WALK あばうと 日本4,000山

「新日本山岳誌」掲載の約4,000山が修行の地。 めざせ山仙人!
岩手県の山巡り(OFF TIME編)―復興は食から

岩手県の山巡り、おまけはOFF TIME編。

今回、下山後は、津波の被害を受けた海岸沿いで泊まり、観光や買い物をして賑やかしをするのも大切な目的。

当ブログでもしっかり実名PRさせていただきマス。

 

6日、氷上山から見た奇跡の一本松で有名な陸前高田市。

ご覧のとおり、津波の被害がもっとも深刻だった市町村のひとつで、観光資源であった美しい高田松原を失い、市の中心地も赤茶けた土盛りが大半。震災6年目でも、復興の道はまだ遠い印象を受けた。
今宵の宿は、大船渡市の碁石浜を見下ろす場所にある「海さんぽ」 。

7年前のままの愛車奥地君のカーナビは、いったん陸前高田市から直行するルートを示してくれるけど、実際にはまだ道路が通行できず、大船渡市側から回らなくてはならない。

真新しい宿は、夕飯の充実度、丁寧な応対、コストパフォーマンスともにすばらしい。

特に旬のサンマの刺身、うまかったデス。
翌7日は、朝から雨。

午前中の登山計画はなくなったので、碁石海岸を観光。

旅館(画像右上)の目の前が、碁石浜。

その名のとおりそのまま碁石に使えそうな真っ黒な小石だけでできた浜。
碁石海岸は、リアス式海岸に、アカマツが美しい。

特に三つの穴が開いた巨岩、穴通磯は碁石海岸、大船渡市を代表するシンボル。

碁石海岸の松は江戸時代の文化13年(1816年)、防風および根付魚保護のため地元の住民が願い出て植林したものだそうで、今の美観は200年前の労苦の上にできているということ。

碁石海岸をはじめとする「陸中海岸国立公園」は、震災の津波で大きな被害を受けたため、復興および被害の伝承を目的とし、エリアを拡大して2013年「三陸復興国立公園」となった。
碁石海岸は観光施設も集中し、「碁石海岸レストハウス」「大船渡市立博物館」などがある。

レストハウスの売店で、大船渡銘菓「かもめの玉子」や、碁石海岸沖で獲れた新物のワカメ(碁石わかめ)を購入。

博物館では、化石、縄文遺跡、伝統的な漁撈道具などの展示とともに、東日本大震災の写真展示もやっていた。

碁石浜がまともに津波に襲われている写真もあった。

今回泊まった「海さんぽ」も、津波で全壊、安全な位置に建て替えられたとうかがった。
大船渡市街地に移動。

2013年にも立ち寄った大船渡駅前に立つ。

大船渡を含む宮古〜釜石間は、鉄道ではなくBRT(バス高速輸送システム)の運行になっている。

前回何もなかった駅前にビジネスホテルが建ち、平成33年3月完工をめざし駅周辺市街地整備事業が進んでいた。
サンマで有名な大船渡港も、魚市場や冷蔵倉庫がより立派に再建されていた。

大船渡市魚市場は、観光要素も入れた複合施設となって、食堂もあるそう。

市の基幹産業の施設が再建されれば、復興にも弾みがつくことでしょう。

リアス式海岸の複雑な地形のせいか、津波の被害は浦ごとに大きく異なり、漁業・観光等の資源、そして人への被害が相対的に軽かった地域は、確実に復興が進んできた印象がある。

まずはそんな地点が復興のエンジンを回して、周辺を巻き込んでいくというのが現実的なのではとおもう。
魚市場のそばの、産直店舗がちょうど開店オープンの日にぶつかった。

サンマやカキなどを買って、その場で焼いて食べることもできる。

開店記念大売出しで、サンマ・カキなどを思わずどっさり買い込んで土産に。

クール宅急便で送るなら、お客様サービスセンターからどうぞ。
お昼は、Yさんの好きなラーメンに。

大船渡市は「さんまラーメン」というのを売出し中らしい。

さんまラーメンマップをもらい「黒船」という店で、さんま出しのラーメンをおいしくいただきマシタ。
雨の鯨山下山後は宮古市へ。

2006年、東日本大震災前にYさんと早池峰山に登った帰り寿司を食べて以来。

陸前高田等に比べれば震災前の面影を残しているものの、駅は建て替わり、様変わりしていた。

駅前の「蛇の目 本店」という店で上ちらしをおいしくいただく。

宮古市の寿司屋は元気に営業されているので、どうぞお立ち寄りを。
グリーンピア三陸みやこは、19時半着、翌8日は早朝5時発だったので、くわしいPRができなくて申し訳ないのですが。。

HPによると、「宮古市田老は、2011年3月11日の東日本大震災で津波に襲われ、市街地は全滅状態で、200人近い死者・行方不明者が出ました。当ホテルは、高台で被害も少なかったため、震災直後は避難所として多くの方を迎え入れました。避難した方が、肩を寄せ合って過ごしていた場所です。敷地内のグラウンドやテニスコートに約400棟の仮設住宅が建設され、多くの人が生活をしております。また、駐車場には22店舗が並ぶ『たろちゃんハウス』と呼ばれる仮設商店街も隣接されています。従業員の多くも被災しましたが、今は心ひとつ復興に向けて前向きに取り組んでいます。」とのことデス。(画像は、早朝の田老の海岸部)
薬師岳に向かう途中、早朝の浄土ヶ浜に立ち寄り。

