WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4000山が修行の地。 めざせ山仙人!
北海道・夏山旅―花の富良野岳(1,912m)

12日  北海道の夏山旅最終日。

大雨で9日に登れなかった富良野岳に、何とか登っておきたい。

5時前に旭川のホテルを出て、登山口に向かう。

20190812富良野岳1.jpg

十勝岳温泉の登山口を、5時55分出発。

原始ヶ原までつなぐのは断念したけど、せめて「北の大地の大縦走」で登り残した上富良野岳から富良野岳の稜線は歩きたい。

15時半旭川空港発に確実に乗れるよう、先に富良野岳に登り、時間が許せば上富良野岳をめざすこととする。

20190812富良野岳2.jpg

ヌッカクシ富良野川に沿う登山道は、途中まで上ホロカメットク山経由十勝岳へのルートと、富良野岳へのルートが重なっている。

対岸に上ホロカメットク山の尾根上にある奇岩「化物岩」が見えてくる。

20190812富良野岳3.jpg

川を渡って直進すると、安政火口。富良野岳には化物岩の直下を巻いていく。

左手には、二本の柱のような奇岩、夫婦岩。

20190812富良野岳4.jpg

谷の間から、登山口の凌雲閣の建物と、富良野盆地を見下ろす。

展望が得られたのはここまで。後は、雲や霧の中を行くことになる。

20190812富良野岳5.jpg

化物岩の尾根を巻いたところで、左手に上富良野岳・上ホロカメットク山・十勝岳へのルートを分ける。

もう一つ沢を渡ったあたりから、高山植物が目立ちはじめる。

チングルマなど雪解け早くの花はもう終わり、ヨツバシオガマ、エゾウサギギクなど。

特にエゾウサギギクは斜面を覆うほどの群落。富良野岳は花の山と聞いていたけれど、本当だな。。

20190812富良野岳6.jpg

タカネキタアザミも大きな群落をつくっていた。

20190812富良野岳8.jpg

十勝連峰の主稜線に出る。右に取ると富良野岳、左に取ると十勝岳。

富良野岳山頂への砂礫の登りは、単調な木の階段がながなが続き、視界もきかず、もくもくと進むしかない。

 

荷物が少ないこともあって、8時40分、コースタイムよりは早めに山頂に到着。

この時間なら、何とか主稜線を上富良野岳までたどって周回できそう。

富良野岳も一等三角点の山。晴れれは展望はさぞやでありましょう。

20190812富良野岳10.jpg

山頂直下の大斜面は、高山植物の大群落が展開。

一面花盛りの薄紫のトカチフウロの中に チシマノキンバイソウが鮮烈な黄の彩りを添える。

これだけの花を見れば、展望がきかずとも登った甲斐があった。

20190812富良野岳9.jpg

帰路は、上富良野岳経由の稜線縦走コースに入る。

20190812富良野岳11.jpg

途中三峰山(1,866m)を通過する。地図を見るとその名のとおり、3つのピークを持つらしい。

霧が濃すぎて、どこが山頂なのか山名標識を見るまでわからなかった。

20190812富良野岳12.jpg

富良野岳を離れるほど、花は少なくなり、わずかに咲く濃いピンクのエゾノツガザクラがよく目立つ。

20190812富良野岳13.jpg

主稜線をもくもく歩くこと約2時間、さあ、もうそろそろフィナーレは近い。

20190812富良野岳14.jpg

ようやく、上富良野岳の山頂に到着。

何も見えないけど、大雪山系と十勝連峰の主稜線をようやく富良野岳までつなぐことができ、うれしい。

北海道の夏山旅、何かと帳尻を合わせてくれた連れ合いには感謝であります。

20190812富良野岳15.jpg

<登山記録> (―:車、…:徒歩)   (↓地図クリックで拡大)

2019年8月12日(月・山の日) 単独行

旭川ホテル4:50―十勝岳温泉登山口(駐車)5:55…上富良野岳方面との分岐7:05…富良野岳分岐8:10…富良野岳山頂8:40〜8:50…富良野岳分岐9:20…三峰山10:25…上富良野岳11:10…十勝岳温泉登山口13:05

 

| ぼっち | 縦走主義でいこう! | 05:24 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
北海道・夏山旅―知床火山 羅臼岳〜硫黄岳縦走(2)

