徒歩)
8月7日(金) 曇り一時雨
 浦河町16:00―神威山荘18:20
8日(土) 曇り
 神威山荘5:00…シュマオナイ川取付5:05…渡渉終点7:00〜7:15…神威岳山頂9:35~9:55…渡渉点11:45〜12:00…神威山荘14:10―浦河町(昆布温泉入浴・買い出し)16:00―楽古山荘18:30

<メモ>
・神威岳は、今回たどったシュマオナイ川を遡行・往復するのが一般的。
 日高の川は、山深いせいか少しの雨でも一気に増水することがあるので、天候と川の状況はしっかり確認し、無理は厳禁。
・神威山荘に向かう林道は、土砂崩れなどで通行止めになることも多いので、しっかり情報を得ておくこと。
 北海道森林管理局HP:http://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/hidakananbu/mountaintrail.html
・神威山荘は、7〜8名宿泊可能なしっかりした小屋。水は、川の水を煮沸利用。
・シュマオナイ川遡行には、沢靴があった方が望ましい。渡渉地点は赤テープの印で確認できた。
 尾根への取り付き点で登山靴に履き替える。
・尾根へ取付くルートは、最初ジグザグにはじまり、直登の急登となる。
 沢以外は赤テープはほとんどないので藪の下の踏み跡を見逃さないように。
 特に上部は丈が高く、進行方向と逆に生えているのでしっかり藪漕ぎとなる。熊対策、ダニ対策はしっかりと。
・稜線まで出ると、ハイマツの中の踏み跡はしっかりしている。
・2等三角点の山頂は広く、見晴らしもいい。
・下山も急降下となる。ルートを踏み外すと急斜面なので慎重に。 
| ぼっち | 日本300名山 | 12:41 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
日本最南端の2千m峰―黒法師岳(クロボウシガタケ:2,067m)
「日本百名山」愛読の皆さまは、赤石山脈(南アルプス)の南の果ては光岳(2,591m)と思われているかも。
しかし、じっさいにはさらに南に、2千m台の山がずっと連なっている。
「深南部」と呼ばれるこのエリアには、池口岳(2,392m)、大無間山(2,329m)など、往復10時間くらいかかる地味だけど骨のある山がごろごろし、山馬鹿にはこたえられない地域でありマス。

黒法師岳(くろぼうしがたけ:2,067m)も、深南部を代表する山のひとつ。
日本の標高2千m以上の山では最南端であること、そして山頂の三角点の標石が通常は「+」なのに、「×」になっていることで知られている。
隣接する丸盆岳(2,065m)と合わせて、コースタイムが9時間半。
一年で一番日の長い6月、梅雨入り前をねらって行ってきました(ロ。ロ)/

20150607林道終点登山口に立つまでが、まず長い。
第二東名高速の浜松いなさI.C.を出て、中央構造線に沿う国道152号線を水窪町まで約60キロ1時間半。
林道に入り、水窪ダムを経て、戸中川林道のゲートまで約20キロ1時間強。
この先は、崩落個所があるので、林道を登山口まで1時間45分も歩かなくてはならない。

今回は佐渡山行のメンバーから、MTBなら通行できるよと聞いていたので、10年選手の「ルイガノ号」と同行することに。

20150607崩落地点さすが中央構造線沿い、地盤が不安定で、崖崩れが何箇所か。
しかし、こんな地点は限られていて、自転車で走れる程度の傾斜で林道の状態は思ったより良い。
と、谷の向こうで落石の音がこだまし、緊張。