ここは、2006年訪れてYさんもぼっちも思い出に残った場所。

津波で前年できたばかりのレストハウスは使えなくなり、浜もがれきで覆われたという。

宮古市にとって観光は基幹産業。浄土ヶ浜レストハウスは翌2012年に再オープン。

ボランティアなどによるがれきの除去作業もされ、海水浴場も2013年には再開。

地上の浄土といわれる浜にどうぞお越しくだサイ。
六角牛山を下山した後は、遠野名物ジンギスカンを。

遠野は、北海道と並んでジンギスカンが盛んに食べれられる土地。その理由は、こちら(「あんべ」)のHPをどうぞ。

うまく、人気店「遠野食肉センター」に入ることができ、久し振りの肉をおいしくいただきマシタ。
最後の夜は、花巻市の大沢温泉湯治屋自炊部に。

素泊まり一泊3,000円で南部の殿様や宮沢賢治も入いったという名湯に泊まれる。

浴衣は200円、ストーブやこたつも別料金と合理的。

ちなみに自炊用の売店には、土産物から食材までそろっていて、ぼっちは懐かしいデザインの「マスカット・サイダー」を土産に購入。

今回、陸前高田市のものだけ紹介することができなくて残念と思っていたら、よく見るとこのサイダーが、同市の神田葡萄園製。

さわやかでうまいですヨ。
迷路のような古い建物のあちこちに温泉があって、ゆったり朝湯に入り、約11時間かけて900厖召竜∀についたのでありマシタ。
 

 

| ぼっち | OFF TIME | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
岩手県の山巡り(5)―六角牛山(ロッコウシサン:1,294m)

岩手県の山巡り、おしまいは、六角牛山。

六角牛山は、遠野盆地の東部に位置し、その美しい山容から遠野小富士、また六神石山などとも呼ばれている。
山名の由来は、アイヌ語の「山容の垂れ下がる」という意味、その昔6人の皇族が住んだという「六皇太人・ろっこうし」、山の女神「おろく」の名をとったなど諸説ある。
多くの伝説や物語を持ち、遠野物語にたびたび登場、そのうちもっとも有名なのは、「神の始(かみのはじめ)」という、次の話でしょう。 
遠野の町は南北の川の落合に在り。以前は七七十里とて、七つの渓谷各七十里の奥より売買の貨物を聚(あつ)め、其市の日は馬千匹、人千人の賑はしさなりき。四方の山々の中に最も秀でたるを早地峰と云ふ、北の方附馬牛の奥に在り。東の方には六角牛山立てり。石神と云ふ山は附馬牛と達曾部との間に在りて、その高さ前の二つよりも劣れり。大昔に女神あり、三人の娘を伴ひて此(この)高原に来り、今の来内村の伊豆権現の社ある処に宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山を与ふべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めて窃(ひそか)に之を取り、我胸の上に載せたりしかば、終に最も美しき早地峰の山を得、姉たちは六角牛と石神とを得たり。若き三人の女神各三の山に住し今も之を領したまふ故に、遠野の女どもは其妬(そのねたみ)を畏れて今も此山には遊ばずと云へり。

早池峰山、六角牛山、石上山は、「遠野三山」といわれ、遠野の人々の信仰の対象となってきた。

早池峰山の小田越登山口から車で六角牛山登山口に向かおうとすると、大きく山を巻くためずいぶん時間がかかる。

遠野の町の東に、六角牛山が見えてきた。
登山口に至る道は、県道35号線が工事中だったこともありけっこう探しにくい。

とりあえず、国道283号線から中沢川をさかのぼり、六神石神社をめざす。

神社手前に牛が飼われていて、雰囲気満点。

6匹じゃなくて5匹なのがちょっと残念。
六神石神社は、現在も篤い信仰を集めているのをしのばせる立派な社。

ただし、登山口らしきものは見当たらず、手前の家のお爺さんにうかがうと、中沢川を渡らず、川に沿って遡行し、立札で左手に折れるようにとのこと。

久し振りに本格的な東北弁を伺えて、難解ながらうれしかった。
林道入口には、獣除けの柵が張られ、これをいったん外して入るというのが、分からなかったんだよな。。
長い林道を進むと、突き当りに標識が。

これを左手に折れてとー
立派な登山口に到着。

なんと、八王子ナンバーの方が下山してきたところ。

県道35号線、工事中だけど通れましたとのこと。

こちらも、六神石神社方向の道路事情を説明。

貴重な情報交換ができた。
登山口には、案内板と標識と登山届のポストが設置されている。

わが岐阜県の(特に美濃地方の)登山口もこれくらい親切ならいいのにな。。
ミズナラなどの広葉樹に包まれた気持ちのいい登山道。

1合目から順に標識が出ている。

最初は、広くおだやかな尾根道だったのが、5合目を過ぎるあたりから、岩まじりの急登になる。。
8合目あたりから、ようやく緩斜面となり、丈の高いササ原の切り開き道を進む。

標高をかせいだ分、紅葉が深まっていく。
六角牛山山頂に到着。Yさんとがっちり握手。

登山ブランク長目のせいか、眼鏡をびっしょり曇らせておられた。

山馬鹿の遠距離・物好き登山にお付き合いいただきありがとうございマシタ。
山頂には、二等三角点のほかに、角の少し丸い三角点の石標が。

おお! これは飛騨山脈でも目にした山林局の三角点ではないか。

ちょうど、上條武氏の労作「孤高の道しるべ―穂高を初縦走した男と日本アルプス測量登山」を読んで、測量登山初期の山林局や御料局のご苦労に想いをはせていたところなので、感激ひとしお。
山頂直下の祠越しに遠野の町が眺められる。

その向こうに、今回最初に登った物見山の高原状の姿も。

早池峰山は同定できなかった。

さあ、名残惜しいけど、陽が傾きかけてきたので、下山を急きますか。
夕暮れの陽を透かす紅葉を見納めながら、無事日没手前に下山。

岩手県の山巡り、無事終了。

 

 

 

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2017年10月8日(土) 快晴 Y、botti
グリーンピア三陸みやこ4:50―(国道45,106,340号線、県道25号線)―小田越(駐車)7:15…薬師岳山頂8:50~9:30…小田越10:35―(遠野市街・国道238号線・中沢川遡行)―六神石神社(昼食)12:45~13:15―六角牛山登山口13:30…六角牛山山頂15:25~15:50…登山口16:50―(遠野市でジンギスカン夕食後大沢温泉へ)

<メモ>

・地元で大事にされている山なので、中沢川沿いなど要所に標識が出ているが、林道への入り口になく、獣除けの柵がしてあるので、ここがわかりにくい。

・遠野三山の登山マップは、遠野市のHPが親切。

 

| ぼっち | 東北の山 | 06:46 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
いわて県の山巡り(4)―薬師岳(1,645m)