11日、二ッ池キャンプ地の夜明け。

行く手の南岳から日が昇る。5時15分出発。

20190811知床1.jpg

ハイマツをかき分けながら縦走路を南岳山頂まで登ると、行く手に、硫黄山までの稜線が見えてくる。

昨日以上にいい天気でよかった。

20190811知床2.jpg

南岳から知円別岳山頂までは、稜線を離れ、なだらかな斜面を横切っていく。

何でもない風景のようで、気分を大きくしてくれるのが北海道の山のいいところ。

20190811知床4.jpg

ふたたび登り切ったところが知円別岳ピークの直下。

ここからは縦走路は硫黄臭ただよう稜線をたどることになる。

硫黄岳の火口は、稜線の東と西それぞれに下側が欠けた馬蹄形に開いている。

20190811知床5.jpg

稜線上には溶岩ドームの南峰と、その先に硫黄山本峰がそびえる。

左手火口側にも、ナマコ山溶岩ドームがある。地球が生きていると感じるスポット。

20190811知床8.jpg

左手側の火口の向こうに、羅臼岳からえんえんと続く縦走路を眺めることができる。

20190811知床1.jpg

右手側の火口壁にあたる東岳(1,520m)。登山道はない。

その先、雲から突き出しているのが知床岳(1,254m)。これも登山道はない。

20190811知床7.jpg

硫黄山本峰は、尖ってピーク感がしっかりある。

その基部を通る縦走路に荷物をデポして(クマがいないことをしっかり確認のうえ)山頂を往復。

20190811知床10.jpg

大きな一等三角点の据えられた山頂に立つ。

「一等三角点百名山」というのになっているのも納得の展望であります。

20190811知床11.jpg

下山はまず、火口壁を下る。

20190811知床2.jpg

その後火口壁を離れ、上流部は涸れ川の、硫黄川の川床を下っていく。

水が出る時は激流になるようで、岩の川床は磨いたように削れ、滝に出合うと巻きながら下っていく。

雨の時は、滑ってしまうだろうし、どのように水が出るか分からないので、相当な難所になるはず。

20190811知床3.jpg

登山道は、硫黄川を途中で離れ、ハイマツの尾根をたどる。

尾根取付点は、ロープで止めてあるけれど、うっかりこの地点を行き過ぎてしまうと、硫黄川の下流部は滝の連続となるので要注意。

20190811知床4.jpg

ハイマツの尾根を大下りすると、岩だらけの場所に出る。

ここが、新噴火口で、江戸期以降の水蒸気噴火は、ここで発生している。

硫黄山の噴火の特色は、多量の溶融硫黄を噴出することで、世界的にも珍しい噴火形式なんだそう。

やや下手には、その硫黄を採掘した跡がある。

20190811知床5.jpg

フィナーレは、ミズナラなどの樹林帯。最後に、海に面した登山口にぽんと出る。

20190811知床8.jpg

登山口の案内板には、羅臼岳から硫黄山の縦走路のヒグマ目撃情報がのっている。

羅臼岳周辺に多くみえるのは、単に登山者数が多いためからなんじゃないかな。。

20190811知床7.jpg

登山口から、観光名所となっているカムイワッカの滝までは、約600m。

この区間が要注意で、特別に落石が多い箇所として、通行に申請がいる。

通過してから、振り返ると、道の上にネットで覆われた巨大な岩塊が連なり、とても危険な個所なんだと納得。

20190811知床9.jpg

無事カムイワッカの湯の滝バス停に到着。

8月1日から25日までは、滝までの自家用車の乗り入れは禁止され、シャトルバスを利用することになる。

ただし、二ツ池テント場であった常連さんの話では、このバスの乗り方がむつかしいらしい(詳しくは<メモ>参照)。

13時33分のウトロ行のバスは、通常運航のバスだから乗りやすいよ、とうかがっていて、何とかそれに間に合った。

天候・アプローチ・ヒグマ・足のコンディションなど、多くの課題を乗り越え、無事縦走を完遂でき、よかった、よかった。

20190811知床10.jpg

<登山記録> (―:車・バス、…:徒歩)

2019年8月10日(土) 曇時々晴  単独行

ウトロ4:30ー岩尾別温泉羅臼岳登山口5:25…弥三吉水6:50…羅臼平8:40〜8:50…羅臼岳山頂9:35〜10:00…羅臼平10:40…三峰11:25…サシルイ岳12:50…オッカバケ岳14:00…二ツ池テント場14:15(泊)

11日(日) 晴のち曇

二ツ池5:15…南岳…知円別岳7:40…硫黄山分岐8:55…硫黄山山頂9:15〜9:30…分岐9:45…硫黄川から尾根への取付点11:10…硫黄鉱山跡…硫黄山登山口13:10…カムイワッカの湯の滝…同バス停13:20〜13:33―知床自然センタ13:55ー―旭川市内19:50(ホテル泊)

 

<メモ>

本ルート縦走には、以下の通り多くの注意点があるので、事前に確実に情報を確認し、準備したいところ。

【火山としての注意点】

・知床連山は火山であり、特に硫黄山は1930年代にも水蒸気噴火が連発した活火山なので、登山には注意が必要。

 火口壁からの滑落、落石にも注意。

【ヒグマへの注意点】

・知床は、ヒグマの有数の生息地なので、熊対策と、直前の情報収集は怠りなく。

 今回は、熊鈴と熊笛各2(落としてもいいように複数)、クマよけスプレーを携行。

 テント場の羅臼平、三峰直下、二つ池には、フードストッカーが設置されている。

 今回は、簡単な調理で済むにおいの少ない食材を持参した。

 また、登山口に、熊目撃情報が掲示されているので参考に。

【雨天時の注意点】

・雨天時には、硫黄山から涸れ川の硫黄川の川床をたどって下山する部分が難所となる。

 晴れて乾いていても枯滝のある岩だらけの谷なので、雨が降ったら滑りやすく歩行の難易度は相当上がるはず。

 悪天の日の入山は、避けるのが賢明でしょう。

【硫黄山登山口までの道路通行制限】

・硫黄山は、バス停のあるカムイワッカの滝から硫黄山登山口までの区間(約600m)は、落石の危険が多い。

 その危険を理解した上で、「道路特例使用申請書」を北海道オホーツク総合振興局に出せば、登山者に限り徒歩通行が許可される。

 詳しくは、知床自然センターのHPへ。

【カムイワッカ湯の滝までの自家用車通行禁止期間】

・カムイワッカの滝までの道路は5月末から10月下旬まで通行可能。

 ただし、8月1日〜25日は混雑防止のため自家用車通行禁止で、知床自然センターから滝までシャトルバスを利用することになる。

 お盆の間は増発されるが、知床五胡バス停では、ここに長時間駐車させないため切符を販売していない等使い勝手が悪いので注意。

 本数は少ないが、ウトロまで行くバスの方が、安心して利用できる。

 詳しくは、知床自然センターのHPへ。

【岩尾別温泉とカムイワッカ湯の滝の連絡】

・岩尾別温泉行のバスはない。道道沿いの岩尾別バス停からでも3.2辧

・知床自然センターから歩くと7.5辧■瓜間45分必要。

 

| ぼっち | 縦走主義でいこう! | 18:04 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
北海道・夏山旅―知床火山 羅臼岳〜硫黄岳縦走(1)

知床半島中央部に連なる、羅臼岳(1,661m)を最高峰とする火山群。

知床連山、知床連峰とも呼ばれる山々のうち、羅臼岳と一等三角点の硫黄山(1,562m)をつないで、縦走路が開かれている。

途中に山小屋はなく、2泊3日または1泊2日のテント泊が前提、手付かずの自然が残る世界遺産知床はヒグマも多い。

そんなワイルドなルートに「縦走主義でいこう!」と挑戦。久しぶりに武者震いするような計画であります。

 

ルートの概要は、【登山口】岩尾別温泉(または羅臼温泉)〜羅臼平(羅臼岳往復)〜三峰(1,509m)〜三峰テント場〜サシルイ岳(1,564m)〜オッカバケ岳(1,462m)〜二ツ池テント場〜南岳(1,459m)〜知円別岳(1,544m)〜硫黄山(1,562m)〜カムイワッカの滝【 下山口】 (←地図クリックで拡大)

 

 

 

 

 