20150607鹿もいました小鹿くんも登場。
最近めっきり会う機会が増えたのは、鹿の頭数が増えたせいか、地味な山ばかり行っているせいか。。

ゆるやかにみえた林道の長いこと長いこと。
1時間15分かけ、ようやく黒法師岳登山口にたどり着いた頃は、脚がパンパンに。
腕時計で高度を見ると、標高差500m近く登ってきていた。
20150607等高尾根2「等高尾根」と呼ばれる登山道に入り、しばらくアシビなどの灌木をかき分けていくと、次第にツガの大木などの原生林に包みこまれていく。
おおらかな深南部の登高を楽しみたいところだけれど、脚にけっこうきている。
20150607等高尾根1急登となだらかな尾根が交互に繰り返し、「ヤレヤレ平」「弁当ころがし」などの立札が。
全然ピッチが上がらず、自転車利用で稼いだ30分が帳消し。
ヤレヤレ。。
20150607等高尾根分岐等高尾根分岐で主稜線に出る。
まずは南に取り、黒法師岳へ。
20150607シロヤシオ笹深いやせ尾根は、シロヤシオの群生地。
地味な深南部の原生林を、白い花の群れがしばし華やがせている。
20150607黒法師岳山頂黒法師岳山頂は霧の中。
晴れていたとしても見晴らしはきかず地味なんだろうな。。
20150607黒法師岳三角点ここは何と行っても、「×」の三角点を拝まなくちゃ。
磁石で確認すると、どうやら標石を90度転回させることで「×」を「+」にして帳尻を合わせているみたい。
このあばうとさ、いいな。。
20150607丸盆岳登山道等高尾根分岐まで戻り、今度は稜線を北にとり丸盆岳をめざす。
稜線は広く、短い笹が密集して踏み跡もおぼつかない。
慎重にルートファインデイング。

ようやく立った丸盆岳の頂きは、その名の通り丸みを帯び覆う木もないので、霧が晴れれば、深南部の山々の良き展望台でしょう(必殺心眼)。

20150607黒法師岳遠望下山途中に霧が切れ、黒法師岳が、その名の通り黒いどっしりした姿をあらわした。

登山口に戻るまで、脚がつりそうになって、特効薬「エアーサロンパス」を塗ること4回。

でも、下りはMTB「ルイガノ号」が威力を発揮、約30分で林道ゲートまでたどり着いた。
「苦あれば楽あり」だね。

今回は、落石ごろごろの林道を走りぬいてくれた愛車OUTBACKの奥地君と、老MTBルイガノ号の頑張りに感謝デス。

<登山記録>
2015年6月7日(日) 曇 単独行  (―:車、‥:自転車、…:徒歩)
自宅3:15―浜松いなさI.C.―(国道152号線)―水窪―水窪ダム―戸中川林道ゲート(駐車)7:45‥登山口9:00 …ヤレヤレ平10:20 …等高尾根分岐11:30 …黒法師岳12:10〜12:28 …等高尾根分岐13:10 …丸盆岳13:50〜14:00 …等高尾根分岐14:40 …登山口16:10‥戸中川林道ゲート16:40―帰路

<メモ>
・黒法師岳は、今回の西側の水窪町から入るルートのほか、東側の寸又峡から入るルートがある。
・中央構造線に接し、地盤の悪さで名高い青崩峠も近い地帯。
・水窪町から水窪ダムまでは舗装道、その先戸中川林道は通行できないほどではないが、落石も間々あるので走行注意。
・戸中川林道ゲートには駐車場はなく、路肩に駐車することになる。登山届のポストあり。
・ゲートから黒法師登山口までは登山道より消耗する長い林道歩き。途中崩落個所は、何でもなくても上部から落石があるので、注意して進みたい。
・登山口は明確な標識があり、等高尾根の登山道はしっかりしている。
 ただし、落石しやすいのでグループ登山などでは注意を。
・等高尾根分岐から黒法師岳山頂までは、一部崩落地もあるがおおむねしっかりしたルート。
・分岐から丸盆岳は、広い稜線の笹原で、踏み跡も薄く、目印もほとんどないので霧の時などは注意。
 地図・磁石は必携、GPS携帯が望ましい。(赤テープ5カ所くらい付けときました。)
| ぼっち | 日本300名山 | 06:31 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
米山(993m)山開き
佐渡島を朝いちばんの高速船で後にし、帰路米山に立ち寄り。
米山は、上越地方と中越地方の境に当たり、海に面した形の良い三角錐の単独峰なので、昔から名山の誉れ高く、江戸時代の画家谷文晁が全国を巡り文化9年(1912年)に著した「日本名山図會」の88の名山のうち、日本海側で選ばれている数少ない山のひとつ。
ぼっちは、2012年6月にも登っておりマス。
 