10月8日(日)、待ちわびたとびきりの秋晴れ。

こんな日に遠野地方の名山、薬師岳と六角牛山を巡ることができるのはありがたいことでありマス。

まずは、薬師岳。

同山は、北上山地の最高峰早池峰山(1,917m)の南にあって、標高1,645mは、同山地2番目の高さ。

山上部はハイマツ帯となり、「早池峰山および薬師岳の高山帯・森林植物群落」として特別天然記念物に指定。

薬師岳と早池峰山は、西へ流れる北上川の支流岳川、東へ流れる閉伊川の支流薬師川によって隔てられている。

2つの川に沿う県道25号線の分水峠小田越に、両山への登山口が開かれている。

紅葉の3連休、岐阜ナンバーでやって来て、登山客で賑わう日本百名山早池峰山の登山口に背を向け、往復2時間30分の薬師岳だけに登るって、変わり者と言われても仕方ないな。。(案内図クリックで拡大→)
登山道は、早池峰山同様よく整備されている。
快晴に紅葉、特にナナカマドやカエデの赤の鮮明さは、みちのくの山ならでは。
早池峰山が蛇紋岩でできているのに対し、薬師岳は花崗岩。

登山道は途中花崗岩の大岩をよじ登る場所もあり、はしごも登場。
標高をかせぐと、コメツガやオオシラビソ(アオモリトドマツ)の針葉樹林となり、林床には(花時じゃないけれど)オサバグサの群落がみられる。

樹林の合間に、早池峰山の雄大な姿。

「早池峰山に登ると、早池峰山見えませんものね」と強引にYさんを納得させようとする山馬鹿ぼっち。
標高1,500mあたりで樹林帯からハイマツ帯となり、早池峰山を背中にぐいぐい登る。

主稜線に出ると、ピークまであとわずか。
薬師岳山頂に到着。

早池峰山〜鶏頭山の稜線の向こうに岩手山が顔を出す。

あの稜線もずっと昔たどったなあ。。
向かいの早池峰山が、その姿を隠すところなく見せてくれる。

「早池峰山の頂上だったら、見えるの薬師岳デスから。」(←クドい)
西の方にやや離れて三角錐のとりわけ目立つ独立峰が。

どうやら、鳥海山だと同定。

太平洋方向から、日本海方向まで見えていることになる。
ブナなどの黄葉の波の向こうに、遠野物語ゆかりの遠野市附馬牛町が見える。

遠野から薬師岳への長いルートもいつかたどってみたいもの。
山頂の大岩に、ここにも石の獅子頭が祀られていた。

このあたりには、獅子頭そのものに特別な信仰があったのだろうか(※)
山上から見下ろす、早池峰山裾野の紅葉。

南斜面となる早池峰山登山道沿いの紅葉は、悔しいけど、やはり抜群の鮮やかさ。
 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2017年10月8日(土) 快晴  Y、botti
グリーンピア三陸みやこ4:50―(国道45,106,340号線、県道25号線)―小田越(駐車)7:15…薬師岳山頂8:50~9:30…小田越10:35―(六角牛山へ)

<メモ>

・2万5千分の1地形図には、小田越山荘経由のルートが載っているが、現在はあまり歩かれていないようで、薬師岳山頂には、下山には使わないでくださいとの標識があった。

・※獅子頭について後日調べたら、次のような信仰上のいわれがあるそう。

東北地方に熊野信仰を広めた熊野山伏は、獅子頭に熊野の神を勧請し、それを「権現」と呼び、その権現様を奉じて、村々を訪ねて悪魔払いをして回った。

東北地方では、獅子舞のことを権現舞(ごんげんまい)といい、熊野修験が衰えてからは、伊勢や熱田神宮などの宗教者たちが、熊野山伏がしたように、それぞれの神を獅子頭に勧請して、やはり悪魔払いをして村々を回った。(別冊太陽No.115 『お神楽』)

 

| ぼっち | 東北の山 | 07:01 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
岩手県の山巡り(3)−鯨山(610m)

翌10月7日は、あいにくの雨。

午前中はOFF TIMEにして大船渡市で過ごし、小降りになった午後、山田町・大槌町にまたがる鯨山に。

 

「鯨」と付く地名は、全国に分布し、海沿いに多いのは当然として、あんがい内陸部の地名にも付けられている。

日本人と鯨との関わりは、昔から密接だったんでしょう。

そのうち、鯨と付く山は、この610m峰と、その南の「子鯨山」、山口県の「鯨ヶ岳」しか見当たらなかった。

「鯨山」―なんかわくわくする響きだな。。

 

「いわての山々」というHPを引用させていただくと、鯨山は次のような山らしい。

 [位置] 山田町船越湾と大槌町吉里吉里湾からよく見える山で、その特徴的な山容から、古くから、三陸沖を行き交う船が「羅針盤」(がわり)として位置を確かめるために使用していた。当山の南には小鯨山があり、対をなしている。

 [山容] 三陸のリアス式海岸からいっきに盛り上がる。大槌町波板地区と山田町の境をなす。見る方向によってクジラを想像させる山体からなる。

 [山名由来] 当山と小鯨山は「昔、大津波の時に雌鯨と雄鯨が潮のまにまに寄せてきて、二つの山にとどまった」という伝説があり、この名がついたという。

 [伝説] この地で流行病が発生した時に、浜に打ち上げられた鯨を食べたら元気になった。飢饉の時、浜は鯨の大漁で、肉をもらう人々は鯨に似たこの山を目当てに集まった、などがある。

雨天で鯨のようだという山容が確かめられないのが残念だけど、それでは、登るとしましょう。

 

鯨山の登山ルートは、大槌町浪板からと、山田町の岩手県立陸中海岸青少年の家からのものがある。

今回は、青少年の家からのルートを選択、雨合羽を着込んで登山開始。
キャンプファイヤー広場の外れから尾根に取り付く登山道は、青少年くんたちの野外活動にも利用されている。
ミズナラなどの広葉樹にアカマツが混じる尾根道。