10日、緯度の高い北海道の夜明けは早い。

ウトロから登山口の岩尾別温泉に連れ合いに送ってもらう途中で夜明けを迎える。

右端の羅臼岳から、左端の硫黄山までなんとか完登したいもの。

20190810知床1.jpg

岩尾別温泉の登山口に立つ木下小屋。

昭和初期、知床をこよなく愛し登山道を開いた木下弥三吉にちなむという。

熊鈴を付け、それでは行ってきます (ロ。ロ)/

20190810知床2.jpg

登山口からしばらくは、ミズナラやカエデの木が多い。

羅臼岳はこれで3度目だけど、登山道の記憶が残っていないのは、「日本百名山」羅臼岳のピークしか見ていなかったからかな。。

20190810知床3.jpg

しばらくで、ハイマツやダケカンバの急登となり、弥三吉水という水場を過ぎ、極楽平に出るとやや緩やかになる。

沢沿いに出ると、仙人坂と呼ばれる長い登りとなる。

20190810知床4.jpg

ハイマツの中の羅臼平から見上げる岩の頭を持ち上げた羅臼岳。

この光景だけは、しっかり覚えている。

20190810知床5.jpg

羅臼平に、テント泊の重い荷物をデポして羅臼岳を往復。

海はすっかり雲海に覆われ、今回縦走する峰々が、恐竜の背中のように連なっている。

20190810知床6.jpg

羅臼平に戻り、重い荷を背負いなおして、硫黄山への縦走路に入る。

ハイマツや、ミヤマハンノキが登山道に覆いかぶさり、タカネトウウチソウの穂花が咲き乱れる全く静かな路となる。

20190810知床7.jpg

三峰へ登りながら振り返ると、羅臼岳が羅臼平から見上げた時より、ずっと立派にそそり立っている。

ピークハントだけじゃわからない山の様々な姿が見られるのも、縦走のいいところ。

20190810知床8.jpg

三峰直下のキャンプ場を過ぎ、サシルイ岳をめざす。

縦走路沿いは一面チングルマの群落。今は花も綿毛も終わって、緑一色。

サシルイ岳は、小ぶりの丸い火山岩がごろごろして、重い荷を背負った足にはこたえる。

20190810知床9.jpg

窪地には、残雪がわずかに残り、エゾコザクラの大きな群落に出会う。

ハクサンコザクラなどよりやや控えめな花も、若緑の中にこれだけたくさんちりばめられると、ほれぼれする。

20190810知床12.jpg

おだやかで、歩きやすいオッカバケ岳を越えると、二ツ池のテント場。

池の水を煮沸してなんて、地図には載っていたけれど、少し手前の小さな雪田で水がとれますよ、と先行のキャンパーに教えてもらう。

知床が好きな釧路の方で、今夏4週末連続このルートを歩いているそう。恐れ入りました。

20190810知床10.jpg

教えてもらった通り、雪田の下から雪解けの水が流れ出ていた。

ここにも、エゾコザクラの群落が。

20190810知床11.jpg

テント泊の重い荷物だと、足の裏にかかる負荷も大きい。

先週の岳沢テント行と連続で、親指の爪がはがれかけている。何とかだましながら明日をしのごう。

それでは、おやすみなさい。

<(2)に続く>

 

| ぼっち | 縦走主義でいこう! | 05:35 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
北海道・夏山旅―アプローチ

毎夏北海道の山に通っていたのは、いつ頃までだったかしらん。

振り返ってみたら、「日本300名山」を完登した2015年以来、北海道の山には登っていない。

岐阜県の山もいいけど、夏はやっぱり北海道の山旅がいいなあ。

ということで、8月8日〜12日の4泊5日で、2013年大雪・十勝連峰「北の大地の大縦走」で登り残した富良野岳と、羅臼岳から硫黄岳まで知床半島の山々のテント泊縦走を計画。

 

富良野岳と、知床連山は、直線距離で220劼睥イ譴討い董計画には登山口までの送迎が不可欠。

連れ合いに北海道を舞台にした漫画「ゴールデンカムイ」全18巻をプレゼントし、交渉成立。

それでは、8日、中部国際空港から旭川空港に向け、いざ出発 (ロ。ロ)/(ヘ。ヘ)/オウ

計画では、北海道到着の翌日9日、富良野岳を、前回縦走の終点上富良野岳側から登り、南麓の原始ヶ原に下山するつもりだった。

しかし、台風崩れの熱帯低気圧のため大雨の予報。

せめて天気が崩れる前に、原始ヶ原の登山口に立ち寄ってみることにする。

 

富良野岳の山裾は、自衛隊の演習地にもなっている原野。

どこまでもまっすぐな道から、原始ヶ原へ向かう林道に入る。

20190808富良野岳1.jpg

林道を行くこと10数キロ、原始ヶ原登山口にたどり着く。

いかにもヒグマのお宅の玄関に立った感が強くてどきどきしちゃうけど、そこがまた魅力的で残念。。

20190808富良野岳2.jpg

8日夜は、前回大縦走の下山口でもあった十勝岳温泉の、北海道最高所(1,280m)の宿、凌雲閣に投宿。

翌9日は、天気予報どおり、嵐のような風雨。登山口の駐車場に車は一台もなし。

20190808富良野岳3.jpg

9日は、観光しながら知床まで移動の日とする。

まずは、富良野市に降り、ぼっちの好物ソフトクリームを賞味。山から下りて食べると、いっそううまいんだけどな。。

OFF1.jpg

次に、旭川市に出て、陸上自衛隊旭川駐屯地に隣接する「北鎮記念館」に立ち寄り。

屯田兵や、旧陸軍第7師団の資料が展示されており、「ゴールデンカムイ」の聖地巡りのスポットしても最近有名に。

OFF2.jpg

まずは、北海道探検の歴史から。

「北海道」の名付け親でもある、松浦武四郎の北海道探検ルートなどの紹介。

ここだけでも、じっくり読むと、いろいろ勉強になる。

OFF4.jpg

北海道の開拓と防衛のため明治18年(1885年)に設置された屯田兵の苦労の歴史、それを引き継ぎ同29年(1896年)設置された旧陸軍第7師団。

ジオラマを見ると、北辺の守りの要として、すごい規模の師団であったことが分かる。

それにしても、203高地で有名な日露戦争の戦い、満州出兵、ノモンハン事件から第2次世界大戦のアッツ島派遣まで、あまりにも多くの・重要な・命がけの展示がひしめいて、目を白黒というのが正直なところ。

