WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4,000山が修行の地。 めざせ山仙人!
ドイツ旅日記(6)のおまけ ― ニュルンベルクのひととき

観光地ローテンブルクを退散して、電車で1時間のニュルンベルクへ。
人口約50万人、ミュンヘンに次いでバイエルン州第2の都市。
駅はとても近代的。
だけど、駅前の濠を渡り、城壁に一歩入ると中世都市が目の前に。

240502ブラウエン教会と美しの泉一時期神聖ローマ帝国の居城が置かれ、ワーグナーの歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の舞台でもあるこの街は、ドイツ人にとって「心のふるさと」かもしれない。
また、ドイツの鉄道は、ここから敷設が始まったという、交通の要所でもある。

しかし、ニュルンベルクといえば、ナチスが党大会を開き、1935年にユダヤ人から市民権を剥奪する「ニュルンベルク法」を制定した街でもある。
そのせいもあり、第2次世界大戦では徹底的に爆撃され、戦後は、戦争犯罪を裁く「ニュルンベルク裁判」が開かれた。

この街も、やはり息の長い修復作業で中世の面影を取り戻した。

町の中心は、フラウエン教会や、美しの泉があるハウプト広場。
ここの、クリスマスマーケットはドイツでも最も有名だとか。
240502爆撃の展示

240502ニュルンベルク俯瞰広場を過ぎると、上り坂になって、砂岩の岩山の上にある城、カイザーブルクへ。
高い所の好きなぼっちは、さっそく塔に登って、市街地をながめる。
旧市街と、新しい街をうまくつなげているあたり、頭が下がりマス。

城の下には、ドイツ・ルネサンスの大画家デューラーの家がある。
爆撃を受けて、再建されたもの。
240502デューラーの家
240502ブラートヴルストホイスレ坂道を戻ると、いいにおいの煙。
あ、ここって、ガイドブックに載ってた、ブナの炭でニュルンベルク・ソーセージを焼く店だ。
(ブラートヴルストホイスレといいマス)


240502ニュルンベルクソーセージまずは、地元のビールLEDERERを注文して、もちろん!ソーセージも注文。
6本以上っていうお約束らしけど、ぺろりだね。

ドイツの夕暮れは、とてもゆっくりやって来る。
ついつい、フランケンワインも注文。
広場を、馬車がパカパカ。
観光客ばかりじゃなくて、勤め帰りっぽい地元の人も、楽しそうにやっている。
こんな街いいなあ。。
山ないけど。(←こればっかり。)

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ドイツ旅日記(6) ― リーメンシュナイダーを追って
5月2日(水)

水木金は、娘が平常授業なので、ぼっちはドイツを単独行。
3日(木)、4日(金)は、ベルリンへ行く予定。
残る2日は、貴重な自由時間。
色々迷ったけど、マイスター・ティルを追いかけてみることに。

マイスター・ティルと呼ばれたティルマン・リーメンシュナイダーは、
1400年代後半から1500年代前半にヴュルツブルクを中心に活躍した彫刻家。
ちょうど、画家デューラーと同じ時代を生きた。

240429コンラートシャウムベルクビュルツブルクの中心、マルクト広場に面した、マリエンカペレ。
ここは、司教ではなく、市民が建てた聖母に祈りをささげる礼拝堂。
広場に向かう戸口の、アダムとイブの石像。
それはが、リーメンシュナイダーの出世作。
(オリジナルは、マリエンベルク要塞内のマインフランケン博物館に)

堂内の、憂いを秘めた、騎士の像にも、なんとなく引かれたら、
これもリーメンシュナイダーのオリジナル。

240505聖母子ビュルツブルクの守護聖人(というか、司教区設置の足掛かりを作った人)、聖キリアンの墓の上に作られた、ノイミュンスター教会の聖母子も
一目でリーメンシュナイダーと分かる。

愁いを帯びた、甘美さと品格の高さ。
ゴシック期の彫刻は、ともすると、教会の威厳を保つ飾り物ってものが多いけど、リーメンシュナイダーの彫刻は、技が抜群で、しかも、個性がある。


240502マリエンベルク要塞マリエンベルク要塞の中にある、マインフランケン博物館は、リーメンシュナイダーの最大のコレクションを持っている。
時間がなくてもここだけは、絶対外せない。