ドングリが一杯落ちているし、雨の中だから、熊くんの野外活動も盛んそう。

熊鈴を鳴らし、ホイッスルを吹きながら進む。

標高をかせぐほど、アカマツが目立つようになり、主稜線に出る。
要所要所に手作り感いっぱいの案内板がある。

特に低山では、みんなに大事にされている山ほど登っていて気持ちがいい。
小さなアップダウンを繰り返す稜線は、山頂が近づくと岩交じりの急斜面になる。

雨なので、スリップしないよう注意深く進む。

こういうシチュエーションだと、相棒がいるのはありがたいな。。
最後のひと登りで、鯨山山頂の広場に出る。

立派な祠があって、狛犬のほかに石造の獅子頭があるのが特徴的。
二等三角点と避難小屋のある山頂からの展望はまったくゼロ。


案内板によると海側は、船越湾や吉里吉里湾、山側は早池峰山などの大展望があるよう。

今回も、必殺心眼でいくかな。。
<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2017年10月7日(土) 雨  Y,botti
碁石海岸宿―(碁石海岸・大船渡市立博物館)ー(大船渡市街・昼食)―岩手県立陸中海岸青少年の家(駐車)13:20…390mピーク…鯨山山頂15:15~15:30…390mピーク16:15…青少年の家16:45―宮古市(夕食)―グリーンピア三陸みやこ19:30(泊)

 

| ぼっち | 東北の山 | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
岩手県の山巡り(2)−氷上山(874m)

岩手県の山めぐり、2番目は陸前高田市と大船渡市の境にある氷上山(ひかみさん:874m)。

その名の由来は、むかし山火事があった際、この山の山頂部だけが焼けずに残ったことから、火防の神が宿る山として、「火神山」と名付けられ、それが転訛して「氷上山」となったと伝えられる。

山上には、西ノ御殿、中ノ御殿、東ノ御殿とも呼ばれる理訓許多(りくこたの)神社、登奈孝志(となかし)神社、衣太手(えたて)神社があり、山麓には、氷上山神社がある。

雨乞いに、海上安全に、大漁祈願にと、陸海オールラウンドの願いを集めている、この地方きっての信仰の山でありマス。

物見山から陸前高田に向けて国道340号線を進み、登山口のひとつ「霊泉玉の湯入口」の看板を目印に東に折れる。

山道を登っていくと、「検問所跡」の立札が。

読んでみると、ここは奈良時代から江戸時代まで栄えた玉山金山の入口にあたるんだそう。
氷上山山麓にある玉山金山は、東大寺大仏造営にあたり日本で初めて発見されたと伝えられる金山のひとつで、大仏に鍍金(メッキ)され、中尊寺金色堂に代表される奥州藤原氏の黄金文化を支え、江戸半ばに衰退するまで伊達政宗以降三代の栄華を支えたのだという。

道沿いに精錬所跡、御法度の博打を隠れてやった博打岩、坑跡、屋敷跡などが並んでいる。

また、金以外に水晶も産出したため、氷上山は「玉山」とも呼ばれたのだとか。
氷上山には、玉山鉱山跡にある玉の湯から登る「玉山コース」、最短の「中央コース」、山麓の普門寺からはじまる「すずらんコース」がある。

今回は、中腹の赤い鳥居から登る中央コースを選択。
山麓から登る中央コースは、赤い鳥居の場所が5合目にあたる。

6合目には、立派な老杉が2本並んでいた。

スギは参道などに植えられる場合が多いから、氷上山も相当古い時代から信仰の山だったはず。
登山道は、ミズナラなどの広葉樹と、ここもアカマツがみられる。

物見山に比べると、より自然な感じで、気持ちよく登っていける。

途中、陸前高田市の市街地が見える場所がある。

街からも良く眺められる山なんでしょう。
信仰の場だったらしい古い石組を過ぎると、祈祷ヶ原というススキの刈られた踊り場のような場所に出る。

ここに、登奈孝志荘という登奈孝志神社にちなむ名の避難小屋もある。
祈祷ヶ原からふたたび樹林帯となり、しばらくで展望の開けた場所にある「まわり石」という大岩に出会う。

海や半島はおだやかな姿だけど、奇跡の一本松で知られる陸前高田市の市街地は、からっぽの赤茶けた空き地として見下ろせる。

氷上山は、東日本大震災をはじめさまざまな苦楽をみてきたんだろう。
山頂が近づくと、笹原と疎林に。

このあたり、2013年に登った近くの五葉山のたたずまいにも似ている。

ただ残念! あいにく霧が急にたちこめはじめた。
期待していた氷上山の山頂は、展望なし。

まわり石から存分に展望したから、良しとしなくては。。
山頂直下に、東の御殿と呼ばれる衣太手神社の祠が。

帰路もまわり石から展望できたので、三陸の海と陸をしみじみと眺めたのでありマシタ。
 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)

2017年10月6日(金) 晴 Y,botti
―水沢I.C.ー遊林ランド種山(駐車)10:40…物見山11:30~11:40…遊林ランド種山12:45―氷上山中央コース登山口(駐車)14:15…祈祷ヶ原15:15…まわり石…氷上山山頂15:35~15:45…祈祷ヶ原…中央コース登山口16:30―(陸前高田市から大船渡市経由)―碁石浜ごいし荘別邸海さんぽ17:45(泊)

 

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岩手県の山巡り(1)―物見山(871m)

2011年以来毎秋続けてきた「東日本大震災復興支援登山」。

今年は、小屋仲間Yさんと一緒に岩手県沿岸部を中心に物見山(871m)、氷上山(874m)、鯨山(610m)、薬師岳(1,645m)、六角牛山(1,293m)を訪問。

震災前の2006年、Yさんと早池峰山登山後に訪れた訪れた宮古市、震災2年後の2013年、Gan先輩と五葉山登山後に訪れた大船渡市や陸前高田市などが、どのくらい復興しつつあるのかこの目で見てくることも同じくらい大切な目的。

 

10月6日、まずは物見山から登山開始。

「物見山」という名の山は、各地にあるのだけれど、なぜか東日本、特に岩手県や宮城県に多い。

今回訪れた物見山は、奥州市、遠野市、住田町にまたがり、種山とも呼ばれる。

物見山を中心にした丘陵状の高原地帯は、「種山ヶ原」と呼ばれ、古くから放牧地として利用され、藩政時代には伊達藩の直轄牧場として、また明治時代後半からは、陸軍省の軍馬が育成されていた。

また、岩手の風土を宇宙的な眼でとらえ詩や童話にした文学者宮沢賢治が愛した場所としても知られる。

 