本当なら、1コーナーごとに事前勉強をして拝見しないと、恐れ多い感じ。

OFF3.jpg

連れ合いとしては、「ゴールデンカムイ」のコスプレができて、よかったみたいです。

OFF5.jpg

旭川ラーメン村で、ニンニクとショウガの香り立つ、味濃いめの旭川ラーメンで腹ごしらえ。

さあて、知床まで約270劼猟垢ぅ疋薀ぅ屬暴佝。

OFF6.jpg

たまには、北海道山のない場所も立ち寄ってみましょうと、サロマ湖を経由。

日本で3番目に大きい湖なんだそう。

北見市常呂町岐阜なんて場所も通過、岐阜県民も開拓に汗したんだな。。

OFF7.jpg

涛沸湖と海に挟まれた、原生花園にも立ち寄り。

ハマナスの花が咲いておりました。

OFF8.jpg

ようやく知床半島に入る。

海岸沿いの道は、連れ合いにとって、(ぼっちは斜里岳の小屋に泊まり)幼い娘二人と、岩尾別温泉「ホテル地の涯」まで、真っ暗な夜道を走った、トラウマを抱えた道。

世界遺産になった今は、すっかり道路も整備され、漁港だったウトロには、ホテルやコンビニもでき、過去の話になったようであります。

(感謝は忘れません (ロ。ロ;)

OFF14.jpg

今回のウトロの宿は、「酋長の家」。

先代が阿寒湖のコタンの酋長だった家族が経営されている。

OFF9.jpg

毛ガニ一匹付き、刺身、ちゃんちゃん焼き、エゾジカのたたき、サケの白子の天ぷらなどのほか、アイヌの伝統食もついた夕食。

ムックリの演奏や、アイヌの食べ物の説明などもうかがう。

そして、背後の女性二人の頭の上の額に注目。

OFF10.jpg

なんと、「ゴールデンカムイ」の作者野田サトル先生の直筆の色紙。

ほかにも、森繁久彌、三船敏郎、渥美清、乃南アサ諸先生の色紙があった。

旅館や食堂に色紙が並べられえているのはよく見かけるけど、これだけ豪華なのは別格だなあ。。

OFF12.jpg

道具の展示もありました。

OFF13.jpg

塩辛い温泉に入って、明日からの縦走に備え、早めにおやすみなさい。

 

| ぼっち | 北海道の山 | 06:22 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
穂高 岳沢合宿(2)―天狗沢からジャンダルム・奥穂高岳周回

8月3日、合宿2日目。

ぼっちたちA組は、岳沢から天狗沢を詰め、ジャンダルム経由で奥穂高岳へ登頂、吊尾根から前穂高岳により岳沢に戻る計画。

お試しの新人N君も含め、無事1日で周回できるか、いざ挑戦 (ロ。ロ)/オウ

 

まずは、岳沢から天狗の頭(2,909m)とジャンダルム(3,168m)の間の天狗のコル(=鞍部)をめざし天狗沢を詰める。

このコースは、奥穂高岳から西穂高岳の縦走路のエスケープルートで、国土地理院の2万5千分の1地形図には記載されておらず、昭文社の山と高原地図では、一般登山道ではなく破線になっている。

下部は比較的緩やかで、岩もしっかり固定されていて案外歩きやすい。

登山道沿いには、ハクサンフウロ、テガタチドリ、ミヤマカラマツ、イワオウギ、エゾシオガマ、ヨツバシオガマ、ウサギギク、クルマユリ、コバイケイソウなどが見られた。

しかし、天狗のコルが近づくと、ぐっと傾斜がきつくなり、足元も浮き石だらけになる。

落石注意であります。

20190803岳沢7.jpg

天狗のコルに到着。

歴史を感じさせる岩室は、中に大岩が入ってしまい使用不能。

20190803岳沢8.jpg

天狗のコルに立つと、西側の展望が一気に開ける。

特に蒲田川をはさんで向かい合う、カール(圏谷)を抱き込む笠ヶ岳と抜戸岳の姿は、なじみやすくて、懐かしい。

それに対して、岩峰が不規則に重畳する穂高岳の―特に飛騨側は、山に神仏を見る江戸時代の人の目だと、すっと高みを目指す山に比べると、それほどありがたそうじゃなかったのかもな、とおもう。

20190803岳沢9.jpg

天狗のコルから飛騨山脈の主稜線に入る。

鎖などが取り付けられているものの、ホールドがしっかりしているわけでもないので、慎重に進む。

20190803岳沢10.jpg

ジャンダルムは、そそり立つ奥穂高岳側から裏側に回ると、案外登りやすそう。

20190803岳沢11.jpg

ジャンダルム山頂に立ち、奥穂高岳を眺める。

涸沢から見上げる圏谷を抱いた姿とも、笠ヶ岳川から見る岩の殿堂といった姿とも違う、ひたすら岩の塊としてそこにある。

これから難所「馬ノ背」を越え、あの頂きに立たねばならない。

20190803岳沢3.jpg

振り返って見上げるジャンダルムは、全く別の姿。

20190803岳沢12.jpg

岳沢から約6時間で奥穂高岳山頂に到着。N君、念願の山頂に立てて良かったね。

 

奥穂高岳から前穂高岳への吊尾根を下っていく途中で、南稜ルートを登り切ったB組のメンバーと出会う。

岩登りとハイマツ漕ぎで、大変だったとのこと。

ちなみに奥穂高岳南稜は、1912年8月にウォルター・ウエストンが上条嘉門次の案内のもとに「日帰り」で初登した、歴史あるルート。

その時ウェストンは51歳、嘉門次は65歳。嘉門次は、同月に鵜殿正雄の奥穂高岳〜西穂高岳初縦走の案内もしているというからおそるべし。

 

吊尾根の先にそびえる前穂高岳。それに続く鋸の歯のような明神岳。

計画では、紀美子平から前穂高岳を往復する予定だったけど、もう時間も体力も使い切ってジャンダルムを断念したB組と一緒に直接岳沢に下山することに。

20190803岳沢14.jpg

紀美子平から岳沢への下山路、重太郎新道は、一般登山道としては、最も急勾配なもののひとつではないだろうか。

20190803岳沢15.jpg

西穂高岳方向の稜線を眺めながら、岳沢に下る。

前穂に立ち寄れなくてちょっと残念だけど、長い充実の一日でありました。

20190803岳沢16.jpg

<登山記録>  (−:車、…:徒歩) (↓地図クリックで拡大)