実は、リーメンシュナイダーは、彫刻のマイスターであるとともに、ビュルツブルク市長も1520、21年と務めている。
しかし、1524年のドイツ農民戦争で、元市長として農民側に立ったとして、司教側に拷問を受け腕をへし折られ、彫刻家生命を奪われたという。そんな要塞が、彫刻たちの居場所になるとはなんとも皮肉。

240502聖母聖母、これは木彫彩色。
240502イブこれは、マリエンカペレのイブ像のオリジナル。
第2次世界大戦の空爆を避けて、要塞内の武器庫に移された。それが博物館の前身。
240502聖人教会の柱に取り付けられていたのだろう聖人像。
特に太った聖人は、ドイツのおっさんの風貌そのもの。

240502聖ヤコブ教会の最後の晩餐次に、電車で1時間ほどのローテンブルクへ。
17世紀頃には自由都市としての繁栄が失われ、第2次世界大戦の爆撃に遭わなかったことから、中世の面影を残す街として有名。
ロマンチック街道のハイライトでもあるので、日本人率異様に高し。
飛騨高山にでも来た気分。。

リーメンシュナイダーの傑作とされる、聖ヤコブ教会の「聖血の祭壇」を拝んだけど、周りが日本人観光客ばかりって。。

少し静かになるのを待って、ゆっくり拝観。
その後、有名なクリスマス用品を1年中売っている店で、連れ合いに頼まれた鳩時計を買って、2時間でローテンブルクを退散。

帰り、口直しにニュルンベルクに寄ってみようかな。
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ドイツ旅日記(5) ― なぜかドレスデン
 5月1日(火) 晴れ
娘の大学が祝日休みなので、バイエルン州の州都ミュンヘンに行く計画。
ぼっちも娘も、美術好き。
バイエルン王家のコレクションを集めたアルテ・ピナコテークに行くのを楽しみにしてた。

しっかり者の娘は、うっかり者の父に、「休館日をちゃんと確認しておいてね。」と事前チェック。
「月曜休館だから大丈夫」と、電車に乗ってから、改めてガイドブックを見たら、
「5月1日は、祝日で休みだった
父権失墜。

ここは、登山と同じで、リカバリーが大事。
「ザクセン王家のコレクションを集めた、ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館は?」
急遽、ニュルンベルクで下車。
いきなりチェコ国境が近いドレスデンへ。5時間半かかったデス。
240501ドレスデン
ツヴィンガー宮殿前。
宮殿の右側部分が、美術館。
アルテ・マイスター美術館には、
ジョルジョーネの「眠れるビーナス」
ラファエロの「システィーナのマドンナ」など、
その画家を知るには欠かせない、名作がある。
フェルメールの「手紙を読む女」、初期の「取り持ち女」にも対面。
眼福。

240501ツヴィンガー城宮殿には、ほかにも、武器博物館、陶磁器コレクションなどがある。
有名なマイセン磁器は、ザクセン王家の庇護でヨーロッパにその名をとどろかせた。


240501君主の行列宮殿を出て、欧州最古の武芸競技場シュタールホフの外壁にある、長さ101mの「君主の行列」という、マイセン焼の大壁画を見る。
ドレスデンも、激しい爆撃で、「百塔の都」といわれた、美しい市街地がほぼ壊滅した場所。
この壁は、かろうじて爆撃を逃れた。


240501百塔の街現在は、復元が進められて、百塔の都の風景が取り戻された。
建物の石の色が黒っぽかったり、白かったりするのは、気の遠くなるような復元作業の跡。

ぼっち:「エルベ川から眺めると美しいらしいよ」
娘:「体力ないからいい」

矢印のところに残留する娘。

ドレスデン滞在約3時間半。
それから、また5時間半かけてビュルツブルクに戻ったのでありました。
追記:
帰ってから、ドレスデンの爆撃について調べたところ、アメリカの作家カート・ヴォネガットJr.が1969年に発表した「スローターハウス5」という小説で、広く知られるようになったそう。
彼は、捕虜として、ドレスデン爆撃を経験したという。