種山ヶといふのは北上山地のまん中の高原で、青黒いつるつるの蛇紋岩や、硬い橄欖岩からできてゐます。
高原のへりから、四方に出たいくつかの谷の底には、ほんの五六軒づつの部落があります。
春になると、北上の
河谷のあちこちから、沢山の馬が連れて来られて、の部落の人たちに預けられます。そして、上の野原に放されます。それも八月の末には、みんなめいめいの持主に戻ってしまふのです。なぜなら、九月には、もう原の草が枯れはじめ水霜が下りるのです。−宮沢賢治「種山ヶ原」冒頭部分

 

種山ヶ原は宮沢賢治ゆかりの「イーハトーブの景勝地」のひとつとして名勝に指定され、一度訪れてみたかった場所。

物見山一帯は、現在種山ヶ原森林公園として整備されており、住田町「遊林ランド種山」の駐車場が登山口となる。(クリックで拡大→)
 


物見山へは、ゆるやかな尾根を行く「登山道」と、せせらぎの広場や水辺の広場をつなぐ谷沿いの道などがある。

往路は、「登山道」を選択。
アカマツや、ミズナラやカエデなどの広葉樹のまじる林間を行く明るい道。

ちなみに、岩手県は、アカマツが特産で、「ナンブアカマツ」というブランド名で江戸期から知られており、「県の木」にも指定されている。
木々が色づくにはまだ少し早いけど、ブドウの蔓やムシカリやマユミの実が赤く色づいている。
山頂直下でいったんレーダー雨量観測所に続く舗装道路を横切る。

宮沢賢治が好きそうな施設だな。。

山頂は丘のようで、枯ればんだ草原に、リンドウの花が散らばっている。
物見山山頂に到着。

三角点は立派な一等。

タンポ、屏風山に引き続き、3週連続で一等三角点の山に登頂。
今は放牧の牛馬は見られない高原の先に、早池峰山のやさしい姿が。

そして手前に重なるように横たわるのが今回登る予定の薬師岳。

このような空も地も開けた高原は、東北南部では見かけない風景。
下山は、谷沿いの道を行く。

最初はカラマツ林、そのうち広葉樹が多くなる。

先週歩いた屏風山の植林帯に比べると、やっぱり心が落ち着く。

(山馬鹿としては、水辺の広場とか、人工物は余分だけど。。)
沢を2度渡渉。

足もとにはクリやミズナラの実が散らばっている。
カツラやハルニレ、カエデが色づくのももうすぐ。

登山には物足りないけど、ゆっくり物思いにふけりながら逍遥するにはよいところ。

また、宮沢賢治を読み返そうかな。。

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)  

2017年10月6日(金) 晴 Y,botti
―水沢I.C.ー遊林ランド種山(駐車)10:40…物見山11:30~11:40…遊林ランド種山12:45―(氷上山へ)

 

 

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眺望だけ悲しいほど良好な山ー見行山(905m)

屏風山を登り終えてメンバー解散が13時過ぎ。

せっかく秋の好天、もう1山登っておこうかと、同じく東濃八百津町の見行山へ。

 

実は、今年5月、地元岐阜新聞にこんな記事が掲載された。

「岐阜県八百津町福地の見行山(けんぎょうざん)(905メートル)に新しい登山道が開通した。登りやすいよう十分な道幅(0.9メートル)を確保し、登山口には駐車場やトイレ、道中と山頂部にはベンチや看板が設置された登山道は2本目で全長1.3キロ。見行山を観光資源として生かそうと町が2015年度から整備を進めていた。事業費は約3500万円。一般的な人で1時間程度で頂上まで登れるという。開通式が登山口前の広場であり、町長が「観光の一つとして登山を楽しんでほしい」とあいさつした。見行山は町内最高峰で八百津、白川、恵那の3市町にまたがる」

 

見行山は、「続ぎふ百山」のひとつであり、ぼっちの「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」の選考リスト191山にも入っている。

今までは、登山道が整備されておらず、山頂から御岳がみえるけれど、木に邪魔されて眺望は今一歩と聞いていた。

「八百津町の隣、七宗町には今や県外からも人が訪れる人気の山、納古山があるのに、なぜ、同じように山の多い八百津には、そのような山がないのか」という地元の声で、今回整備に至ったよう。

これはぜひ、実地調査してみたいもの。

はじめて訪れた八百津町。

街道沿いに古い町並みが残り、和菓子屋の店先には行列が。

思わずのぞいてみると、栗きんとんを求めるため並んでいるのだとか。

栗きんとんは、八百津町が発祥との説があるらしい。
見行山の登山口は、八百津町と白川町の境、福地峠と聞いていた。

愛車奥地君を峠に待たせ、「丈右衛門新道」という看板のある林道に入っていく。
ススキなどが生い茂り、最近登山道が整備された気配はない。

新聞には登山道がどこに作られたのかという重要な情報がなかったけど、新道は別の地点に取り付けられたんだろうか。

まあ、こちらからでも1時間程度で登れるらしいのでとりあえず山頂をめざそう。
しばらく林道をたどると2筋のブルドーザーの痕がヒノキの植林帯に付けられている。

これが、新しく付けられた登山道ではないんだろうけど、最短ぽいので登ってみる。

10分あまりでとぎれたけど、戻るのが面倒なので、適当に尾根に取り付く。
たぶん登山じゃなくて造林作業の薄い踏み跡をたどっていくと、祠の前に出た。

このまま進めば山頂ももうすぐのよう。
しばらく進むとあれ? いきなり明るい。
おお (’@。@;)!