2019年8月3日(土) 晴時々曇 

岳沢テント場5:00…天狗のコル7:50〜8:00…ジャンダルム10:00〜10:20…(馬の背)…奥穂高岳山頂12:00〜12:30…(吊尾根)紀美子平14:10…(重太郎新道)…岳沢テント場16:45(泊)

 

4日(日) 晴

岳沢テント場8:20…風穴9:50〜10:00…上高地11:00(ビジターセンター見学など)…上高地バスターミナル12:30ーアカンダナ駐車場13:20―(帰路)

 

| ぼっち | 日本百名山 | 21:38 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
穂高 岳沢合宿(1)―初日は偵察

8月2日〜4日は、ぼっち地元の山の会の、岳沢をベースにしたテント2泊の合宿。

メインの3日に、A・B2組に分かれ、次のルートで穂高岳を周回する計画。

・A組は、Nuリーダのもと、入会浅いメンバーが中心で、岳沢〜天狗のコル〜ジャンダルム〜奥穂高岳〜前穂高岳〜岳沢を周回

・B組は、ベテラン組で、岳沢から奥穂高岳南鐐をクライミングして奥穂高岳登頂〜ジャンダルム〜天狗のコル〜岳沢に下山

どちらも、なかなかハードな内容。

ぼっちは、お試し登山として若いN君(28歳)を勧誘したので、A組に参加。

 

まずは、平湯のアカンダナ駐車場から、バスで上高地へ。

観光客に混じりながら、河童橋の上で記念撮影。

背後に見える穂高連峰に囲まれた雄大な渓谷が岳沢であります。

20190802岳沢1.jpg

梓川右岸の治山運搬路から穂高・岳沢登山路に入る。

標高差が大きく難易度が高いコースなので、一般的な涸沢経由の登山路に比べると、ずいぶんと静か。

ツガやシラビソの「岳沢原生林」を抜けていく。

原生林といっても、それほど巨木が目立つわけでもないのは、急峻な地形で土壌の発達が良くないためだろうか。。

20190802岳沢2.jpg

岳沢小屋まで、10・9・8…と、カウントダウンする標識があり、7番目に風穴がある。

地中の凍土を通って吹き出る風が、飛び切り涼しく、下界の皆さまには、申し訳ないくらい。

食料やテントで重いザックで標高を上げていくと、小屋見峠という場所で、岳沢小屋の赤い屋根が見えてくる。

平成18年豪雪(2005〜2006年)の時の雪崩で全壊する以前に来て以来なので、ずいぶん久しぶり。

テント場は、小屋の先、涸れた沢を渡った対岸にある。

20190802岳沢3.jpg

テント設営後、A組6名は事前訓練、B組3名は南稜の事前偵察のため、岳沢上部に向かう。

あいにく、にわか雨が降りだして、事前訓練はあまりできなくて残念。

20190802岳沢5.jpg

南稜偵察のB組は、取付き箇所などを確認。

若かりし頃、穂高の岩場をぐいぐい登っていたNさんが引率者だけど、こんな岩稜を登るなんてすごいなあ。。

20190802岳沢4.jpg

ちょっと不完全燃焼で、テント場に戻る。

食事係のぼっちは、豚キムチ鍋を用意。雨に降られながらも、みなさんにおいしいと言ってもらえて、ひと安心。

20190802岳沢6.jpg

<登山記録> (―:交通機関、…:徒歩)

2019年8月3日(金) 曇一時雨 メンバー:L Nu、SL N、G、O、O、F、Y、N

アカンダナ駐車場9:20―(バス)―上高地10:10…穂高・岳沢登山路入口10:35…風穴11:20〜11:30…岳沢テント場13:40(泊)

 

| ぼっち | 日本百名山 | 21:19 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
遠い山ー水無山(1,506m)

台風一過の7月28日(日)、何とか天気が曇りなので、懸案の山のひとつ、水無山をめざす。

富山・岐阜県境のこの山は、登山口となる富山県南砺市利賀村水無集落(廃村)までのアプローチが大変で、「ぎふ百山」の中でもっとも遠い山のひとつ。

登山口までは飛騨市河合町から国道(酷道)471号線から楢峠越えが最短だけど、今回は台風の余波も考え、東海北陸自動車道五箇山I.C.→国道56号線→県道34号線で向かうことに。

やはりというか、県道34号線の利賀川ダム手間8辧ι弦睫750m地点のゲートで通行止め。

フフ、こんなこともあろうかと、MTBのジャイアン号を積み込んできましたよ。

20190728水無山1.jpg

標高約900mの利賀ダムを経て、さらに北へ2區覆鵑席岐が、水無山への林道。

標高約1,400m登山口まで、ここからさらに10卅罎あがらなくてはならない。

登山というより、MTBのヒルクライムという感じ、自転車好きでよかった。。

20190728水無山2.jpg

漕ぐの半分、押すの半分で進んでいくと、これから水無湿原の刈り払いに行くというボランティアの方々の軽トラックに追い越される。

登山口手前2劼如∋劃債床爾砲△訖緻擬掌兇諒欷遒里燭瓠⊆屬歪鵡垰澆瓩砲覆襪韻鼻MTBはさらに先へ。

20190728水無山3.jpg

林道入り口から2時間あまりで、ようやく登山口に到着。

クマは、木の杭とか齧るのが好きみたいで、白神山地と同じく角が齧られた道標には、山頂まで300mとある。

ここまでの10劼領啼仕个蠅硫未討法登山300mとは。。

山頂までのブナ林は、一度伐採されているようで、比較的若い。

20190728水無山8.jpg

自転車漕ぎでガクガクの脚をだましながら、15分あまりで、ようやく山頂に到着。

立派な山名標識は、クマに齧られないよう有刺鉄線でぐるぐる巻きになっておりました。

見晴らしを確保するために、南側の飛騨側(水無湿原側)が刈り払われ、晴れれば猿ヶ馬場山や白山方面が見えるよう。

ただ、富山・岐阜県境には、白木峰、金剛堂山、人形山など眺望絶佳の山が多いので、見劣りするのは致し方ない。

20190728水無山4.jpg

帰路は、水無湿原の方へ降りてみる。

20190728水無山5.jpg

ここの登山道の特徴は、樹木名の標識まで付けヤマウルシの木がしっかり残されていること。

左右ウルシのトンネルなんてところもあるので、触れないように、注意しながら進む。

20190728水無山6.jpg

降り立った水無湿原は、ミズバショウなど湿原植物が豊富だったそうだが、一時期は周辺の伐採などで乾燥して植物も激減したらしい。

NPOの皆さんらの保護活動もあって、ようやく最近復元。

往路ですれ違った方たちが、その皆さんで、木道周りに生い茂った草の刈り払い作業をちょうど終わられたところにぼっちが到着、刈り払われたばかりの木道を歩かせてもらいありがたかった。