ドイツ人は、戦争責任から、自国が受けた爆撃は、なかなか表現できない事情があるよう。
ただ、こつこつ、街を復元し続けてきた。
日本はっていうと、被害者としての映画や小説は多いけど、加害者としての表現は限られ、
破壊された街の跡に、にわか作りの街を作り上げていった。
色んな事情の違いはあるにしても、目の当たりにすると、複雑な気分。。
| ぼっち | ドイツ特集 | 09:43 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
ドイツ旅日記(4) ― ヴュルツブルク、この街は
4月30日(日) 

ビュルツブルク。
娘が語学留学をすることがなかったら、この街の名を知ることもなかったはず。
そもそも、ドイツという国じしん、なぜなんだろう、あんまり訪れたいとも思わなかった。

ヴュルツブルク。
ドイツ中央部のワインの産地、フランケン地方の中心都市、
カトリックのビュルツブルク司教区の司教都市 とかいっても、なんのことやら。

そんな街に、自分が立っている。
230430ヴュルツブツク大通り(画像は、ビュルツブルグの中心部。中央の塔は市庁舎。
ちなみに、ぼっちは左側のピンクの建物、Hotel Zum Winzermännleに計5泊したデス)
240430レントゲンの実験室日本人には、エックス線を発見したレントゲンがいた大学があるって言えば、少しは身近かな。
朝の散歩で、紛れ込んだ大学の構内に、レントゲンの実験室を発見。


240430シーボルト像







シーボルトもこの街で生まれたそう。
街角で見かけた銅像は、イメージより厳めしそう。

街は新緑に包まれ、像の前にはシャクヤクが咲きかけている。



240430レジデンツ外観この街の名所は、街の真ん中を流れるマイン川対岸の丘にあるマリエンベルク要塞。
これは、1253年から1719年までの大司教の居城兼要塞。
農民たちを司教が支配し、宗教改革の機運の中で発生した1524年農民戦争で、要塞は農民の攻撃を防いだ。

そして、もうひとつの名所が、レジデンツ。
こちらは、政局が安定して、1720年から1744年まで、大司教の宮殿だったところ。
世界遺産デス。

240430階段の間飛行機の中で読んだ、分厚いドイツ史の本で、そんな歴史を知りながら、レジデンツを観光すると、宗教って何かねえ〜と、思えてくる。

レジデンツ最大の見どころは、階段の間。
世界最大の天井空間に、イタリアの画家ティエポロのフレスコ画。

たまたま、日本のツアーと一緒になったので、個人では入れない、鏡の間なども見学できた。
240430レジデンツの被災ガイドさんの話では、レジデンツは、第2次世界大戦中、イギリスの空襲に遭って、階段の間などをのぞき、火災に遭ったそう。
それを、長い年月かけて、今の姿に復元したという。

ビュルツブルク市街も、空襲で9割近く焼失した。
石やレンガなので、外壁だけは残ったけど。
それを、今のように、中世の面影の街に戻した市民の根性ってすごいなあ。。240430ヴュルツブルクの爆撃









240430マイン川マリエンベルク要塞は、月曜休み。
何とはなく、マイン川の遊覧船に乗ってみる。
鉄道の旅では、あんまり工場にも出会わなかったけど、川沿いには結構ある。
内陸部の多い、ドイツの場合、川が流通の動脈だったんだな。。
日本が山と海の国なら、ドイツは丘と川の国かも。


240430夏の離宮40分のクルーズで、着いたところがファイツヘーヒハイム (Veitshöchheim)。
司教の夏の宮殿がある。
ここの庭園は、ロココ様式の代表的なものらしい。
「地球の歩き方」にも載ってないけど。



ビュルツブルクに戻って、授業の終わった娘と合流。
旧マイン橋のたもとの、アルテ・マインミューレという17世紀の水車小屋を改装したレストランへ。
ドイツへ来て以来、肉ばかり食っていたので、鱒の蒸し煮がうまい。
もちろん、フランケンワインはしっかり飲んだデス。
240430旧マイン橋レストラン入口のカウンターでは、ワインをグラス売りしている。
みんなグラス片手に、橋に出て、のんびり。
学生さんもいっぱい。