見行山山頂部分は、ブルドーザーでぐるりと削られ、木々も皆伐状態。
ブルドーザーで削られた斜面を登って二等三角点のある山頂に立つ。
 

たしかに、眺望だけは抜群。

北の御岳、阿寺山地が見えまくり。
西北の白山連峰から伊吹山、西南の鈴鹿山地まで。

名古屋市街も、美濃三河高原の山々も見えまくり。

午前中に登った屏風山もしっかり確認できた。

 

山頂で出会った地元の二人連れの方にうかがうと、新しい登山道は、西南麓の八百津町蔵橋地区から付けられたそうで、その方の足だと約20分で山頂に立てるそう。
山頂には、山麓の小学校の学校登山の記念木柱も立っていたけれど、学校の先生は、ブルドーザーで削られた山頂を、どう子供たちに説明するんだろう。。

隣町七宗町の納古山が人気なのは、手頃に登れて、山頂の展望がよく、アカヤシオが見事なことに加え、「ノコリン」というキャラクターまで作って山を大事に守っている地元の心意気にひかれるから。

「観光の一つとして登山を楽しんでほしい」

―町外の登山者からすると、何か大きな勘違いをされちゃったのではと感じられてなりまセン。。

 

<登山記録> (―:車、…:徒歩)  

2017年9月30(土) 晴 単独行
―八百津町市街14:30―福地峠(駐車)15:15…見行山山頂16:00~16:10…福地峠16:55―(帰路)

ブログ「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」(見行山)へ>←クリック!

<メモ>

・ヒノキの植林の山。

・福地峠ルートは、標識は一切なし。林道の最初のカーブのテープの付いた角から尾根に取り付くのが本来。今回は、往復とも尾根を適当に登った。

・2017年に蔵橋集落からの新ルートができた。

 山頂直下がブルドーザーでぐるっと削られ、木が全面伐採されて、見はらしばかりものすごくよくなった。

・少し時間が経てばまた変わるのだろうけれど、現段階では、遠方からわざわざ出かけて登山する甲斐のない山になってしまった。

・山の写真を撮るだけの目的なら好適地でしょう。

 

| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
東美濃一等三角点の山―屏風山(794m)

屏風を立てかけたような細長い山あらわす「屏風山」という名の山が全国各地にある。

岐阜県にも、両白山地に1,354m峰が、瑞浪市と恵那市にまたがった美濃三河高原に794m峰があって、どちらも「ぎふ百山」となっている。

今回は、「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」の取り組みとして、794m峰を調査登山。

 

同山について、1975年(昭和50年)刊行の、岐阜県山岳連盟編集、岐阜日日新聞社発行「ぎふ百山」では、「この山名もありふれていて、あちこちの山に似たような名が付けられていてあまり個性的とはいえない。標高も百余の選んだ山の中では最低で、頂上に一等三角点がなかったら、たぶん選ばれなかっただろう」と記されている。

123の山を候補として選び、約10年かけて調査登山しながら、百に絞り込む作業に入ることなく1山足して124の山をそっくり掲載した「ぎふ百山」。当時のモヤモヤした状況を浮かび上がらせるくだりでありマス。

その後、中央自動車道に「屏風山P.A.」ができて、その名は広く知られることに。

 

先週に続いての一等三角点の山訪問シリーズに、小屋仲間のYさんをお誘い。

屏風山山麓の釜戸村で生まれたYさんによると、この山は、日常の生産の場であった付近の里山とは別格扱いで、「深山(みやま)」と呼んでいたそう。

ちなみに、Yさんの奥さまは、実は東濃地方の山の会の重鎮であられ、「東美濃地方を代表する山なのでぜひ入れてほしい」とのお言葉をいただいておりマス(厳正なる「勝手に選定委員」として私情は差しはさみまセンが、「愛山度」の参考にさせていただきマス)。

今回は、体の差支えがあって登山ができないGan先輩のご厚意で、笹平登山口に送ってもらい、寿老の滝登山口に迎えに来てもらうという万全の体制で、いざ出発 (ロ。ロ)/オウ

登山口の笹平の集落は、山ふところの美しい里。

屏風山登山口まではいくつも標識があり、地元でよく登られ、大事にされている山であることがしのばれる。

屏風山は、恵那市から瑞浪市に続く盆地状の市街地部分の南側に沿うようにあり、恵那山の前山からこの山の北まで続く屏風山断層の活動によって形成されたという。

屏風山をはじめいくつもの山が連なっているので、プチ縦走が楽しめる。

登山口には、「立木、岩石、きのこ、ハチの巣、山芋等の採取禁止」の看板が。

ハチの巣がはいるあたりが、「へぼ」と呼ばれる地蜂採りが盛んな東濃地方らしいところ。
今から40年あまり前の「ぎふ百山」刊行当時、この山域は、ほぼ丸裸状態だったらしい。

その後全面的に植林がされ、登山道は、樹齢30~40年程度のヒノキの植林に包まれている。

都市近郊の山なので、道標などが要所に設置され、登山道の整備も万全。
途中月山という道標を見付け、立ち寄ってみる。

マツの多い山頂は、屏風山とおなじ794mで、御岳神社の石碑が。

今は見晴らしはきかないけれど、かつては、御岳が遥拝できたんでしょう。
月山の山裾にひろがる、黒の田東湿原。

木道や休憩ベンチ、案内板も整備され、半周することができる。
一見枯草のような湿原も、よく観察すると様々な花が。

案内板で確認すると、サワシロギク、サワギキョウ、サワヒヨドリ、イワショウブなど。

特に、キセルアザミ、シラタマホシクサが目立った(画像)。

「ぎふ百山」は、湿原のことに触れていないけれど、「自然度」加点していいな。。
登山道本線に戻り、アップダウンを繰り返すと、連山の最高点、標高800mの八百山というピークに。

残念ながら、ここも見晴らしはきかない。
いったん下って、登ったところが794mの屏風山のピーク。

山頂はゆったり広く、一等三角点が設置され、連山の中心というのも納得。
Yさんによると、山頂は、しばらく前まで育った植林のおかげで、眺望はあまりきかない状態だったそう。

しかし、数年前に南西方向が伐採され、今回は思わぬ大展望が得られた。

双眼鏡で山観察をする人、アマチュア無線をする人、みんなそれぞれ楽しそう。
三角点脇のヒノキの幹には、開山祭の御幣が。

地元の「愛山度」が高いことがうかがわれる。

その向こうには、恵那山がのぞいている。
眺望の方は、接する近隣の山がなく、付近に高い山もないので、白山連峰、能郷白山、伊吹山から鈴鹿山脈まで一望。

手前のおだやかな美濃三河高原の向こうに、名古屋、伊勢湾もよく見える。
山頂から急降下し、15分で林道に、さらに25分で、Gan先輩の待つ寿老の滝に到着。

落差10mほど、光をまとった滝のまわりだけは自然林でいい感じ。
ちょうどお昼時。食事どころを探していたら「屏風山」といううどん屋を発見。

店の駐車場から、屏風山連山がよく見える(屏風山は、左奥)。
ぼっち好物のカレーうどんを、おいしくいただきマシタ。

 