それにしても、本日の来訪者は独りきりかな。。

20190728水無山7.jpg

帰路は、MTBジャイアン号の威力発揮。往路の半分以下の時間で下山。

少し脚を延ばし水無集落跡に立ち寄ってみると、水無八幡宮という立派な神社があり、鳥居の前に由緒書きの石碑があった。

―昔この辺りは、山伏の往来が盛んで、ある時山伏がこの辺りで大雨と洪水に見舞われ、従者ともども流された時、八幡神に祈ったところ、川の水がなくなって助かった。その後も、川がいったん水がなくなり下流で再び流れ出すので、水無川と呼び、集落名も水無とした。水無集落は、林業が盛んな頃は16世帯120余人が住んでいたが、生活が変わりダムができ、廃村になった―

との水無にまつわる歴史が記されていた。

20190728水無山9.jpg

誰も住んでいない廃屋の庭に、夏の花が咲いている。

たまには訪れる人もあるのだろうか、花の持つ不思議な力を感じた。

遠い遠い水無山訪問記。以上であります。

20190728水無山10.jpg

<登山記録>  (―:車、‥:MTB、…:徒歩) (↓地図クリックで拡大)

2019年7月28日(日) 曇一時小雨 単独行

自宅4:00―五箇山I.C.―(国道56号線・県道34号線)―利賀村大勘場(ゲート閉鎖:駐車)7:40‥利賀ダム8:10‥林道分岐8:30‥林道ゲート10:25‥登山口10:45(駐輪)…水無山山頂11:05〜11:25…水無湿原11:40〜11:55…登山口12:20‥林道分岐13:15‥水無八幡宮13:25‥利賀ダム13:15‥ゲート14:00―(五箇山温泉入湯後帰路)

ブログ「ぼっちの『岐阜百名山』勝手に選定委員会」へ>←クリック!

<メモ>

・富山県の「白木水無県立公園」に指定されているが、登山口に立つまでの道路事情が極端に悪いこともあって、白木峰と違い、訪れる人はわずか。

・地元ボランティアが、ミズバショウの咲く6月に探勝会を開催されており、登頂にはこれに参加するのが最も確実。

・それ以外の時期は、林道が通れる保証はなく、MTBを持参するなりした方がいいと思われる。

・飛騨地方の岳人は、残雪期飛騨市河合町側からスキーなどで入山することが多い。所要10時間近いという。

 

| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 06:33 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
「天気の子」と夜叉姫と

7月27日は、ぼっちの何十回目かの誕生日であります。

例年、梅雨明け直後で快晴率がすごく高いので、「誕生日プレゼントは山」と、家にいたことなない。

ところが、今年は梅雨は長いし、台風6号は日本を直撃するしで、トホホであります。

地球環境がおかしくなっているからなんだろうか。。

 

ということで(家族はぼっちが家にいるとは思わず予定があるので)独り新海誠監督話題の「天気の子」を見に。

「天候の調和が狂った時代を舞台に、運命に翻ろうされる少年少女の物語」で、

ネタばれにならない程度にポイントをいうと、祈るだけで天気を晴にできる不思議な力を持つ少女天野陽菜が、天候の調和を戻すため、人柱として犠牲になろうという切ないお話。

今日のぼっちの心境には、まことにぴったりの映画でありました。

 

さて、映画が終わって、帰る途中、カーナビに「夜叉堂」という表示が出た。

ああそうだ、天気のために人柱になるって言ったら、夜叉姫もそうだった。

「夜叉ヶ池」の伝説といえば、岐阜県民や坂東玉三郎ファンを中心に、ご存知の方も多いことでしょう。

その伝説は、おおよそ次のとおり。

平安初期弘仁8年(817年)、美濃国平野庄(岐阜県安八郡神戸町)は大旱魃に見舞われた。

ある日、郡司の安八太夫安次は、小さな蛇を目にしため息まじりに「もしそなたが雨を降らせてくれるなら、私の大切な娘を与えよう」とつぶやいた。

実は、その蛇こそ揖斐川上流に住む龍神で、大雨を降らせた後、約束どおり娘をもらうため若者の姿に変え安次のもとに現れた。

安次が三人の娘たちに事情を話すと、一番心がやさしい夜叉姫という次女(三女とも)が、龍神とともに、行くことになった。

娘を案じた安次は、揖斐川上流のさらに山奥の池に龍神が住むという話を聞き、山上にあるその池にたどり着いた。

「夜叉姫よ、今一度父に姿を見せておくれ」と安次が叫ぶと、巨大な龍が現れ、「父上、これがあなたの娘の姿です。もうこの姿になったからには人の前に現れる事はできません」と告げ、池の中に消えた。

その池は、夜叉ヶ池と呼ばれ、山上にあり流れ込む沢もないのに、今も変わらず水をたたえている。

安次の子孫は、代々石原伝兵衛を名乗り、今も神戸町に住んでおられる。

 

晴れを呼ぶ「天気の子」天野陽菜と、雨を降らす夜叉姫は、真逆だけど、天候の不順に少女が犠牲となるというのは同じ。

せっかくなので、夜叉堂に立ち寄ってみよう。

 

夜叉堂があるのは、濃尾平野の中で、夜叉ヶ池からは直線距離で約40劼睥イ譴討い襦

台風来てます。。

旧い道に「夜叉堂」の石碑があり、ナビをたどっていくと、夜叉堂の前に出る。

旧家のお屋敷の一部という感じで、由緒書きがあり、奥に進むと夜叉堂があった。

山馬鹿としては、これ以上雨はいいけど、狂いかけた地球環境を何とかしてくださいと祈りたいところ。

後で神戸町の街並みを通ったら、なんと今日は、当地から夜叉ヶ池まで往復を2日で走る「夜叉ヶ池マラニック」の開催日だった(@。@ オオ!グウゼン

夜叉ヶ池と神戸町の夜叉堂、往復135辧結構あります。

大雨の中、強行開催されたみたいだけど、ここにも「天気の子」が来てほしかった。。

 

| ぼっち | ひとりごと | 17:52 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
大登山家 円空