かつては憎き要塞も、今は良き背景。

ビュルツブルク。
今はすっかり街に親しんでいる。



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ドイツ旅日記(3) ― 国境の街ミッテンヴァルト
240428ミッテンヴァルトへガルミッシュ・パンテルキルヒェンを過ぎると、谷は狭くなり、オーストリア国境が近付く。
文豪ゲーテや、画家デューラー、イタリアにあこがれた偉人たちもこの峠道を越えて行ったんでしょう。


240429ミッテンヴァルト駅国境の村、ミッテンヴァルト駅に到着。
駅舎の背後にそそり立つ岩稜に感動。
なんていう名前なんだろう。(←勉強不足、っていうか、日本では情報不足。)
240428ホテル人口7千人あまりの村は、家並みをフレスコ画で飾っている。
ゲーテは、この村を「生きた絵本」と言ったとか。

村はずれの、Hotel Garni Edlhuber に投宿。
川越しに、岩稜と向かい合う、なかなか感じのいい宿でありました。

240429夕食





庭にはテーブルセット、おまけにキッチンまで付いていたので、ドイツで自炊に挑戦。
まずは、スーパーで買い出し。
ドイツ人が大好きな旬のホワイトアスパラガスを茹でて、サラダやパテ、パンをつまみに、地ビールMittenbalderやらワインを飲んでいい気分。


4月29日(日) 曇

風が岩稜をゴウゴウ鳴らす音で目が覚める。
さっそく散歩に出発!

まずは、道標に導かれ、ロープウェイ乗り場へ。
山裾を少し登った乗り場には、大きな案内板があって、ようやく山の名前が判明。
2,244m地点までロープウェイが掛かっている左手の峰は、Westliche Karwendelspite(2,384m)。
右手の峰は、Sulzleklammspitze(2,323m)。
240429ゴンドラ案内図地図を見る限り、山頂へのルートや小屋はしっかりしてるようだけど、
夏に登攀具を使ってしか登れない上級コースのよう。
(後で、調べたら、ミュンヘンの日本人の皆さん、頑張っておられるんですね〜

240429登山道ほんのちょっと、登山道をたどってみる。
わくわくするなあ。
日本より乾燥しているせいか、コケやシダは少なくて、黄色いサクラソウや、ピンクのエリカなんかが咲いている。

いつか夏に登りに来たいけど、そんな日は来るのかな。。

大きな松ぼっくりをお土産に、さて、娘の待つ宿に戻りますか。
240429壁画の村ホテルの充実した朝ご飯をいただいて、チェックアウト。
ミッテンヴァルト村内を、娘とてくてく。

ゲーテの時代と変わらない、生きた絵本のたたずまい。
壁のフレスコ画を見ていたら、古いものは1700年代まで遡るよう。
240429バイオリン博物館ミッテンヴァルトは、16世紀からヴァイオリン製作が盛ん。
バイオリン博物館に入ると、工房が再現されている。
(←豚に真珠、ぼっちにヴァイオリン状態)鐘は、祭りを知らせるものらしい。
240429ミッテンヴァルトの展望







家並みを抜けると村を見下ろす丘に出る。
ロープウェイ乗り場の地図さながらに、岩稜が迫る。

風に乗って、教会の鐘の音が運ばれてくる。
240429チロリアン親子山上の広場では、村祭りが開かれるようで、みんな着飾って登っていく。
チロリアンなお父さんとお母さんが、子供たちの手を取っていく。
時間があれば、ついていきたいなあ。。

観光地でも、ドイツは日曜日は商店はお休み。
わずかに開いていた、チキンを焼く店で、チキン半身とフライドポテトとビールを買い、
ピクニック気分で公園のベンチでお昼を食べ、
12時過ぎの電車で、ミュンヘン経由で、ヴュルツブルクへ帰還。
このせわしない行程は、やっぱり日本人?
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ドイツ旅日記(2) ― ドイツ最高峰ツークシュピッツェに立つ
 4月28日(土) 晴れ
ガイド役の娘が都合の付く日ということで、
ドイツ到着の翌日、いきなりドイツの最高峰ツークシュピッツェ(2,962m)をめざす。