「ぎふ百山」刊行の1975年当時、屏風山は、皆伐されて丸裸状態だったけれど、今はヒノキの植林ながら全域緑に覆われている。山中の黒の田東湿原もしっかり保護され、「自然度」は格段に上がっている。

パーキングエリアやうどん屋にまでその名が付けられるほど、地元のシンボルの山として、愛されている。

最近の山頂部分の伐採で、眺望も良好。

最終選考に残りそうな山でありマス。
<登山記録> (―:車、…:徒歩)  

2017年9月30(土) 晴 Y、botti
笹平登山口8:00…月山(794m)山頂9:00…黒の田東湿地9:15…八百山(800m)山頂9:50…屏風山山頂10:05〜10:35…林道出合10:50…寿老ノ滝登山口11:15―

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<メモ>

・登山道が各方向にあり、どれも整備されている。

・現時点で笹平登山道と寿老の滝を結ぶ道が通行止めで、大回りする必要があった。

 

| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 09:42 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
一等三角点で無名の山―タンポ(1,067m)

岐阜県には四等三角点が1,929、三等三角点が1,033、二等三角点が148あるそう。

一等三角点になるとぐっと少なく、17と希少で、乗鞍岳、恵那山など、名のある山に設置されているものが多い。

そんな一等三角点の山に、2万5千分の1地形図に1,065.7mの標高が記されているだけで山名すら記載されない山が1つまぎれ込んでいる。

基準点名「月夜谷山」、通称は「タンポ」。

 

岐阜山岳会編著、岐阜日日新聞発行の「ぎふ百山」で、この山の解説用に割り当てられた2頁には、付近の豪族に関する考察がえんえん書かれているだけで、山の説明がまったくない。

「新日本山岳誌 改訂版」も、「岐阜県揖斐郡揖斐川町久瀬地区と本巣市根尾にまたがり、能郷白山から南に派生する支脈上の一峰。地図に山名の記載はない」とそっけない説明だけ。

 

そんな無名の「ぎふ百山」も、「岐阜百名山勝手に選定委員」のぼっちとしては、念のため登っておかないわけにはいかない。

ちょうど、地元山の会で南に続く西台山と合わせて計画されたので、いい機会と行ってきマシタ (ロ。ロ)/

水鳥横蔵林道の揖斐川町と本巣市の境界にあたる「のりこし峠」が取付き点。

日本にお金がある時代に作られた林道は舗装され、峠には広い駐車場とあずまやまである。ただしお金のない昨今は、改修もままならないのか、目下本巣市側は通行止め。

 

 

 

 

まずは西台山をめざし、峠の標識の背後の尾根に取り付く。

残置されたテープや踏み跡がそれなりにある。

このあたりも戦後皆伐されたらしいけど、カエデ、ミズナラ、シロモジ等の二次林が樹齢40年程度に育って下草が抑えられ、まずまずのコンディション。
足元には、ヤマグリのイガがたくさん落ちて秋の気配。

ひろい尾根は、シカなどの獣が歩きまわった形跡があり、下草やササなどがほとんど生えていないのは、食害によるのかもしれない。
わずかに見られたのは、紫のトリカブトと、白い星のような花を付けたアケボノソウ。

トリカブトは毒草だから残っているんだろうけれど、アケボノソウはセンブリ科で苦いから食べ残されたんだろうか。。


 

西台山が近づくと雨に浸食された石灰岩の露岩が目立つカルスト地形に。

石灰岩の急斜面をよじ登っていくと、緩やな山上部に出る。

尾根を挟んで右手は二次林、左手はヒノキの若い植林。
西台山は三角点はないけれど、2万5千分の1地形図には949mの標高と山名が記載されており、「続ぎふ百山」。

山名標識がなければ、どこが山頂か悩んでしまうような樹林の中の山。
西台山のピークの少し西に、直径3mあまりの地図には載っていない池がある。

石灰岩の浸食によってできたドリーネ(擂鉢状の穴)に、粘土が堆積し、水がたまって池になったらしい。
いったん斜面を下ると、尾根は西に曲がり、その後北に向かう。

尾根は広く曖昧な場所もあり、派生する支尾根もあるので、リーダーは、初級者に読図をしっかりしていくよう指導。

そのうち、行く手にタンポがわずかに見える場所に出る。

山容を見られたのはこの1か所だけ。

落葉期なら、もう少し見晴らしはいいんでしょう。
最後の登りは、ぼそぼそしたヤブを漕いでいく。

タンポ山頂は、こじんまりした広場になり、灌木に囲まれ見晴らしは良くない。

メンバーによると「10年位前に来た時は、雷倉側の林道から直登できた」そうだけど、そちらの林道は大分荒廃しているもよう。
背伸びをして、ようやく確認できた東側の山並み。

間近に見えるのは、舟伏山(1,040m)、その奥に高賀三山など。

 

登っての感想。「一等三角点があること以外、近隣の小津三山などに比べ、標高も眺望も植生も歴史や麓の人々との関わりにおいても、見るべきところはない。ただし、ヤブ漕ぎが厳しいこともなく、新緑・紅葉が楽しめる二次林も育っているので、静かな低山を楽しみたいなら、西台山とセットで登るのも悪くはないでしょう。」
<登山記録> (―:車、…:徒歩)  

2017年9月214(日) 晴 山の会Sさん(リーダー)はじめ14名
大垣市内集合場所6:30―(国道417号線、県道40号線、水鳥横蔵林道)―のりこし峠(駐車)7:50…西台山山頂9:30~9:40…タンポ山頂11:00~12:00…西台山山頂13:30…林道14:40…のりこし峠15:00―(帰途)

※帰路別の尾根を降りてしまった分ロスタイムあり。

ブログ「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」(タンポ)へ>←クリック

ブログ「『岐阜百名山』勝手に選定委員会」(西台山)へ>←クリック

<メモ>

・かつてタンポには、白倉谷からの林道で登ることもできたようだが、荒廃し、今は、今回通った水鳥横蔵林道の、のりこし峠から西台山を経由して登るのが一般的。

・踏み跡はあるものの、登山道として整備はされておらず、自らルートファインデイングしていくのが基本。地図・磁石・熊鈴必携。

 

| ぼっち | 「岐阜百名山」勝手に選定委員会 | 20:54 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
夏山の思い出―山バッジコレクション