円空は、美濃国出身で、豪胆かつ無私の微笑みに満ちた「円空仏」を生涯12万体(約5千体が現存)彫ったと伝わる江戸前期の修験僧。

円空仏は、昭和30年代に民芸品のような扱いでブームとなり、当時円空は流浪の乞食僧のように思われていた。

 

しかし、研究家長谷川公茂氏らが円空仏の研究を進め、円空の生涯や思想が明らかになっていった。

そして2006年、梅原猛氏が「歓喜する円空」(新潮社)で、円空を行基や泰澄につながる日本宗教史(思想史)の重要な存在と位置づけた。

さらに、2013年には、東京国立博物館で140周年特別展として「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」が開催され、今では美術家、宗教家として江戸時代を代表する存在と位置づけられている。

 

ところが、山馬鹿目線で調べていくと、どうもそれだけにとどまらない。

白山信仰によりながら山岳修業を重ねた円空は、登山家としてもすごい存在らしいのであります。

 

まず、円空が生きた江戸前期(寛永9年(1632年)〜元禄8年(1695年))は、後期に比べて地理的な情報が少なかったことを考慮しながら、その足跡を見ていただくと、

 

・伊吹山で修行(寛文6年(1666年)北海道洞爺湖中の観音島の聖観音像背面に「江州伊吹山平等岩僧内 円空」の銘有り)

・高賀山周辺で修行(寛文3年(1663年)神明神社神像からはじまり、晩年までたびたび訪れては周辺の寺社に円空仏を残す)

・恐山で修行(円空仏が残される)、寛文6年(1666年)津軽藩弘前城下を追われ、北海道に渡る

・北海道で、内浦岳(現駒ヶ岳、寛永17年(1640年)噴火)、有珠山(寛文3年(1663年)噴火)で山鎮めの祈りを捧げる

  (円空の山岳信仰の中心にある白山が、万治2年(1659年)に噴火しており、火山を山の怒りとして、強い関心を持っていたと思われる。

   在世中は噴火していなかった富士山の絵が4枚残るが、いずれも噴煙を上げる姿で描かれている。)

・大峰山で修行(山麓の奈良県天川村栃尾観音堂諸仏に寛文13年(1673年)銘有り)

・日光で修行(円観坊十一面観音に天和2年(1682年)の銘有り)

・御嶽山で修行(山麓の南木曾町等覚寺に貞享3年(1686年)6月に天神像を、8月に弁財天像と十五童子像を残しているので、この間に登ったらしい)

 

そして、円空は、晩年ともいえる貞享2年(1685年)から元禄3年(1690年)、集中的に飛騨を訪れて、厳しい山岳修行とおびただしい仏像製作を行っている。

(滞在時期については諸説あるが、この時期に飛騨にいたのはほぼ間違いがない。)

その最後の年になる元禄3年、双六谷最奥にある金木戸集落に、三体の仏像を残し、そのうち六面の観音に次の銘を残している。

(今は十一面観音と呼ばれているが、実際には以下の山の数と同じ6つの面を持つ。)

 

「頂上六仏 元禄三年 冂/ 乗鞍嶽 保多迦嶽 □御嶽 / 伊応嶽 錫杖嶽 四五六嶽 /□利乃六嶽 本地處□6権現」

(□は判読不能、なお上記は東京国立博物館東洋館室長浅見龍介氏が赤外線撮影をもとに読んだもの。)

20190703円空十一面観音.jpg

(←クリックで拡大)

乗鞍岳は、円空が登り、仏を池に納め魔を払った話が伝わる。

 (飛騨市神岡町の二十五山にも、二十五菩薩を山頂に納め、あたりの木を伐り払うことで濃霧を払った話と、その二十五菩薩が伝わる。)

・□御嶽は、於御嶽と呼んで大嶽、つまり笠ヶ岳のこととされ、円空が開いたと伝わる。

 (笠ヶ岳に円空が登ったことは槍ヶ岳を開山した播隆の「迦多賀嶽再興記」に記されている。)

・伊応嶽は、硫黄嶽=焼岳のことで、元禄頃は噴火もしておらず、登ることができたはず。

 (円空は、焼岳山麓の平湯禅通寺に元禄3年(1690年)逗留し、仏を残している。)

錫杖嶽は、笠ヶ岳の南手前、四五六嶽は双六岳のことで笠ヶ岳の北奥。登ったかどうかの記録はない。

 ただし、笠ヶ岳より奥の双六岳に名前はついていなかったはず。錫杖岳もこれが記録上初出。

 (約180年後の文政6年(1823年)、播隆が笠ヶ岳に登ったのは、上宝村の笹嶋集落から笠谷を遡行するルート。

  しかし、円空が飛騨にいた江戸初期は、飛騨国が幕府直轄領になる直前で、山や谷に対する情報は播隆の頃より格段に少なく、谷を遡行する発想ができたのか不明。

  そもそも円空にとっては、尾根を行く回峰の方がなじみやすかったはずで、ぼっちの推測としては、

  円空は、焼岳や二十五山の山頂に立ち、笹嶋から笠ヶ岳に至る長い尾根を観察し、笹嶋から尾根伝いに錫杖嶽を経て笠ヶ岳に登頂し、双六岳から双六谷に降りるルート取りを想定し、

  元禄3年、踏破して金木戸集落に降り、無事登れたことを感謝して仏像を治め、造仏にも一区切りつけて(今上天皇像の背銘)、飛騨を去ったのではないかと考える次第。)

 

・残る、保多迦嶽は、穂高岳のこと。

・ここで、国絵図で見る江戸時代の飛騨山脈でふれた疑問に戻ると、

 日本山岳会編「改訂版 新日本山岳誌」の奥穂高岳の説明には、「穂高の山名が初見されるのは正保三年(1646年)の国絵図。そこには『保高嶽』とあり『上河内川』の記入もある」と記載され、これがWikipediaにも引用されている。

 しかし、正保版の国絵図(原本はなく正保4年の信濃国の写し)にも、約50年後の元禄版(元禄14年(1696年)写し)にも保高嶽は出てこない。

 さらに江戸後期天保9年(1838年)の天保国絵図にも出てこないし、梓川は記されるが「上河内川」は出てこない。

 