バイエルン地方の鉄道乗り放題の「バイエルンチケット」を使うと安いって、手配してくれる。
やや鉄子になってて頼もしい。(←やや鉄親父の感想)

6:41ビュルツブルグ駅を出発。
今日も「世界の車窓から」日和。
牧草の緑、菜の花の黄、そして、時々出くわす村の赤い屋根と白い壁。

途中乗ってくる人たち、村の仲間とサッカーを見に行くのかな。
なんともにぎやか。
ドイツの人ってもっと固い感じかと思ってた。

もっとびっくりしたのは、ホームでフーリガンの警備にあたっている警官が、
髭を生やして、ピアスをして、刺青をしていたこと。
あ、駅員も、いいおっさんも含め3分の1くらいがピアスしてる。

いろんなことに感心するけど、車窓にずっと山がないのは感心しない。
チューリンゲンとドナウヴェルトで乗り換えて10:13ミュンヘンへ。

240428山迫るミュンヘンからオーストリア国境のある南に向かうと、ようやく遠くに山が。

前景を飾るのは、草原一面のタンポポ。
タンポポがこんなに美しい花とは知らなかった。

240428山もっと迫るどんどん白銀のアルプスが迫ってくる。
ドイツ・オーストリアの国境は、アルプス山脈の北端になるので、「北アルプス」と呼ばれている。

元祖北アルプスは一味違うね。
240428登山鉄道11:58 ガルミッシュ・パルテンキルヒェン駅に到着。
ここは、1936年に冬季オリンピックが開かれた街。
ナチスドイツの時代であります。

登山鉄道に乗り換え。
牧草地が、針葉樹林帯になり、森の向こうに雪の岩峰が迫ってくる。

途中列車を乗り換え、斜度をあげると、トンネルに突入。
トンネルを抜けると、もうそこはアルプスだった!

240428ツークシュピッツェ山頂Osterfelderkopf駅(2,050m)で、今度はゴンドラに乗り継ぐ。
あっという間に、ツークシュピッツェ山頂駅に。
しっかりした展望台とレストランがあって、その少し先が金の十字架の立つ山頂。
ただし、冬場は立ち入り禁止。
ほんの数十歩なのにねえ。。

240428山頂ビール山頂レストランでは、ミュンヒェンビールと名物白ソーセージ。
ドイツ最高峰に歩かず立って、娘とビール飲むってのは。。
でも、雪のたっぷりある時期の本場アルプスの快晴。
感謝しなくちゃね。
240428山の終わり展望台の南東西、つまりオーストリア・フランス・スイス方面は白銀の世界。
しかし、北、つまりドイツ方面は、前衛峰一帯を越えると、もう全く平地になってしまう。

地図じゃなくて実景を目にしないと分からないものだなあ。。


240428ミッテンヴァルトへツークシュピッツェから、再び登山電車で、ガルミッシュ・パルテンキルヒェン駅に。

今夜の宿は、さらに国境に近い、ミッテンヴァルト。

<旅行記録>
2012年4月28日(土)晴れ
Würzburg6:41 ― 8:30 Treuchtlingen 8:35 ― 8:55 Donauörth 9:00 ― 10:13 München-pasing 10:39 ― 11:58 Garmish-Partenkirchen 12:15 ―(登山鉄道)― Gletschergarten ―  Garmish-Partenkirchen − Mittenwald 
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ドイツ旅日記(1) ― ドイツ、山無いじゃん!
 いよいよ、4月27日(金)、ルフトハンザ航空で、中部国際空港を出発。
快晴で、真っ白な両白山地の上空を飛べたのが、まずは嬉しい。
北回りは初めてで、ツンドラの凍てついた大地を目にできたのにも興奮。

240427ドイツ上空で、ドイツ上空であります。
あれ、山無いじゃん!