ぼっちの今年の夏山登山も「日本百高山」踏破をもって無事終了。

残されたものは、思い出と、たくさんの山バッジ。

冬から春にかけて登山道もないマイナーな地元の山ばかり行っていたから、山バッチがある山が嬉しくて、ついつい買すぎてしまった (ロ。ロ;18個トハ

ここで、夏山総集編も兼ねて一挙ご紹介。

 

7月16日北八ヶ岳白駒山荘では「にゅう」のバッジを購入(画像右)。

にゅう(2,352m)には立ち寄らなかったけど、山名のインパクトについ購入。

 

7月22日には、編笠山、権現岳を周回。

権現小屋で買った丸いバッジには、編笠山と権現岳のシルエットと夜の星。
7月28日~31日は、飛騨山脈の寺地山・北ノ俣岳・黒部五郎岳・三俣蓮華岳・双六岳・弓折岳・抜戸岳・笠ヶ岳を大縦走。

持っていなかった黒部五郎岳(右)と双六岳のバッジを購入。

黒部五郎岳は、圏谷にハクサンイチゲとイワカガミの花。

イワカガミは絵にしにくそうで、バッチ屋さんの苦労がしのばれる。

双六岳は、残雪に雷鳥の親子。

本当は、寺地山や北ノ俣岳みたいなマイナーな山のバッジがあるとそそられるけどな。。

8月4日~6日は、広河原から小太郎山を往復後北岳へ、池山吊尾根を経由して下山。

さすが日本第2の高山北岳だけに、肩の小屋では色々なバージョンの山バッチが売っていた。

ここでは、北岳特産の名花、キタダケソウの白い花のバッジを選択、バックの青い色とのコントラストがいい感じ。

小太郎山のバッジがなかったのが残念。
8月18日~20日の三股登山口から常念岳・横通岳・東大天井岳・大天井岳・赤岩岳・赤沢山・蝶ヶ岳周回では、(右から)常念岳・大天井岳・槍沢ロッジ・蝶ヶ岳のバッジを購入。

ピッケルや高山植物といったオーソドックスな図柄が多い中で、蝶ヶ岳の蝶に黄色の花(ミヤマキンポウゲかシナノキンバイ)のデザインは秀逸。
9月1日~3日は、四国の石鎚山・二ノ森、剣山・次郎笈・一ノ森へ。

石鎚頂上小屋では、天狗岳の岩峰を表したバッジ(左)を購入。

剣山頂上ヒュッテでは、キレンゲショウマの花のバッジを買った後、三嶺のバッジを見つけて追加購入してしまった。

三嶺には、有人小屋がないから、結構レアなバッジじゃないかな。。
9月9日、10日には、将棊頭山・木曽駒ヶ岳・三ノ沢岳へ。

西駒山荘に立ち寄ったら、なんと将棊頭山の山バッジがあった。

登録有形文化財の古い石積みの小屋がいい味を出している。

木曽駒ヶ岳のは、ウスユキソウに山の姿で、ややインパクト薄し。

三ノ沢岳のバッジは見当たらなかった。
ラストは、9月15日、16日の小蓮華山・旭岳・白馬三山の後立山連峰の急ぎ足縦走。

日本最大の山小屋、白馬山荘には、山バッチもいろいろなバージョンがあった。

左から、乗鞍岳、小蓮華山、鑓ヶ岳、鑓ヶ岳と白馬鑓温泉。

鑓が岳のは、白馬岳、杓子岳バッジと3つ連結して白馬三山となるデザインになっていた。大人買いしようかと思ったけど、鑓以外は売り切れ。

 

以上、18個のバッジを並べてみて気が付くのは、違う山でも台紙が共通するものがあること。

製造元がいくつもの山のものを作っているようで、調べてみたところ、次のメーカーのものが多かった。

 

「株式会社 高崎金属工芸」

・緑の台紙に「Out door's TKK Accessories」と印字。

・高崎市にあり、創業40年以上、山バッジの大手らしい。

・社長は、山好きで年間50くらい登っておられるとか。

・デザインの傾向は、「かっちり」していて、オーソドックスな感じ。

 

「桂徽章 株式会社」

・台紙に「MEMORIAL BADGE KATSURA KISHO CO.LTD.」と印字

 (台紙の色は、緑のほか赤などもある)

・金沢市にあり、「デザインから粘土彫刻、金属金型、生産まですべてを自社工場で製作。キーホルダー、ピンバッチ、社章、タイピン、メダル、旗・トロフィ、缶バッチ、その他金属加工品等、少数品種のものを合理的に統合し月産約50万個のメダル・バッチを製造販売」しておられるそうデス。

・今回ご紹介では、北岳の1つだけれど、全国的によく見かける。

・工芸の街金沢でデザインにこだわっているだけのことはあり、色彩を意識した新し目のデザインが多い感じ。

 

「株式会社 フルヤ徽章」

・台紙は絵入りで「思い出 MEMORY F」と印字。

・関東・甲信越の山バッジが多い。

・あるHPによれば東京都荒川区に会社があったようだが、現在当該住所にはみあたらない。

・ごつい、定型的なデザインが多いが、これは図柄にしにくい、関東・甲信越の山ゆえかも。

・山バッジらしいレトロ感が好みという人もあるよう。

 

「株式会社 エイコー」

・赤い台紙に「EIKO BADGE」と印字。

・松本市にあり、観光土産物の製造販売を目的として1963年に設立されている。

・バッジのほか、「食品、民芸雑貨、トロフィー・楯、社章」なども製造・販売。

・事業は手広くやっておられるようだけど、山バッジについては、OEMかもしれない。

・同じ場所で売られていた「memorial badge もえぎ」と書かれた緑の台紙のものも同社製だろうか?

 

以上で、夏山は打ち止め。

秋は、地元美濃の紅葉の山巡りや、みちのくの山旅を計画。

ご期待くだサイ (ロ。ロ)/ヨロシク

| ぼっち | ひとりごと | 22:59 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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