・この件については、新たな事実が判明。

 松本市・松本市教育委員会が作成した「上高地保存管理計画 改訂版」(2017年)第2章P21に「穂高岳の名は、正保、元禄、天保のいずれの国絵図にも見えませんが、元禄の国絵図の下図と思われる『師岡本信州筑摩郡安曇郡図』(松本市博物館像)に『保高嶽』と見え、17世紀末にはその名が確認できます」とある。

 さらに、P17には、「上高地の名は、正保3(1646)年の正保の国絵図(松本御領分図)に上河内川と記載されたのが文献に現れる最初」とあるので、残念ながら「新日本山岳誌」の記述は誤りというのが結論。

 

・幕府から元禄の国絵図の作成の指示が諸藩の大名に出たのが元禄9年で、完成は同14年。

 ということは、円空が元禄3年(1690年)の六面観音の銘に残した「保多迦嶽」が、穂高岳の山名の初見ということになる。 

 そして、たぶん円空は、穂高連峰のどの場所かには足を踏み入れていたと考えるのが自然では。

 

・うーむ、山岳史においても円空の存在は大きい。大きすぎる。

 

(↓7月21日、名古屋市覚王山にある鉈薬師(医王堂)の円空仏を拝観。

 北海道から帰った円空が、明の亡命王族で尾張藩のお抱え医師だった張振甫に乞われ、名古屋城のご用材の残材で作った十二神将等などの仏像群が圧倒的。

 いずれにしても、ものすごい体力とぶれない強い心があったんだろうなあ、円空さん。)

 

| ぼっち | ひとりごと | 06:18 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
ニッコウキスゲの楽園 白木峰・小白木峰

飛騨高地の岐阜・富山県境にある白木峰は、1,596mと山頂が樹林帯でもおかしくない標高なのに、日本海側からの風雪によって、矮小化ブナ林や風衝草原になっているため、視界を遮る樹木がない。

そのため、広々とした山上は、飛騨山脈や白山連峰の好展望地として知られている。

ぼっちにとって、日本300名山完登の山で、2015年の10月に林道終点から約30分で山頂に立てる富山県側から登った

 

しかし、山馬鹿として言うなら、林道終点から徒歩30分余りで山頂に立てるのは物足らない。

さらに、岐阜県民として言うなら、富山県側から登るのはちょっとしゃく。

 

それに対し岐阜県側に、小白木峰(こしらきみね:1,437m)を経由する別ルートがあるという。

飛騨市宮川町万波の登山口から登り3時間半下り2時間半プラス山上逍遥約1時間と、日帰り登山にはほどよいコースタイム。

7月に咲き誇るというニッコウキスゲも楽しみに、それではいざ出発 (ロ。ロ)/オウ

 

国道360号線の宮川町打保から山越しをして、万波川沿いの万波に入る。

飛騨高地山中にあって、意外なほど広々した平地があるけれど、標高が高く雪深いので農耕には過酷なのか、今は牧草だけが作られている。

20190715白木峰1.jpg

万波川沿いに遡行すると、上流は大坂川と小坂川に分かれる。

小坂谷に入る林道入口の駐車スペースに愛車奥地君を待たせ、熊鈴をつけて登山開始。

20190715白木峰2.jpg

間もなく出会うゲートで車両は通行止めとなり、しばらく進むと谷を離れ、登山口に出る。

20190715白木峰4.jpg

ブナ林の中の登山道は、手入れが行き届いていて、しかもやりすぎていない。

土止めの木の階段も、朽ちたところから細かく手直しし、伐採した木を利用し、そのたわみまで計算して利用している。

飛騨の匠の子孫の仕事は、本当にほれぼれする。

20190715白木峰5.jpg

時々雨がぱらつき出したので雨合羽を着用。

ブナとチシマザサの中をジグザグに登り県境稜線に出ると、富山県八尾町側のルートと合流。

少し寄り道してみると、かわいい池塘があって、ニッコウキスゲが周りを彩っている。

ちょうど花時に当たったみたい。よしよし。

メインルートに戻ると、間もなく小白木峰に到着。

三等三角点と、頭の丸い旧農商務省山林局の三角点が並んでいる。

山頂脇に東向きに切り開かれた展望場所があって、晴れれば確実に飛騨山脈の好展望が得られるはず。

白木峰への県境稜線上の登山道はアップダウンを繰り返す。

少し下がるとブナの森となり、上がると風が強くなるのかブナは灌木化して視界が広くなる。

20190715白木峰11.jpg

霧の中の地味なブナの道沿いにも、ひそやかに咲いている花たちがいる。

ゴゼンタチバナ、ギョリンソウ、ササユリ。

面白みのない規格化された木の階段が出てくると、もう山頂が近そう。

登りつめ、山上のササ原に出ると、ニッコウキスゲ、ササユリ、オオバギボウシなどが豪華に咲き競う。

20190715白木峰12.jpg

霧が流れ、山頂が見えてくる。富山側からの楽しげな登山者たちの声も届いてくる。

今まで樹林の中をもくもく歩いてきた身に、白木峰山頂のにぎやかさはなじめなくて、木道を先に進む。

白木峰の山頂に三角点はなく、木道で約20分ほどの「浮島の池」へ向かう途中に北白木峰の二等三角点がある。

霧の中、ニッコウキスゲが星のように散らばっている。

これで、飛騨山脈の展望があれば言うことなしだけど、必殺心眼を働かすのも、それはそれで楽しい。

20190715白木峰14.jpg

木道の終着点、浮島の池。

白いワタスゲに、鮮やかなピンクのサワラン、黄色のキンコウカ、注意深く見るとモウセンゴケもある。

人間の踏み荒らしだけでなく、地球の温暖化も含め、この繊細な自然がいつまでもこのままあってくれることを祈りたくなる。

20190715白木峰15.jpg

<登山記録> (―:車、…:徒歩) (↓地図クリックで拡大)

2019年7月15日(月・祝) 曇少々雨 単独行

自宅4:00―飛騨清見I.C.―(国道41・471・360号線)―宮川町打保―万波小坂谷林道分岐(駐車)8:00…ゲート8:10…登山口8:25…小白木峰9:20…白木峰山頂11:05…浮島の池11:30…白木峰山頂12:00…(地蔵堂の前で昼食)…小白木峰13:50…林道分岐14:50―(ぬく森の湯すぱーふる入湯後帰路)

ブログ「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」へ>←クリック!

 

| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 06:23 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>
+ SELECTED ENTRIES