見渡す限り、農地と林があるばかり。
考えてみれば、ドイツは、農地が34%
放牧地が13%、都市・道路が12%。
残る30%が森林だけど、平地にも生えている。

70%が山岳地帯の日本とは、全然違うんだなあ。。




240427フランクフルト空港駅ドイツの空の玄関口、フランクフルト空港。
ヴュルツブルグで1年間語学留学をしている娘が迎えに来てくれた。
ドイツは、案内板もほとんど英語表記がないので、本当に助かるなあ。。

「やや鉄」(やや鉄道ファン)のぼっちとしては、空港駅から電車に乗るのも胸躍るひととき。




240427太陽光発電「世界の車窓から」のナレーションが頭の中に流れる。

わずかな起伏ばかりの、農地や林地。
畑で、牧草ならぬ太陽光エネルギーを作っているのが、さすが環境大国ドイツですね。
240427風力発電あちこちの丘には、風力発電も。
確かに、このくらい広々した丘がどこにでもあったら、太陽光発電も風力発電も抵抗感ないかもね。

それにしても、風景に「抜け」がない。
遠くに山や海が見えるでもなく、近場の丘で中途半端に視界が止まる。
こういう風景ばかり眺めていると欲求不満にならないのかな。
(←山馬鹿の発想。)

約2時間で、ヴュルツブルクに到着。
ロマンチック街道の玄関口で、シーボルトが生まれた街。
また、学生の街でもあり、ヴュルツブルク大学からは、レントゲンをはじめ、
8名ものノーベル賞受賞者を出している。
(←娘の場合、語学留学で、学力関係なし。)

市の中心部、大聖堂の近くのホテルに投宿。
さあて、明日は、いきなりドイツの最高峰ツークシュピッェに向かう予定。
240428ビュルツブルグ

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登山用語にドイツ語が多いのは

あと5日で、娘に会いにドイツへ。
事前勉強をしてたら、日本で使われている登山用語にドイツ語が多いことにびっくり。

240422ピッケルアイゼン→Steigeisenの略
カラビナ→Karabiner
カール(圏谷)→Kar
コッヘル(携帯鍋)→Kocher
ザイル→Seil
シュラフ→Schlafsackの略
ツェルト→Zeltsackの略
ハーケン→Haken
ピッケル→Eispickel
ヒュッテ(山小屋)→Htte
ブロッケン(現象)→brocken(地名ブロッケン山から)
モルゲンロート(朝焼け)→Morgenrot
ワンダーフォーゲル→Wandervogel

それならきっと、ピッケルの名品もあるんだろうなと調べたら、
ピッケルの生産地はスイス、フランス、オーストリアなど。
いずれも、アルプス中核部の国々。
ドイツは最高峰ツークシュピッツでさえ2,962mだから。。

ちなみに、日本にも、門田、山内、森谷とかあるけど、
輸入品が高かったのと、刀鍛冶の伝統があるからでしょう。
あれ、ドイツだって、ゾーリンゲンとか有名だぞ(?_?)>

一方、「アルピニズム」の発祥は、英国で、
「日本アルプス」と名付けた、ウイリアム・ゴーランドも
「日本アルプスの父」と呼ばれた宣教師ウエストンも英国人。

スキーを持ち込んだレルヒや、シュナイダーはオーストラリア人だから、
スキー用語にドイツ語が多いのは、分からないでもない。
スイスもドイツ語圏の地域が多いんでしょうが。。

でも、むしろ、理由はこれじゃないかな。↓

第二次世界大戦後は大衆化した日本の登山も、
戦前は、エリートのスポーツ。
戦前の日本は、ドイツを模範としていた。
特に医学はドイツが最も進んでいたから、
日本でもカルテ(Karte:ドイツ語)はドイツ語で書かれていた。
学生さんが、気取ってドイツ語を使っていたのが、
定着したって要素が強いんじゃないかな。。

あ、その中で、ワンダーフォーゲルだけは、ドイツ発祥の運動みたい。

さあて、事前調査はこのくらい。
ドイツの登山事情、確かめに行ってきます!(ロ。ロ)/

| ぼっち | ドイツ特集 | 05:29 | comments(1) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
金華山(329m)で、岩登り修行
山馬鹿ぼっちは、山の数こそ稼いでいるけど、
登攀技能は、からきしであります。

240415金華山で、4月15日(日)、地元の山岳会の、「登山技術講習会」に山仲間で家も近いTuboさんと参加。
場所は、岐阜市の金華山。

金華山って、織田信長が山頂に岐阜城を築いた所で、市街地の真ん中にあって、ロープウェイがあって…岩登りのゲレンデになるようなところってあったかなあ。。

桜満開の岩戸公園に立つと、確かに山頂直下は、岩場がある。



山に入ると、スダジイやツブラジイの芽吹き時。
金華山は、濃尾平野がかつて照葉樹林に覆われていた当時の植生が残され、
ツブラジイの若葉で、山が黄金色に覆われることが、山の名の語源とか。