20150531米山水野林道登山口今回は、長い帰り道が控えているので、最短の「水野林道」終点を登山口とする往復2時間強のルートを選択。
登山口には30台近い地元ナンバーの車がとまっていた。
20140531米山水野林道ルート三角錐の山だけに、最短ルートはひたすらの登り。
しかし、さすが信仰の山、天然のブナの森が守られ、熱射病になりそうな佐渡の縦走の後だけに、新緑のブナ林を抜ける風がひときわ気持ちいい。

雪国越後のブナは、先に九州山行で見かけたブナとは大違い。
越後のブナ:幹は根方が雪で曲がり、枝分かれが少なく、主となる幹がまっすぐ上方に伸びる。
九州のブナ:幹は素直に根をおろし、枝分かれが多く、それぞれの枝が太く四方に伸びる。
20150531泰澄供養塔前回登った下牧の集落からの合流点に真新しい案内板があり、白山を開いた泰澄が米山も開いた由緒が記されていた。
その脇に、前回は気付かなかった古い石塔が。
頭が丸い、卵塔の方には、泰澄大師の文字が読み取れる。
20150531しらば避難小屋地元では「女しらば」といわれる小平地に建つ、「しらば避難小屋」は、老若男女の登山客でにぎやか。
「しらば」は、「修羅場」という言葉と関係があるんだろうかしらん。。

20150531ササユリ木立の下の花は、ちらほら程度。
いかに、佐渡は花が豊富だったか改めて気付かされる。
それでも、ササユリが、花の季節を待っていたりした。
20150531米山山頂登山口から1時間で米山山頂に到着。
避難小屋の中で、多くの人が集っているので伺うと、5月最終日曜の今日は、米山の山開きなんだだとか。

山頂に建つ薬師堂は、扉が開け放たれ、お坊さんがお札を頒布されていた。
米山薬師のお札は、虫除け等に効くとして水田の水口近くに掲げ、特産の薬草トウキ(当帰)は、魔除けとして玄関に掲げるなどの民間信仰があったそう。
今も地元に愛されている山っていうのは、気持ちのいいもんだな。。

20150531米山三角点日本最古、明治15年の三角点にも再会。
一等三角点測量は陸軍参謀本部陸地測量部が行ったが、それに先立つのが内務省地理局の全国大三角測量。その内務省地理局の三角点の現存が確認されているのは、日本に3か所(米山、雲取山、白髪山)のみ。
いずれも、明治15年だが、「点の記」によれば米山が8月で最も古い。



20150531米山往復2時間ばかりだけれど、心満たされて下山。
田植えの終わった水田の向こうに仰ぐ米山。
今年も豊作をよろしくと祈る気持ちは自然と湧きあがってくるんだろうな。。
<登山記録>
2015年5月31日(日) 曇のち晴 (―:車、…:徒歩)
佐渡民宿―両津港7:20―(ジェットフォイル)―新潟港8:25―新潟西I.C.―柿崎I.C.―水野林道登山口(駐車)11:20 …登山道合流点11:45 …米山山頂12:20〜12:50 …水野林道登山口13:45―米山寺―帰路
| ぼっち | 日本300名山 | 07:39 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
佐渡 花の山旅(3)―金北山(1,172.1m)への縦走
20150530ドンデン山荘を後に5月30日、ドンデン山荘で朝食を取り、7時に出発。
山でこんなゆっくり出発することはまずないけど、花の山旅、ゆったりいってみよう。
20150530大佐渡山地登山道車道から金北山に向けて大佐渡山地の縦走路に足を踏み入れると、いきなり足元はニリンソウなどの大群落が。
いちいち立ち止まって花にみとれていると、なかなか先に進めない。

冬は雪深いだろう森は、豊かな緑に包まれている。
厳しい風雪のせいか、大木は少ない感じ。
20150530残雪のお花畑マトネ(937.5m)まで登ると、草付きの稜線に出る。
ようやく雪解けした日当たりのいい草地に、大規模なお花畑が展開。
名高い雪割草やキクザキイチゲなど、雪解け一番の花には遅すぎたけど、ヤマオダマキなど数々の花に出会う。。