ゲレンデ到着。
落差10m程度のチャート岩の下で、まずはロープワークの基礎。
八の字結び、フィッシャーマンズノットなど、何回やっても忘れちゃうなあ。。

ハーネスを着け、登攀と下降の練習。
「爪先を岩に垂直にかけて」とか、基本を確認することはやっぱり大切。

見晴らしのいい岩場で弁当。
岐阜城直下の大岩が眺められる。
「若い時はあそこを登ったもんです」と、指導役。
うーん、あのオーバーハングを登ったなんてすごいや。
(←金華山を甘くみる気はもはやなくなっている。)

これからは、名山めぐり ばっかりじゃなく、
地元岐阜県の超マイナーな山なんかも行きたいから、
今回を手始めに、こちらの山岳会にも参加していきたいデス。
| ぼっち | 日本4000山 | 05:20 | comments(2) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
両白山地の白い春―野伏ヶ岳(1,674m)

加賀白山と能郷白山を含む、富山、石川、福井、岐阜、滋賀県境の山々
それが両白山地
日本百名山を2山、200名山を3山、300名山に至っては7山を含み、
ぼっちのふるさとの山々でもありながら、なかなか骨のある未踏の山が多くて、
目下、もっとも魅力を感じている山域であります。

今回は、白山の南、野伏ヶ岳(1,674m)へ。
白山の南に連なる、願教寺山(1,691m)、薙刀山(1,647m)、野伏ヶ岳は、
いずれも藪が深くて、残雪期しか登れない。
山スキーヤーにとっても憧れの場所らしく、群馬・山梨・奈良・大阪なんて
ナンバーの車も多い。

今回のメンバーは、NOさん、HDさん、Tuboさん、Konちゃん。
NOさん、Tuboさんは、ほぼ毎年この時期にこの山域に入っておられる。

白山への信仰ルートの中継点、白山中居神社下でテント泊。
石徹白川を渡って、暗い杉林を、和田牧場跡まで登る。
空が開けて、真正面に野伏ヶ岳と右手に薙刀山。
240408和田牧場
例年になく雪が深く、しかも週末の天気がずっと悪かったから、
ラッセルが大変かなと思っていたら、
快晴のこの週末に、皆さん集中したようで、ばっちりラッセル泥棒できた。
240408野伏ヶ岳ダイレクト尾根に取りつき、白山や大日ヶ岳などをながめながら、標高を稼ぐ。

山頂直下の辺りが結構急であります。

240408白山山頂到着!
真北の白山が圧倒的なボリュームで迫ってくる。


南西には荒島岳、そしてその奥に能郷白山。
これだけの風格ある山々の白く輝く場所を近くに持ちながら、
今までどこ行ってたんだろうって気持ちになる。
240408荒島岳方面
240408ダイレクト尾根南東を振り返れば、大日ヶ岳から、白い和田牧場、そして登ってきたダイレクト尾根が見下ろせる。

粉雪を巻き上げて、かっこ良くスキーで滑っていく人も。
山スキー大好きのTuboさんと、また今度はスキーで来たいもんです。
240408Hさんのわかん今回は、Hさんから譲っていただいたわかんを使用。
1800山を登ったHさんは、この山域もずいぶん巡られたはず。

これからも、山修行に精を出すぞ!
(←これ以上山馬鹿になってどうする?)

<登山記録>
2012年4月7日(土),8日(日) メンバーNO,HD,Tubo,Kon
(―;車、…;徒歩)
7日 曇り時々雪が舞う
 美濃白鳥I.C.―白山中居神社(テント泊) 寒かった!
8日 快晴
 テント6:10 …和田牧場跡7:20-7:35 …ダイレクト尾根取り付き8:15 …野伏ヶ岳山頂9:50-10:10 … 和田牧場12:15 …テント12:50

| ぼっち | 日本300名山 | 06:11 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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