20150530石花登山道分岐石花越の分岐点。
ここから北に向け石花の集落からの続く登山道沿いには、「カレー清水」を源流にして「カレー川」が流れ出るそうな。
珍名の山ハンターぼっちとしては、「カレー山」もほしかった。。。

20150530真砂の峰から金北山真砂の峰と呼ばれるあたりは、ガレ場になっていて、標高千mにして高山のおもむき。
赤ザレ、青ザレなんてカラフルな崩落地は、どのように成り立ったのか知りたいところ。
20150530シラネアオイ直射日光、海沿いの湿った空気、おまけに風もなくて、メンバーはバテ気味。
熱射病予防のために、休憩を多くして、水分補給をこまめにする。

「天狗の休み場」を越えると、残雪が多い樹林帯に入り、ようやく一息。
足元には、カタクリやシラネアオイが大規模に展開して、元気回復。
20150530役の行者と聖宝稜線の巻き道で役の行者の石像に出会う。
お隣の山伏姿の石像は、真言宗系当山派修験道の開祖、聖宝さんかな?

佐渡は、明治初年に修験道廃止令が出るまで、中世から近世にかけて修験道が盛んだったようで、上杉景勝が佐渡を領地とした時、金北山真光寺という修験系の寺を、金北山神社の別当寺にしたそう。

※神社を管理する寺のこと。
20150530アヤメ池金北山山頂直下の鞍部にある「あやめ池」。
もうしばらくで、水面に紫の花が揺れることでしょう(必殺心眼)。
20150530金北山山頂直下金北山への最後の登り。
残雪がもっとも残るところ。

20150530金北山山頂ようやく立った金北山山頂。
かつて防衛庁の大規模なレーダー基地だった廃墟の間に、近年できた金北山神社がびっしり建っていて、興ざめ。
せっかくの花の山、防衛庁の管理道路もここまで来ているんだから、撤去して元の姿に戻すことはできないのかな。
管理道路を、許可をいただいて歩かせてもらうから、大きなことは言えないけど。。
20150530防衛省管理道路レーダー基地は、西隣の妙見山(1,042.2m)に移されていた。
北の守りの重要施設に見下ろされながら、大佐渡スカイラインの白雲台で、花の山旅はフィナーレ。

<登山記録>
メンバー:Sudo、Hori、Na、botti  (―:車、…:徒歩、‥:フェリー)

2015年5月29日(金) 
新潟西I.C. ―(昼食:政ちゃんのかつ丼)―新潟フェリーターミナル12:30‥両津港15:05-(タクシー)―ドンデン山荘15:40

5月30日(土)
ドンデン山荘6:50 …金北縦走路入口7:05 …マトネ8:05 …石花越分岐点8:25 …真砂の峰9:15 …イモリ平9:25 …天狗の休み場 …役の行者10:45 …金北山11:30〜11:50 …(防衛省管理道路) …マツムシ平 …白雲台13:25

<メモ>
・大佐渡山地の花のピークは4月下旬〜5月下旬。
 1週間の違いで、残雪の状態が大きく変わり、それによって花の開花状況も変わる。
 ドンデン山荘までの林道が開通しているか、アイゼンが必要かなど、直前の確認を。
・この時期、ドンデン山荘など関係する宿や交通機関は、団体予約が入ることも。
 早目に予約する方がよい。
・縦走路はしっかりしており、案内板も整備されていた。
・金北山から白雲台までは航空自衛隊佐渡分屯基地の道路を通行させていただくことになるので、事前連絡が必要。0259-63-4111
両津港からドンデン山荘までは、「ドンデンライナーバス」、大佐渡スカイラインの終点白雲台から両津港までは花の期間限定で「金北山ライナーバス」が出ている。
 本数も少ないので、予約が望ましい。
 新潟交通蟶甘歪蟯観光バス予約センター0259-52-3200
・島の、花の時期をピンポイントでねらおうとすると、代替手段が少ないもの。
 早目にきちんと情報収集することが望ましい。
| ぼっち | 日本300名山 | 22:33 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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